百四十二話 俺達、弟子になります!
仲間と合流した儂は適当なカフェに入った。
落ち着いた場所で互いの情報をすり合わせる為だ。
店のテラス席で腰を下ろすと、それぞれ店員に注文をする。
席から見える目が痛くなるほどの青空と眩しい太陽。
その下に広がる美しい海は、バカンスであればさぞ心躍らせただろう。
あいにく今回はそのような目的で来たわけではない。
テーブルにコーヒーが運ばれてから儂は話を切り出した。
「それで有力な情報は得られたか?」
「さっぱりね。逆に禁断の島が何か聞かれる始末よ」
「私もライバルと同じ。しかもなぜか笑われた」
「こっちはかつて島に行った男がいたらしいと言うことだけ」
「僕のが聞いたのはかなり古い時代の話だったよ。数十年前にも島に行った人がいるって情報を提供してくれた人は言ってたけど、どこの誰かまでは出てこなかったみたいだ」
エルナ、リズ、フレアは収穫なし。
ペロはどうやら貴重な情報を持っている人間と出会えたようだ。
今はどんなことでもいい。島のことを知りたい。
「情報を提供してくれたのはこの街の書庫を管理している人なんだ。謝礼を払うって言ったら喜んで話をしてくれたよ」
「ふむ、それで古い時代の話とはどのような内容なのだ」
「そんなに長くもないし詳しくもないよ」
ペロの話はこうだった。
およそ千年前、この街に一人のヒューマンの男がやって来たそうだ。
その男は船乗りに、遠い海まで連れて行って欲しいとお願いをする。
金払いが良かった為に船乗りはその依頼を快く引き受けた。
男の指示に従い船は外洋を進み続け、ある日とある島を見つける。
船乗りは近海で船を停泊させ、島に渡るという男へ小舟を貸した。
そして、三日後に男は疲弊した様子で船へと戻って来たらしい。
その後は無事にこの街へと戻ってきたそうだが、船乗りは男から島で何があったのかは聞けなかったと言う話だ。
「その男の正体が気になるな。なぜ禁断の島を知っていたのか疑問だ」
「実は僕もそのことを聞いたんだけど、その人が言うには大魔導士ムーアだったんじゃないかって」
「ムーア様!? 禁断の島にムーア様が行ったの!?」
過剰に反応したのはエルナだった。
儂は彼女に「落ち着け」と声をかける。
「あくまで証言をしてくれた人の予想だよ。でも、文献ではこの頃にムーアがナジィで活躍していたって記述がされていて、船乗りと話をする白いローブの男を見たって証言もあるみたいなんだ」
「ほら、やっぱりムーア様よ! さすがは私が憧れる大魔導士様だわ! 禁断の島にまで行かれていたなんて!」
鼻息荒くエルナはコーヒーをぐいっと一気に飲んだ。
少し場が落ち着いたところで儂の得た情報を四人に話す。
「――じゃあレナのお父さんに会えば島に関する詳細が分かるってことね」
「その可能性は高い。ひとまずここで一時間ほどゆっくりしてから家に訪問しようかと考えている」
「レナに会えるのね! 楽しみだわ!」
五人で久しぶりに会えるだろうレナのことを話していると、儂らの席に見知らぬヒューマンの冒険者が近づいてくる。
剣士らしき男。
魔導士らしき女。
武闘家らしき女。
槍使いらしき男。
大盾使いらしき女。
計五人だ。
剣士が儂に至近距離まで近づくと、観察するように頭から足下まで視線を動かす。
目的は不明だが雰囲気から敵意があるようには見えない。
「あの、もしかしてもしかするとホームレスの田中真一さんですか?」
男は儂にそう質問するので素直に頷いた。
すると彼は素早く地面に正座をすると、両手を組んで祈るようなポーズとなる。
「俺達を弟子にしてください!!」
……は? 弟子?
◇
彼らは”栄光の剣”と名乗る冒険者パーティーだそうだ。
サラスヴァティーへ来たのは修行の為だとか。
もちろん冒険者らしく稼ぎには来ているがな。
リーダーである剣士の名は『リベルト』。
ブラウンの短髪に比較的整った爽やかな顔をしている。
ただし、黙っていればと付け加えなくてはならない。この男はしゃべり始めると実に胡散臭い表情を浮かべるのだ。
まぁ、解析結果を見る限りでは、犯罪をするような輩ではないことは確かだ。
魔導士の女性は『マーガレット』。
ピンクのボブヘアーにパーマがかかったゆるふわの髪型だ。
美人と言うよりは可愛らしい顔立ちをしており、ぷっくり膨らんだ唇が印象的だった。
ローブは紫を着用しており、特級の魔導士であることが分かる。
少しだけつり上がった目はエルナを睨んでいるかのように見えた。
女性武闘家は『ティナ』。
ボーイッシュな赤毛のショートヘアーに中性的な顔立ち。
天真爛漫な雰囲気を漂わせており、そのぱっちりとした大きな目は常に何かを探してきょろきょろと動いている。
見た目は大人だが中身は子供のようだ。
三人の女性の中で最も胸が大きく、儂はついついチラ見してしまう。
あんなに揺れるとは実にけしからん胸だ。ムフフ。
槍使いの男性は『ドミニク』。
引き締まった男らしい彫りの深い顔と、若草色の短髪に左の前髪が片目を隠すように垂れているのが特徴的だ。体つきも大柄で引き締まっている。
ただ、彼自身はなぜか「私はキャサリンよ」などと言って偽名を使いたがる。
ドミニクと言うのは男らしくて良いと思うのだがな。
大盾使いの女性は『レイラ』。
蜂蜜色の長髪は緩やかなウェーブを描き、その顔は非常に整っていて美しい。
物腰も柔らかく落ち着いており大人の女性と言った印象、とてもではないが大盾を持って戦っているような人物には見えなかった。
残念なことに胸は全くなかった。
それに不思議と彼女を見ると興奮が起きなかった。
これほどの美人を目の前にして非常に珍しいことである。
儂は近くの席に五人を座らせ、儂も事情を聞く為に同じテーブルに着く。
正直、まだ頭の中が混乱気味だ。
いきなりの弟子入り志願。戸惑って当然だろう。
しかもなぜこのような時に、などと頭を抱えたくなった。
「リベルトと言ったか……弟子入りと言うのは本気なのか?」
「はい。俺達はホームレスの強さを肌で感じながら学びたいと思っています。信用できないと言うのなら試験でも何でもしてください。必ず達成して見せます」
「いや、そこまで疑っているわけではないし試験などをするつもりもない。よく分からないのはなぜ儂らなのかと言うことだ。お前達は特級冒険者なのだろう?」
「特級冒険者だからこそです。俺達は必死で修行を重ねてここまで這い上がってきました。ようやく一流と呼ばれる場所まで到達できたのです。ですが最近では限界を感じていました。今のままではマスター級には届かないと」
リベルトは悔しそうな表情を浮かべる。
マスター級か。儂らは未だに上級なのだがその辺りはどう思っているのだろうか。
下の階級に教えを請うなどかなり屈辱的な気もするが。
彼は話を続ける。
「実は俺達、貴方をスカウトしようとマーナまで行ったことがあるんです。住まいを探して大迷宮の三十階層だって行きました。残念ながらその時はレイラが怪我をして引き返すことになりましたが」
「三十階層まで来たのか。それは大変だっただろうに」
「ええ、想像以上に過酷でした。そのおかげで俺達はさらに結束を深めることができたのです。そのきっかけをくれたのが田中さん、貴方なんです。だからここで見つけた時は心の底から喜びました」
彼は儂の手を取って握りしめる。
その目は憧れの人物と出会った喜びに輝いていた。
なんだか申し訳なく感じる。
憧れてもらうような大層な人間ではないのだがな。
仲間達に目を向けると、それぞれが首を振って意思表示していた。
ペロはYES。
フレアもYES。
リズはNO。
エルナは……なになに、女以外ならOK?
やはりというべきか意見は分かれていた。
仕方がない。仲間が一致しない以上、栄光の剣を弟子にするわけにはいかない。
「悪いが断らせて貰う。儂らは忙しい身でな」
「長くなくても構いませんからそこをなんとか! 少しの間だけ、ほんの少しの間だけでいいのでご指導をお願いします! あ、そうだこれをお収めください!」
リベルトは金貨と銀貨がみっしり詰まっているだろう革袋を儂の前に差し出した。
授業料と言ったところか。だが受け取るわけにはいかない。
断ると決めたのだからこんなものを出されても引き受けられないのだ。
が、儂が袋をリベルトに返そうとすると、横からエルナが素早くかすめ取った。
袋の口を開けてエルナとリズが貨幣を数え始める。
「金貨十枚に銀貨二十枚ね。悪くないわ」
「世の中は金次第。払うものを払った人間は尊重されるべき」
なんて現金な奴らだ。我が仲間ながら恐ろしくなる。
ペロは苦笑いだが、フレアは納得している様子で頷いていた。
「この先、天使の襲撃が二度と無いとは言い切れない。だとすれば少しでも戦える者を増やすのが我々の務めではないか。ましてや彼らは特級冒険者、王国を護ってもらう為にもさらなる成長が望まれる人材だ」
「ふーむ、それは確かにそうかもしれないが、このタイミングはどうかと思うのだ。儂らはこれから禁断の島に行くのだぞ」
「一緒に連れてゆけばいい。きっと船旅は長くなるはずだ。その時間を使って修行をつけてやれば、私達ほどではなくとも三級天使と一対一で渡り合えるくらいにはきっとなれる」
フレアの説得で儂は弟子入りを考え始めていた。
セイントウォーターがあれば、彼女の言ったレベルに成長させることも可能だ。
それに弟子を取ることのメリットもないこともない。
まず予備戦力として期待ができる。
次に戦闘以外の問題で困った時には頼りやすい。
これは今はあまり求めてはいないが、彼らを育てたと言う名声も得られるかもしれない。他にもいくつかあるが手間に対して十分なおつりがくるのは確かだった。
「では条件を出そう。弟子になってからしばらくはマーナを拠点にせよ」
「マーナにですか?」
「なぁに、そこまで長くいろとは言わん。せいぜい半年そこらだ。その代わりいつでも訓練してやるし困った時は頼りにするがいい。おっと、言っておくが金は貸さないからな」
リベルト達は「はい!」と明るい声で返事をした。
もちろん拠点を指定したのには狙いがある。
彼らには食の都となるだろうマーナの、広告塔になってもらおうかと思っているからだ。すでに神崎の弟子とも言える料理人がオープンさせた店は超有名店だ。
アーノルドが作ったスーパーマーケットも住民に受けいられ、連日は多くの客で賑わっているとか。
その甲斐あってマーナには、少しずつだが新しい飲食店がオープンしており、美食家と呼ばれる人々の姿をちらほら見るようになっていた。
下地はできた。あとは知名度の問題である。
そう遠くない内に儂と神崎の計画は半分に達するかもしれない。
「それで師匠、これからどうするのでしょうか? 俺達ならどこまでもついて行きます」
「うむ、ではさっそくだがこれを付けてもらおうか」
儂は腕輪から金属の塊を取りだし、金属操作スキルで五つの輪っかを五セット作成する。それらを彼らの首、両腕、両足にスキルで取り外しできないようにはめた。
黒みを帯びた銀色の金属。名前はヴィスニル。
ミスリルとは真逆の性質を持つ非常に重たい物質だ。
魔法が使いづらくなるというオマケまであり、罪人の拘束具に使用されている別の意味で有名な金属である。
「あぐっ……師匠、これはなんですか!?」
「ヴィスニル製の筋力トレーニング器具だ。これでしばらく生活をしてもらうぞ」
「「「「「えっ!?」」」」」
「これから上位ドラゴンがうろうろする島にも行くからな」
「「「「「えっ!!?」」」」」
五人は目をひん剥いて驚愕する。
このタイミングで弟子入り志願したのは運が悪かったな。
なぁに、死なない程度にしっかり鍛えてやる。ククク。
青ざめる五人の顔を見ながら儂はゆっくりとコーヒーに口を付けた。
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