百四十一話 旅立ちの前に
天使との戦争には勝利したものの、儂らは世界樹と言う大きなものを失ってしまった。これからサナルジアは新たなる聖獣が現れるまで、自分達だけで生きて行かねばならないのだ。
儂は酷く後悔した。世界樹は一国のみならず世界を守護していた。
そんな偉大なる存在を守り切れなかったと思うと落ち込まずにはいられなかった。
まだまだ聞きたいことが沢山あったのだ。
一方でこの戦いで得た物もあった。
それは敵の強力な武具だ。
三級天使が装備していたオリハルコン製の剣や鎧は集められ、各国の精鋭に配られることとなったのだ。まぁ、ドラゴニュートとドワーフに関しては、サイズの問題で造り直すことになったらしいがな。
加えて眷属も増えることとなった。
その理由は敵の眷属化だ。
儂は戦場に転がっていた天使の死体を片っ端からアンデッド化させ、眷属化によって配下にしたのだ。おかげで眷属の総数は四十五万となっている。
ちなみにエルナの魔法で半数が消し飛び、一万は逃げたのでこの数である。
少し面白いと思ったのは、天使はアンデッドになっても天使だということだ。
眷属化した天使を解析スキルで見るとこのような結果が表示される。
【解析結果:ホームレスエンジェルトン:三級天使がアンデッド化した後に眷属化されたことで誕生した聖獣。通常の三級天使と比べると十倍の力を誇る:レア度SL:総合能力SS】
【ステータス】
名前:ホームレスエンジェルトン
種族:ホームレスエンジェルトン
魔法属性:風・光・聖・無
習得魔法:―
習得スキル:鑑定(中級)、剣王術(中級)、盾王術(中級)、偽装(中級)、気配察知(中級)、危険察知(中級)、索敵(中級)、身体強化(中級)、高速飛行(中級)、万能適応、威圧(中級)、統率力(中級)
支配率:田中真一に100%支配されています
進化:条件を満たしていません
<必要条件:分析(初級)、限界突破(初級)、隠密+(初級)、超高速飛行(初級)>
聖属性を保有していたことが関係しているのか、エンジェルトンは聖獣として誕生していた。
その身体はルビーのように赤く透き通り、両目には紫色の光が宿っていた。
背中からは羽毛に覆われた漆黒の翼が生えており、天使のアンデッドであることは一目で分かる。
そして、五体の二級天使も眷属化に成功している。
その能力はアンデッド化した現在でも強力であり続け、儂は五体にそれぞれⅠ~Ⅴまでの番号を割り振った。
【分析結果:ホームレスアークエンジェルトンⅠ:二級天使がアンデッド化した後に眷属化されたことで誕生した聖獣。通常の二級天使と比べると十倍の力を誇る:レア度SSL:総合能力SSL】
【ステータス】
名前:ホームレスアークエンジェルトンⅠ
種族:ホームレスアークエンジェルトン
魔法属性:炎・光・聖・無
習得魔法:―
習得スキル:分析(中級)、鎌帝術(中級)、偽装(中級)、隠密+(初級)、危険察知(中級)、索敵+(中級)、限界突破(中級)、覚醒(中級)、無効化キャンセル、超高速飛行(中級)、万能適応、威圧(中級)、統率力(中級)、大斬波(中級)
支配率:田中真一に100%支配されています
進化:条件を満たしていません
<必要条件:分析(初級)、限界突破(特級)、覚醒(特級)、高潔なる精神>
その身体はサファイアように青く透明で美しく。
両目には三級と同じような紫色の光が宿っている。
背中には漆黒の翼があり、生前と同じように大鎌を武器としていた。
儂は彼ら五体にホームレスエンジェルトンの師団をそれぞれに任せ、エンジェルトン軍としてまとめることにした。
さらにそれらをスケ太郎の傘下に編入。
五体はすでにいる師団長クラスの十体と同等の権限を持たせることとした。
とまぁこんな感じでスケルトン軍は拡大したわけだ。
儂の巨大戦力が各国に露呈してしまったことについてだが、眷属に対し否定的な意見もあるものの概ね好意的に捉えてもらえている。
復興の手助けを積極的にさせていたのが功を奏したのかもしれない。
ただし、今はと付け加えなくてはいけないがな。
いずれこの戦いが終われば、儂は眷属と共に姿を隠さなければならないかもしれない。
たとえ敵として見なされなくとも、強大な力を持った存在であることに変わりはないからだ。
すり寄ってくる輩も数多く出てくるだろう。
田中真一脅威論がこれから先ないとは言い切れない。
儂はそう言った面倒は御免だった。
「ふぁ~、さすがに徹夜の移動は疲れるわね」
別の飛竜に乗っているリズはすでに熟睡しており、ペロもフレアもうとうとしていた。
森都ザーラを出発して三日目。
儂らはナジィ国の領域へと入っていた。
もう間もなくナジィ国の港町サラスヴァティーへと到着する予定である。
世界樹が言っていたが、禁断の島はこの大陸の反対側にあるとのことだ。
しかしながらホームレスのみでそこへたどり着くのは不可能に近い。
まず場所が分からない。仲間に飛び続ける体力が無い。島やその近海についての情報が無い。
例えるなら広大な砂漠でどこにあるか分からないオアシスを、探し出せと言われているようなものだ。おまけに天使が見つけられないと言うことは、偽装のようなものもされているかもしれない。見えないオアシスなど最悪だ。
なのでかつて島に行ったことのある人間を探していた。
「でもナジィに島に行ったことのある人なんているのかしら」
「五カ国で漁業の盛んな国はエステントとナジィだ。サナルジアとキシリアでも一部の地域が細々とやっていると聞いた」
「へぇ、砂漠に覆われたキシリアでも漁業をしている地域があるんだ。知らなかった」
ちなみにダルタンは、ドワーフが山に好んで住んでいることと、海に全く興味が無いことが漁業のない理由だ。一隻の船すらないらしい。
「エステントは船の数は多いが遠洋はほとんどしていないらしい。反対にナジィは外洋に積極的に出ていることもあって、船の性能が高く船乗りも経験豊富な熟練者が多いそうだ」
「レナのお父さんとか大きな船を持ってたし腕も良かったものね。納得」
「うむ、それにあの父親なら島に渡った人間のことも知っているかもしれない。情報収集をするにはうってつけの場所だと儂は考えているのだ。上手く交渉できれば船も出してもらえるかもしれないからな」
そう言った算段で儂らはサラスヴァティーへと向かっている。
あの街へ行くのはバカンスぶりだ。
こんな状況だがレナと会えることを楽しみにしていた。
地平線に街が見え始めると飛竜は高度を少しずつ下げる。
人目を避けて森に降下すると、儂らは慣れた足取りで街ヘと向かった。
「これは驚いた。以前とはずいぶんと変わったようだ」
フレアの驚きの声は全員が思ったことだ。
なぜなら街中をヒューマンが普通に歩いているからである。
しかもかなりの数が目に入る。
格好からそのほとんどが冒険者のように見えた。
「最近、ローガス王国とナジィ国が正式に同盟を結んだらしいんだ。きっとその影響じゃないかな。東の辺境ではナジィからの移住者も増えてるって聞くし」
「なるほど。入国の自由が認められたことで一攫千金を求めた冒険者が押し寄せているというわけだな。ナジィに生息する魔獣は王国では見かけないものが多い、素材を持ち帰れば珍しさから高値がつくのだろう。逆に持ち込む為と言うのも考えられる」
「それに獣人を仲間にできるってメリットもあるよね。他にも理由は色々ありそうだけど、冒険者達が先を争ってでも来るだけの価値が今のナジィにはあるってことだよ」
ペロの言葉に儂だけでなく他の三人も納得した様子だった。
冒険者に混じって商人らしき姿もちらほら目に入る。
こんな危険の多い異国の地にまで来るとはさすがだ。
ある意味では彼らも冒険者と言ってもいいのかもしれないな。
儂らはさっそくレナの父親がいるだろう港へと向かう。
島に渡ったと言う人間の手かがりを、彼が持っていることを期待して。
◇
「帰ってきていない?」
「バージャの船は昔から二、三日戻ってこねぇことが多いんだよ。どうせ今回もどっかで道草食ってんだろ。昼ぐらいまで待ってりゃあその内に戻ってくるさ」
「貴重な情報を感謝する。これは礼だ」
情報を提供してくれた漁師に儂は酒瓶を一本差し出す。
受け取った彼は「分かってんじゃねぇか」などとニヤリと笑みを浮かべた。
王国産の安酒ではあるものの、まだまだこちらでは珍しい品だ。
ちょっとした報酬にはもってこいなのである。
ちなみにバージャと言うのはレナの父親の名前だ。
前回は名前を聞きそびれていたので知れて良かったと言ったところか。
「これからどうする。まだ正午まで時間がある」
「分かっている。お前達にはこれから街の各方面にて情報収集をしてもらうつもりだ。集合時間は十一時頃。場所は港とする。例の島についてどんな些細なものでもいいから集めてきてくれ」
「でも、もし情報料を求められたらどうしたらいい?」
「ならばその為の資金を渡しておこう。無駄遣いするなよ」
リズに銀貨の入った袋を渡す。
するとエルナとフレアがすかさず手を出した。
三人とも十分な給料を渡していると思うのだがな。
しかしまぁ、これは仕事の一環でもある。
経費として考えるのが妥当かもしれないな。
二人に銀貨入りの袋を渡し、手を出さなかったペロにも強引に持たせてやる。
「え? 僕にも?」
「情報を聞き出す為に遠慮無く使え」
「うん、ありがとう!」
我が息子は尻尾を振って喜んでいた。
実に可愛らしい。
モフモフしてやりたいところだ。
そんなわけで各自で街に散らばって聞き込みを始めた。
儂が担当するのは港近くの市場や食事処だ。
船乗りが集まる場所なら、それだけ情報も集まりやすいと考えたからだ。
二軒の食事処はハズレだった。
魚市場の店を五軒ほど訪ねるも有力な情報は得られず。
だったらと他の漁師に当たってみることにするが、この時間帯はどこも海に出ていて港には数隻しか船が残っていなかった。やはりタイミングが悪かったか。
ふと、港に一人の老人がたたずんでいることに気が付く。
一見どこにでもいる年老いた男性のようにしか見えないが、その眉は黄色く太く長く伸びており、まるで飾り毛のようになっていた。
どことなくイワトビペンギンを連想させる姿だ。
「ご老人、もしよければ話を聞かせてもらえないだろうか」
「あん? そりゃあいいが、タダってわけにゃあいかねぇぜ」
「情報の内容によってそれ相応の物を払うつもりだ」
「だったらいいぜ。何が聞きてぇ」
儂は老人に禁断の島について知っていることはないか尋ねる。
すると彼は目を見開いて笑みを浮かべた。
「物好きな兄ちゃんだな。あんな場所のことが知りてぇのか」
「その口ぶり、まさか行ったことがあるのか?」
「いやいや、俺は又聞きだ。実際に行ったことがある奴は他にいる。かつて海猫族のジャナ・ザニャスってのがいたんだが、そいつは遠洋に出て半年近く戻ってこなかった。誰もが死んだと思ってたある日、ジャナはひょっこり帰ってきやがったのさ」
「そのジャナと言うのが禁断の島に行ったと言うことか」
「らしいぜ。最初はみんなが与太話だと思っていた。ジャナのする話はありえねぇことばかりだったからな。けどよ、そいつが持ち帰った物を見せられた時、疑う奴はこの街からはいなくなっちまった」
ジャナ・ザニャスが持ち帰った物とはなんなのだろうか。
好奇心を刺激されて儂は思わずつばを飲み込む。
老人は鼻で笑いながら話を続けた。
「話は変わるが、おめぇさんは航海に一番必要な物ってなんだと思う?」
「そりゃあ水と食料ではないだろうか」
「当たりだ。水と食料がなけりゃあ航海を続けるってのは無理な話。ましてや大陸から何千キロも離れているだろう島からイカダで帰ってくるってのは荒唐無稽ってなもんだ」
「イカダで帰ってきたのか。ではその間、水と食料はどうした」
「んなもんねぇよ。あいつが持っていたのはたった一つの大きな果実だけだ。けどよ、その果実がスゲェのなんの。汁が滴る甘い実は食べても食べても元通りになっちまって、いつまで経ってもなくならねぇんだよ。しかも腐らねぇときてやがる。ありえねぇだろ?」
腐らない無限の果実か。
確かにそんな物を見せられれば信ずにはいられなくなるな。
むしろ儂もその果実を食べてみたい。
「そのジャナと言う人物は今はどこに?」
「とっくの昔に死んじまったよ。三十年くらい前に来てくれりゃあ会わせてやれたんだがな。気風が良くて飲みっぷりも良かった俺の親友さ」
「……すでに亡くなっているのだな。残念だ」
「そう落ち込むな。今もジャナの息子が船乗りをしてっからよ、もっと詳しい話を聞きたきゃそいつのところへ行けばいい」
「その息子の名前は?」
「バージャ・ザニャス。この街一番の海猫族の船乗りだ」
儂は驚きで声が出なかった。あのレナの父親がジャナの息子だと言うのだ。
だとすればなおさらに彼の帰りを待たなければならない。
ぜひとも禁断の島について詳細な情報を聞かなければ。
腕輪から一本のボトルを取り出す。
これはダルタンで作られているドワーフ殺しだ。
しかも十年経過した年代物である。
それを情報料として老人に渡すことにした。
「こいつぁ年代物のドワーフ殺しじゃねぇか! いいのかこんな物を貰っちまって!」
「貴重な情報を提供してくれた礼だ。ぜひ受け取ってくれ」
「へへ、なんだか悪ぃな。じゃあザニャス家の家の場所も教えといてやるよ」
儂はレナの家の場所を聞くと、彼に礼を言ってから別れた。
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【重要告知】
ホームレス転生の第三巻が11月10日に発売されます。
興味のある方はぜひ手に取って楽しんでいただければと思います。
それとコミックウォーカーにて、久遠まこと先生によるコミカライズが開始されました。そちらの方でも楽しんでいただければ幸いです。
もしサイトや漫画が見つけられない時は、私のツイッターを確認してみてください。行き方が分かると思います。
それともう一点。今回の更新は五話のみとさせてもらいます。
残り五話は後日、近いうちに公開させていただきますので、あと少しだけお待ちいただけると非常に嬉しいです。
引き続きホム転と徳川レモンをよろしくお願いいたします。
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