百四十話 聖獣防衛戦5

 儂は切り倒された世界樹を見ながら呆然とした。

 敵は目的を達成してしまったのだ。

 足止め役のザジが光景に高笑いする。


「これで一級天使が地上に降臨することが可能となった。人の運命は定まり主神ゴーマ様の計画が滞りなく遂行される」

「…………」

「空を見よ。結界の消えゆく様が美しい」


 奴の言葉に従って見上げると、虹色の結界がガラスのように割れて行く。

 普段は見えないがこの時ばかりは視認できるようだ。

 結界にできた穴は崩壊しながら急速に広がっていた。

 世界樹が殺されてしまったことで機能が停止してしまったのだ。


 儂の中で後悔と絶望がにじむ。

 決して天使を甘く見ていたわけではない。

 だが、敵は一枚も二枚も上手だった。


 結界が解かれたことにより天使の軍勢が押し寄せてくることだろう。

 人類を抹殺するなどと言っているだけに総数は想像を超える桁のはずだ。

 そうなると儂らにもはや対抗手段は皆無と言って良い。

 数百万、数億の敵とまともに戦う力などないのだから。

 儂が世界樹を護りきれていれば。悔やんでも悔やみきれない。


「馬鹿な!? なぜだ、なぜ結界が!!」


 ザジの怒声にもう一度空を見上げた。

 儂は自身の目を疑う。

 結界の崩壊が止まっていたのだ。


 それどころか結界は修復を始めていた。

 空に開いた穴がみるみる小さくなって行く。

 そして、結界は完全に閉じてしまった。


「何が起きている。まさ世界樹がまだ生きているのか?」

「あり得ない! 同胞が確実に息の根を止めた! もはや結界を維持することも不可能のはず! 考えられるのは他に結界を創り出す存在が――しまった神樹か! 裏切り者め!」


 ザジは顔を大きく歪ませて怒気を露わにする。

 事情はまだ飲み込めていないが、神樹と呼ばれる存在が結界を修復したことだけは辛うじて理解できた。

 つまりまだなんとかなるのだ。


 儂は加速してザジに切り込む。

 斬撃は大鎌で防がれ甲高い金属音が木霊した。


「計画は失敗に終わったようだな」

「まだだ! 我らは与えられし命令は必ず遂行する! 世界樹で駄目なら次は神樹を殺すまでだ! ゴーマ様の計画に支障はない!」

「ならば全力で阻止する。神にいいようにされてたまるか」


 互いに空中で身体を回転させて武器を交える。

 まだ希望はある。人類殲滅などさせるわけにはいかない。


 そんな言葉が脳裏を走ると、剣を握る手に大量の汗が噴き出した。

 次の瞬間、大鎌によって剣が弾かれ手元からすっぽ抜ける。

 武器を失った儂は額から冷や汗を流しザジは口角を鋭く上げた。


「功を焦ったな。戦いの最中に武器を失うとは愚かな」

「っつ! 儂としたことが!」


 この好機を逃すまいと奴は一気に攻めに出る。

 何度も振られる大鎌。儂は後ろに飛翔しながら躱し続けた。

 しかし、そう簡単に逃がしてくれるわけもなく。

 武器を拾いに行く機会も与えてはくれない。

 つかず離れず追随しながら、ひたすら儂の命を刈り取ろうと奴は追いかけ続けた。


「あの剣がなければ雷帝撃とやらも出せまい。早くその首を差し出すがいい」

「断る。儂はまだやりたいことが山のようにあるからな」


 そう言って天使に向かって眷属化を放つ。

 視界にゲージが表示され赤いバーが出現した。

 すぐに緑色のバーが左側から押し始めるがなかなか上がらない。

 予想はしていたが、やはり天使に眷属化は効きにくいようだ。

 それでもチャンスを作る為に継続する。


「うぐっ、貴様何をした!? 頭の中で貴様の声が聞こえる!」


 ザジは動きを止めて額を押さえる。

 すかさず儂は距離を詰めて大鎌を下から蹴り上げた。

 武器は手元から離れくるくると回りながら地上に落下する。


 これで再び対等な戦いができる。

 儂は奴の横っ面へ拳をめり込ませた。


「へぐっ!? 人間め!!」

「うぶっ! 負けるか!!」


 そこからは殴り合いだ。

 儂の拳がボディに沈めば奴の拳が視界を揺らす。

 スキルや種族で強化されているとは言え痛いものは痛い。

 打撃は骨をきしませ内臓にダメージを蓄積させる。

 自己再生も間に合わないほどの連続攻撃をお互いにぶつけあった。


「これが儂の本当の奥の手だ! 天地経絡穴!」


 奴の額に現れた赤い点に向かって拳を直撃させる。

 赤い点は二重丸に広がりヒットを示した。

 そして、ザジはぐるりと白目をむいて力なく落下する。


 ツボ押しが進化の果てにたどり着いた天地経絡穴。

 その最大の特徴は任意の場所にツボを出現させることができると言うものだ。

 弱点とも言えたツボ探しが改善され、好きな時に瞬時にツボを押せるようになった。

 まさに儂の奥の手の奥の手であり一撃必殺のスキルといえよう。


 地上に降下して剣を拾い上げるともう一人のザジを探す。

 何をするか分からない相手だ、一刻も早く仕留めなければ。

 そう思っていると、すぐ近くの空で頭部を切り落とされたザジの死体が落下していた。

 倒したのはどうやら儂の分身のようだ。

 すると街の上空を飛翔していた三級天使が撤退を始める。


「あの様子から二級天使は全て倒したと考えて良さそうだな。ひとまずの勝利か」


 ただ、世界樹が倒されてしまった現状を考えると心から喜べなかった。

 護るべき聖獣を殺され街は無残に壊されたのだ。

 未だに人々は逃げ惑い街のあちらこちらで火災が広がり続けていた。

 敵は去ったがまだすべきことが山積みだ。まずは火を消さなくては。


「ぱおぉぉぉおおおん!!」


 象の鳴き声が聞こえ雨が降り始めた。

 空を見ても雨雲などない。奇妙だ。

 街の最も大きな池に目を向ければ、アイラーヴァタが長い鼻で水を噴出していた。

 燃えさかる建物に向けて懸命に消火を行っている。


 マビアも街の中を移動しては人々を助けていた。

 建物に顔を突っ込んで子供や老人を咥えて救出する。


 ジルバはどこからか持ってきた鐘を、バケツ代わりにして消火活動を手伝っていた。さらに大きな瓦礫をその巨体で持ち上げ、意識のない者をつまみ上げては街の人々に渡す。


 だが、それでも被害は拡大する。

 木々の多い自然豊かな街だっただけに、一度火が付くとなかなか消えないのだ。

 おまけに北からは乾燥した風が吹いており延焼を加速させていた。

 このままでは不味い。ようやく敵を退かせたと言うのに街が消えようとしている。


「真一! 大変、御神木様が!」

「エルナ! 良いところに来た!」


 エルナがタイミング良く駆けつけてくれた。

 儂は彼女に魔法で火を消せないかすぐに相談する。


「試したことはないけど、多分私の魔法ならできると思う。全ての魔力を使ってでもザーラを救って見せるわ」


 杖を掲げた彼女は莫大な魔力を放出、水に変換しながら上空に収束させた。

 どれほどの水量があるのか分からない。巨大な水球が回転をしながら淡い青光を全方向に放射する。

 そして、水球は形を変え円盤状に広がり始めた。

 広さは街の空を覆い隠すほどだ。数キロに及ぶ湖が空中に出現した瞬間だった。

 誰もがその光景に目を止めていた。聖獣すらも動きを止めて見上げる。


水瓶座アクアリウス!!」


 水が滝となって火災の激しい箇所に落ちた。

 白い煙が立ち昇り街の道という道に水が流れ込む。

 消火が完了するとエルナは力を失うようにして儂によりかかった。


「頑張ったな。お前のおかげで多くの人命が救われた」

「嬉しいけど……魔力を使いすぎたわ。ちょっと休ませて」


 儂はエルナを背負ってやると、切り倒された世界樹の元へと向かう。

 そこではまだ息のある御神木がディアナ女王と会話をしていた。


「――ではそのようにいたします」

『うん、皆はきっと僕がいなくてもやっていけるよぉ。もう親離れの時かなぁ』

「親は子を想い子は親を想う。私達エルフは永きに渡り見守ってくださった貴方様を決して忘れたりしません。サナルジアの民は世界樹を、父として母として永遠にこの胸に刻みつけることでしょう」

『なんだか眠くなってきたよ……植物なのにおかしいよねぇ……』

「御神木様安らかにお眠りください」


 ディアナがそう言うと世界樹は二度と言葉を発することはなかった。

 儂は彼女の近くに着地してエルナを地面に座らせた。

 振り返った彼女へ精一杯の気持ちを込めて深く頭を下げる。


「すまない。儂が敵の狙いに早くに気がついていれば」

「こうなってしまっては仕方のないこと。今さら言ってもどうしようもない。それに私にもこの大惨事への非はある。御神木様の力を過信していたことだ。敵の能力を侮っていた」

「同様の気持ちだ。偽装スキルが索敵の網を抜けるなどと思いもよらなかった。おまけに奴らは儂を徹底的にマークしていた。二重の足止めまで用意してな」


 ディアナは静かにうなずいた。

 その顔には極度の疲労が見て取れる。

 倒れないか少し心配だ。


「敵が数倍上手だったようだな。しかし、結界が崩壊を免れたのは幸いだ。御神木様が寸前で神樹に危機を伝えなければ最悪の事態となっていただろう」

「なぜ神樹に?」

「御神木様によれば聖獣の生命力を束ねて結界にしているのが神樹だそうだ。私も詳しいことは分からないが、御神木様の警告を受けて神樹が何らかの方法で結界を修復したと思われる」

「つまり正確には、結界を創り出しているのは神樹ということか。だったら天使は聖獣ではなくそっちを狙えば良かったのでは?」

「恐らく所在がつかめないのだろう。神樹のいる禁断の島は何者も寄せ付けない領域だそうだ。天使ですら見つけるのは困難だと推測する」


 なるほど。だから神樹ではなく聖獣を標的にしたのか。

 だが、そうなると禁断の島に行くのも難しいかもしれないな。

 神樹とやらがいかなる存在なのか確かめたい気持ちはあるが、踏み入ることもできないのであれば断念するしかない。それに今は天使の次の攻撃に備えなくては。


 バサリッと空からコウモリのような羽を生やした人物が舞い降りた。

 儂らの前で着地するとスカートを片手ではたいて埃を払った。


「酷い有様じゃな。あの美しかったサナルジアがこのようになるとは」

「何の用だエヴァ。戦いならすでに終わったぞ」

「妾は加勢をする為に来たのではない。良き知らせを受けたのでお主達にも伝えてしんぜようと足を運んだのじゃ」

「良き知らせ?」


 首をかしげる儂は頭の中でハテナが大量生産される。

 エヴァは瓦礫の上に身軽にジャンプすれば、つま先立ちで儂らを見下ろした。


「先ほど妾の前に神樹の使者が現れた。要件はホームレスを禁断の島へ招きたいということじゃ。特に田中真一は絶対に来ることが条件となっている」

「神樹から呼ばれるとはな。だが、せっかくのお誘いだが断らせてもらう。天使の次なる攻撃に備えなければならないからな」

「その点は気にせずとも良い。現在張られている結界は以前のような完璧な状態を保っておる。今しばらくは天使が攻めてくるようなこともないはずじゃ。それになぜ結界が張り直されたのか、その真相を調べる責任がお主にはあると妾は思うぞ?」

「む……」


 反論ができなくなってしまった。

 確かに結界が張り直された理由を知っておくべきかもしれない。

 これが一過性なのか永続的なのか。

 もし時間に限界があるなら対策を立てなければならない。

 すると座っていたエルナが立ち上がって微笑む。


「話は聞いたわ。禁断の島へ行きましょ」

「良いのか? 故郷がこのような状態なのに……」

「だからこそよ。私達にしかできないことで人々を救いましょ。それから復興を手伝ったって遅くはないはずよ。大丈夫、ここには女王様にお父様やお母様がいるもの」


 エルナの言葉にディアナが「もちろんだ」と返事をした。

 決まりだ。ホームレスは禁断の島へ向かう。


「話はまとまったようじゃの。では妾は帰らせてもらう」


 背中を見せたエヴァに儂は解析スキルを発動する。

 分身が正体が分かると言っていたことを思い出したのだ。



【解析結果:エヴァ・クライス(影):ヴァンパイア一族を束ねる四魔王の一角。破壊神の忠実なるしもべであり今もなお密かに主の復活を望んでいる。エヴァ・クライスの分身である:レア度S:総合能力S】


【ステータス】


 名前:エヴァ・クライス

 種族:クラウンヴァンパイア(影)

 魔法属性:風・闇・邪

 習得魔法:―

 習得スキル:分析(中級)、牙王術(中級)、拳王術(中級)、索敵+(中級)、高速飛行(中級)、万能適応、伏圧(中級)、独裁力(中級)、麻痺眼+(初級)、血液操作改(上級)、羅閃拳(上級)、紅氣波(初球)

 進化:―



 儂は言葉を失った。

 目の前のエヴァは本物ではない。

 魔王エヴァの分身なのだ。


 破壊神の僕という文字を見て、彼女が本当に味方なのか疑わしく感じた。

 もしかすると儂ら人類はこれから、天使とも魔王とも戦わなければならないのかもしれない。


 これから待ち受ける波乱に儂は空を見上げるしなかった。


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