百三十九話 聖獣防衛戦4


 大鎌と剣がぶつかり合い火花を散らす。

 その度に轟音が響き周囲に衝撃波が生じた。

 離れては衝突を繰り返し、互いに8の字を描きながら無限に続きそうな攻防を続けている。

 正直、変な気分だ。殺したはずのザジが目の前にいると思うと、あの時の戦いを繰り返している感覚になる。

 ただ、あの時と違うのは儂が冷静であることだ。

 敵の正体を知っている今は感情を露わにすることもない。


「神器の所持に二級天使の殺害。貴様はいくら大罪を重ねるつもりだ。神に詫びて自害せよ。さすれば来世は家畜ぐらいには生まれ変わることができるだろう」

「ならば聞くが宇宙再創造などとのたまう神は自害しないのか。天使に人類抹殺を命じる者などどう考えても極悪人だと思うが」

「貴様の言っているのは人の尺度だ。神が定めし大いなる規律は人間がどうなろうが問題にはしない。そして、神は神であるが故に罰せられることなどないのだ」


 ずいぶんと都合の良い話だな。

 結局、神は偉いので何をしてもいいというわけか。

 神がどのような存在でなんなのかは詳しくは知らないが、聞く限りでは権力に浮かれた人間と大して変わらないように思える。


 儂は上旋回で勢いを付けて切り込む。

 大鎌と剣が交差して互いの武器が音叉の如く共鳴した。

 同じオリハルコンでできている為にこのようなことが起きたのだろう。

 美しい音色を響かせながらも再び勢いを付けてから斬り合う。


「神が行おうとしている宇宙再創造とはなんなのだ。なぜそうしなければならない」

「では無知な貴様に教えてやろう。今の宇宙は生存競争という争いを繰り返すだけの不完全な世界、それを憂いた主神ゴーマ様は世界を完璧な形とする為に立ち上がられた。憎しみも悲しみもない喜びがあるだけの争いの存在しない新しい世界が誕生するのだ」

「ふむ、実につまらない世界だな。お前はそれでいいのか」

「天使は神の命に従うだけだ。それこそが喜びであり俺が存在する意味だ」


 ザジはそう言いながら左手で魔法を放つ。

 赤い半透明の壁が放たれ儂の身体を通過した。

 だが、ダメージはない。

 この黒いローブがある限り魔法は全て無効化されるのだ。


「やはり駄目か。報告にあった通り魔法は全て消されるようだ」

「報告? 誰から聞いた情報だ?」

「我らはテレパシーによって情報をやりとりする。今こうして貴様と戦っている全ての戦闘データはこの星の外にいる天使に送られている。たとえ俺に勝とうとも次なる天使が貴様を確実に殺す」


 負けることも想定して戦っているというわけか。

 やはり天使はやっかいな相手だ。


 奴は大鎌を振って見えない刃を放った。負けじと儂も竜斬閃を放つ。

 二つの刃は空中で衝突して相殺された。そこから急加速して切り結ぶ。

 打ち合わされた武器と武器が弾き合い、勢いに乗って身体を回転させると次なる攻撃を繰り出す。再び打ち合わさり武器同士が共鳴した。


「手加減は終わりだ! 限界突破、覚醒発動!」


 ザジの気配が大きくなる。

 儂は限界突破と覚醒に超人化改を発動させた。

 力が迸り紫のオーラが身体を包み込む。

 そして、さらに種族・二級天使を発動させた。

 純白の翼が背中に現れ、すでにあった黒のコウモリ羽を合わせると、計二対の羽が存在を主張する。

 これにはさすがのザジも目を見開いた。


「その翼は……まさしく天使のもの……」

「儂は倒した者の種族を手に入れられる。しかもその基礎能力を今の儂に上乗せすることも可能だ」


 つまり今の儂は基礎能力にヴァンパイア、エンペラードラゴニュート、二級天使の力が加算され、そこからさらに限界突破と覚醒に超人化改によって能力が向上しているというわけだ。ここまで能力が上がれば竜化を使うまでもないだろう。


「ば、化け物め! もはや人と呼ぶのもおこがましい!」

「失礼な。儂はこれでも人間だ」


 儂はザジの猛撃を片手でいなし、がら空きの腹部めがけて蹴りをめり込ませた。

 定規で引いたかのような軌道を描いて奴は地上へと勢いよく落下、轟音を鳴らして土煙が昇った。

 戦場から離れた森の中なので問題はないだろう。

 切っ先を天に向けて魔宝珠を起動させる。

 第六の宝具であるこの剣は、他の宝具と違って封印もされておらず本来の力を発揮することができる。初めての起動なので肩慣らしにはちょうど良いかもしれない。


「雷帝撃」


 空を埋めつくような莫大な紫電が刀身から放出された。

 雷鳴が轟き高い熱量が空気を急速に膨張させる。

 ザジの落下しただろう場所へ、剣を振り下ろせば極太の雷撃が地上へと落ちる。

 その直後、強烈な熱風と轟音が周囲に走った。


 光が消え失せ儂は攻撃した場所へと目を向ける。

 あったのは直径百メートルにも及ぶ大きな穴だ。

 さすがは宝具だ。威力が尋常じゃない。

 これでも加減をした方なのだがな。


 索敵で確認するとザジはまだ生きているようだった。

 近づいてみると下半身を失った奴が、息も絶え絶えで穴の近くに倒れている。

 どうやら狙いを外していたようだ。コントロールに問題ありだな。

 顔をのぞき込むとなぜか奴は笑みを浮かべる。


「俺を倒して……終わりだと思うな」

「どういう意味だ」

「貴様らが戦力を集めて……聖獣を護ろうとしていたのは早くに把握していた……我らはその裏を……」


 ザジは話の途中で死んでしまった。

 裏を……? 

 ハッとするとザーラの方角へ視線を向ける。

 空には黒煙がいくつも昇っていた。

 やられた。この大規模な攻撃は陽動だったのだ。


 儂は空に舞い上がるとソニックブームを発生させて音速で街へと向かった。

 ザーラではいくつもの火の手が上がっていた。

 人々は悲鳴をあげて逃げ惑い、追いかける天使が次々に剣を血に濡らす。

 それは一方的な虐殺。老若男女関係なく住人は殺されていた。


「うわぁぁあ! お母さん!」


 眼下で少女が負傷した母親にすがりついて泣いていた。

 そこへ天使が抜き身の剣を片手に歩み寄る。


「幼子よ。輪廻の流れに還るがいい」

「いやぁああああああっ!!」


 天使が剣を少女に振り上げる。不味い。

 儂は急加速で天使の背後から接近。すれ違いざまに敵の首を切断すると身体を反転させながら着地。石畳を滑りながらも足にブレーキをかけた。


「お母さん! お母さん!!」

「あなただけでも逃げなさい。私はもう長くはないわ」

「嫌だよ! 一緒に逃げよう!」


 母親を見れば腹部に深い傷があった。

 出血が酷くかなり危険な状態だ。

 儂は母親にレインボーマシューを渡した。


「それを食べろ。大抵の怪我は治る」

「不思議……助からないと思った傷がみるみる塞がってゆくわ」


 完全回復した母親は立ち上がって儂にお礼を言った。

 少女も母親が助かったことで笑顔を取り戻していた。


「一つ聞きたいのだが天使どもはどうやって街に?」

「分かりません。突然どこからともなく現れて人々を殺し始めたのです」

「奇妙だな。この街は世界樹の索敵範囲に入っている、もし近づいてもすぐに分かったはずなのだが……」


 世界樹トレントは相当に強い。

 儂の勘ではあるが十万年も生きている大木だ。桁違いの攻撃力を持っていてもおかしくないだろう。

 ただ、その反面弱点もある。それがこの街だ。

 いくら強い世界樹でも街に入られると攻撃できない。

 それは彼がエルフを愛し街を愛しているからだ。

 故に天使が街に入り込んだ時点でもはや世界樹になすすべはない。


 儂は腕輪から紙袋をとりだして母親に渡す。

 中には大量のレインボーマシューが入っていた。


「あの……これは?」

「どこかに避難したあとでいいから負傷者に与えて欲しい。まだ助かる者が大勢いるはずだ」

「承知しました。ぜひ協力させてください」

「それと避難できるまで護衛を付けさせる」


 スケルトンを三体召喚する。

 母親は悲鳴をあげるも味方だと納得できると安心した様子だった。

 これで避難の途中でも負傷者を助けやすくなったはずだ。

 親子は護衛を連れて走り去っていった。


 さて、儂はこれから聖獣の防衛と天使の駆逐をしなければならない。

 これには人手が必要だ。最低でも五人の儂がいなければ事態の収拾は不可能と考える。

 そこで完全分裂スキルを発動させ、儂を複数創り出すことにした。

 ちなみに分裂には人数の限界が存在する。

 最高で七人の自分を創り出すことができ、以前なら姿が幼くなっていたところも改善され全く同じ姿で複製できることが判明している。まぁ、姿形は原初人の種族特性でどうにでもできるので喜ぶほどのことではないかもしれないがな。


 各自の判断で街に散開、武器は現地調達と言うことでお願いしている。

 天使がオリハルコンの剣を所持しているので問題ないだろう。


 儂は世界樹へと向かうことにした。

 もし街を襲っている天使どもに指揮官がいるとすれば、そいつは必ず自ら聖獣を狙いに来るはずだ。なぜなら三級天使では強大な力を持っている聖獣を倒すことはできないからだ。


 世界樹の根元や頭の辺りで複数の爆発が起きる。

 間違いない。各聖獣が天使と交戦中だ。

 まずは一番危ういと思われるアイラーヴァタの元へと向かう。


「何匹来ようがアタシらにゃ勝てないよ。翼ごと燃えちまいなぁ」

「我ら聖獣は世界と人を護りし存在。たとえ天に逆らってでもこの意思は貫き通す」


 マビアはマシンガンの如くファイヤーアローを発射する。

 アイラーヴァタは光魔法のレーザーを長い鼻先から空に向かって走らせていた。

 天使は二体の猛攻に上手く近づけず周囲を飛び回る。

 こちらは問題なさそうだ。

 ならばと儂は急上昇して世界樹の頭へと移動した。


「ふんっ! でりゃああっ!!」


 太い枝から枝へと飛び移りながらジルバは天使と戦闘をしていた。

 大きく頑強な拳で天使の一人を殴り飛ばすと、背後から迫ってくる敵も後ろ蹴りで撃退する。それでもハエのようにたかってくる天使に、ジルバは「千波掌」と叫んでから掌底を放った。

 次の瞬間、数十という青い光が掌から発せられ天使を直撃。

 連続して大きな爆発が起きた。恐らく技スキルかなにかだろう。


「ジルバ! 無事か!?」

「おお、小さき者よ。こちらは問題ない。それよりも世界樹を護ってくれ。先ほどから二級天使が攻撃の機会を窺って飛び回っている」

「まだいたのか……分かった。儂がなんとかする」


 儂は急旋回して世界樹の胴体へと降下する。

 索敵には確かに高スピードで飛び回る敵の反応があった。


 急降下で真上から切り込めば、咄嗟に反応したザジが大鎌で斬撃を弾き返す。

 まだだ。ここで逃がせば取り返しのつかない事態になるかもしれない。

 弾かれた勢いを利用して空中で身体を回転させる。放つは竜斬閃だ。

 黄緑色の光の刃は線を引くようにしてザジの片足を切り飛ばした。


「ぐあっ!?」

「逃がすか! 爆炎剣舞!!」


 至近距離で強烈な剣技を打ち込んだ。

 爆発が起きた後、ザジは地上へ建物を破壊しながら高速落下する。

 地上近くまで降下すると、奴は土煙の立ち昇る中からゆっくりち立ち上がった。


「我らの狙いに気がついたか」

「やってくれる。まさか大がかりな陽動作戦だったとは」

「神の使いである我らがこの一ヶ月もの間、遊んでいたとでも思っていたか? そんなわけはない。偽装を使って庶民になりすまし世界樹の目をごまかしていたのだ」

「儂らのすぐ近くで潜伏していたというわけか……突然現れたというのも納得が行く」


 悔しさがにじむ。偽装が索敵の網の目を抜けることのできるスキルだったとは。

 しかし、今はそんことで悔やんでいる場合ではない。

 幸いにも儂は間に合ったのだ。奴らが作戦を完了する前に。

 が、ザジはなぜか笑い始める。


「貴様は我々にとって最も大きな障害になるだろうと予想された。そこで足止め役を用意することにしたのだ。それも二重に」

「まさか……」

「天使が天使に偽装してもおかしなことはないだろう?」


 慌てて周囲を見渡せば、世界樹のすぐ側で大鎌を構える三級天使が見えた。

 その身体は一瞬だけぼやけると二級天使の姿へと変わる。

 しまった! こいつは儂の足止め役だったのか!!

 急いでその場所へと向かうとするが、目の前に足止め役のザジが立ち塞がる。


「行かせない。聖獣は計画通り抹殺だ」

「退け! 儂は行かなくては――!!」


 その時、大鎌が世界樹に振られた。

 見えない斬撃は巨木を通り過ぎ斜め上へと抜けていった。


 数秒間の間があった。


 その後、巨木は斜めにずり落ちて倒れる。

 街に落下した樹は轟音を鳴らし大地を激しく揺らした。

 もうもうと土煙が空に昇り砂嵐のように空を覆い隠す。


 この日、世界樹はサナルジアから失われた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る