百三十八話 聖獣防衛戦3
ペロを抱えたフレアが二級天使に向かって飛行する。
すでに他の三人は交戦中だ。遠くでエルナの魔法による爆発音が響いていた。
「フレアさん、僕を思いっきりあの天使に投げて」
「分かりました。お気を付けて」
彼女の神通力によってペロは弾丸の如く射出される。
次の瞬間、ザジの大鎌とペロの拳が正面からぶつかり合った。
「聖獣が天使に刃向かうとは。神族に弓引く蛮行であるぞ」
「そんなこと知らないよ。僕は僕の為に戦っているんだ」
「愚かな。己の存在意義も忘れ邪悪なる者達に加担するなど――ちっ!」
ザジはペロを突き飛ばすようにして後方に下がる。
そこへ真上から急降下してきたフレアがペロと天使の間に割って入った。
すかさず彼女はペロを神通力で掴む。
「敵の言葉に耳を貸してはいけません。私達を惑わし無力化するつもりなのです」
「うん、分かってる。でも少しでも情報を手に入れたいんだ。彼らに近づくことで本当の狙いが分かるかもしれない」
「なるほど。宝が欲しければドラゴンの巣へ飛び込めと言うことですね。さすがはペロ様、深いお考えに感銘いたしました」
うっとりとした表情でため息を吐くフレアに、ペロは眉間に皺を寄せて沈黙する。彼女はことある度に持ち上げるのでどのように反応して良いのか困ってしまう。などと彼は心の中でつぶやいた。
「とにかく攻撃を続けよう。フレアさんは僕を使って上手く隙を突いて欲しい」
「了解しました。では私はペロ様の空中戦をサポートします」
二人は再びザジに向かって移動を開始する。
「二級天使である俺が地上にしがみつくお前達に負けるとでも? バーニングウォール!」
ザジが左手を二人に向けると、高温の真っ赤な半透明の壁が出現する。
十メートル四方に厚さ一メートルの壁は、高速でフレアとペロに向かって行った。
壁が二人を通過した瞬間、彼らは千℃もの熱に焼かれることとなった。
「くっ、進化をしてなければ死んでいた。ペロ様大丈夫ですか」
「うん、まだなんとか。アレを何度も食らうと厳しいかな」
フレアの皮膚の一部は焼け焦げていた。
だが、より深刻なのはペロだ。
美しかった青白い毛並みは黒ずんでおり皮膚は焼けただれている。
氷属性である彼にとって高温への耐性はフレアよりも低かった。
ザジはその様子から弱点と察し、二人に向けてバーニングウォールを連発。
フレアはペロを神通力で抱えながら何度も旋回を繰り返し回避した。
「これでは近づけません。どうしますかペロ様」
「僕を奴の真上に投げて。その間にフレアさんが最大速力で接近するというのはどうかな」
「運が悪ければ地面にたたきつけられますよ。危険すぎます」
「覚悟の上だよ。僕らの有利な点は人数だ。二人で攻めればきっと勝てる」
ペロの真剣な目にフレアは微笑んでうなずいた。
父親に似たのか言い出したら聞かない性格なのは知っている。
そして、勇敢なところも。
フレアは必ず彼を救うと決めて神通力で勢いよく真上に放り投げた。
「天使よ。ホームレスの騎士の実力を見せてやる」
爆発的加速でフレアは飛行を開始。
二級天使はフレアに向かってバーニングウォールを十層放った。
しかし、彼女は避けることもせず壁を通過してまっすぐに向かう。
身体が焼かれても表情を変えずひたすらに直線を突き進んだ。
「自殺行為にも等しい突貫を賞賛しよう。だが、貴様が囮であることくらい最初から分かっている。そして、もう一人が飛べないこともな。バーニングウォール」
「あぐっ!?」
二十層もの高熱の壁がフレアの動きを止めてしまった。
焼けただれた皮膚に熱による白い湯気が漂う。
フレアは顔を伏せたままその場で沈黙していた。
「ふふ、ふふふ……」
「何が可笑しい? とうとう正気を失ったか?」
「違う。囮はペロ様だ」
「なっ!? 身体が動かない!?」
神通力でザジを捕まえたフレアは大声で笑った。
そこへ落下してきたペロが、牙をむき出しにして天使の首筋へかみつく。
「くそっ! 放せ! このケダモノめ!!」
「がるるるるっ! がうっ!」
ペロの牙は肉を切り裂き背骨にまで至った。
それでもザジは動きを止めずペロを振り払おうともがく。
「バーニングウォール!」
ザジは自身に五層のバーニングウォールを使用した。
ペロは身体を焼かれたことで天使の身体から離れて落下。
発動者である彼も深いダメージを負うこととなった。
「くそ、ここはひとまず後退するか。神に逆らう背信者共め。次はその心臓をえぐり出して灰が残らないほど焼いて――あの女はどこだ?」
そう言った瞬間、ザジの胸を槍が後ろから貫いた。
彼はあり得ないと思った。獣に手こずっていたとはいえ感覚範囲の広い天使が、それも二級天使の自分が簡単に背中をとられるなど。あの女の動きは完全に把握していたはずだ。背後からフレアがザジに語りかける。
「私の奥の手は瞬間移動だ。移動できる距離は短いが、敵の背後をとるのにこれほど適したスキルはない。私は前もってペロ様が囮だと言ったはずだぞ」
「ごぷっ……うぐあ……」
フレアは殺したことを確認してからザジの死体を投げ捨てる。
そこから一気に急降下して地上へと向かった。
「ペロ様!」
ペロは地面に倒れていた。
彼女は駆け寄って懐からレインボーマシューを取り出す。
キノコを口に押し込もうとするが、ペロは身動きせず咀嚼する動きは見られなかった。
胸に耳を当てると心臓の鼓動は聞こえない。
フレアはペロの胸を必死で押した。
まだ間に合う。ペロ様はこの程度では死なない。
そんなことを思いながら懸命に蘇生術を行った。
「げほっ、げほげほ!」
「ペロ様! 早くキノコを!」
レインボーマシューを口に押し込むと、ペロはとろーんとした表情でもぐもぐする。
彼の身体からベキベキと骨が修復される音が聞こえ、黒ずんでいた毛は色が戻り、皮膚は瞬く間に再生された。それでもまだぼんやりとしているペロは、身体を起こして不思議そうに周囲を見渡す。
フレアは彼に抱きついて泣き声をあげた。
「良かった! もしかするとペロ様は死んでしまったのかと!」
「え? 僕、危なかった?」
「心臓が止まっていたのですよ! 本当に冷や冷やしました!」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
「いえ、まだ怪我がないか調べないと! 身体の隅々まで診察します!」
「それってモフモフしたいだけだよね?」
ペロは呆れつつ目に涙をためて喜ぶフレアに身を任せた。
◇
無数の火球が放たれ敵は爆発する中を螺旋回転で躱し続ける。
逃げ切った二級天使はエルナをあざ笑うかのように、二本の白い尾を引きながら遙か上空を飛行していた。
「全然ヒットしないわ。ちょこまかと目障りよ」
「コントロールが悪いから当たらない。ライバルが悪い」
「ちょっとあんたどっちの味方よ! 言っておくけど私の魔法操作は完璧よ!」
「完璧ならもう当たってる。世間ではライバルみたいなのをビッグマウスって言うらしい」
「ウキー! ぶん殴ってやる!」
空中でつかみ合いをするエルナとリズは、敵などそっちのけで喧嘩をしていた。
そこへ急降下してきたザジが二人に向かって大鎌を振る。
「わあっ!? 危ないじゃない! 私達を殺す気!?」
「戦ってるのに殺さない方がおかしい。ライバルの言ってることは支離滅裂」
「う、五月蠅いわね! 分かってるわよ! ちょっとびっくりしただけ!」
ザジの攻撃を避けたエルナとリズは、高速飛翔を続ける天使に目を向けた。
敵は縦横無尽に大空を飛び回り、二人には目で追いかけるのがやっとだった。
「あんたが囮になって引きつけてくれれば楽なんだけど」
「それは断る。どうせ私ごと燃やすつもり」
「……じゃあこうしましょ。私が一発で倒せるような魔法を構築するから、あんたはあいつの動きを止めてくれればいいわ。それなら問題ないでしょ?」
「了解。でも私を攻撃したらお兄ちゃんに報告する」
「信用ないわね。確かに私は真一のことが好きだけど、恋敵が消えても良いなんて一欠片も思ってないわよ。一応、仲間なんだし……」
エルナは目を逸らしながら顔を赤くする。
作戦に納得したリズは振り返りながらつぶやいた。
「もしお兄ちゃんと結婚したらライバルは妾にしてもいい。名案」
「ふざけるな! 正妻は私よ! 戻ってきなさい、ぶっ飛ばしてあげるから!」
エルナの言葉を無視してリズは敵に向かう。
彼女の背中を見送るとエルナはすぐに魔法構築に入った。
練り上げる膨大な魔力をイメージで天使を倒す刃へと変じる。
彼女が構築している魔法は
あの魔法は高威力ではあるが、範囲が広すぎる為にリズまで巻き添えにしてしまう恐れがあったからだ。その為、彼女は二級天使だけを仕留める魔法を創ろうとしていた。
「天使だけを倒す魔法。これだわ」
イメージが固まると魔力を形にする。
発動と同時に杖から眩い光が放出され彼女を包み込んだ。
一方でリズは闇雲に乗ってザジと戦っていた。
飛行速度は圧倒的に敵が上であり、彼女はすれ違うように繰り出される大鎌を短刀で弾き返しながら思案していた。
「速度は向こうが上、普通に追いかけていても引き離されるだけ。どうにかしないとまともな戦いができない」
「諦めろ人間。三級天使ならいざ知らず俺は二級天使だ。万が一にも勝ち目などない」
「あ、捕まえればいいのか。それなら簡単」
再びすれ違うように攻撃を繰り出したザジに、リズは自身の乗っている闇雲を操作して大きな腕を作り出す。そして、腕はがっちりと敵を捕まえた。
「な、なんだこの腕は!?」
「闇雲。私のお気に入りの能力」
みしみしと腕は締め付ける力を強める。
リズはしゃがみ込んで天使の顔をのぞき込んだ。
「天使はどこから来た? 空の上には何がある?」
「うぐ……ぐあぁぁっ!?」
「言わないと潰れる。質問に答えろ」
「て、天界だ……神々の住む星が宇宙の中心に……」
「宇宙って何? 天界はどうやって行く?」
「そのような……ことを言うわけないだろうが! 調子に乗るな小娘!!」
ザジの発散した光の奔流は闇雲を霧散させリズを落下させる。
「俺としたことが神気を無駄にするとは。よくも神に与えられし至高の力を使わせたな。この罪は万死に値する」
怒気を放つ敵はリズを追いかけて下方に加速する。
そして、彼女に追いつくと大鎌を振り下ろした。
が、自由落下をしながらリズは大鎌を短刀で受け止める。
「っつ、闇雲の再生には時間がかかる。この状況は苦しい」
「ははははっ! 地面に激突する前に俺がその首を狩ってやる!」
互いに至近距離で刃を交差させる。リズは左腕を切断され血飛沫を上げた。
それでも攻撃の手は止めず戦闘を継続する。甲高い金属音も耳元を通り過ぎる風の音でかき消され、ぐんぐんと地上が二人に近づいてきていた。
「諦めてその魂を輪廻に還すのだ!」
「断る。私は死ぬつもりはない」
そう言った彼女の靴先からナイフが飛び出した。
つま先をザジの横っ腹へ蹴り込むと、鮮血が飛び散り攻撃の手が緩まる。
さらに短刀を腹部へ突き込めば、ザジは痛みからその場に留まった。
「引き離したのは良いがこれはヤバい」
地面はもう目の前だった。
リズは助かる為に周囲を必死で探す。
それは小さいが確かにあった。
直径五センチほどの闇雲が彼女の顔の横で漂っていたのだ。
咄嗟に雲を掴んで身体ごと浮遊させる。
すさまじい衝撃が全身を襲い、雲を掴んだ腕からは数カ所から血が噴出、激痛を伴ってなんとか落下は免れた。もはや雲を掴んでいるのがやっとの状態、地面にゆっくりと降りるとすぐに足が着いた。
激突まであと五メートルだったのだ。
リズは懐からレインボーマシューを取り出して咀嚼すると倒れた。
その頃、ザジは腹部を押さえて痛みに耐えていた。
天使と言えど決して無痛ではない。
人間と比べると痛みに対してかなり鈍感ではあるが、腹部を破られればいくら天使でも行動が阻害される。傷が修復されるまでおよそ二十秒。ザジは落下した敵にしてやられたと苦虫を潰したような表情をした。
「リズのおかげで完成したわ! これがあんたを倒す魔法よ!」
エルナが白銀に輝く一本の矢を見せた。
それを見てザジは鼻で笑う。
「魔力を物質化したようだが、その程度の魔法で俺を倒せると思っているのか。エルフと言うのはもっと利口な種族だと思っていたが勘違いだったようだ」
「ふふーん、それはこれを見てから言うのね」
手元に大樹の弓を呼び出すと、彼女は矢をつがえて弦を引き絞る。
その瞬間、ザジは強烈な悪寒を感じて逃げ出した。
「発射!」
放たれた矢は猛烈な速さでザジを追いかける。
何度旋回しても矢はぴったりと背後に張り付き飛び続けた。
これはエルナが考え出した必殺の魔法矢である。
矢が消滅しない限り敵を追い続けるという追尾型魔法だ。
その上、矢に込められた魔力は
「こんなはずでは! 俺は主神の仰るとおりに――!?」
矢がザジを貫いた。
胸に直径十センチの大穴が空き、二級天使の心臓は破壊される。
そのまま地上に落下すると目を見開いたまま動かなくなった。
エルナはリズの元へ駆けつけると、地面に倒れる彼女を見て悲鳴を上げた。
彼女の両肩を掴んで激しく揺する。
「嘘でしょ!? 死なないで! お願い!」
「…………」
「私が正妻になったら妾にしてあげても良いって思ってたのに! うわーん!」
「違う。私が正妻だ」
むくりと起き上がったリズは半眼でそう言った。
彼女が生きていたことを知ってエルナは強く抱きしめる。
二人は笑顔で勝利したことを喜び合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます