百三十七話 聖獣防衛戦2


 天使との戦いが始まって三日目。

 昼夜を問わず天使との戦闘は継続していた。


「フレイムバースト!」

「疾風連撃!」


 エルナが強力な魔法を撃ち放ち、ペロが目にもとまらぬ速度で攻撃を繰り出す。

 天使は爆炎に巻き込まれ灰と化す。打撃を打ち込まれた敵も、衝撃によって内部から身体を破壊され血を吐いて地面に倒れる。


「流星衝」


 フレアの槍が敵のオリハルコンの鎧を貫通する。

 すかさず神通力で射出された槍が、背後にいた天使達の顔面を穿った。


「九十八、九十九、百」


 リズは敵と敵の隙間を縫うようにして走る。

 すれ違う瞬間に短刀を走らせ首を掻き切った。

 そこからさらに跳躍、空中で身体を捻りながら周囲にいた天使に爆薬手裏剣を投げる。

 次の瞬間、連続して爆発が起きた。


「ふっ! モフの悟り!」


 天使と剣を交えるエドナーは滑り込むようにして相手の懐へと入る。

 素早く敵の首を掴めば、敵は恍惚とした表情となって剣を手放す。

 彼は無防備となった天使の首に剣を走らせた。


 戦場には屍の山が築かれようとしていた。

 天使と六種族の死体が折り重なり、ヒューマンの見開いた両目が戦いを見つめ続ける。

 止まない怒号と悲鳴。流れ続ける血は地面を赤く染めた。



 ◇



「現在の戦況は敵の優勢、ややこちらが押されている。疲労困憊で倒れる者も出ていてこのままでは長くは持たない」

「たった五万で三十万を相手に互角以上の戦いをするとはな。初日にエルナの魔法をもう一発お見舞いしてやれば良かったか」

「そんなこと言ってもしょうがねぇだろ。今できることをやるしかねぇ。とにかく奴らを聖獣から引き離す為に前線を押し上げるしかねぇよ」


 儂は各将軍と顔をつきあわせて会議を開いていた。

 今もなお戦場では兵士と天使が戦っている。

 そう思うと焦りのようなものを感じずにはいられなかった。

 やはり眷属を出すしかない。

 奥の手ではあったがこの状況では出すしかないだろう。


「報告します! 天使が後退を始めました!」


 テントに飛び込んで来た兵士に、儂を含めた将軍が驚きで立ち上がる。

 このタイミングで後退だと? まさか罠か?

 いや、そう判断するのは早計だ。

 敵もこちらと同様に限界を迎えたのかもしれない。

 少なくとも立て直す為の猶予ができたのは確かだ。

 儂は将軍達に前線を維持しつつ負傷者の手当を命令した。


 テントを出るとエルナ達が戻っていた。

 四人とも疲れた顔をしており、テントにもたれかかるようにして休憩をしている。


「レインボーマシューだ。食べておけ」

「ありがとう。私達はキュアマシューで十分よ。他の人に渡してあげて」

「そうか。それで敵の情報は何か得られたか?」


 エルナ達は力なく首を横に振る。

 敵の弱点のようなものを探ってもらっていたのだが駄目だったようだ。

 分かったのはせいぜい翼が死角になりやすいと言うことくらい。

 戦況を変えるには至らない。


「はっきり言って異常よ。体力も精神も底が見えないわ。魔力だって尽きる様子が見られないし、まるで羽の生えた眷属と戦っているみたい」

「私も同様の気分だ。アレは人の形をした別物、顔も体格も同じで感情というものも感じられない。まだスケルトンの方が人間味がある」

「治癒能力も人と比べると桁違いだよ。擦り傷程度なら瞬時に治すし、恐怖がないのか怯むこともないんだ。何と戦っているのか途中で分からなくなる」

「ZZZZZ」


 四人は天使と言う生き物に戸惑っていた。

 いや、三人の間違いか。

 リズはどうでも良いのか寝ている。

 経験豊富で高い実力を誇る仲間がこの調子だ。

 初めて天使と戦う兵士達はもっと戸惑っているに違いない。

 状況は儂が考えるよりも厳しいようだ。


「ふざけるなよ! 逃げるってどういうことだ!」


 怒鳴り声に目を向ければ、ダルタンの将軍であるグリルが兵士の胸ぐらを掴んで怒りを露わにしていた。


「あんな化け物と戦うなんて聞いてねぇよ! 俺は国へ帰らせてもらうぜ!」

「てめぇ聖獣を見捨てるのか!」

「それがどうしたってんだよ! 俺の国には聖獣なんていねぇ! こんな戦いで散る意味なんてねぇんだよ!」

「てめ、この野郎! ぶん殴ってやる!」


 儂はグリルの振り上げた拳を掴んで止めた。

 よく見れば兵士はローガスの者だった。

 彼の気持ちは分からなくもない。

 護るべき聖獣もいないのに戦いに参加させられているのだから。

 グリルは儂の顔を見て拳をゆっくり下ろした。


「この戦いはすでに聖獣を護るだけのものではなくなっている。言ってみれば人類を護る戦いだ。負ければ天使に滅ぼされる。それでも逃げたいなら逃げるがいい」

「…………」


 兵士は返事もしないまま荷物を持って走り去った。

 それを見ていたグリルがため息を吐いた。


「これで二十人目だ。どいつもこいつも聖獣より自分の命が惜しいんだとよ」

「普通だと思うぞ。特に王国は聖獣を失って五千年も経過している。他の国の者とは感覚が違うのだ」

「かもしれねぇな。ちょっと頭に血が上りすぎてたみてぇだ」

「少し休んでこい。この三日禄に寝てないはずだ」


 グリルは「そうする」と言って自身のテントに戻っていった。

 連合軍はどこも疲れ切っている。

 高かった士気は今では衰え風前の灯火だ。

 未だ二十七万の戦力を残していていながら気持ちで負けようとしていた。



 ◇



 焼け焦げた地面に無数の死体。

 折れた剣が転がっており戦場には肉の焼ける臭いが漂っていた。

 地上に舞い降りるは三人の天使、同じ容姿はまるで三つ子のようにも見える。

 その中で指揮権を有するザジが戦場を一望してから口を開いた。


「我ら神の使いがこうもやられるとは。この星の住人を甘く見ていたか」

「それもあるが最初に受けた損害が甚大過ぎた。神器を有する男以外にも注意を払わなければならない者達がいる」

「こちらで確認した限りでは、あの男を合わせて五人が想定外の戦力を有している。早期に排除しなければ計画に支障が生じる」

「理解した。すでに聖獣抹殺の手は打っている。我らは計画の邪魔となるだろう者達の排除を優先する」


 ザジの言葉に二人の二級天使はうなずいた。

 彼らは再び飛び立つと天使の軍勢と合流する。


 五万の三級天使はその高い治癒能力で身体を修復していた。

 無尽蔵の体力を誇り精神は未だ限界を迎えない。

 彼らは一ヶ月でも一年でも戦い続ける能力を有していた。

 このことを連合軍が知っていれば誰もが戦いを放棄したかもしれない。

 皮肉にも無知だからこそ人類は対等に戦えていたのだ。


 三人のザジが身体から眩い光を放つと、天使達の自己修復速度は跳ね上がった。

 黒焦げていた純白の翼は、時間を巻き戻したかのように元通りとなり、赤い血が滴っていた生々しい傷は跡形もなく消えた。

 それどころか身体には力が漲り通常の二倍の力を得る。

 五万の軍勢は十万に相当する戦力と化した。


「休息は終わりだ。行くぞ」


 ザジの言葉に天使達は次々に地上へと降り立つ。



 ◇



「いよいよ向こうも本気か」


 天使が続々と地上に降りて陣を形成する。

 バラバラに戦っていては勝てないと判断したのだろう。

 対するこちらはまだ陣を作っていない。

 それどころか兵達を後退させている。


 敵が退いてから攻撃を再開するまで一時間ほどしかなかった。

 これでは満足に休むこともできない。

 加えて兵士達はすでに限界を迎え満身創痍だ。

 戦いに出したところで全滅させられるのは目に見えている。


 だから儂が時間を稼ぐことにした。

 眷属がどこまで通用するかは分からない。

 もしかすれば全く刃が立たないかもしれない。

 だが、これ以上温存するのは下策だ。

 儂の力が明るみに出ても仕方のないこと。

 むしろ遅かったくらいだ。


「田中君、指示通り兵を後退させた。それで次はどうするつもりだ」

「儂が時間を稼ぐ。その間に少しでも兵を休ませて欲しい」

「一人で戦うつもりか? いくらなんでもそれは無茶だ。相手は天使の姿をした化け物だぞ」

「心配するな。儂には頼りになる配下がいる」


 エドナーを下がらせて儂は単身で天使と相対した。

 するとザジの一人が歩み出て笑みを浮かべる。


「降伏するか。しかし、もはや時は遅い。我らはお前達に温情をかけることなく輪廻の渦へと投げ入れるだろう」

「何を馬鹿なことを。儂は負けたなどと一言も言っていないぞ。勘違いするほど追い詰められているようだな」

「……戯れ言を。我らが追い詰められているだと?」


 エルナ達は天使に感情がないと言っていたがそんなことはない。

 ただ起伏が小さいだけだ。人よりもな。

 その証拠に煽ってやれば怒りに顔を歪ませる。

 次は驚いた顔でも見てやるか。


「眷属召喚!」


 儂の背後で数え切れない光輪が出現、その中から黒いスケルトンが次々に姿を現した。

 新しく眷属となったワイバーンも召喚され敵に向かって咆哮をあげる。

 すぐ背後にはスケ太郎とスケ次郎が。

 さらにその背後に十体の軍団長が勢揃いした。

 総数は四十万余り。自慢の不死の軍勢が圧倒的存在感で天使を威嚇する。


「なんて数のアンデッド……」

「儂らに喧嘩を売ったこと後悔させてやろう」


 走り出した眷属は黒い波となって天使に押し寄せた。

 飛び立ったワイバーンは上空から炎の息を放ち、スケ太郎を乗せたワイ太は閃光のようなブレスをなぎ払うかのように撃ち続ける。対する天使もオリハルコン製の盾で防御をしながらスケルトンを高い身体能力と技で切り伏せていた。

 ザジは舌打ちすると指揮をとる為に飛び立った。


 すぐに天使と眷属の戦いは膠着状態に陥る。

 一対一なら確実に相手を倒す天使に対し、数で勝るスケルトンは砂糖に群がる蟻の如く攻撃する。魔法で眷属をまとめて吹き飛ばせば、その分デミリッチとワイバーンが敵の数を減らした。

 一方でスケ太郎やスケ次郎や軍団長達は、天使と対等以上の戦いを繰り広げていた。


 スケルトン1が剣で敵の剣を弾き返し、その隙にスケルトン7が槍で敵の首を貫く。スケ次郎が突進するように敵の首を切り落としながら突き進み、白銀に輝くスケ太郎は剣を一閃させて十体の天使の頭部を地面に落とす。

 少なくとも一部ではスケルトン軍は快進撃を繰り広げていた。

 儂は剣を抜いて戦いに備える。

 眷属ばかり戦わせては主人として恥ずかしい。

 角と翼を出して額の目を開くと、ザジめがけて大空へと飛翔しようとした。

 が、大地を震わせるほどの音が聞こえた為、その場に留まって振り返る。


「うぉおおおおおおおおおっ!! 突撃!!」


 先頭をグリルが疾走しており、その背後には大勢の兵士の姿があった。

 それだけではない。各将軍にエルナ達も猛然と走ってきていた。


「今が最大のチャンスよ! 黒いスケルトンは味方だから攻撃しちゃ駄目だから!」

「分かってら! この際、魔獣だろうが魔物だろうがどうでも良いぜ! 細けぇことは全部あとで聞く! 野郎共死ぬ気で戦え!」


 グリルの声に泥だらけの顔をした男達が笑みを浮かべて返事をした。

 他種族混合の軍隊は儂を通り過ぎてスケルトン軍に合流する。

 彼らの登場によって一気に戦況は変わった。

 猛烈な勢いで天使を押し始め、水を得た魚のように兵士達は生気に満ちあふれていた。

 スケルトン軍という増援が希望となり彼らの士気を取り戻したのだろう。よく見れば逃げたはずの兵士も武器を持って戦っていた。

 今思えば杞憂だったのかもしれないな。

 彼らにとって味方になるのなら何だって良かったのだ。

 スケルトンだからアンデッドだからと気にしていたのは儂だけだ。

 すると駆けつけた仲間が儂を囲んだ。


「真一! もちろんやるわよね!?」

「うむ、二級天使を倒してこの戦いを終わらせるぞ」


 儂らは未だ空から戦場を眺めている三人のザジと戦う為に飛翔する。

 ようやくこの厳しい戦いに終わりが見えた気がした。




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