百三十六話 聖獣防衛戦1

 儂がサナルジアに到着してから一ヶ月が過ぎた。

 すでに各国の軍も揃っており厳重な警戒態勢が敷かれている。

 集まった兵力は三十万余り。戦うには十分な数だ。


 連合軍はザーラから南に下ったところで森を切り開いて本営を設置した。

 比較的なだらかな地形であることが選ばれた理由だ。

 それに見晴らしも良く上空からの敵も見つけやすい。

 あとは川が近くに流れていることか。

 長期間を過ごせるだけの環境が揃っていた。


 ただ、問題もある。天使の情報がなさ過ぎることだ。

 もしもの為にザーラを囲うようにして戦力を配置しているが、どこからどれだけの敵が攻めてくるのか全く分からないのだ。

 随時、世界樹が百キロ四方を索敵しているがそれらしい反応はない。

 先の見えない持久戦に、兵士達は徐々にだが疲労を見せ始めていた。


「天使は本当に戦力を整えているのか。こうしてもしもの為に防衛線を敷いたが、肝心の敵が攻めてこなければ無駄な時間を浪費しているだけだ」

『そんなことはないよぉ。結界を多数の何かが通り抜ける感覚があったから、きっと遠くない内に天使はここへ来ると思う』

「分かるのか?」

『結界と言うのは聖獣の生命力を使って創り出していて、大部分を負担している僕には他の聖獣よりも感覚が強いんだぁ。だから間違いなく天使はこっちの世界に来てると思う』


 儂は世界樹トレントとこの戦いについて話し合っていた。

 すでに一ヶ月。いい加減敵が来るのか来ないのかをはっきりさせたかった。

 それに焦りを感じているのは儂だけではない。

 各国の軍からもいつ来るのかと言う不満が噴出しているのだ。

 とりあえず敵が来ると言うことだけ、確実になったのがせめてもの救いだ。


「天使の真の目的は何だと思う?」

『さすがに僕にも分からないなぁ。神樹様ならご存じかもしれないけどぉ』

「神樹? それはどこにいる?」

『この大陸の反対側。禁断の島にいるはずだよぉ。でもそこは海の住人に護られてるから、簡単には入ることができないんだぁ』

「だが、もし神樹に会うことができれば天使の狙いも分かると言うことだな?」

『多分ねぇ。でも行くなら気をつけて。あそこは強力な魔獣がうろうろする危険な島、人の入れない獣の領域だよ』


 世界樹は儂に警告する。

 島に行って戻ってきた者は、歴史的に見ても数少ないと言うのだ。

 それだけに冒険心をくすぐられてしまう。

 禁断の島。実に魅力的なフレーズだ。


 とは言えすぐに向かうわけにはいかない。

 この状況では連合軍から離れられないからだ。

 分身を代わりに島に行かせると言う手もあるが、世界樹の話によれば島には上位ドラゴンが生息しているそうだ。たった一人ではやられてしまうかもしれない。

 かと言って仲間を同行させることもできない。

 連合軍にはホームレスの力が不可欠。

 なので非常に興味はあるが今は行くことができない。


 ふと、別の疑問が頭に浮かんだ。

 世界樹は永く生きている歴史の証言者だ。

 これを機会に質問してみるのも良いかもしれない。


「魔王とはいかなる存在なのか聞いても良いか」

『ああ、魔王はね――あ! 来た!!』


 質問に答える前に世界樹が何かに反応する。

 すると幹を滑るようにして世界樹の頭からジルバが降りて来た。


「小さき者よ、戦いの時は来たり。すぐに兵士達に準備させろ」

「天使か。一ヶ月も待たされるとは思ってもいなかった」


 儂がそう返事をすると、世界樹の根元にいたアイラーヴァタが立ち上がる。

 そして、二本足で立ち上がるとザーラ中に響く鳴き声をあげた。

 磁器のように白い肌に六本の足と四本の牙、その青い目は澄み切っており、力強い身体からは神々しい気配を漂わせている。まさしく聖なる象だ。


「我が輩は戦いは好まない。だが、聖獣を抹殺しようというのならこの力、いかんなく発揮してみせるぞ。たとえ神の使いだろうがたたき伏せてくれる」


 世界樹の頭から大蛇が身体をくねらせて降りる。

 全長百メートル。体色は青に炎のような赤いまだら模様。

 鋭い両眼が空を見つめていた。


「殺されに来るなんて物好きな奴らがいたもんだね。天使かなんか知らないけど、あたしが丸呑みにしてやるさ。このマビア様がね」


 マビアはキシリア国の聖獣だ。

 なんでもその太く長い身体で巨大な敵を絞め殺すのだとか。

 おまけに牙には毒があり、あのギガントワームですら噛まれると一分で死に至るそうだ。


 儂は急いで連合軍本営へと帰還すると各将軍に天使の襲来を伝達する。

 ちなみに将軍は帝国戦同様のメンツだ。

 変わったのはエドナーが正式な将軍になったことだけだな。

 

 すぐに連合軍は対天使の陣形を組む。

 世界樹によれば南からまっすぐにこちらへ向かっているそうだ。

 数はおよそ十万。予想を超えた敵の戦力に思わず舌打ちする。

 天使はこの一ヶ月の間、戦力を着実に整えていたようだ。

 ないとは思いたいが、ザジほどの力を持った天使の大群なら勝機は薄い。


 各軍の配置が完了する頃には、南の空に天使の姿が見えていた。

 奴らは飛行しながら隊列を組んでおり、地上で組む二次元的な陣形と違って、三次元的な長方形の陣形をいくつも作ってこちらへと向かっていた。おまけにどの天使も片手にオリハルコン製らしき剣と盾を握り、その身体にも同様の金属で作られた鎧を身に纏っている。

 それだけで一筋縄ではいかない相手だと確信させた。

 儂は少しでも敵の戦力を知る為に解析スキルを発動させる。



【解析結果:ノーマ:主神ゴーマによって六聖獣の抹殺を命じられている:レア度L:総合能力S】


 【ステータス】


 名前:ノーマ

 種族:三級天使

 魔法属性:風・光・聖

 習得魔法:―

 習得スキル:鑑定(中級)、剣王術(中級)、盾王術(中級)、偽装(中級)、気配察知(中級)、危険察知(中級)、索敵(中級)、身体強化(中級)、高速飛行(中級)、万能適応、威圧(中級)、統率力(中級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:分析(初級)、限界突破(初級)、隠密+(初級)、超高速飛行(初級)>



 三級天使は二級天使であるザジと比べるとかなり劣った印象を受ける。

 それでもステータス面は圧倒的に向こうが上ではあるがな。

 すぐに他の天使を調べてみたところ、その大部分が三級天使であることが分かった。

 二級天使は三人。しかもいずれもザジという名前が付けられている。


 儂は勘違いをしていたのかもしれない。

 ザジというのは名前ではなく、二級天使を呼ぶ番号のようなものだったのかもしれないのだ。その証拠に三級天使は全てノーマで統一されていた。

 そうなると儂が戦った天使は仇ではない可能性が出てくる。

 道理でいくら聞いても質問をはぐらかすわけだ。

 そもそも儂のことを知らなかったのだから当然。

 

 そうしている間にも天使の大群はこちらへと刻一刻と近づく。

 次第に兵士達の肉眼でも敵が確認できるようになり、連合軍に緊張した空気が張り詰める。

 空を埋め尽くすような天使の数に誰もが冷や汗を流していた。

 天使は連合軍からそれほど遠くない場所で停滞、二級天使の一人が地上に降下した。

 奴がこの天使の大群の指揮官と言うことか。


「こんにちは人類。俺は二級天使のザジだ。すでに知っているとは思うが、我々は聖獣を抹殺する為に神に使わされた聖なる軍隊だ。今一度その意思を問おう。神に刃向かうか否か」

「その前にこちらから質問がある」


 儂は兵士達をかき分けてザジの目の前へと歩み出た。

 奴は表情を変えず「許可する」とだけ口にする。


「なぜ神は聖獣を殺す。この世界が結界によって護られているのは理解したが、どうしても儂らにはそれを解く必要性があるとは思えないのだ」

「我々は反逆者を追っている。奴は強力な力を持っており二級天使では刃が立たない。勝てるとすれば一級天使か神しかいないだろう。だが、この世界の結界は未だ一級天使を拒んでいる。そこで我々が派遣されたのだ」

「その反逆者は儂らにとっても害なのか?」

「当然だ。神に逆らう者は悪。存在するだけで悪影響を及ぼす」


 儂の勘がザジは全てを語っていないと教えてくれた。

 恐らく奴らの真の目的は別の何かだ。

 ただ、反逆者を追っていると言うのは本当のことだと思う。

 連合軍を退かせる為にあえて事実の一つを口にしたのだろう。


「結界を解いたあとは儂らをどうする。見逃すのか」

「それは無理な話だ。我々の主である神は宇宙の再創造を念頭に置かれている。それはつまり人類の殲滅を意味している。たとえ反逆者を捕らえようともそれは変わらない」

「人類殲滅……神を信じる者も殺すのか」

「その点については神に進言しよう。来世は良き人生を送れるように取り計らってもらおう。安心して死ぬが良い」


 ザジは人の心をあまり理解していないようだ。

 天使とはやはり人からかけ離れた存在のように思う。

 儂は剣を抜いてザジへ切っ先を向けた。


「悪いが聖獣は殺させない。儂らも死ぬつもりはない。神が宇宙を再創造しようが知ったことか。来世? 馬鹿にするな。人は今世で幸せになる為に生きているのだ」

「……わざわざ救いの手を払うとは。人間とは愚かだ」


 奴は純白の翼を羽ばたかせて飛翔した。

 思わず感情的に反論してしまったが、もしかすると連合軍の中には天使の提案を受け入れていた者もいたかもしれない。そんなことを考えて振り返れば、空気を震わせるほどの鬨の声があがった。

 誰も天使の言葉には惑わされなかったようだ。


「魔導兵と弓兵は戦闘準備! 天使が来るぞ!」


 天使に向けて弓兵が矢をつがえる。

 魔導兵は杖を掲げ魔力を練り上げて狙いを定めた。

 対するザジも天使の軍へ攻撃命令を下した。

 天使と人の戦いが始まる。


獅子座レオ!」


 黄金の火球が音を置き去りにして撃ち放たれる。

 まだ攻撃命令も出していないのに、エルナが先走って魔法攻撃を仕掛けたのだ。

 火球は敵の軍勢のど真ん中で爆発。

 キノコ雲が立ち昇り、直後にすさまじい衝撃波が半径三キロ以内の木々をなぎ倒し、土を舞い上げ皮膚を焦がすような熱風が押し寄せた。味方の被害は極めて軽微ではあるが、吹き飛ばされてしまった者もいる為、陣形を元の状態に整えるには今しばらくの時間がかかりそうだった。


「あれー? 手加減したつもりなんだけどなぁ。思ったよりも威力が強かった」

「おい、撃つなら前もって言っておけ。こっちにも段取りというものがあるのだぞ」

「あ、ごめん。敵が密集してたから絶好のチャンスかなって」


 エルナは悪びれもせず笑顔で返事をする。

 小さな被害があったものの、おかげで天使を激減させることに成功。

 目算で半分が今の爆発で消し飛び、残りも身体の一部を失うなどのダメージを受けていた。

 ただ、残念なことに三人の二級天使は健在だった。

 ダメージは負っているが部位欠損もなく火傷が目立つ程度。

 やはり簡単には倒されてくれないか。


 各将軍の迅速な指示によりすぐに陣が再形成される。

 魔導兵と弓兵が攻撃準備に入り、次々に地上に降り立つ天使に狙いを定める。


「放て!」


 儂の命令によって魔法と矢は放たれた。

 のちに聖獣防衛戦と呼ばれる戦いの幕開けだった。




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