百三十五話 戦いの前に2
森都ザーラからおよそ二十キロほど北へ行くと通称『竜山』が見えてくる。
深い森の中にそびえ立つ岩山は木々に覆われ、次々に飛竜が飛び立って行く。
索敵で調べた限りでは総数は百頭ほどだ。
部隊を作るにはまずまずの数と言える。
「うわぁ、あんなに飛竜が飛んでる。やっぱりやめようよ」
「私もエルナに同感だ。飛竜に手を出すのは危険すぎる。あれは竜の中でも中位に位置する獰猛な生き物だぞ。下手に刺激すれば私達はおろか街の方にも被害が出るかもしれない」
珍しくエルナとフレアが怯えていた。
リズも特に何も言わないが表情は少し硬い。
この世界で最強の生物と言えばドラゴン。
言わば強さと恐怖の象徴だ。
すり込まれたイメージがどうしても拭いきれないのだろう。
聖獣ドランと戦った身としては、あんなもの羽の生えたトカゲにしか見えないのだがな。
儂らは現在、大木の枝に乗って山を観察している。
三人は緊張した様子だが、ペロは足をブラブラさせながら持ってきていた干し肉を囓っていた。ずいぶんとリラックスしている。
「お前は怖くないのか?」
「うん。僕には飛竜ってあんまり怖く見えないんだよね」
成長を遂げたペロには飛竜も相手にならないかもしれないな。
とは言えフレアの言う通り街への被害は無視できない。確かに飛竜は欲しいがザーラに迷惑をかけるのはどうかと思われる。
「知っているだけでいい。飛竜の生態を教えてくれないか」
「そんなこと言っても詳しくないし……私が知ってるのはせいぜい雌が狩りに出かけるってことくらいかな」
「雌?」
「えっとね、雄は複数の雌と子供を作るの。基本的に雄は他の雄や雌が敵わない外敵を追い払う役目を持っていて、普段は巣から動かないそうよ」
「つまりあそこにいる飛竜は全てハーレムと言うことか」
まるで空飛ぶライオンだな。
それにしても百頭以上ものハーレムを築くとはどのような雄だろうか。
興味が湧いて仕方がない。必ずゲットしてやるぞ。
「では群れのリーダーである雄を眷属化しよう。それならば街に被害が出ることもないはず」
「方法は? 隠密で近づいて眷属化するの?」
「いや、それは難しい。飛竜のスキルを確認したが、奴らはそのほとんどが気配察知を持っていた。うっかり巣に飛び込めば間違いなく戦いになる」
「じゃあどうするのよ」
「お前達だ」
儂の言葉に四人は揃って首を傾げる。
作戦はこうだ。四人に雌の飛竜を引きつけてもらい、その間に儂が巣に潜入して雄を眷属にする。あとは雄に雌を巣に引き戻させ、戻ってくる奴らを片っ端から眷属にするだけだ。と言うわけで全員に作戦を伝えると開始する。
「ファイヤーボール!」
エルナの創り出した火球が山に直撃する。
敵と認識した雌の飛竜は、警戒の鳴き声をあげて巣から次々に飛翔した。
すかさずエルナは二十頭ほどの飛竜を引き連れて逃げる。
だが、まだ巣には多くの飛竜が残っていた。
山に岩を投擲したフレアが四十頭ほど引きつけてくれる。
さらにペロが残りも巣から引き離してくれた。
仲間のおかげで巣を守る存在はどこにもいない。チャンスだ。
儂は隠密発動後に飛翔して山頂に向かう。索敵に一際大きな反応があるからだ。
到着した儂は目に入った雄にしばし言葉を失う。
全長は約三十メートル。翼を広げた幅は三十五メートルほどだろうか。
見事な一本角が額から天を衝くように生えており、盛り上がった筋肉が一回りも二回りも大きく見せる。
体色はコバルト色であり、表面に生える鱗は陽光を反射して美しく輝く。
【解析結果:飛竜(変異種):齢五百年を迎える雄の飛竜。通常の雄の飛竜よりも大きく竜の山周辺で最も強力な竜として森都ザーラでも知られている:レア度A:総合能力A】
【ステータス】
名前:飛竜(変異種)
種族:飛竜(変異種)
魔法属性:風
習得魔法:エアロカッター、ライトニングサンダー
習得スキル:暴風弾(中級)、牙王(中級)、爪王(中級)、危険察知(中級)、気配察知(初級)、索敵(上級)、身体強化(中級)、高速飛行(中級)、威圧(中級)、統率力(中級)、竜息(上級)
進化:条件を満たしていません
<必要条件:危険予測(初級)、索敵+(初級)、自己回復(初級)、王竜息(初級)>
ステータスを見る限りでは悪くない強さだ。さすがはドラゴン。
ただ年齢の割に成長していないようにも思える。
もしかするとドラゴンというのは、高いスペックや長寿な代わりに成長が遅いのかも知れない。
飛竜は身体を起こして儂を睥睨する。
やはり気配察知がある為にぼんやりと見えているようだ。
さっそく儂は眷属化を発動させる。
支配率を表すゲージが視界に出現し、緑色バーが赤色のバーを押し始める。
最初はグングンと六十%まで達したが、そこから勢いを失い二十%まで急落する。
ドラゴンと言うだけあって簡単には落とされてくれないようだ。
気合いで三十%までどうにか上げたが、そこからどうやっても上昇しない。
それどころか儂を明確な敵と判断した飛竜は攻撃を仕掛けてきた。
「うおっと!」
「ぎゃぁおっ!」
身体を横に回転させて尻尾を儂にぶつける。
が、そんな攻撃が進化した今の儂に効くはずもない。
横っ腹に直撃した尾を受け止めると、そこから持ち上げて背中から地面に叩きつけてやる。ダメージを受けた飛竜は悲鳴をあげ、ゲージは一気に四十%に達した。
ほぉ、ダメージを与えると支配率も上がるのか。
ならばやることは一つのみ。たたき伏せて儂の物にする。
そこからは一方的だった。
何度も尻尾を掴んで地面に叩きつけ、骨がきしむほどのチョップをお見舞いした。
逃げようとすると糸で羽を縛って飛行不能にする。ゲージが九十%を迎える頃には、飛竜は何かを諦めたかのように地面に転がって儂に腹を見せた。
「よーし、百%だ。お前は今から儂の眷属だ」
飛竜の身体が濃藍色に変化する。
体格は一回り大きくなり両目は紅色に。
後頭部から尻尾に駆けて紅色のたてがみが生えると、空に向かって雄々しい咆哮をあげた。
儂は眷属後の姿が想像と違っていることに戸惑う。
【解析結果:ホームレスワイバーン(変異種):変異した飛竜が眷属化によって変化した姿。その力は上位ドラゴンにも引けをとらない:レア度S:総合能力S】
【ステータス】
名前:ホームレスワイバーン(変異種)
種族:ホームレスワイバーン(変異種)
魔法属性:風・無
習得魔法:エアロカッター、ライトニングサンダー
習得スキル:暴風弾(中級)、牙王(中級)、爪王(中級)、危険察知(中級)、気配察知(初級)、索敵(上級)、身体強化(中級)、衝撃耐性(中級)、斬撃耐性(中級)、自己回復(中級)、高速飛行(中級)、威圧(中級)、統率力(中級)、王竜息(上級)、麻痺眼(中級)
進化:条件を満たしていません
<必要条件:危険予測(初級)、索敵+(初級)、自己回復(初級)、王竜息(初級)>
眷属になったことでいくつかのスキルが追加されていた。
それよりも気になったのは変異種と言う表示だ。
よくよく思い返してみれば、儂は今まで変異種を眷属化したことがなかったのだ。
だとすれば飛竜が黒くならなかったのも納得ができる。
変異種であるが故に通常とは違った変化を遂げてしまったのだろう。
儂はこの雄の飛竜に”ワイ太”と名付けることにした。
これからはスケルトン軍飛行部隊のリーダーとして活躍して欲しい。
すると異変を感じ取った雌の群れが、巣に帰還しようと接近していた。
隠密でワイ太の足下に隠れると、続々と帰還を果たした雌に眷属化を発動する。
雌はワイ太と比べるとあっさりとしたもので一分ほどで眷属になってくれた。
儂は二時間近くかけて百頭を配下にする。
黒い体表に紅い目が特徴的なホームレスワイバーンは、リーダーのワイ太を先頭に大空を飛翔する。その姿は優雅でありながら雄々しかった。
儂はとうとう憧れのドラゴンを手に入れた。
子供の頃に描いた”ぼくのさいきょうのどらごん”が現実となったのだ。
今夜は気持ちよく眠れそうだ。ククク。
◇
飛竜捕獲後、屋敷で夕食を迎えていた。
なんでもフレデリア卿が儂らの為に歓迎会を開いてくれるというのだ。
仲間は非常に喜んでいたが、儂はどうしても前回の食事会が脳裏をよぎる。
あの毒を盛られた食事会が。
「我が娘とその友人の為に良い肉を仕入れた。ぜひその味を楽しんでもらいたい」
フレデリア卿がそう言ってからグラスをスプーンで鳴らす。
運ばれてくる皿には分厚いステーキ肉が乗っている。
香ばしい香りに思わず生唾を飲み込んだ。
が、儂の前に置かれたのは肉ではなくムカデだった。
しかもまだ生きている。
器の中で十匹の大型ムカデがうねうねと動いていた。
フレデリア卿はニヤニヤする。
「……まだ根に持っていたのか。妙に大人しいとは思っていたが、こんな嫌がらせを考えていたとは呆れる」
「ふはははっ、何とでも言うがいい! このハイエルフでありフレデリア家の当主である私が貴様に負けたなど汚点もいいところだからな! さぁ敗北を認めろ! フレデリア様すいませんでしたと言え!」
前回は毒。今回は精神攻撃か。
諦めの悪い男だ。
儂はムカデを掴んで生のまま囓った。
「なっ、ムカデを!?」
「ククク、儂にこの程度の嫌がらせが効くとでも思ったか?」
ムカデは経験済みだ。むしろ儂にはご馳走である。
地球のムカデがどのような味かは分からないが、この世界で生息するものは蟹に似た味で非常に美味だ。ただ、生よりは焼いたものの方が個人的には好ましい。
「ふふーん、真一はゲテモノもいけるのよ。いい加減諦めることねお父様」
「うぐぐ、私がヒューマンに完敗するとは……さすがは各国の王が認めた男。恐るべき胆力だ」
フレデリア卿は何を思ったのか態度を急変させた。
儂の真横に椅子を移動させて座ると、メイドに大量の肉を持ってこさせる。
気がつけば皿の上にはステーキの山ができていた。
彼は儂にグラスを持たせてワインを注ぐ。
「さぁ飲め。私からの気持ちだ」
「どういう風の吹き回しだ。気持ち悪いぞ」
「私は幼き頃よりエルフこそが最高の種族だと信じて生きてきた。だが、貴殿ほどの傑物を目にしてそれが間違いだとようやく気づかされたよ。もし貴殿がよければ私の友になって欲しい」
思わず口に含んだワインを吹き出した。
あのフレデリア卿が儂と友情を育みたいと?
あり得ない。何かの冗談だろうか。
「親睦を祝してたっぷりと美味しい料理をご馳走する。我が家のコックが腕によりをかけて作ったものだ。好きなだけ食べたまえ」
「う、うむ……ではいただこう」
フレデリア卿を横目に儂はステーキを口にする。
その瞬間、思わず肉を吐き出してしまった。
不味い。今まで食べてきたものの中でダントツに不味い。
苦みが強く風味は肥だめに顔を突っ込んだように臭い。
この世にこんなものがあるのかと衝撃を受けてしまった。
「くはははははっ騙されたな! それはスカンクボアと呼ばれる最高に不味い獣の肉だ! 誰が貴様なんかと友情を結ぶか! 反吐が出る! 負けを認めない限り嫌がらせをしてやるからなぁ!」
エルナの父親は椅子の上に立つと儂に向かってお尻をぺんぺんする。
ただ、その姿を見ているのは儂や仲間だけではない。
この場にはエルナの母親や姉妹がいるのだ。
フレデリア夫人は口元をナプキンで拭いてから席を立ち上がった。
「客人と娘達の前で恥を、晒すなぁぁあああああっ!!」
フレデリア卿の後ろ襟を掴んで窓へと投げる。
父親は窓ガラスを割って夜の庭へと放り出された。
「さ、ゴミは消えましたし食事を続けましょうか」
夫人はにっこりと微笑む。
その後、気絶したフレデリア家当主が、執事に背負われて部屋に戻って行く姿を儂とペロは目撃した。
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