百三十三話 エヴァ・クライス
会議が無事に終わり、儂は貸し出されている部屋へと戻る。
その途中、ギルド委員会代表であるエヴァに声をかけられた。
「お主があの田中真一か?」
「含みのある呼び方だな。何の用だ」
「用と言うほどでもないのじゃが、分身にローガス王を演じさせている王国の真の支配者と話をしてみたくてな」
儂はぎょっとする。田中αに落ち度はなかった。
正体がばれるような発言はしなかったはずだ。
なのにエヴァには儂と国王の関係を見破っていた。
彼女は儂の反応を楽しむかのように笑みを深める。
「妾は何かしようと言うわけではない。お主に興味があるのじゃ」
「興味? だったら儂もお前に興味がある。かつては魔王だった存在がなぜギルドのトップにいるのか知りたい」
儂がそう言うと彼女は、廊下に備えられているベンチに案内した。
座って話をしようと言う意味なのだろう。
エヴァはベンチに腰を下ろし、正面に見える窓から雲の漂う青空を見つめた。
会議では人の世が好きだと言っていたが、それだけで果たして仲間である魔王や魔物を裏切るだろうか。儂は彼女の真意を知りたかった。
「妾は人間が好きじゃ。餌としても愛玩動物としてもな。お主は妾がどのような魔物か分かるか?」
「それは種族という意味か?」
「そうじゃ。それが分かれば自ずと妾が仲間を裏切った答えが見つかる」
しばし悩む。見た目にそれらしい特徴がないからだ。
美少女である以外は特に……いや、逆にそれがヒントかもしれない。
儂がかつて出会った魔物は人と変わらない姿をしていた。
「ヴァンパイアか」
「正解じゃ。ヴァンパイアの女王にして始祖。人は妾のことを黒姫と呼ぶ」
彼女はピンク色の唇をわずかに開けて鋭く尖った犬歯を見せた。
だが、儂には彼女がなぜ味方を裏切ったのかまだ分からない。
ヴァンパイアだからどうというのだろうか。
「ヴァンパイアは人の血を啜らなければ生きてゆけぬ。他の魔王は人類を殲滅すべきだと主張していたが、もしその通りにしてしまえば、妾の一族が消滅の危機に晒される」
「だから裏切ったと?」
「魔王連合軍から抜けたと言う方が正しいのじゃ。確かに人間に有力な情報を渡したりなど協力はしたが、決して軍門に降ったわけではないからの」
「ではなぜ今は人を襲っている。フェデラーと名乗るヴァンパイアが、モヘド大迷宮で冒険者を狩っていたぞ」
「一族には無闇に人を襲うなと言っておるが、中には我慢できぬはみ出し者がおるものじゃ。フェデラーもその一人でな、奴は人類を家畜にするべきだと言う過激な思想の持ち主じゃった。妾は一族のまとまりを考えてあやつを放逐することにしたのじゃよ」
無闇に……か。
襲っていないとは言わないのだな。
エヴァは話を続けた。
「それでなぜ妾がギルドのトップなのかを知りたいようじゃな。簡単じゃよ。人と深く関わることで得た信頼の証じゃ。こう見えて妾は一族の存続以外はあまり気にしない性分での、頭の悪い眷属が何人殺されようがこれっぽっちも心は痛まぬ」
「そう言いながら何かを企んでいるのではないのか。ギルドの支配者になることで世界を手中に収めようとしているのでは?」
「逆じゃよ。妾は人を守っておる。根絶やしにされぬように協力させ戦うすべを身につけさせた。勘違いをしておるようじゃが、そもそもギルドとは妾が人に提案して作らせた組織なのじゃぞ」
かつてないほど驚愕した。
ギルドは魔物が作った組織だったと言うのだ。
「驚いておるようじゃの。この話をすると大体の者は口をぽかーんと開けるのじゃ。そう、今のお主のようにな」
彼女は儂の顔を見てクスクス笑う。
誰だってこんな話を聞かされればアホ面を晒すはずだ。
魔物を退治する組織が魔物によって創設されたなど。
だが、それが事実だとすれば彼女がこれほどの権力を持っているのも納得ができる。
ギルドの創設者がトップに座るのは当たり前のことだ。
「さて、妾のことはこれくらいにしてお主のことを教えてくれ。そのローブや腕輪はどこで手に入れたのじゃ」
「ローブと腕輪?」
何を聞かれるかと思えば道具のことか。
儂は廃棄場のことを伏せつつ手に入れた経緯を話した。
「――拾ったと?」
「うむ。拾った」
「……主はこの男を選んだのかもしれぬな」
彼女はブツブツとつぶやく。
先ほどから気になっているが”主”とは一体なんなのだろうか。
そのことに触れようとすると、エヴァは前触れもなく立ち上がった。
「今日はこれくらいにしておくのじゃ。またお主の話を聞かせてくれ。ああ、それと天使との戦いの為にも英気は十分に養っておくのじゃぞ。それじゃあの」
ポンポンと儂の肩を軽く叩いてから去って行った。
◇
部屋に戻るとなぜかソファーで酒を飲み交わすドドルとヴィシュの姿があった。
窓際ではディアナ女王とフレデリア卿がエルナと話をしており、床では寝そべるペロの背中をフレアがだらしない顔で揉んでいる。リズはと言えば闇雲に乗ったまま眠っており、天井近くでふわふわと漂っていた。
ギルドから貸し出された部屋は八畳ほどでそこまで広くはない。
ただでさえ狭いスペースにこれだけの人間が集まるとなお狭く感じる。
「よぉ、真一。お邪魔させてもらってるぜ」
「こんなことならここで会議を開けば良かったな」
「うはははっ言えてらぁ。最初からこの部屋に集まれば良かったぜ」
「いや、冗談のつもりで言ったのだが……」
ドドルの言葉に呆れているとドアがノックされる。
まだ誰か来るのか。そんなことを思いつつドアを開ければ、そこには酒瓶を片手に持った翼王の姿が。
「貴殿とは一度酒を飲み交わしたいと思っていたのだ。ぜひ単身でギガントワームを倒した時の話を聞かせてもらいたい」
「お、おお……それはかまわないが……」
「ん? ずいぶんと騒がしいようだが取り込み中だったか?」
翼王は儂の後ろをのぞき込んでぎょっとする。
三カ国の王が狭い部屋に集まっているのだ。
それも王族でもなんでも無い男の部屋に。
国王が酒をたずさえて訪問するだけでも異常なのだがな。
もはや感覚は麻痺しつつある。
翼王の顔を見つけたドドルとヴィシュは、儂の許可も得ることなく彼を招き入れて三人で宴会を始めた。じきにつまみを出せと言い出すに違いない。
「ところで真一はエヴァと話をしたのか?」
「会議が終わったあとに少しだけな。魔物がギルドを作ったと聞かされた時は耳を疑った」
「だろうな。どの国の王族も即位後にエヴァから直接あの話を聞かされる。そして、選択させられるんだ。ギルドを敵に回すか互いに共存して利益を分け合うか。真一は知らねぇと思うが、ギルドってのは馬鹿でけぇ額の税金を支払ってんだぜ。それこそ消えちまうと困るくらいの額をな」
「その代償がヴァンパイアの犠牲者か」
「まぁ確かに多少は見逃している部分もある。けど別にヴァンパイアにわざわざ国民を差し出しているわけじゃねぇんだぜ。害になるなら当然討伐するし、あの女のいいなりにだってなるつもりはねぇ」
ドドルはそう言ってからグラスの酒を飲み干す。
するとヴィシュが話の補足をした。
「大部分のヴァンパイアは人間から血を奪うだけにとどめているそうだ。あのエヴァも血をもらう相手には殺さないことを約束して金銭を支払っている。つまり人を殺すヴァンパイアは我らに討伐されても仕方の無い犯罪者なのだ」
「だったら国民に知らせるべきなのでは?」
「いや、この事実を知らせるのは入念な準備が必要だ。無用な混乱を引き起こしてしまう。エヴァとしては人間との共生は可能だと考えているようだが、それにはまだ人々の認識と技術が足りないと言っていた。なんでも疑似血液がどうとか」
疑似血液か。どこかで読んだSF小説の世界だな。
人間の血液を欲しない為には代用となるものが必要だったはず。
エヴァは遙か未来をみているのかもしれないな。
それにしてもドドルとヴィシュが淡々と語る姿には違和感を感じる。
二人とも国民を大切にする良き王だ。
「今のギルドに不満はないのか。エヴァがトップにいる限り国民がヴァンパイアに狙われるのだぞ」
「ないわけではないがエヴァはああ見えて努力家であり優しい女だ。かつて納得できなかった我と何度も話し合いを行いその都度譲歩してくれた。だから我もその一点だけは譲歩したのだ」
「俺も同じだな。民の血を分けると言う条件で認めている。一人でも攫って殺せばそいつは討伐対象だ。あとは子供の血は吸わないとか細かい注文も付けているんだぜ」
納得した。エヴァが人と深く関わったと言っていたのはこう言うことか。
人と真摯に向き合うことで魔物でありながらも信頼を得たのだ。
儂の中でエヴァの印象が少し変わった気がする。
コンコンと再びドアがノックされる。
また誰か来たのか。もう部屋の中はいっぱいだぞ。
ドアを開ければそこには儂の分身であるローガス王の姿があった。
「話がある。少し来てくれ」
「……分かった」
ドドル達にすぐに戻ってくると言ってから部屋を出ると、儂とローガス王は廊下の窓際で外を見ながら話をする。
「先ほどエヴァと話をした。奴は余を田中真一の分身だと見破っていたぞ」
「それは把握している。儂にも話しかけて来たからな」
「だったら奴のステータスを確認はしたか?」
「あ、忘れていた」
「だと思った。次に会った時は必ずしておけ。あのエヴァと言うヴァンパイアの正体が分かる」
ヴァンパイアの正体? どう言う意味だ?
田中αは話を続ける。
「そんなことよりも問題は奴から聞いた話だ。これがもし事実なら世界を揺るがす一大ニュースとなる」
「もったいぶってないで早く話せ」
「大魔導士ムーアは今も生きている」
「は?」
儂は驚きでそれ以上言葉が出なかった。
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