百三十二話 首脳会議


 円卓には六人の王族が座る。

 ローガス国王ソドム・ローガス(田中α)

 サナルジア女王ディアナ・ルベリア

 ナジィ国王ヴィシュ・ブディー

 ダルタン国王ドドル・レ・グリント

 キシリア国王セザール・ゼブル

 エステント女帝スカアハ・ドラグニル

 聞くところによると各国の首脳が勢揃いしたのは千年ぶりだと言う。

 恐らく儂が見ている光景は歴史的な瞬間なのだろう。

 ただし、誰もが様子を見ているのか沈黙している。

 そこでドドルが空気を破って話を切り出した。


「本音を言うとローガスとエステントが来るとは思ってなかったぜ。なにせ聖獣がいない国には今回の件は関係ねぇからな」

「余はそうは考えていない。聖獣がいなくとも会議に参加する意義は充分にあるからだ。とりわけ我が国は他国との関係改善が急務だと認識している」

「関係改善……ローガスからそんな言葉が出るとは思ってなかったぜ。俺達ドワーフを裏切って宝具でやりたい放題しやがったあのローガスの王族からな」

「その話は前身である大国が滅んだ時に終わったはずだ。多額の賠償金を支払わされ謝罪も何度もしたと聞く。いつまでも過去を引きずっていては現在進行している問題は解決はできないぞ」

「うるせぇ! よくもご先祖様が丹精込めて造りあげた武器を――ぶっ飛ばしてやる!」


 立ち上がったドドルをヴィシュが羽交い締めにする。

 やはりローガス王はかなり恨まれているようだ。

 その他の王も冷ややかな目を向けている。

 彼らは知らないだろうが、王として座っている人物は儂の分身だ。

 怒りをぶつけるべき相手はすでに死んでいる。


「……確かに帝国も王国も拭いきれない罪があるかもしれません。だからこそチャンスが欲しいのです。失った信用を取り戻す機会をどうか私達に与えてください。自国の為にも。この世界に住む人々の為にもどうか」

「と、女帝が言っているがどうするダルタン王よ」

「くっ……分かったよ! そもそも手紙を送ったのは俺だ! 今さら掘り返して怒鳴っても意味ねぇことくらい理解してらぁ!」


 ヴィシュの羽交い締めから抜け出してドドルは席に着く。

 女帝はその様子に安心したかのように息を吐いた。

 さすが敗戦後の帝国をまとめた者と言うべきか。

 王国をフォローしているように見せかけて、実のところ帝国と同じ立場に落としたのだ。

 これで王国は先の大戦で唯一の敗戦国である帝国と同列に扱われることとなり、スカアハが五カ国に一方的に責め立てられる状況は回避したわけだ。

 彼女は部屋の壁際で話を聞いているこちらにチラリと視線を向けた。

 儂の反応を気にしているようだ。父を殺した男が怖いのだろうな。


「私は不毛な話を行う為にわざわざこのような場所に来たのではない。このような茶番が続くのならサナルジアは自国のみで聖獣を守らせてもらうぞ」

「余もサナルジアの女王と同意見だ。未だ聖獣を有している国は時間を無駄にしている暇はないはず。一刻も早く謎の敵への対策を立てるべきだ」

「ダルタン王には悪いが我も同じだ。天使がどれほどの戦力を持っているのかも分からない現状、味方を選り好みしている時間も余裕も無い。こうしている間にも自国の聖獣が危険にさらされているかもしれないのだぞ」


 サナルジアの女王とキシリアの王にナジィの王はドドルに苦言を呈する。

 三カ国に攻められる形となったダルタン王は顔を赤くして拳を握った。

 見かねた儂は背後から近づいて彼の肩に手を乗せる。

 気持ちは理解できるが今は我慢の時だ。怒りを静めろドドル。


「六カ国が揃ったのだ。面倒なことは抜きにして本題を話し合おう。儂は今回の連合軍の総指揮を務める予定の田中真一だ。この中ではキシリア王が初対面となるか」

「貴公のことは先代翼王から聞いている。余は新しくキシリア聖教国の国王に即位したセザール・ゼブルだ。先代同様に懇意にさせてもらおう」

「こちらこそだ。ちなみに先代は存命か?」

「心配無用だ。父上は今でもピンピンしている。今は畑を作ってのんびり暮らしているそうだ」


 少し安心した。先代翼王は高齢なこともあって会議にも参加できるか心配だったのだが、すでに息子に王位を譲り渡し気楽な老後を送っていたようだ。穏やかな生活があのひねくれた性格を多少なりとも丸くしてくれればと願う。

 すると冷静になったドドルがようやく会議について触れる。


「とにかく時間を無駄にしない為にも話を進めるか。でだ、見ての通り俺は感情的な男だ。司会には向かない。そこでふさわしい人物に役をお願いした。おい、入ってくれ」


 ドドルの声に従って一人の少女が部屋へと入る。

 身長は150センチほどで腰ほどもある艶やかな黒髪が光を反射した。

 白く細い身体を血のような真っ赤なワンピースが纏っており、左手には折りたたまれた黒い日傘が握られていた。

 恐ろしく整った容姿と紅い双眸。

 その鋭い視線は部屋の中にいる人間をほんの一瞬緊張させた。

 そして、少女は儂を見て僅かだが口角を上げた。


「紹介する。ギルド委員会代表エヴァ・クライスだ。初めて会う奴も多いだろうから簡単に説明するが、こいつはギルド総本部のトップ。つまりギルドの親玉だ」

「酷い説明じゃの。妾はあくまで委員会の代表、親玉などと揶揄されるほどの者ではない」

「でも嘘じゃねぇだろ。数千年も生きてて数百年も代表の座にいる化け物なんだからよぉ」

「相変わらずレディの扱いも人としての礼儀もなっておらんガキじゃ。しかしまぁよい。妾はその程度で目くじら立てるほどの心の狭い者ではないからのぉ。大目に見てやる」


 エヴァは席に着くと不敵な笑みを見せる。

 儂は内心で冷や汗を流していた。

 何千年も生きている存在がこの場所に現れたと言うだけでなく、それがギルドのトップだと言うのだ。驚かない方がどうかしている。

 だが、この場にいる者はそれほど動じていないように見えた。


「顔を合わせるのはエステントの女帝とキシリア王にそこの男と……ローガス王が初めてか。その他は会ったことがあるな。さて、妾がこうして呼ばれたのは中立的な立場から司会進行をする為じゃ。碌でもない者が集まったところで碌でもない話し合いにしかならん」

「待て。田中真一がこの場にいることは先の大戦の功労者として大いに認めよう。しかし、このような数千年生きたなどと、でまかせを語る子供を会議に入れることは余は絶対に認めん」


 キシリア王が円卓を叩いて発言した。

 エヴァは不適な笑みを崩さずスッと右手を前に出す。


「あぐっ!? なんだこの胸の締め付けは!?」

「妾の力で心臓を掴んでおるのじゃ。生意気なガキにはこうしてやるのが一番効果がある。ほれほれ、前言を撤回しないと死んでしまうぞ」

「うぎぃ……あぐっ! てっ……かいする!」

「なんじゃ。もう降参か」


 彼女はキシリア王を解放する。

 先ほどから彼女はドドルもキシリア王も子供扱いしているが、二人とも中年と言って良いほどの年齢だ。数千年生きたことが事実ならこの場にいる全員が彼女には幼く見えるはずだ。

 さしずめ子供をしつける感覚なのかもしれないな。


「無駄話は終わりじゃ。会議を始める。まずはダルタンから天使とやらの詳しい説明をしてもらおうか」

「おう、奴は魔物のフリをしてウチのジルバを不意打ちをしやがった。幸い真一達が居合わせたことで聖獣を失う事態だけは避けられた。だが俺は天使は一体だけじゃねぇと確信してる。奴らはまた来るぞ」

「ではそこの真一とか言う男。お主は天使と戦ってどう感じた?」

「儂は……手強いと思った。アレが複数いるのなら由々しき自体なのは間違いない。それにまだ上の存在がいるようにも感じる。少なくとも天使の上に主神ゴーマなる者がいるのは確実だ」


 部屋の中は静まりかえった。

 天使と来てお次は神だ。現実味がなさ過ぎて、誰もが受け入れるのに時間を必要としているようだった。

 ただ、それは一人を除いてだ。


「良いぞ! 面白いではないか神を相手に戦うなど! 妾は聖獣を守る為に天使と戦うのに賛成じゃ! 全面戦争じゃ!」


 エヴァは戦いに乗り気だ。

 司会者は中立のはずなのだが誰よりも武闘派で困る。

 こう言っては何だがさすがはドドルが司会に推薦した人物だ。

 とりあえず儂は疑問をここでぶつけることにする。

 恐らくこの疑問はこの場にいる誰もが抱いているはずだ。


「質問だ。天使はなぜ六聖獣を殺そうとする。聖獣とはなんなのだ」

「核心を突いた疑問じゃのう……お主は空に壁があることは知っているか?」

「うむ、遙か上空で見えない壁にぶち当たった覚えがある」

「ならば話は早い。聖獣はこの世界を守る結界を張っておるのじゃ。それも内からも外からも出入りできない強力な結界をな」

「では天使の目的は……」

「結界の解除じゃ」


 部屋の中はざわつく。

 王族でも初めて聞いた真実だったに違いない。

 しかし、儂は彼女の言葉を聞いて新たなる疑問が浮かんだ。


「天使はどこから来たのだ? それなら最初から結界の内側にいたと言うことになる」

「違う。奴らは外から侵入したのじゃ。昔ならそのようなことはなかっただろうが、現在の結界は聖獣が欠けたことでほころびが生じておる。あと一体でも倒されれば結界は無効化されると考えて良い」

「なるほど。だったらもう一つ聞くが、なぜそこまで結界に詳しい。まるで天使が外から侵入したのは当然のように語るではないか」


 儂の新たな質問にエヴァは、目を見開いてから口角を鋭く上げた。


「なぁに簡単な話よ。妾がかつて人魔大戦と呼ばれる戦いで、聖獣を殺そうとしていた魔王の一人だったからじゃ。この世界のことはよく知っておるし、天使なる存在のこともお主達より理解しておる」


 思わず剣に手が伸びる。

 魔王と言えば魔物の支配者だ。つまりは人類の敵。

 が、この場で反応したのは儂くらいだった。


「キシリア王家では人魔大戦に関する歴史の習得は必須だ。その中でかつて人に寝返った魔王がいたと記されてあった。まさか実在していたとはな」

「皇室でも大戦は学びます。かつてこの地上の覇権と全ての聖獣の抹殺を狙って四人の魔王が侵攻した。けれど魔王の一人が裏切り戦況は激変、人類優勢に転じたことで魔物の軍勢を討ち滅ぼすことに成功する。と古文書には書かれていました」

「よ、余は知らなかった……」


 訂正。分身であるローガス王は冷や汗を流していた。

 なにせ見た目だけで中身は儂だ。王のフリをして色々と情報を集めているのだろうが、やはり数ヶ月そこらで網羅できるものではない。幸いエヴァとローガス王が面会するのは今回が初めてと言うことなので、ボロが出るのだけは防げたはずだ。

 エヴァは話を続ける。


「妾は人の世が気に入っていたからのぉ。仲間には悪いが寝返らせてもらった。もう五千年以上前の話じゃ。昔話は好まぬのでこれくらいにさせてもらおうか」

「まだだ。どうして魔王は結界を解こうとした。天使が同じことをする理由もそこにあるのではないのか」

「いや、多分違う。妾達は”主”の解放を目的としていたが、天使には別の目的があったと考える方が腑に落ちる。結界を解かなければならない緊急事態が起きているのじゃ」

「解かなければならない?」

「そもそも聖獣と結界を創り出したのは神じゃ」


 儂は頭が痛くなってきた。

 えーと、つまりこの世界を守る聖獣は結界を張っていて、神と呼ばれる存在がそれらを創ったと。だが、今はその結界を破る為に神の使いが聖獣を殺そうとしている。

 駄目だ。意味が分からん。


「難しく考えるでない。妾達は天使から聖獣を守れば良いのじゃ」

「もし結界が破られたらどうなる?」

「天使とは本来、人に危害を加えぬものだが……聞いた限りでは妾の知っている天使とは百八十度変わっておる。つまり何をしでかすか全く分からんのじゃ。下手をすればこの世界が滅ぼされることになるかもしれぬ」


 早い話が聖獣を守ることは人類を守ることになるわけか。

 エヴァの言うとおり敵の真の目的が分からない内は守りを固めるしかない。

 もちろん人類に害がなかったとしても、聖獣が殺されるのを黙ってみるつもりもないがな。


 その後、儂らは会議を進め聖獣防衛作戦を立案するに至った。




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