第七章 禁断の島とホームレス

百三十一話 ギルド総本部

 新しい宝具を作成後、儂らはドドルのしたためた手紙を各国へと届けることとなった。

 内容はこうだ。半月後にギルド総本部にて緊急会議を開くので各国首脳は至急集まられたし。もちろんダルタンで起きた出来事も詳細に記載されており、聖獣が危険に晒されていることも伝えている。

 どれだけの国が反応するのかは不明だが、今は信じて集まってくれることを願うだけだ。


「へっくしゅ!」

「ほれ、ローブを貸してやる。これなら寒くないだろ」

「ありがとう。ってちょっとリズ、ローブに入ってこないで!」

「寒いと眠くなる。雲に乗って良いから入らせて」


 エルナとリズが飛行しながら儂のローブで包まる。

 その後方ではペロを抱えたフレアが神通力で飛行していた。


「グリフォンがいるから抱えなくてもいいのに……」

「いいえ。ペロ様のモフモフに触れられるならこのフレア、血反吐を吐いてでも飛び続けます」

「逆に怖いよ。目が血走ってる」


 ちなみにロッドマンは一足先にマーナに帰還している。

 残してきた家族が心配なのだとか。良い父親だと思う。


 儂らは現在、ローガス王国の東にそびえるエルピオン山脈へと向かっている。

 目的は山脈の中で最も高い霊峰グランドマウンテンの中腹にあると言われる、冒険者ギルドの総本部に行くこと。

 そして、そこで開催される六カ国首脳会議に参加することである。

 すでに視界には天を衝くような連なった雪山が見えており、中央には堂々たる姿の霊峰グランドマウンテンが儂らを見下ろしていた。

 白い山に青空のコントラストが実に美しい。

 カメラがあれば写真の一つでも撮りたい気分だ。


「それにしてもこんな雪山の中に本当に総本部があるのかしら。私も噂に聞くだけで実際に見たことはないのよね」

「だが、ドドルは行ったことがあるような言い方をしていたぞ。存在を疑う余地はないだろ」

「だって、冒険者ギルドって怖いくらい謎に包まれた組織なのよ。委員会が全てを取り仕切っているってこと以外は不明。国ですらおいそれと手を出せない巨大企業なんだから」


 言われてみれば確かにそうだ。

 何気なく利用しているが、儂はギルドのことを何も知らない。

 知ろうともしなかったように思う。

 もし、今回の件がなければ総本部に行くことなど一生無かったかもしれないな。


「あの辺りで休憩しようよ。位置的にも中腹に近いし」

「そうだな。降下するぞ」


 ペロの言葉を受けて儂は仲間に指示を出す。

 グランドマウンテンには曲がりくねった山道があり、その途中ではいくつかの休憩ポイントが存在する。

 吹雪にも耐えられるだろう頑強に造られた小屋が設置されており、中には寝床と火を焚く為の囲炉裏が備えられている。一応、毛布も置いてあったが薄く保温は期待できそうもなかった。まぁ何もないよりはマシか。

 儂らは囲炉裏に火を付けて温かいスープを作ることにした。


「ダルタンの王様は先に到着しているのよね?」

「儂らが各国へ手紙を届けている間に出発したからな。今頃は会場設営にいそしんでいる頃だろう」

「どうせ宴会の準備でしょ。ドワーフってどんな時でも酒だけは手放さないんだから。それに知ってる? ダルタンの王様って一升瓶を抱いて寝るらしいわよ」


 エルナはそう言ってから湯気の昇るスープを啜る。

 あり得る。あのドドルなら親睦は酒で深めようなどと言い出しそうだ。

 それどころかもしかすると総本部ですでに、ドワーフの宴会が始まっているのでは……。

 儂はそんな嫌な予感を感じつつ、スープを器に入れてペロに渡す。


「ありがとう。うん、お父さんの作ったスープは美味しくて温まるよ」

「そうか。ほら、リズとフレアも飲んでおけ」

「いらない。それよりも眠い」

「私はもらおう。身体が冷えて風邪をひきそうだ」


 スープを受け取ったフレアはペロの身体にしがみついていた。

 普段の彼女ならモフモフなどと喜んだだろうが、今は体温を少しでも維持する為に必死のように見え――いや、気のせいか。いつも通りだらしない表情だ。

 

 そこで外から強い風の音が聞こえた。小屋も僅かだが揺れる。

 ドアを開けて確認すれば一面真っ白の吹雪だった。

 山の天候は変わりやすいと聞くがまさにその通りだな。

 先ほどまで晴天だったはずがすっかり太陽が雲に覆い隠されている。


「吹雪のようだ。しばらく動けないぞ」

「えー、ここで足止め? あともう少しなのに」

「仕方ないだろ。外に出ても視界不良で遭難するだけだ。とりあえず吹雪が止むまでここで待つしか――何の音だ?」


 突然、外から馬のいななく声が聞こえた。

 そのあとすぐに儂らのいる小屋のドアが開け放たれる。


「ああ、人がいる! 助かった!」

「女王陛下、どのような者達がいるのかも分からないのに私より先に行かれては……エルナ!!」


 小屋に入ってきたのは、防寒着を身にまとったサナルジアの女王とエルナの父親であるフレデリア卿だった。二人の背後には騎士らしき人物が三人ほど見える。儂らと同じく総本部へ向かう途中だったのだろう。

フレデリア卿は小屋へ駆け込みエルナを抱きしめた。


「まさかエルナが来ていたとは! 私の可愛い愛娘よ!」

「ちょ、離してお父様! 皆が見てるじゃない!」


 フレデリア卿はエルナの頬に自分の頬を擦り付けて感極まっている。

 呆れた様子で女王と騎士達が小屋へ入ると、儂は扉を閉めて話の通じそうな女王へと話しかけた。


「お前達も総本部へ?」

「ああ、私達はダルタン王に呼ばれて行くところだった。その口ぶりでは其方達も呼ばれているようだな」

「うむ、先に伝えておくが今回の連合軍の指揮も儂がとることとなっている」

「それを聞いて安心した。我々サナルジアは死んでもドワーフの指揮する連合軍では戦いたくないからな」


 女王は囲炉裏の前で腰を下ろしながら微笑む。

 エルフとドワーフの不仲はまだ続いているようだ。

 この際、なぜいがみ合っているのか聞いてみるのも良いかもしれないな。

 儂は女王の囲炉裏を挟んだ向かいに座ると、器にスープを入れて彼女に差し出した。


「感謝する。身体が凍えて仕方がなかった」

「こんな時はお互い様だ。ところで前々から気になっていたのだが、ドワーフと仲が悪いのはなぜなのだ?」

「……かつて人魔大戦と呼ばれる魔物と人との大きな戦いがあったそうだ。我々エルフは多くの犠牲を出しながらもドワーフと共に前線で戦った。昔の二種族は今とは違い仲が良かったそうだ」

「仲が良かった? ではどうしてこんな状態に?」

「当時のダルタン王が魔物に人質に取られた。向こうの要求はこの戦いからサナルジアとダルタンが完全撤退すること。ダルタンはこの条件を受け入れる決断をしたが、サナルジアはこれを拒否。結果的に国王は殺されエルフはドワーフに憎まれることとなった」

「しかしそれはどうしようもないことではないか。サナルジアとダルタンが退いてしまえば魔物の思い通りにことが運んでしまう。戦争とはそういうものだろう」

「そんなことはドワーフも分かっている。ただ、彼らの感情が我らを許せなかったのだ。殺された国王は内外問わず慕われる偉大なる人物だっただけにな。今では理由も忘れて二種族はいがみあいを続けている」


 女王は話し終えてからスープを啜る。

 たとえ理由が忘れ去られても、先祖の抱いた感情だけは後世に伝わっていると言うことか。解決の難しい状況だ。

 ただ、それでもダルタンもサナルジアも互いに歩み寄ろうと努力をしているように思う。今回の会議への出席も、どちらかが渋れば顔を合わせることはなかったはずだ。戦争が互いを引き離し戦争で再び交わろうとしているとはなんとも皮肉な話ではある。


「エルナの活躍は耳にしてるぞ。これなら大魔導士も目前だな」

「近づいた気はするけどまだまだ活躍が足りないわ。もっと大きなことをやり遂げないと推薦がもらえないし」

「王族からギルド委員会への推薦状か。だったら私から女王陛下に推薦を出してもらえるようにかけあってやろう」

「ううん、気持ちは嬉しいけどお父様の手は借りないわ。私は私のやり方で大魔導士になりたい。それに少し前に真一がローガス王に私の話をしてくれて、大きな手柄をあげれば推薦もオーケーだって言ってくれたらしいの」

「うぐぐぐっ、またあの男か!」


 ギロリとフレデリア卿が儂を睨む。相変わらずエルナへの愛情がすさまじいな。

 女王がこの場にいなければ攻撃してきたに違いない。まぁそうなればは殺さない程度に痛めつけただろうがな。


「あ、吹雪が収まってきたみたいだよ」


 小屋の外を確認していたペロがそう言った。

 儂も立ち上がってドアの隙間から外を覗いてみれば、確かに風の勢いが弱まったように感じた。すでに空では雲の隙間から太陽光が差し込んでおり、吹雪が止むのも間近のように思う。荷物をまとめ小屋を出る準備を進めた。


「よし、吹雪が止んだな。日が暮れないうちに目的地へ向かうぞ」

「私達も出発だ。すぐに馬車を走らせる」


 小屋から出るとサナルジアの女王もあとから付いてくる。

 こんな場所にいつまでも留まる理由はない。当然と言えば当然か。

 儂らは空を飛んで中腹を目指す。

 地上の山道では女王を乗せた馬車が猛然と走っていた。


 道沿いに飛び続ければ、視界に建物らしきものが見える。

 四つの塔に囲まれた白亜の宮殿にそれらを覆う虹色のドーム。

 どことなくキシリア聖教国で見た魔導結界とよく似ていた。

 馬車はドームを難なく通過して中へ。

 儂らも後に続いてドームを通過したのち建物の玄関辺りに降下した。

 そこではすでに馬車から女王が降りていた。


「そちらも着いたようだな。空を飛べるとは羨ましい」

「進化をすればそういった能力も得られると思うぞ。ところでまだ名前を聞いていなかったな。サナルジアの女王よ」

「そう言えばきちんと自己紹介をした覚えがなかったな。では改めて、私は御神木様の巫女でありサナルジアの女王ディアナ・ルベリア。ディアナとでも呼んでくれ」


 儂は女王と握手を交わしてから玄関へと向かう。

 入り口では守衛らしき屈強な男が二人立っていた。

 しかし、素性を聞かれることなくあっさりと中へと通される。

 ディアナが一緒なのでサナルジアの関係者だと思われたのかもしれない。

 

 建物の中はシンプルな造りだった。

 エントランスホールに上へと行く階段が一つ。

 あとは休憩に使うのだろうベンチが設置されている。

 ギルドの総本部と言うだけあって、書類を抱える職員らしき者達の姿を何度も見かけた。


「お、やっと来たか! 待ってたぜ!」


 ホールに一際大きな声が響いた。

 階段を駆け下りてくるのはジョッキを片手に持ったドドルだ。

 やはりと言うか待ち時間を利用して宴会をしていたようだ。

 彼は挨拶もほどほどにとある大部屋へと案内した。

 そこは円卓が置かれ百人は収納できるような広いスペースを有していた。

 数人のドワーフと獣人が床で酒盛りをしており、円卓では見覚えのある顔がグラスで琥珀色の酒を飲んでいる。

 ナジィ国王のヴィシュだ。

 彼は儂に気がつくと笑顔を見せた。


「真一! 待ちわびたぞ!」

「久しいなヴィシュ」


 儂らはハグをして再会を喜んだ。

 ……それにしてもずいぶんと着込んでいるようだ。

 服のせいでいつもよりも身体が大きく見える。

 南国育ちの彼にはこの雪山の環境は堪えるのだろう。


「外はさぞ寒かっただろう。他の王族が集まるまで酒で身体を温めよう」

「そうだな。ところでここにいるのはサナルジアとナジィとダルタンだけか?」

「いや、キシリアがすでに到着している。今は別室で暖をとっているそうだ。あそこはナジィよりも暑い環境なだけに山の寒さは耐えがたいようだ」

「育った環境だからどうしようもないな。さて、儂も一杯飲まさせてもらおう」


 儂とヴィシュは席に座ってグラスに酒を注いだ。

 すぐにドドルも近くの席に座って三人で乾杯する。


「男ってすぐに宴会を開きたがるわよね。本能なのかしら」

「うーん、そんな感じかな。でも賑やかなのは僕も嫌いじゃないよ」

「ペロ様、職員に聞いたところ部屋を無償で貸し出してくれるそうです。私達はそちらの方で休憩しましょう」

「ここは酒臭くて男臭い」


 仲間は部屋を出て別室へ移動。

 サナルジア一行もこの部屋にはいられないと判断したのか出て行った。

 その後、儂らは積もる話もあって深夜まで宴会を続けた。


 そして翌日、各国首脳による会議が開催された。




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