閑話 ライアンの物語6


 私の復讐が終わり、しばらくは仕事も手に付かなかった。

 ジュリアを亡くしてからの一年は、どのように過ごしていたのか記憶がないのだ。

 目が覚めたのはイブを抱いて屋敷を散歩するアダムを見た時だった。

 私と違って息子は前を見て生きていた。


 まだライアンのやるべきことは終わっていない。

 いつまで子供をほったらかしにするのか。

 そうジュリアに叱られた気がしたのだ。


 私は今までの遅れを取り戻すかのように仕事に育児に励んだ。

 母親代わりにはなれない。それでも私はジュリアの分まで懸命に愛情を注いだ。

 焼いたことのないパンをジュリアの残したレシピを参考に作り、ジュリアがよく唄っていた子守歌をアダムにからかわれながらも披露した。

 縫い物だって覚えた。イブの為にぬいぐるみをいくつも自作し、破いて帰ってくるアダムの服を縫い直したりした。

 料理は基本的に屋敷専属のコックに頼んでいたが、休日は私が厨房に立って子供達に自信作を食べさせた。

 騎士や知人を呼んでの小さなパーティーだって行った。私の手料理に舌鼓を打つ人々に、アダムとイブが自慢気な表情をしていたのが私のささやかな楽しみだった。


 アダムが王立初等学校へ入学した。

 学校は王都にあるので、アダムだけ私の実家に預けることになった。

 離れて暮らすのは寂しくもあるが、私とジュリアの実家があるのでそこまで心配はしていなかった。それにお目付役の騎士を、三人ほど付けているので何かあればすぐに私へ報告が来ることにもなっていた。

 ただ、イブが兄のいない生活に慣れないせいかよく泣いている。

 その為、私はまとまった休日を作っては王都へイブを連れて行った。


 イブが初等学校へ入学した。

 それと同時にアダムは高等学校へ入学。

 私は久しく子供のいない生活を送っていた。が、一ヶ月に四回の頻度で王都に顔を出した。

 この頃には領地経営は人へ任せられるほど安定していたからだ。

 ただ、気にくわないことが一つあった。

 ジュリアの父親の勧めで、アダムをモフモフ仙人のところへ弟子入りさせたことだ。

 私は内心で反対したが仙人のおかげでここまで強くなれたのも事実だったので、泣く泣く仙人の元へ息子を通わせることにした。


 嬉しいことにアダムは、モフモフの才能はなかったが剣の才能はあった。

 仙人が「やっぱりライアンの息子だのぉ」などと言っていたが当然の結果だ。

 アダムは私と同じく賢く心の強い子である。


 イブも道場へ通うこととなった。

 兄がすることを真似したいようなのだ。

 私は反対したが、ジュリアのことを持ち出され泣く泣く許可するしかなかった。

 仙人はイブを見て「モフモフの才能がある。ジュリアの血が受け継がれておるわい」などとのたまったのだ。

 私はその日、枕を涙で濡らした。


 アダムが高等学校を卒業した。

 進路はどうするのかと問えば、私の領地を引き継ぎたいと言った。

 私は思わず涙が出そうになった。家督を息子が引き継ぐのは当然であるが、自らそう言ってくれたのが嬉しかったのだ。だが、私はあえて「引き継ぐのはもっと後だ。まずはじっくり領地の人々の生活を学びなさい」と言った。

 まだ引退するような年でもない。そう簡単に隠居するものか。


 イブが高等学校を卒業した。

 この頃になると彼女は年頃の女性となっており、交際する男性も存在していた。

 どうやら相手はメディル公爵家のご子息らしい。

 私が陰から調べた結果では、性格も良く一途で成績もなかなかのようだ。

 まぁ剣の腕前はそれほどでもないが、逆にイブが腕が立つので組み合わせとしては悪くなかった。二重丸である。


 アダムより先にイブが結婚した。

 私の娘が取られた。そんな気分になり結婚式で泣いてしまった。

 隣を見るとアダムも泣いており、私達は抱き合って泣き叫んだ。

 イブはジュリアとうり二つと言っていいほど美しく成長していた。

 誰もが見惚れる花嫁である。

 あの子は私に母の代わりに育ててくれてありがとうと言った。

 辛い時、嬉しい時、寂しい時、必ず私が傍にいてくれたと。

 イブは大人になったのだ。私はそう感じた。

 ようやくジュリアとの約束を一つ果たせた。


 アダムが結婚。イブに子供ができた。

 二つのビッグニュースは私を飛び上がらせた。

 とうとう私はお爺ちゃんになったのだ。

 しかもアダムの方は相手がすでに妊娠していると言うからさらに驚く。

 相手は学生時代に知り合った伯爵の娘だそうだ。息子の交友関係に関してはリサーチ不足だったので不意を突かれた格好となった。

 会って話をしてみたが息子の相手は良い子だった。

 私は彼女に正式にドリス家に嫁ぐことを許可した。


 孫が私のことを初めて「おじいちゃん」と呼んでくれた。

 嬉しさと同時にもうそんな年になったのかと思った。


 東京で生きていたあの頃が遙か遠い大昔のように感じる。

 私は幸せだ。これ以上はないかも知れない。

 ただ、もしあと一つ望むことができたなら田中さんに謝りたい。

 私はあの人の気持ちを何を理解していなかったのだ。


 そして、もしまだ望むことができるのならあの人と再び働きたかった。

 私はやっぱりライアン・ドリスであり神崎靖彦なのである。


「ライアン様、ご報告したいことが」


 執事となった元騎士団長が私の傍に立つ。

 彼の報告ではどうやらマーナで名をあげている冒険者がいるそうなのだ。

 しかもその者達の中に聖獣様がいると言うのである。

 私はすぐにその者達を呼ぶように命令した。

 聖獣。それは偉大なる守護獣である。

 その獣が一匹居るだけで国は千年は安泰と言われるほど。


 私は庭に置かれた椅子に深く腰をかけて青空を見上げた。

 どのような冒険者かは知らないが、聖獣を育てるに値するかどうかを見極めなければならない。家族の暮らすこの王国をなんとしてでも、存続させて発展させなければならないのだから。それが私に残された貴族としての最後の務めだ。


 この時の私は何も知らなかったのだ。

 まさか土下座して田中さんに投げ飛ばされるなど。



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これにて閑話は終了です。



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