閑話 ライアンの物語5


「答えろ。誰の差し金だ」

「…………」

「なるほど。まだ足りないようだ」


 椅子に縛られた暗殺者の顔に、再び濡れタオルを乗せてやる。

 どれだけかかっても良い。必ず口を割らせてやる。

 私の中ではマグマのようなどろどろとした怒りが渦巻いていた。


 ジュリアの葬儀は身内だけで終わらせた。

 アダムは母親がいなくなったことが理解できず、動かない彼女を揺さぶって起こそうとし、一才にも満たないイブは私の腕の中ですやすやと眠っていた。

 私はジュリアの両親に地面に頭を付けて謝った。

 幸せにすると年老いて死ぬまで添い遂げると誓ったはずなのに。

 彼女の両親は優しく私を立たせ、娘は幸せだったと言った。


 その優しさが苦しかった。

 嘘つきめと罵倒し殴って欲しかった。

 私は約束を破ったのだ。


 ここに来てようやく私は田中さんの気持ちを痛いほど理解した。

 自身の一部とも言える大切な何かを失うということは、気が狂ってしまうほどの空虚感にさいなまれると言うことなのだ。胸に空いたその穴に、人は何かを詰め込まなくては生きてゆけない。田中さんはそれが仕事だった。

 そして、私は激しい怒りだ。妻を殺した者へ向ける怒り。


 葬儀を終えた私は仕事と子供を適当な者へ任せ、この一週間ずっと捕らえた暗殺者の拷問をしていた。

 誰がなんの為にこいつを差し向けたのか。

 私はそのことばかりを考えて一睡もしていない。

 おっと、そろそろタオルを取らないと殺してしまう。


「どうだ喋る気になったか?」

「…………くそ食らえ」

「まだのようだな。ではもう一回」


 再び濡れたタオルを顔に乗せてやる。

 凄腕の暗殺者なのだろうか意外に口が堅い。

 だが、一週間ぐらいで諦める私ではない。

 一ヶ月でも一年でもこいつを生かして依頼者を吐き出させる。

 その為には殺して欲しいと懇願するまで拷問を続けなくてはいけない。

 もちろんどんな手段も使うつもりだ。私にはその覚悟がある。


「御当主! 開けてください!」


 ドンドンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。

 私は暗殺者の顔に乗せていたタオルを外し、誰が来たのかとドアを開けた。

 訪問者は近衛騎士団長だった。


「どうした?」

「アダム様がお母上の墓を掘り返そうとしているのです! 凄まじい剣幕で私どもではとても止めきれません!」

「そうか。私に任せなさい」


 私は部屋を厳重に施錠して、団長と共に妻の墓へと向かう。

 そこではスコップを使って地面を掘る息子の姿があった。


「止めなさいアダム」

「お母様はこの下で寝てるんだ! ボクが起こす!」

「止めなさい。ジュリアは死んだのだ」

「嘘だ! お母様は死んでなんかいない! ボクとイブを残してどこかに行くなんてあり得ないんだ!」

「止めろと言っている!」


 私は初めて息子の頬を強く叩いた。

 その時、なぜか私の手が痛かったことを覚えている。


「ジュリアは死んだ! これからは私とお前とイブの三人で生きていかなければならないんだ! 頼むから現実を見てくれ!」

「う……うわぁぁああっ!!」


 アダムはスコップを放り出してこの場から逃げ出した。

 分かっていた。まだ幼いアダムには母親が死んだことなど理解できるはずもないと。

 それでも私は愛さなくてはいけない。彼女が残した二人の子供を。

 私に唯一残された最後の砦だった。



 ◇



「喋るから……もう殺してくれ」


 拷問を始めて一ヶ月が経過した。

 腕も足も失い身体中に針が突き刺さった状態で、奴はかすかな声でそう言った。

 最初、私はその声が聞こえず、次にどのような拷問をすべきか椅子に座って考えていた。二度目に奴が同じことを口にしてから私はようやく気が付いた。


「依頼者を喋る気になったと?」

「ああ、もう話すから殺してくれ」

「その言葉が真実だという証拠は?」

「俺の貯めた金の隠し場所を教える。そこに今までの依頼者のリストも置いてあるから、それが証拠になるはずだ」

「分かった。言葉を信じよう」


 暗殺者はかすれた声でその名を言った。

 覚えのある名に動揺するも、考えれば考えるほど納得できた。

 貸出人が死ねば借金も帳消しとなる。よく考えるべきだったのだ。なぜこのタイミングで私の元へ顔を出したのか。初めから謝罪などする気もなかったのだ。奴は。


 私は暗殺者の金と依頼者のリストを手に入れ、言ったことが真実だと確信してから拷問をしていた相手の首を剣で落としてやった。

 やっと復讐をすべき相手の背中を捉えたと私は嗤った。



 ◇



「あひゃひゃひゃっ! 見てよ! ライアンからだまし取った金貨を! 暗殺者を差し向けられてるのも知らずにボクに同情したんだぜ! 死ぬほど笑える!」

「よくやったジョニー。これでまたしばらくは遊んで暮らせる。おまけに鼻つまみ者のライアンを消せて一石二鳥。社交界で私の株がまたあがるな」


 ドサド家の屋敷でジョニーとその父親が、テーブルに乗った金貨を数えながら気味の悪い笑みを浮かべていた。

 会話を聞く限りでは、私が生きているとは知らないようだ。

 それも当然か。辺境の情報はよほどのことでない限り届くのが遅い。

 逆に考えれば私が死ねばすぐにでも耳に入るはずなのだが、その辺りに気が付いていない奴らはやはり愚かである。


 私は天井裏に開けた穴から下を覗きながらほくそ笑んだ。

 暗殺を依頼した相手はジョニー・ドサドだった。

 奴は私を騙しまんまと金貨を手に入れたのだ。大商会から借金をしているというのも嘘なのだろう。今思えば奴のサインと大商会のサインが同じ筆跡だったのだ。

 そして、手に入れた暗殺リスト。

 この中にはドサドから依頼されて殺した相手が、二十人以上も記載されていた。

 つまり今回が初犯ではないと言うことだ。クズを越えて外道である。

 こんな相手に私の妻は……ジュリアは殺されたのかと、怒りで頭の血管が切れそうだった。


「ところで例の者はまだ戻ってこぬのか?」

「そう言えばそうですね。いつもなら暗殺の報告をする為に顔を出すのですが……」


 私は天井から部屋の中へ飛び降りた。

 着地と同時にジョニーの父親の首を切り落とし、振り返りに剣を切り上げジョニーの左腕を肩から切断。次の瞬間、腕が床に落ちて鮮血が部屋の壁を染める。


「うぎゃ――むぐっ!?」


 叫ぶ前に私は左手で奴の口を押さえた。

 これはあくまでも暗殺だ。誰にも殺す現場を見つかってはいけない。

 そう考えながら私は、剣を奴の太腿に突き刺した。


「私を殺したと思ったかジョニー?」

「んぐぐ!? はんあん!?」

「君は昔から想像力に欠けていたな。いじめた相手や殺そうとした相手が復讐しに来るなんてきっと考えもしないんだろう」

「ほろははいへ! ほへはひ!」

「何を言っているのか分からないな」


 ナイフを抜いてジョニーのもう一つの太腿へ突き刺す。

 悲鳴をあげようとするが私は左手で押さえてそれを許さない。


「もう少しおしゃべりしよう。私の気が変われば助けるかもしれない」


 奴はこくこくと頷く。必死な姿に笑いそうになった。

 私は布を丸めて口に押し込め、その上から布で縛った。

 さらに残された右手もナイフを刺してテーブルに固定。

 これでジョニーは逃げることができない。


「知ってるかな。私の妻が殺されたことを」

「ひははひ」

「耳に届いていないようだな。そう、妻が暗殺されてね。私はその実行犯を捕らえて拷問したんだ。それで誰の名前が出たと思う?」

「ひはふ。ほふはひへはひ」

「そう、君の名前が出たのさ。もちろんそれだけが証拠じゃない。これは暗殺者の持っていたリストだ。標的と依頼者と依頼額が記載されている。見たところ依頼者としては君の名前が一番多いかな。お得意さんだったみたいだね」

「ひはふ! ほへはふほは!」


 ジョニーは首を振って涙を流す。

 言葉はよく聞き取れないが、恐らく無罪を主張しているのだろう。


「さて、ここからが本題だ。君は間接的だが私の妻を殺した。この罪は何で支払わなければならない。もしくは何で支払いたい。まずは君の希望を聞こう」

「ほはへははへふ! ひほひはへは!」

「ん? ふむふむ、自分の命で支払いたいと。君は想像力に欠けているだけあって無謀なほどに勇気があるな」

「ひはふ! ほはへほははふ!」

「奇遇だな。実は私も同じことを考えていた。君の命で支払ってもらおうと思っていたんだ。ああ、それとこのお金は返してもらう。私とジュリアが貯めたお金だからね」


 私は金貨を袋に詰めて懐に入れた。

 するとジョニーがテーブルに頭を付けて謝罪の意を示した。

 遅い。今頃、謝罪をするとは。

 私はずっと話をしながら見ていた。ジョニーが謝るかどうかを。

 早ければ助けることも考えたのだ。もちろんその際は、喋れなくして誰か分からないように顔の皮を剥ぐ予定だったが。

 これなら気兼ねなく殺せそうだ。


「地獄でジュリアに詫びろ」


 私は太腿に刺さっていた剣を抜いて、ジョニーの首を切り飛ばした。

 血液が噴水のようにびゅっと噴き出して、頭部を失った身体が倒れる。


「むなしいものだな。復讐を終えた後は」


 私は屍と化した親子を一瞥してから、フードを深くかぶって天井へと飛び上がった。

 こうして私とジョニー・ドサドとの因縁は完全に終わった。

 ただ、復讐を達成した私の胸に訪れたのは歓喜ではなく悲しさだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る