閑話 ライアンの物語4


 高等学校を卒業した私は、宣言通り武官になることを決めた。

 とは言ってもいきなり望んだポストに座れるわけもなく、身分相応の手頃な役職を割り当てられることで私の軍人デビューは果たされた。

 その一方でジュリアとの関係は、一つのゴールを迎えることとなる。

 ライアン・ドリスとジュリア・レーベルの結婚だ。

 五年もの交際を経てようやく掴んだ幸せだった。


 結婚式は少し無理をして盛大にさせてもらった。

 ドリス家の子供は私一人である為、両親にとっては最初で最後の式だからだ。

 私達は集まった人々の前で、互いの命が尽きる時まで添い続けると神に誓った。


 その次の年にはジュリアが妊娠した。

 私も仕事で成果を上げ昇進。

 今後のことを考えて私達は小さな一戸建てを購入することにした。


 子供が生まれた。男の子だ。

 名前はアダム。

 元気な泣き声に私とジュリアは未来が明るいことを確信した。


 私はさらに昇進した。

 百人ほどの部下を任されることとなったのだ。

 その代わり王都から離れることが多くなった。

 仕事とは言え愛する妻と子を置いて、遠くの地へと赴かなければならないのは苦痛ではあったが、二人のことを思えば我慢もできた。

 私は一秒でも早く家に戻る為に仕事に邁進した。


 仕事の成果が認められ昇進が決まった。

 一万の兵を任される役職が与えられたのだ。

 この頃、息子は3才を迎えていた。


 反国王勢力を叩くことに私は成功した。

 そのおかげで謀反を企てようとしていた貴族を、芋づる式に捕まえることができた。

 陛下はこのことを大いに喜ばれ、王国は粛清の嵐に見舞われることとなる。

 多大な成果を上げた私は勲章を授与され爵位を与えられた。

 とうとう私は父を越えて伯爵となったのだ。

 そして、役職は副将軍となった。

 すでに将軍への道のりは秒読み段階だった。


 西の辺境であるマーナが、三十人のドラゴニュートに占拠されたという報告が入った。

 どうやら盗賊団と化した脱走軍人のようだった。

 おまけに我が国の街を自分達の領土だと主張した。

 私は陛下より命を受けて単身で街を奪還。

 一人のドラゴニュートを残して殲滅に成功した。

 このことにより西の辺境の危うさが浮き彫りとなり、私は押しつけられる形となって西の辺境を領土として与えられ、辺境伯の称号を授与されることとなった。

 私は気が付いていなかったのだ。他の貴族達が私を極度に恐れていたことに。

 つまり今回の任務は私を辺境へ飛ばす絶好の機会にされたのだ。

 それでも私と妻は喜んだ。

 予想外ではあったがこれも昇進のようなもの。

 これで妻と子の二人とゆっくり暮らせるのだと考えたからだ。



 ◇



 息子が5才になった。

 最近はやんちゃが目立ち屋敷の中を走り回っている。

 まったく誰に似たのか落ち着きがなさ過ぎる。


「お父様、剣の稽古しよ!」

「今は仕事中だ。暇な近衛騎士にでも頼みなさい」

「みんなボクにすぐにやられちゃうんだ。つまんない」


 ぷくーと頬を膨らませるアダム。

 なるほど。騎士に接待されていると言うわけか。

 そろそろ厳しい指導をお願いしても良い頃だな

 そこへドアが開けてジュリアが入ってきた。

 アダムは母親を見るとすぐに走り出し彼女の足に抱きつく。


「あらあらお兄ちゃんになったと言うのに甘えん坊さんね」

「イブにお母様はまだあげない! ボクのお母様だ!」

「お兄ちゃんがそんなことを言ってはいけません。あなたはこの子を護らないといけないのだから。それとも妹は嫌い?」

「……お母様もイブも大好き」


 アダムは涙を溜めながら兄であることを少しずつだが受け入れていた。

 ジュリアが抱える布にくるまれた赤子。

 今年生まれた私達の娘だ。名前はイブ。

 よく笑う可愛らしい子である。


「そう、ライアンのお客さんが来てるわよ。なんでも学校の同級生だとか。一応、応接間に通しておいたわよ」

「同級生? 誰だろうか? ありがとうすぐに行く」


 私は予定にない突然の同級生の訪問に一抹の不安を抱いた。

 同級生と言うことは、つまり貴族の誰かがここへ来たと言うことだ。ただの思い出話に花を咲かせるだけに留まれば良いが、向こうの目的次第では穏やかには対応できないかもしれない。今ではすっかり貴族の嫌われ者だからだ。


 応接間のドアを開けてソファーに座る。

 対面に座る何者かはフードをかぶっていた。


「同級生と言うが誰だったかな。顔をよく見せてもらえないか」

「……ずいぶんと出世したじゃないか。ライアン・ドリス辺境伯」

「その声は……まさか」


 フードを下ろした相手は、私にあの頃と変わらない不敵な笑みを見せた。

 黒髪のおかっぱ頭に病的にまでやつれたずる賢そうな顔。

 成長はしたが私の記憶の中にいるあいつとぴたりと重なる。


「ジョニー・ドサドか」

「正解。久しぶりだねライアン」


 私は僅かに身構え、腰に備えている剣の柄に手を添えた。

 しかし、奴は慌てて私の行動を止めようとする。


「待ってくれ。もうあの頃のボクとは違うんだ。君に何かしようなんて考えていない」

「改心したと言うのか。あのジョニーが?」

「あの頃のボクは世間をよく分かっていなかった。地位が全てなんて妄想で生きていたわけだからね。今さらになって思うよ愚かな子供だったとさ。君には酷い思いをさせてしまったね。ごめん」


 ジョニーは私に向かって頭を下げた。

 それが信じられなかった。あのジョニーが私に謝罪をしたのだ。

 私はしばしあの頃の受けた屈辱を振り返ってから返答をした。


「その謝罪を受け入れよう」

「本当かい!? ありがとう!」

「ああ、それで今日来たのはそれが目的か?」

「それもあるけど……」


 ジョニーは一枚の紙を取りだして私に渡す。

 開いてみればそれはジョニーの名が書かれた借用書だった。

 金額は金貨百枚。王都の大商会から貸し出されているようだった。

 すぐさまジョニーは床に土下座をする。


「一生のお願いだ! ボクにお金を貸してもらえないか!」

「やめてくれ。私はお金を貸すなど……」

「このままじゃ。ドサド家は没落してしまう。家族だっているのにどうやってこれから暮らしていけば良いのか分からないんだ。辺境伯ならこのくらいの金額は払えるよね? お願いだ。ボクにお金を貸して欲しい」


 あのジョニーが私の足にすがりついて助けを懇願していた。

 私はそれを見て気分が良かった。

 散々いじめてきた相手が助けを求めている。救うも見捨てるも私次第。

 そう思った瞬間にハッとして己に対して怒りを抱いた。

 いくら過去にいじめられた相手とは言え助けを求める姿を笑うとは。

 私はしゃがみ込んでジョニーの両肩を掴んだ。


「分かった。私が肩代わりしよう。もちろん一度きりだ。これも何かの縁、次に私が困ったときは君が助けてくれ」

「もちろんだ! 君のためならなんだってするよ!」


 こうしてジョニーに金貨百枚、およそ一億円もの大金を貸したのだった。

 この時、私は気づくべきだったのだ、奴の目が冷たく笑っていたことに。



 ◇



 ジョニーの訪問があった日の深夜。

 私は書斎にてランプを灯して書類仕事をしていた。

 悩むのは我が家の貯蓄をどうやって増やすかだ。

 ジョニーに渡した金貨百枚は決して余裕のあるお金ではなかった。

 今まで必死に貯めてきた貯蓄の半分である。

 それでも渡したのは彼の心を信じたからだ。


 それに今の私は貴族を敵に回している。

 少しでも味方を増やしたいのが本音でもあった。


「きゃぁああああああああっ!!」

「なんだ!?」


 屋敷に悲鳴が木霊した。

 しかもあの声はジュリアのものとよく似ている。

 私は反射的に剣を掴んで部屋を出た。

 向かうはジュリアと子供が寝ている寝室である。


「ジュリア!?」


 部屋へ入れば短剣を持ったまま床に倒れる彼女を見つけた。

 私はすぐに駆け寄り抱きかかえる。


「ライアン、子供達を……お願い」

「喋るな! すぐに手当を!」


 ジュリアの胸には深い刺し傷があった。

 そこから止めどなく血が流れ出し、床に血だまりを作っていた。

 私は屋敷にキュアマシューがあったことを思いだし、ひとまず彼女を床に置いて部屋を出ようとする。

 が、背後から殺気を感じ、咄嗟に抜刀して斬撃を弾いた。


「何者!?」

「…………」


 黒装束を纏った何者かが空中で一回転してから着地した。

 私は即座に暗殺者だと察した。しかもかなりの腕を持つ者。

 ただ、その左腕には切り傷ができていた。

 恐らくジュリアが抵抗したことでできた傷だろう。


「誰に依頼されて忍び込んだ」

「…………」

「だんまりか。すぐに口を割らせてやる」

「……くく」


 暗殺者は小さく笑う。

 その直後、奴の姿が闇の中へ消えた。隠密スキルだ。

 私は接近する気配を頼りに敵の攻撃を弾き、その片足を切り飛ばした。

 悲鳴をあげて暗殺者は床に倒れる。

 私を見上げるその目は、なぜ攻撃が分かったのかと言いたそうだった。


「免許皆伝者はもれなく気配察知スキルを習得している。私と戦ったのが運の尽きだったな」

「……しくじるとは」


 暗殺者は言葉を残して気絶。

 私は妻を助けるためにキュアマシューを取りに部屋を出た。

 すぐに探し出して戻ってくるも、ジュリアの身体は氷のように冷たくなっていた。私は懸命に身体をさすって温め、その口にかみ砕いたキュアマシューを流し込んだ。しかし、いつまでたっても彼女は目を覚まさない。


「ジュリア! 目を覚ましてくれ! 頼む!!」


 手を尽くしてようやく悟った。

 彼女は天国へ旅立ったのだと。



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