閑話 ライアンの物語2


 結論から言えば私はジュリアと交際することにした。

 こう言っては私の品性が疑われるが、正直見た目がタイプだったのだ。

 もちろん前世の妻が頭をよぎりもしたが、私が社長をクビになる頃には別居をしていたし、元々お互いに愛はない仮面夫婦だったので、生まれ変わった今となっては気にする意味もなかった。

 そんなわけで二人の交際がスタートしたのだが、私はすぐに彼女と付き合ってゆくには、耐えがたい困難が待ち受けていることに気づかされたのだった。


「はい、腕立て五百回ね! ファイト!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ腹筋五百回を終えたばかりだ! 休ませて欲しい!」

「弱音は許可しない。終わった後のご褒美が欲しくないの?」

「くそっ……ズルいぞ。男の純情を弄ぶなんて」

「ただの性欲でしょ。さぁ頑張った頑張った」


 ジュリアは大きなパンを囓りながら、うつ伏せになる私の前でしゃがんでいた。

 目の前に白く眩しい太腿があるのに目をやる余裕すらない。

 私は汗を垂らしながら必死に腕立てを繰り返し、五百回を終えると地面に倒れて青空を見上げた。すると私の顔に影ができて、のぞき込むようにジュリアが笑みを浮かべる。


「お疲れ様。だいぶマシになったね」

「毎日こんなことを繰り返していれば嫌でも慣れるさ」

「でもまだ予定の半分も達してないから」

「聞きたくなかった。死ぬ」


 ジュリアとの交際には私の訓練が条件となっていた。

 なんでもレーベル家は騎士を輩出する名家らしく、彼女の父親は嫁がせるなら上級貴族か腕のある強い男と決めているらしいのだ。

 最初は付き合うのは止めようかと思いもしたが、よくよく考えてみれば騎士の家に生まれた彼女に鍛えてもらうのは絶好の機会ではないかと考え直したのだ。力が付けばドサドのイジメにだって対抗できる。新しい人生を良いものへと変えられる気がした。



 ◇



 三ヶ月が過ぎた頃、私の肉体は急成長を遂げていた。

 細かった手足は太く。鈍かった反射神経は鋭敏に。捌くこともできなかったジュリアの剣を弾くことができていた。スキルだって新しいものを獲得している。もはや私は暴力に怯える男ではなくなっていた。

 いつものように私を校舎裏に呼び出したドサド達は、軽薄な笑みを浮かべて私をどう料理してやろうか想像を膨らませていた。


「そろそろただ殴るのも飽きてきたし、もっと過激なことをしてもいい時期に来たんじゃないのかな。例えば爪の間に針を通すとかさ」

「…………」

「ぶふっ、怖くて声も出なくなったのかい。その方が良いよ、ボクは怯えてくれた方が興奮するからさ。さぁ彼を押さえつけてやれ」


 ジョニーの二人の仲間が私の腕を掴む。

 が、私は腕を軽く捻ってそいつらを逆に地面に押さえつけた。

 予想外の展開にジョニーは動揺したのか後ずさりする。


「今日の私はひと味違うぞ。昨日まで好き勝手に殴らせてやっていた私とはな」

「アベン! ライアンをたたきのめせ! 命令だ!」


 命令に従い太った男子生徒が私に向かって拳を振り上げる。

 全く見えなかった腕の動きが今の私には手に取るように分かった。

 そこで私は剣術スキルを発動させる。

 あまり知られていないことだが、武具を使う武術系スキルは一瞬だが、無手でも攻撃をすることができるのだ。

 たとえば剣術は剣が手元にあることが使用条件となる。

 しかし、もし剣を持っていない状態で発動させると、スキルは強引に空気を武器として使用するのだ。私はこれを『スキルの誤作動』と呼んでいる。

 もちろんあくまでこれは正しいスキルの使い方ではないし、威力も人を殺せるほどでないことは判明している。せいぜい木刀を振るくらいのものだ。


「へぎゃっ!?」


 私をいつも殴っていたデブは、空気剣を左肩に叩き込まれて地面に倒れた。

 骨の折れる音がしたので恐らく鎖骨が折れていることだろう。

 ただ回復魔法やアイテムがあるこの世界では、それは大した怪我ではないのだがな。それでも幾分かは私の心は晴れやかな気持ちとなった。


「ボクの忠実な下僕達が! よくもやってくれたなライアン!」

「今までのお礼だ。いつまでも殴られているような私ではない」


 私はジョニーにゆっくりと歩み寄る。

 その度に奴は後ろへ下がり私から逃げようとする。


「自分では戦わないのか。ジョニー」

「ボクは命令をする存在だ! あいつらのように直接手は出さない!」

「それは言い訳か。手は出していないから罪もないと」

「そうさ! それでもボクを殴りたければ殴るが良いさ! その代わり君の家がどうなるか見ものだね! たかが男爵家が侯爵家を敵に回すのだからさ!」


 そんなことは分かっていた。

 召使いもいない小さな男爵家が侯爵家の子息に手を出せばどうなることかくらい。

 私は最初からジョニーに手は出さないつもりだったのだ。

 ただ、これで少しは懲りただろうと考えた。

 やり返す力を持っていると傲慢な貴族の子供に知らしめたのだから。

 私はこの場を去ることにした。


「いつか必ずこの屈辱を晴らすからな! ボクはお前を許さない!」


 後ろから聞こえるジョニーの言葉を私は鼻で笑った。

 やれるものならやってみろ。また思い知らせてやる。

 この時はそう思っていた。



 ◇



 その後もジュリアの訓練は続いた。

 私の能力は驚異的に向上、永らく訓練を続けていた彼女を驚かせたほどだ。

 木剣で戦えば五本に一本は勝つようになり、十キロのランニングも息を切らさずにこなせるようになっていた。

 そして、ジョニーからのイジメもあの日を境にぴたりと止んだ。

 廊下ですれ違っても私を睨む程度で一切関わってこない。

 おかげで次第に友人も増え始め、私の学校生活は有意義なものへと変化していた。

 そんなある日、ジュリアは私にとある提案をした。


「君の師匠に会って欲しい?」

「そう、今のライアンなら師匠の稽古についていけるわよ」

「嬉しい申し出だが……その師匠とは何者だ?」


 私はパンを囓るジュリアを背中に乗せたまま腕立て伏せをしていた。


「何者って……うーん、何者だろう?」

「そんな人物に教えを請うのは大丈夫なのか」

「実力は確かだしお父様の知り合いだから問題ないわよ。でも何者かって言われると説明しにくいのよね。直接会うのが早いかな」

「不安だ。胃が痛い」


 こうして私はジュリアの師匠と会うこととなった。



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