百三十話 宝具作成


 国王ドドルの案内によって儂らは地下へと踏み入ることとなった。

 幾重にも施錠された分厚い金属の扉を開ければ、迎えるのは遥か地下へと続く石造りの螺旋階段。

 湿気が強く壁や階段は所々仄かに発光していた。

 恐らくヒカリゴケが生えているのだろう。

 蛍の光に似た明かりが幻想的な景色を作り出していた。


「ずいぶんと下の方にあるのだな」

「元々ここは自然に出来た洞窟だったんだ。そいつをご先祖様が手を加えて馬鹿でかい施設にしちまったのさ」

「鍛冶だけでなく建築も得意としていたようだな。恐れ入る」

「まぁ大昔のドワーフはと付け加えなきゃならないがな。今じゃあ施設はすっかり宝物庫と化している。てめぇが直した国宝のハンマーもこの先にあるぜ」


 彼は慣れた足取りで階段をヒョイヒョイと下って行く。

 ずいぶんと下りてきたが、現在は地下のどの辺りなのだろうか。

 軽く五十メートルは下ったと思うのだが……。

 そんなことを思い始めた矢先に最下層へと到着した。


「ここが宝物庫だ。一応言っておくが何も盗むなよ」

「分かっている。にしても呆れるほどの宝の山だな」


 最下層は直線に続く幅の広い通路だ。

 レンガ造りの壁際には、金貨や宝石などが箱に入れられて無造作に置かれている。

 それ以外にも装飾も何もない無骨な武器が置かれていたり、何に使うのか分からないものまで様々だ。

 その中で一番気になったのは薄いベージュのブラジャーだった。

 金貨の山に置かれており妙に目を引く。

 あれもドワーフが作ったなにかなのだろうか。


「やべっ、忘れてた!」


 ドドルは慌ててブラジャーを懐へと収める。

 挙動不審な態度に違和感を抱いた。


「その……あれだ。ここは俺が愛人と逢い引きしているところでな……」


 苦笑いするドドルを女性陣は冷めた目で見つめていた。

 男として彼の心情は理解できなくもないが、このタイミングはかなり格好悪い。

 場の空気を察したドドルは誤魔化すように案内を再開した。


「それにしてもこの通路はどこまで続いているのだ。かなり歩いたと思うのだが」

「この地下は縦穴百十五メートルに横穴は一キロにも及んでいる。そんで目的の場所はこの先の最奥に存在しているのさ」

「奥に一体何があるのだ?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


 ドドルはそう言って笑みを浮かべる。

 もったいぶるからには驚くべき何かがあるのだろう。

 気になってソワソワしてしまう。


 長い通路をただひたすらに進み続けた儂らは、ようやく最奥らしき場所へと到着する。

 正面には丸く分厚い金属の扉。まるで銀行の金庫のようだ。

 ドドルは懐から出した鍵を扉の穴に差し込んで捻る。

 そして、丸いハンドル回してから扉がゆっくりと開かれた。


「ドワーフの英知が眠る場所だ」

「ここが……」


 儂らを迎えたのは広い円形の部屋だった。

 床も天井も真っ白く、壁にはぐるりと囲むように棚が並んでいる。

 みっしりと棚に並ぶのは白い本だ。背表紙には金字でタイトルが書かれている為、一目で内容が分かるようになっていた。

 部屋の中央には白く丸いテーブルと五つの椅子。

 ドドルはドカッと椅子に腰掛け、懐からスキットルを取りだした。


「かー! いつ飲んでも酒はうめぇな!」

「それで宝具を作る為にはどの本を読めば良いのだ」

「とりあえずカ行の棚の最初から中程までの本を読め。話はそれからだ」

「……二十冊以上あるぞ?」

「あのなぁ、予備知識もなくて宝具なんてものを造れるわけねぇだろ。適当な武器をこしらえるわけじゃねぇんだぞ」


 ぐぅの音も出ないほどの正論だ。

 さすがはドワーフの王、鍛冶には並々ならぬ熱量を感じる。

 酒を飲んで愛人とイチャイチャするだけの男ではなかったか。


「本は俺が読む。田中君はすぐに宝具作成にとりかかれるように準備をしていてくれ」

「良いのかロッドマン。一通り目を通すだけでもかなりの時間を要するぞ」

「時間なんて関係ない。こんな機会もう二度とないかもしれないんだ」


 ロッドマンは強いまなざしで本を手に取った。

 鍛冶師としての意地と志が彼を突き動かしているように見える。

 その姿を見てドドルはニヤリを笑みを浮かべた。


「そんじゃあ読み終わるまで次の作業は待つとするか」

「なんだ作成も手伝ってくれるのか?」

「まぁな。だいたい宝具作成に興味をそそられねぇドワーフなんてドワーフじゃねぇよ」

「聞こうと思っていたが、ドワーフにとって鍛冶とはなんなのだ?」

「種族としての生きがいであり誇りだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」


 そう言って彼はグビッと酒を口に含む。

 そして、コンッと空になったスキットルをテーブルに置いた。


「しまったな、もっと酒を持ってくりゃ良かったぜ」

「それならたんまりとあるぞ」


 腕輪から酒樽を十個取り出す。

 その瞬間、ドドルは樽に抱きついて歓声をあげた。



 ◇



 ロッドマンが本を読み始めて三日が経過した。

 今日までドドルは酒を浴びるように飲み続け、儂らは暇つぶしにゲームをしたり日頃の疲れを癒やす為に、惰眠をむさぼったりと自由に過ごしている。


「……終わった」


 二十三冊目の本を閉じてロッドマンは呟いた。

 その目には隈ができており、心なしか少しやつれたようにも見える。

 儂は疲労回復を目的として彼にキュアマシューを渡した。


「それで宝具作成の目途はついたのか」

「ああ、必要な知識は得た。ただ、そのおかげで重大なことに気が付いたんだ」

「ふむ……重大なこととはなんだ?」

「宝具はアダマンタイトだけでは造れない。材料が足りないんだ」


 なっ!? 足りないだと!? ここまできてそれはないだろう!!

 儂は動揺を隠しながら、ロッドマンに何が足りないのかを問う。


「聞いたこともない金属だ。名前は……オリハルコン」


 オリハルコン……聞いたことがあるようなないような。

 とにかくその金属がなければ、宝具を造れないことは確かのようだ。

 ドドルへ目を向ければ、なぜか彼はにやついている。


「あるぜ。オリハルコン」

「本当か! ぜひ譲ってくれ! 頼む!」

「タダでやるよ。ただし、一つ言っておかならないことがある」

「なんだ?」

「俺が今から見せるオリハルコンは、世界にたった一つしか残されていない物だ」


 儂を含めて全員が動揺を隠しきれなかった。

 当然だ。そんな超稀少な金属をタダでやると言っているのだから。

 いや、たとえ金を支払うことになったとしても戸惑ったに違いない。


「見せてやるから付いてこい」


 ドドルは部屋の奥にある扉へと案内した。

 それは入口と同じような丸く分厚い金属の扉だ。

 鍵穴はない為、施錠はされていないようだった。

 ゆっくりと扉が開かれ向こうの景色が露わとなる。


 壁から壁までゆうに二百メートルはあろう広いドーム状の部屋。

 床には溝が張り巡らされ巨大な魔方陣が描かれており、中央には高さ一メートルほどの台座が二つ鎮座していた。

 そして、その周囲を取り囲むのは六本のクリスタルの柱だ。

 台座の近くに金床が置かれていることに儂は気が付く。


「まさかここは……鍛冶場なのか?」

「正解。宝具を作る為に建設された特別な作業場だ。かの五大宝具に人造スケルトンもここで造られた。で、あそこにあるのが――」


 ドドルは台座の一つに乗せられている物を指差した。

 それは緋色の小さな正方形の金属だった。

 儂は近づいてその金属を持ってみることにする。


「……これがオリハルコンか? 普通だな」

「触れるってことは持ち主として認められたってことだ。これで晴れて宝具制作にとりかかれるぞ」

「どう言う意味だ。ちゃんと説明してくれ」

「宝具が持ち主を選ぶってのは知っているよな。その理由はオリハルコンが混ぜられているからだ。意思を持った金属なんだよ。そいつは」

「意思を持った金属……では、宝具は生きていると?」


 ドドルはすぐには返答せず、スキットルを開けて酒を飲む。

 アルコール臭いゲップをしてから会話を再開した。


「分かりやすく言えばそうだ。とは言っても今の宝具には感情のようなものもねぇし、何かを勝手に判断できるほどの思考能力もねぇ。と言うのもオリハルコンってのは元々一塊の金属だったそうだ。その時は会話も出来ていたって言うくらいだからなすげぇよな」

「それを宝具を作る為に六分割したと言うわけだな」

「あー、いや五分割だ。宝具の中で風神の杖だけはオリハルコンと関わりがないらしい。とまぁとにかくてめぇが持っているのは五分割されたものの一つだ。大切に扱えよ」


 話は分かったが新たにオリハルコンの謎が出来てしまった。

 意思を持つ金属。

 それはいかなる言葉を人間に話したのだろうか。

 なぜ宝具になることとなったのだろうか。興味は尽きない。


「まずは不純物を取り除く作業から始める。俺にアダマンタイトを」

「待ってくれ。それなら儂だけで出来る。二人はオリハルコンをどうにかして欲しい」

「何を言って――」


 儂は分離スキルでアダマンタイトの中にある不純物を取り出す。

 ついでにリズが見つけた物とザジの大鎌にも分離を行い、金属操作スキルでキューブ状に形を整えてからロッドマンに金属を手渡す。

 唖然とした彼は儂と金属の塊の間で視線を上下させた。


「おいおい、まさか鍛冶師憧れの金属操作と分離を持っているのか?」

「一応な。ただ、ランクが足りないのかオリハルコンにはスキルが一切通用しなかった」

「もう試したのか。まったくどこまでも驚かせてくれる奴だ」


 ロッドマンは呆れた様子で額に手を当てていた。

 と、思えば急にニヤリとする。


「量は充分だ。この際、他の奴の武器も新調してやる。天使と派手にやりあうんだろ」

「それはありがたい。リズとペロの武器が心許ないと思っていたからな」

「礼なんて良いさ。俺をここまで連れてきてくれたことに感謝しているからな」


 三つのアダマンタイトの塊を抱えて、ロッドマンはドドルの元へと走る。


「ロッドマン、流れは分かってんな?」

「おうよ、陛下も頼むぜ」


 袖をまくった二人の男が手袋をはめてはちまきを締める。

 まずは宝具の作成から。

 ロッドマンが一方の台座にアダマンタイトを。

 もう一方の台座にオリハルコンを乗せれば、ドドルが台座のスイッチをONにする。

 すると二つの金属は浮き上がってバチバチと放電。床の魔方陣が青白い光を放ち始め、囲んでいた六つのクリスタルから放出される光は、繋がって光の輪っかを出現させた。


「うし、溶け始めたぞ! ご先祖様の造った装置はまだ現役だぜ!」

「おおおおっ! 融解点の高いアダマンタイトがこんなにも早く! 奇跡を見ているようだ!」


 ドドルとロッドマンは、台座の上で青白く輝きを放ちながら、融解を始めるアダマンタイトに感動している様子だった。

 溶け出した金属はぐにゃりと形を変えて空中で球体状に変化する。

 たった二十分そこらでアダマンタイトは完全に液体と化してしまった。

 しかし、未だオリハルコンは赤く発熱しつつも形を維持している。


「実のところ、この装置はオリハルコンを溶かす為だけに造られたものだ」

「改めて思うが凄まじい金属だな。この装置も」

「アダマンタイトの融解点は三千度だがオリハルコンは一万度だ。この装置がなきゃ溶かすこともできねぇんだよ。おまけに熱も遮断してくれるからこうして平然とみてられる」


 い、一万度……太陽の表面温度より高いじゃないか。

 儂は恐ろしくなって冷や汗を流した。



 ◇



 あれから十時間が経過した。

 二人は部屋から儂以外のメンバーを追い出し、宇宙服のような防熱服を着込んで二つの金属を金属製のバケツの中で混ぜ合わせていた。と言うのも溶けた金属から発せられる熱が、人間の耐えられる温度を軽く超えているからだ。いくら鍛冶に慣れているドワーフでも防熱服なしでは死んでしまう。

 ちなみに儂は常に一定の気温に保ってくれるローブがあるので、この場に居ても問題はない。なによりこの作業を見届ける責任があるのだ。


「まだまだ! しっかり持ってろよ!」

「良いから早く打て! 暑くて死にそうだ!」


 五時間が経過する頃には二人は剣を打ち始めていた。

 カンカンとリズミカルに部屋へと反響する音は、必死な本人達を目にしなければ楽しげに聞こえる。

心の中で応援しながら完成を待つとする。



 ◇



 そして、三日が経過した。

 二人は最小限の食事と水分補給だけで寝ずに金属を砥石で研ぎ続けている。

 取り憑かれたように黙々と一点を見つめて。

 宝具を研ぐのはアダマンタイトで造られた専用の砥石だ。

 アダマンタイトを削れるのはアダマンタイトしかないと言うことなのだろう。


「で……きた……」

「こっち……もだ……」


 上半身裸の二人の男は床に倒れるようにして眠る。

 儂は彼らに毛布を掛けてやった。


 完成した武器は三つ。


 一つ目は狼の姿が彫り込まれた籠手だ。

 鋼鉄色の表面にはホログラム柄が光を乱反射して眩しいほど輝く。

 ペロはぴったりの付け心地に拳を握りしめる。


 二つ目は鞘にはやぶさのような鳥が描かれた刀だ。

 これに関しては儂が二人に無理を言って造ってもらった。

 忍者娘にはやはり刀が必要だからだ。

 あくまでも形を真似ただけの代物ではあるが、アダマンタイトほどの硬度と柔軟性を備えた金属なら刀と呼んでも差し支えないと思われる。

 リズが鞘から抜けば鋼鉄色にホログラム柄が鈍く光を反射した。


 三つ目は黄金の宝玉を鍔に備えた黒色の剣だ。

 鞘から抜けば黒いホログラム柄の刀身が、鏡のように儂の顔を映す。

 無駄がなく美しい。剣の形をした宝石にも見える。



 こうして第六の宝具として儂の新しい剣は誕生した。



 第六章 <完>


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