百二十八話 復讐の相手


 剣と大鎌がせめぎ合い不快な金属音を響かせる。

 儂の中では怒りの炎が激しく燃え盛っていた。

 その理由は目の前の敵だ。


「ぐげげげげっ!」

「あの日のことは忘れたことはない!」


 怒りのままに腕に力を込めた。

 しかし、拮抗状態は続く。


「なぜ東京を! なぜ儂と繁さんを!」


 奴は口角を鋭利に上げて嗤い続ける。

 質問には答えないつもりのようだ。


「魔物なのはすでに分かっている! 意地でも喋らせてやるぞ!」


 強化系スキルを全て発動させた。

 次の瞬間、拮抗は破られ儂の剣が大鎌を押し返した。

 奴は不利と判断して素早く後方へ移動。

 追随した儂は横薙ぎに斬撃を放つ。

 キィィィン。

 甲高い音と共に剣は大鎌に弾かれた。

 奴は反動を利用して空中で一回転する。

 そのままの勢いで儂の首を狙った。


「ふっ!」


 咄嗟に身体を反らし、敵の刃は紙一重で空を切った。


「……ぐげげ、やるねぇ」

「ようやく話す気になったか。さぁ教えろ、何者だ」


 小さな死神は気怠げに鎌を肩に乗せる。

 儂は剣を構えたまま警戒度を一段階引き上げた。


「教えるわけねぇだろ。聞きたきゃ倒してみな。ぐげげげげげっ」

「だったらそうするまでだ!」


 瞬発的加速で奴へと迫る。

 怒りのままに斬撃を繰り出せば、奴はその度に大鎌で巧みに攻撃を弾く。

 決定的な一撃はないものの戦いは儂が押していた。


 勝てる。殺されたあの時とは全てが違う。

 今こそ繁さんや神崎の仇を討つ時だ。前世で殺された恨みをここで晴らす。

 頭の芯が熱を帯びるほどに剣速と剣圧は上昇。

 攻撃を捌ききれなくなった死神は、その身体に切り傷を作る。


「どうした! 手も足も出ないようだな!」

「そう言うのはもっと追い詰めてから言うもんだぜ。人間」


 目の前から奴の姿が消失する。

 直後に危険予測スキルが警報を鳴らし、気配察知スキルが背後からの攻撃を知らせた。

 咄嗟に剣でガードするも、逃がしきれなかった衝撃によって地上へとたたき落とされてしまった。


「隠密スキルか。やってくれる」


 立ち上がって服に付いた土埃を払う。

 奴はふわりと降下して木の頭頂部に足を下ろした。


「頑丈だな。衝撃への耐性……それか無効化か?」

「知りたいのなら質問に答えろ。お前は何者だ」

「しつけぇな。そんなのどうだっていいだろ。それよりももっと戦おうぜ」


 一瞬で肉薄した死神は大きく鎌を振るう。

 儂はバックステップでこれを回避。すかさず横一文字に竜斬閃を放った。


「ぐげげげっ! 当たらねぇよ!」


 刀身から放たれた黄緑色の光の刃は、直線上の木々を刹那の時になぎ払った。

 が、奴は身をかがめて攻撃を躱していた。笑みを浮かべて左手を前に出す。


「クロスプロージョン!」


 二方向から発生した緑色の炎が儂に向かって交差する。

 その瞬間、超高熱と衝撃波は一キロ四方を吹き飛ばし地面を焼き焦がした。

 さすがは正体不明の魔物。

 見たこともない魔法を使ってくるのだな。


「この程度でやれると思うな」


 片手で振り払えば周囲の炎が消失する。

 黒きローブの前では、いかなる魔法も儂を傷つけることはできない。

 死神は儂が無傷だと知るとその態度を急変させた。


「そのローブ……予定変更だ。お前は必ず殺す」

「できるものならな。儂が本気だと思ったら大間違いだ」


 竜化と英雄化改を発動させる。

 強力なエネルギーは内側で迸り、紫色のオーラとなって儂の全身を包み込んだ。

 自信を持って言える。この状態の田中真一に勝てる者などもはや存在しない。


「まずは手足を切り落として動けなくしてやろう!」


 地面を踏みしめて前に飛び出す。

 一秒にも満たない世界で目の前の敵に剣を振り下ろした。

 まずは右腕を貰う。

 しかし、本気の剣撃を奴は難なく鎌で防いだ。


「ぐげげげげげっ!! それが本気なのか! 笑わせる!」

「っつ!? 儂の攻撃を!?」


 視界に光が走った。

 その瞬間、鳩尾に強烈なを感じる。

 衝撃で身体は遙か後方へと弾き飛ばされ、数十と言う木々を破砕しながらようやく一本の大木に叩きつけられて動きは止まった。

 久しく感じていなかった激痛に意識が現実に引き戻される。

 何が起きた? なぜ痛みを感じる? 衝撃は無効できるのでは?

 頭の中をいくつもの疑問がよぎる。

 するとゴボリと口から血液が漏れ出た。

 どうやら内臓破裂にアバラが何本かやられたようである。


「やっぱり所詮は人間だな。無効化スキルを無敵だと信じていたみてぇだ」


 奴が目の前に舞い降りる。

 儂は剣を杖代わりにして立ち上がった。


「どう言う意味だ……?」

「ぐげげ。その様子じゃ知らねぇんだろ。のことを」

「な……んだと……」


 驚きで声が出なかった。

 まさか無効化を無効化するスキルなんてものが存在していたとは。

 だとすれば斬撃無効化も衝撃無効化も奴の前では無意味なスキルだ。

 戦い方を根本から見直さなければならない。


「それでも強化された儂をここまで圧倒する理由にはほど遠い。お前……ただの魔物ではないな?」

「そんなわけないだろ。この世界ならどこにでもいる魔物だ。ちょっとばかし飛び抜けて強いだけのな。ぐげげげげっ」


 ふざけるなと言いたい。

 魔物の中でも比較的上位に位置するヴァンパイアですら、儂の前では手も足も出なかったのだ。どう考えても奴の強さは異常。魔物とは言いがたい次元に達している。

 自己再生スキルが肉体修復を完了する。

 儂は剣を構えて戦闘の継続を示した。


「自己再生もあんのか。殺すには手間取りそうだ」

「そう言うのはもっと追い詰めてから言うものだぞ。魔物よ」

「何を言って――!?」


 地面から伸びる無数の蜘蛛の糸は、奴を拘束し縛り付けた。

 即座に麻石眼改を発動させ、額の目から石化ビームを放つ。


「しまっ!? あがががが!!」

「油断したな。会話をしている間に糸を地面に潜り込ませていたのだ。石化に関しては賭けではあったが効果はあったようだな」


 ビキビキと死神の体は石化してゆく。

 そして、最後にはカランっと大鎌が手元から地面に落ちた。


「捕らえて質問をしたかったが、それはできなかったようだな。まぁ、解析スキルで少しは情報も得られることだろう」


 視界に表示された死神の情報は儂にさらなる衝撃を与えた。


【分析結果:ザジ:主神ゴーマによって六聖獣の抹殺を命じられている:レア度SL:総合能力SL】


 【ステータス】


 名前:ザジ

 種族:二級天使

 魔法属性:炎・光・聖

 習得魔法:―

 習得スキル:分析(中級)、鎌帝術(中級)、偽装(中級)、隠密+(初級)、危険察知(中級)、索敵+(中級)、限界突破(中級)、覚醒(中級)、無効化キャンセル、超高速飛行(中級)、万能適応、威圧(中級)、統率力(中級)、大斬波(中級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:分析(初級)、限界突破(特級)、覚醒(特級)、高潔なる精神>



 二級天使……? 魔物ではないのか?

 何度も種族欄を確認するが、天使と言う文字に変化はない。

 儂は一体何と戦っていたのだ。誰か教えてくれ。


「見たな。俺のステータスを」


 言葉と共に石化したはずの奴の身体にヒビが入る。

 ポロポロと欠片がこぼれ落ち、隙間からは眩い光が漏れ出ていた。

 そして、奴の内側から発生した爆発的な風は覆っていた石を一気に吹き飛ばした。

 突風は土埃を舞い上げ森全体を振るわせる。

 何かがこの世界に顕現した。本能でそう悟った。

 奴は静かに大鎌を拾う。

 すると武器の表面を覆っていた薄い金属が剥がれ落ち、その下から特徴的なホログラム柄を見せた。


「こんなにも早くこの姿を晒すことになるとはな。計画を大きく変えなければならない」

「馬鹿な……本当に天使だと……」


 一対の純白の翼に精悍な顔つきの白い短髪の白人男性。

 その身体には芸術品とも思える白銀の鎧を纏いっている。

 まさに天使だ。イメージ通りの姿はそれだけで神々しく美しい。

 周囲には神聖な空気が張り詰め、高貴にして気高き上位者がこの場に存在することを嫌でも教えてくれる。


「主神の命により聖獣は抹殺する。だが、その前に貴様を処罰しなければならない」

「処罰? 儂に何の罪があると言うのだ?」

「神のしもべであるこの俺に刃向かった罪だ。そして、最も大きな罪は神器の所持。神族の定めし法に則り貴様を輪廻の流れへと還すこととする」


 全くわけが分からない。

 魔物だと思っていた奴は本当は天使で聖獣を殺すことが目的だった。

 しかもそいつは儂が罪を犯したので輪廻の流れに還すと言っているのだ。

 理解のできない情報が多すぎて頭が痛くなりそうだ。


「大人しく死せ」

「っつ! 断る!」


 瞬速で振られた大鎌を、反射的に地面を転がって躱した。

 後ろにあった大木は切断され倒れる。

 見た目は変わったが能力に大きな変化はないようだ。

 ならば戦える。

 ただ、気になるのは奴の武器だ。

 恐らくあの大鎌はアダマンタイトで出来ている。

 一方のこちらはブルキングの剣だ。強度を考えると厳しい状況である。


「爆炎剣舞!」

「大斬波!」


 互いに技スキルを衝突させた。

 生じた轟音と衝撃波が森を揺らす。


「なぜ天使が聖獣や人間を襲う! お前達が東京に現れたことと関係があるのだな!?」

「何を言いたいのか分からないな」

「魔物のフリをしてまで天使であることを隠したい理由はなんだ! 神器とは一体なんなのだ! なぜ儂はこの世界に転生した!」

「……よく喋る猿だ。やはり人間とは不要なる存在か」


 交差する大鎌と剣を間に儂はザジへ問い続ける。

 だが、奴は何一つ答えようとはしない。

 無表情で嫌悪と侮蔑の目を儂に向けるだけだ。

 この歯がゆい状況を打破する為にも、まずはザジに勝たなければならない。


 儂は鍔迫り合いを行いながら成長促進と植物操作改を発動させる。

 周囲の植物に干渉するのだ。

 急速につたや木々の根っこが成長を始め、ぐねぐねと動きながらザジの腕や足へ絡み付く。植物操作スキルとは本来、このように遠隔操作などを行うものである。品種改良などは実はメインの能力ではないのだ。


「なっ!? なんだこれは!? くそっ!」

「儂の能力を見極めたつもりだったようだな。甘いぞ」


 次々に絡み付く植物は、密度を増して天使の身体を包み込んで行く。

 これで少しは時間を稼ぐことが出来そうだ。

 完全分裂スキルを発動しもう一人の自分を創る。

 本体である儂は隠密で姿を隠し、分身は空へと飛翔する。

 直後にブチブチと植物が引きちぎられ奴が姿を現わした。


「俺をこの程度で殺せると思ったか! 薄汚い人間め! 死ぬほどの苦痛を味わわせてから輪廻の渦へと叩き込んでやる!」


 目の前に潜む儂には気が付かず、奴は分身を追って飛び立った。

 上空では再び戦いが再開され、ブルキングの剣を持った分身が切り結ぶ。

 その間に最大の攻撃の準備だ。

 深く息を吸い込み丹田たんでんから一塊のエネルギーを引き出す。

 焼け付くような熱を持ったソレは、腹から胸へと移動し所定の位置で圧縮を繰り返す。

 今から放つのは広域高威力スキルの帝竜息である。

 戦略型スキルと言ってもいいこれなら、奴も無傷では済まないはず。


「麻石眼改!」


 分身が奴に向かって麻痺効果のある視線を向ける。

 石化ビームとは違って目には見えない攻撃だ。一瞬だが奴の動きは止まる。

 即座に分身は魔宝珠で紫電を放った。


「ぐがああああっ!?」


 身を焦がす雷撃に叫び声を上げる。

 絶好のチャンスだ。今こそ最大の攻撃を撃つ瞬間。


「人間如きに俺がやられるかぁぁあああ!」


 が、ザジは輝くオーラを放出し雷撃を吹き飛ばした。

 麻痺も解除され狙っていた場所から移動する。

 くそっ。もうブレスを留めておける限界が近い。どうにかして奴の動きを止めてくれ。

 そう心の中で分身に願う。


「うげっ!?」


 次の瞬間、ザジは身体をくの字に曲げて胃液を吐き出した。

 鳩尾に拳を沈めるのは息子のペロだ。


「フレアさん!」

「承知しております!」


 ペロが地上へ落下。

 奴の背後では無数の槍を浮遊させるフレアの姿があった。

 高速射出された槍は矢の如く、ザジの身体に命中し肩や脇腹などに突き刺さる。


「リズ!」

「分かってる」


 真上から降下してきたリズは、空中で器用に身体を捻って手裏剣を連投した。

 敵の身体に突き刺されば火薬付きだったのか爆発を起こす。


「ライバル」

「ようやく私の出番ね! フレイムバースト!!」


 闇雲に着地したリズはその場を離れ、現れたエルナが魔力を解き放つ。

 馬鹿でかい火球が命中、爆炎と爆音が風を巻き起こし黒煙を立ち昇らせた。


「ジルバさん!」

「おおっ! これは腕を切られたお礼だ!」


 敵の真下から地面を突き破って聖獣のジルバが飛び出した。

 硬く巨大な拳が焼け焦げたザジの身体に直撃、ベキベキと骨の折れる音が木霊し遥か上空へと打ち上げられる。


 今しかない。これが最後で最大の好機だ。

 儂はありったけのエネルギーを空に向けて吐き出した。

 極太の閃光は雲を吹き飛ばし、数秒遅れて地上に暴風を巻き起こす。

 かつて聖獣ドランが吐き出したブレスの二倍の出力だ。


「ふう……」


 息を吐ききった儂は地面に座り込んだ。

 喉は熱く身体には力が入らない。

 竜息は強力なスキルだが、加減を間違えれば全ての体力を消耗しかねない諸刃の剣だ。

 これからもここぞと言う時以外は使わない方がいいだろう。


 ふと、空から黒い塊が落ちてきていることに気が付く。

 それはドサリと儂の傍に落下した。

 美しかった翼は見るも無惨な状態に。

 焼け焦げた皮膚の下からはピンク色の肉がむき出しになっていた。

 そして、身体の半分が綺麗に消失していた。

 一応だが生死を確認する。

 心音は途絶えており白く濁った目は瞳孔が開いていた。

 死んでいる。ザジ風に言えば輪廻の流れに還ったのだ。


「仇は討ったが……謎は深まったな」


 ごろんと地面に寝転がった。

 結局、聞きたい事は聞けなかった。それどころか勝つことで精一杯だったのだ。

 何が田中真一に勝てる者など存在しないだ。

 驕りであり無知だっただけだ。

 未だ上には上が存在すると言うこと。

 気を引き締め直さなければならない


 儂は勝利の余韻に浸ることも出来ずに、ただただ空を見上げた。



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