百二十七話 聖獣ジルバ


 むすっとした表情のエルナと笑みを浮かべるリズ。

 対照的な二人を引き連れつつ儂らは街の大通りを歩いていた。


「納得できない。どうしてデートすることになるわけ」

「仕方ないだろ。約束通りアダマンタイトを持ってきたのだから。今さら反故にはできない」

「でもでも! 私の気持ちはどうなるのよ!」

「そんなことは知らん。だいたいデートができるなどと言い出したのはお前だからな。発端が自分にあることを忘れるな」

「うっ……だって真一って鈍感だから強引にでも約束しないと気が付かないと思ったし……」


 しょぼんと項垂れるエルナに儂は大きな溜息を吐いた。

 確かに鈍感だ。それは認めるしかないだろう。

 彼女の気持ちに気が付かなかった自分自身に怒りすら抱いている。

 だからと言ってエルナを特別扱いするわけにはいかない。

 リズはたった一度のデートの為に、地下に潜って泥だらけになりながらアダマンタイトを探し出したのだ。その努力と結果に報いる為にも儂が約束を破るわけにはいかない。

 恐らくエルナもそれを分かっているはず。


「今からでも遅くないわ! アダマンタイトを投げ捨てて! 早く!」


 ……と思いたいが現実は違うようだ。

 それにしてもリズはどのような考えでデートを望んでいるのだろうか。

 以前から結婚したいと言ってはいたものの何かの冗談だとばかり思っていた。

 だいたいよく考えればあり得ないのだ。

 見た目は若いが中身は五十六歳のおっさんである。

 にじみ出る中年精神をリズのような若い娘が好むなど。


 そこで儂は一つのことに思い至った。

 ライバルであるエルナへの対抗意識から、引くに引けなくなってデートを申し出たのではないかと。

 分かってみれば簡単なことだった。

 だったらデートはさらっと終わらせてやろう。

 こんな中年に長時間も付き合うことはないのだ。


「濃厚で刺激的なデートを希望」

「お、おお。考えておく……」


 おかしいな。意外に乗り気だぞ。

 しかも背後に気合いの炎まで見えた気がした。

 まさか本気で儂を……?

 いやいやいや、十五歳の少女だぞ。冗談に決まっている。

 もしくはエルナへの対抗意識にさらなる火が付いただけだ。

 全く変な勘違いをさせてくれる。危ない危ない。


「それで王様に会う為の準備ってのはできたのか」


 ロッドマンがそれとなく話を切り出す。

 儂はこれから行うことを思い出してすぐに思考を切り替えた。


「用意はできている。いつでも行けるぞ」

「そんじゃあドワーフの王様に会いに行くか」


 大通りをまっすぐに突き進み、ダルタン王の住まう城へと足を向ける。


「何用で王城へ来た。ここは許可なく立ち入ることは許されない」


 二人の屈強な門番が、入口の前で槍を交差させて立ちふさがった。

 儂は懐から手紙を出して差出人を確認させる。


「これは……陛下の御友人であるダル様からのようだな。ならばこの手紙は我々が責任持って陛下にお渡ししよう」

「悪いがそれはできない。手紙は儂から陛下へ直接渡す予定となっているのだ」

「しかし身元も分からぬ者を通すわけには――「通してやれ」」


 王城から出てきたのは一人の男だった。

 装飾された鎧とブラウンカラーのマントは一目で身分が高いことを知らせ、背負った巨斧はその者が実力者であることを教えた。

 見覚えのある顔に歓喜がこみ上げる。


「グリル将軍! 久しぶりだな!」

「田中殿こそ元気そうでなによりだ」


 互いに歩み寄って握手を交わす。

 彼とは帝国戦以来だ。


「閣下のお知り合いだったとは失礼いたしました」

「馬鹿野郎。この男は連合軍の総指揮を務めた英雄だぞ。てめぇもダルタンの兵士ならあの戦いは耳にしてるだろ」

「まさか獣王と並ぶと噂のあのヒューマンでしょうか!? 申し訳ありませんでした! 無礼をお許しください!」


 門番は地面に跪いて儂に許しを請う。

 一体どんな噂が流れているのだろうか。知るのが恐ろしい。


「こんなところで立ち話もなんだ。中へ入って用件を聞かせて貰おう」

「うむ、では遠慮なく」


 将軍に先導されて城内へと足を踏み入れる。

 そのまま応接間のような一室に案内され、それぞれがソファーに腰を下ろした。


「それでこんなところまで来た理由を聞かせて貰おうじゃねぇか」

「用件は一つ。宝具作成の知恵と技術を借りたいと思ってな」

「……王城の地下に入りたいってことか?」

「いかにも。頼めないだろうか。もちろん謝礼は払う」


 背もたれに寄りかかった将軍は、腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 雰囲気から立ち入りはかなり厳しいことが窺える。


「これは俺一人では決められねぇ案件だな。おい、誰か陛下を呼んでこい」


 彼は部屋の外にいた兵士に声をかけた。

 国王を気軽に部屋に呼び寄せるなど普通の国ではあり得ないな。

 程なくしてダルタン国王のドドルが現れる。

 重い腰をソファーに落とせば椅子の脚がミシミシと音を立てた。


「久しぶりだな。帝国戦での活躍は耳にしてるぜ」

「ダルタンの助力があったからこそだ。感謝している。それでさっそくなのだが、城の地下にあると言われるドワーフの英知を貸して貰えないだろうか。その為にダルからの手紙も預かっている」


 手紙を受け取った国王は内容を確認する。

 読み終わった後の表情は渋面だった。


「宝具を必要としていることは理解した。その為にドワーフの英知が必要だってこともな。だが、それを手に入れてどうする。何と戦う」

「どう言う意味だ?」

「そもそも五大宝具がなぜ造られたのかを知らねぇだろ。なぜ桁違いの武器を造らなければならなかったのか。何を倒さなければならなかったのか」


 言われてみれば確かにそうだ。

 宝具は魔獣と戦う武器としては強すぎる。

 他と比べるとあまりにも性能が飛び抜けているのだ。

 だとすれば相応の敵がいたとした考えられない。

 造らざるを得なかった状況が当時はあったと言うことだ。


「人魔大戦ってのを知ってるか?」

「いや、詳しくは……教えてくれ」

「簡単に言えば魔物と人間のでっかい戦争だ。それもとびっきりのな。エルフ統治時代に起きた戦いらしいが、死んだ人間の数は数百、数千万とも言われている」

「想像ができないな。では、その為に宝具は造られたと?」

「そうだ。魔物達に抗うことを目的として五大宝具はこの世に誕生した。それも魔王達と戦う決戦兵器としてな」


 魔王……魔物の王という意味なのは理解できる。

 実感は湧かないがな。

 彼は何故このような話をするのだろうか。その真意を知りたい。


「魔物を統率する魔王共は、そりゃあもう六種族が束になっても敵わない怪物だったそうだ。奴らの目的は聖獣の抹殺。要柱かなめばしらの六聖獣をぶっ殺して人間を根絶やしにしちまおうって魂胆だったらしい」

「その六体の聖獣は特別なのか?」

「特別も何も世界と種族を守護する要の聖獣じゃねぇか。とは言っても、まぁ詳しいことは俺も知らねぇけどな。とにかく六種族は早い段階で手を組んでこれに抵抗した。もちろん殺された聖獣もいるが六聖獣だけは守り切ったんだ」


 要柱の六聖獣か。

 サナルジアの御神木やダルタンのジルバのことを指しているのは間違いない。

 国や種族にとってどれほど大切な存在なのかは、今までの経験から知ってはいるものの、なぜそうなるに至ったのかは不明だ。

 まだまだこの世界の謎は多い。


「一つ疑問なのだが。魔王は……魔物はどこから来たのだ?」

「ある日、突然にどこからともなく奴らは攻めてきた。当時は今のような六カ国じゃなく、無数の小国があったらしいんだが、それもほとんどが滅ぼされたって話だ」


 うーむ、魔物の出所が気になる。

 かつて倒したヴァンパイアも頑なに国を秘匿しようとしていた。

 結果的に口を割らせることは敵わなかったが、もしかするとあの情報は儂が考えるよりも遥かに重大なものだったのではないだろうか。

 ドドルは話を続けた。


「それでだ。六種族は見事魔王を討ち果たし大戦は人間の勝利で終わったわけだ。そのあと用済みとなった宝具は封印を施され各種族にて保管することとなった」

「待ってくれ。宝具は五つしかないぞ。それでは六つ存在したこととなる」

「いいとろこに気が付いたな。そうだ、宝具は実は六つ目があったのさ。とは言っても他の五つほどの力もなければ使い手を選ぶような物でもなかったそうだがな」


 言葉を聞いて脳裏にとあるものがよぎった。

 ずっと不思議に思っていたのだ。

 何故あれほどの技術をあの国が持ち得たのか。

 あれこそは第六の宝具としてドワーフから与えられたものだったのだ。


「……人造スケルトンか」

「お、知ってるのか。その人造スケルトンを非力なヒューマンに武器として与えたのが俺達の先祖である始祖ドワーフなんだよ」


 ようやく繋がった。

 第六の宝具である人造スケルトンを与えられたヒューマンは、大戦後にその牙を他種族に向けた。そして、ヒューマン統治時代が訪れたのだ。


「俺が王国の王族を嫌っているのは、奴らが恩を仇で返した者の末裔だからだ。しかも未だに支配者気分で上から目線と来たもんだ。だから俺達ドワーフは学んだんだ。ヒューマンには何も与えるなとな」

「だから宝具は諦めろと?」

「ああ、同じ過ちを繰り返さない為にも宝具作成は許可できねぇ」


 なるほど。ドドルは優しい男だな。

 一言断ると言えばいいところを、わざわざ一から説明してくれたのだ。

 それは儂の気持ちを理解した上できちんと諦めさせる為。

 最初に何に力を向けるのかと言う質問の意味も今なら分かる。


「悪ぃな。別に信用できねぇってわけじゃねぇんだ。てめぇが死んだ後のことを考えるとどうしても容認できねぇ」

「持ち主が変われば使われ方も変わるからだな?」

「そう言うことだ。まぁ魔王でも現れれば話も違ってくるんだろうが、今はそんなこともねぇ平和な世の中だしよぉ」

「それもそうだな。了解した。宝具は諦め――」


 部屋のドアが勢いよく開け放たれる。

 入室した一人の騎士はダルタン国王へ跪いた。


「報告します! 聖獣ジルバ様が正体不明の何者かに重傷を負わされました!」

「なんだと!? すぐに向かう馬を出せ!」


 立ち上がった国王は部屋を飛び出す。

 追いかけて王城の外へ出れば、馬に飛び乗るドドルが目に入った。


「何か力になれるかもしれない! どこへ向かえば良い!?」

「東の森だ! ジルバはそこで倒れているらしい!」


 国王ドドルは騎士達を連れて出発した。

 儂らも東の森へ向かう為にそれぞれが飛行形態に移行する。


「ロッドマンはここに残っていてくれ。もし儂らが戻らなければ先に宿へ帰っていて欲しい」

「分かった。気をつけて行ってこい」


 ロッドマンとグリル将軍に軽く手を振ってから空へと舞い上がる。

 今回は急ぎなのでフレアにはペロを抱えて飛行してもらう。

 街から東へ進めば大きな森が見え始めた。

 その中心、木々がなぎ倒され戦いの跡のようなものが見られる。

 さらに東に進むと巨大な人のようなものが倒れているではないか。

 ダルタンの聖獣ジルバだ。


 身長は約五十メートル。

 燃えるような朱い毛が特徴的であり、引き締まった肉体は圧倒的存在感を放つ。

 それでいてどこか神聖な空気も纏っていた。

 だが、そんな巨猿の左腕は肩から失われ地面に転がっている。

 身体には無数の傷が残され大量の出血をしている様子が窺えた。


「酷い……誰がこんなことを……」

「儂らは周囲の警戒にあたる。その間にエルナとペロは魔法で治癒をしてやってくれ。まだ敵が近くにいるかもしれない」

「そうね。できる限りのことはするわ」


 エルナとペロの二人は聖獣の元へ。

 儂らはジルバを囲んで警戒にあたる。


「うぐぐぐっ! 重い!」

「ほら、早く持ってきて! くっつけてあげなきゃ!」


 地上ではペロが聖獣の腕を必死で運んでいた。

 数トンはありそうな肉の塊を引きずって少しずつ本体へと近づける。

 気になったのはその腕の断面だ。

 切られたように肉や骨が綺麗に切断されている。

 少なくとも敵は刃物を所持していたことが分かる。

 もしくはそれに近い物だ。


「いくわよ! ちゃんと支えててね!」

「早く。ずっと持ち上げるのは無理」


 ぷるぷると震えながらペロが、聖獣の切られた部分に腕をあてがう。

 そして、エルナが水属性の回復魔法を発動させた。


「アクエリアスリカバリー!」


 杖から放たれた光の奔流は聖獣を包み込み、腕と傷をみるみる癒やして行く。

 次第に苦痛でゆがんでいた顔は穏やかなものへと変化した。


「小さき者達よ……ありがとう」


 ジルバがそう呟いた。

 やはり彼もまた他の聖獣と同様に人語を解するようだ。

 そこでエルナが彼の鼻先に飛翔して質問する。


「何があったの? 貴方ほどの聖獣がこんなことになるなんて」

「見たこともない魔物にいきなり攻撃された。なんとか抵抗はしたものの見ての通りこのざまだ」

「魔物……魔獣じゃないのね」

「奴ははっきりと人語を話していた。それもオレを聖獣ジルバだと知っていて攻撃したのだ」


 ふむ、聖獣を狙う魔物か。

 もしかすると人魔大戦の残党の末裔がいるのかもしれないな。

 だが、ジルバは見たこともない魔物と言った。

 そこの部分が引っかかる。


 ジリリリリッ!!

 脳内で警報が鳴り響いた。危険予測スキルが発動したのだ。

 剣を抜いて周囲を索敵スキルで確認する。

 敵らしき赤い光点が猛スピードでこちらへと向かってきていた。


「敵だ! 全員警戒態勢!」


 警戒を促すと同時に、儂の剣は敵の鎌と交差し火花を散らした。


「ぐげげげげ」


 聞き覚えのある声。

 その姿にも見覚えがあった。


 黒い布を羽織り、隙間からは黄色い眼が覗く。

 布から延びる緑色の皮膚をした手は、大振りの鎌を握り宙を浮いていた。

 それはまるで小さな死神。


 儂と繁さんを殺したあいつが目の前で嗤っていた。



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