百二十六話 エルナとのデート2


「これはどう。可愛いかな?」

「悪くない。似合っていると思うぞ」

「またそれ! ちゃんと見てる!?」


 エルナは頬を膨らませてぷんぷんと怒る。

 そう言われてもなぁ。他に言いようがない。

 正直、美人の彼女は何を着ても似合う。

 なので同じ台詞しか出てこないのだ。


 酒造店を出た儂らはあれから服屋へと来ていた。

 この店は凝ったデザインのものが多く、彼女が現在試着している物もモロッコの伝統衣装であるカフタンに似た長袖の前開きガウンのような服である。


「もちろんだ。ただ、いつもの格好の方がエルナらしくて儂は好きだぞ」

「着飾らない方が良いってこと? やっぱり真一って女心が分かってないわよね」

「そんなはずは……」

「分かってない。聞きたいのはファッションのことじゃなくて、今の私を真一がどう感じたのかよ。もっと雰囲気とかいつもとの違いを褒めてよ」


 無理難題を言う。女性とはどうしてこう服装に拘るのだろうな。

 儂からすれば同じ服を買いそろえて着回している方が、よっぽど時間を効率的に使えると思うのだが。

 とりあえずエルナが満足しそうな言葉を脳内で検索する。


「夢幻の大地に咲く一輪の花のようだ」

「へ? なんて言ったの??」

「その美しさは例えこの世の黄金をかき集めたとしても及ぶ物ではない。いずれ人々はエルナ・フレデリアにひれ伏し千年その美を讃えることだろう。降臨せし大魔導士の伝説と共に」

「千年……伝説の美しさ……」

「偉大なる魔導士に服は服にあらず。その究極の美を隠すための物に過ぎない。お前の輝きは他の者には眩しすぎるのだ。今はまだ秘める時である」

「うへ、うへへへへ。美しすぎるのは罪ってことよね。無駄に魅力を振りまいちゃ世界が混乱するもの。分かったわ。いつもの地味な格好が一番ってことね」


 エルナはいそいそと元の格好に着替え始めた。

 適当に褒めたのだが効果覿面だったようだ。

 顔は緩みに緩みきっている。単純な性格で助かった。


 その後、店を出てもエルナの緩んだ顔はしばらく元には戻らなかった。



 ◇



「それでこれからどうするの?」

「ふむ……そろそろ昼食にするか。せっかくだ。前回は食べられなかった特産を味わってみたい」


 儂とエルナは適当な食事処へ入り席に着く。

 メニューを開けば聞き慣れない料理名が並んでいた。

 儂は店員に”岩モグラのステーキ”を。

 エルナは”ハチミツたっぷりトースト&サラダ”を注文した。


「岩モグラとはなんなのだ?」

「ダルタンにのみ生息する大型のモグラね。固い岩盤に好んで巣を作るとか。ドワーフは好んで食べるらしいわよ」


 話をしている間に料理がテーブルに運ばれる。

 鉄皿の上で香ばしい臭いと音を立てるのは肉の塊だ。

 脂身は少なく歯ごたえがありそうな印象だった。

 対照的にエルナのトーストには、甘々な黄金のハチミツがたっぷりとかけられており、添えられている器には葉野菜が山盛りである。


「この辺りではハチミツもとれるのか?」

「ええ、滋養強壮に優れた非常に甘味のある蜜でございます。ダルタンの思い出に是非お楽しみください」


 女性店員はにっこりと微笑んでから去って行く。

 あのようなことを言われると味が気になる。

 なのでエルナと料理を分け合って食べることにした。


「モグラのお肉って癖があるわね。ちょっと固めだし。でもどちらかと言えば美味しいかな」

「ほぉほぉ、このハチミツは旨い。甘味が強く風味が良い」

「ちょっと、少しだけの約束でしょ! 私の食べる分がなくなっちゃう!」

「待て待て。あと少しだけ」

「ダメ! これは私のものなの! ステーキを食べなさい!」


 強引にハチミツトーストの乗った皿を取り上げられてしまった。

 残念と思いつつステーキを食べればこれもなかなかイケる。

 後追いの酒はさらに美味い。


「でも、もうちょっとロマンチックなデートを想像してたかなぁ」

「ん? どうしたのだ突然に」

「だって……これじゃあいつもと変わらないわよね」

「言われてみればそうだな」


 これと言って特別なことはなにもない。

 だが、それがデートなのでは?

 二人だけの時間を過ごすことに意味があると儂は認識しているのだが、どうもエルナの中では特別な何かに昇華されているように思えた。

 そう言えば別れた妻も同じようなことを言っていたな。

 貴方にはデートのなんたるかが分かってないとかなんとか。


「非日常的な何かを求めているわけだな」

「そうそう、心ときめく瞬間が欲しいの。私をキュンキュンさせてほしいわ」


 ……またもや難題をふっかけてきたな。

 なんだそのキュンキュンとは。抽象的すぎて分からん。


「分かった。食事が終わったらその非日常へ連れて行ってやる」

「本当!? たいしたことなかったらアダマンタイトを返して貰うから!」

「期待していて良い。儂は言ったことはやる男だ」


 儂はそう言って酒を少し口に含んだ。



 ◇



 食事の終わった儂らは、街からほど近い草原にやって来ていた。

 これからエルナをとある場所へと導く為である。


「何もない草原ね。咲いているお花は綺麗だけど」

「儂が連れて行きたいのはここではない」

「じゃあどこよ」


 ニヤリと笑みを浮かべて上を指差した。

 するとエルナはきょとんとした顔で青空を見上げる。

 儂は彼女の腰に手を回し、背中の大きな翼を広げた。

 次の瞬間、地面は凄まじい勢いで離れて行き、儂らは遥か上空へと飛翔する。


「ひぇぇぇええええええ!!?」

「まだまだ上に行くぞ。舌を噛むなよ」


 漂う雲海を越えさらに上へ。

 気温は下がり吐く息は白くなる。

 まだだ。まだ上に。


 空は次第に暗い青へと変化し、眼下の大地は遠ざかるほどに丸みを帯びて行く。

 そして、およそ上空五十キロメートルに到達。

 先ほどとは一転して気温は上昇。エルナは問題なく呼吸をしていた。

 さすがに外気圏へ出れば死ぬだろうが、この辺りならまだ生存可能領域だ。

 我ながらとんでもない化け物になったなと感心してしまう。


「これが私達の住む世界?」

「そうだ。この星が儂らの生きている場所だ」


 蒼く輝く星。

 地球に似てはいるが、その周囲にはリングが存在していた。

 その遥か向こうには輝く太陽が光を放ち続ける。

 これこそが世界の本当の姿。

 地上にいては絶対に見られない光景である。


 エルナは世界の大きさと美しさに沈黙していた。

 同様に儂も初めて見る景色に息をのむ。

 宇宙飛行士でもなければ惑星を生で拝むことなどできなかったはずだ。

 異世界へ転生して良かったと思える一つである。


「私達ってすっごく小さいのね」

「上から見ればな。見てみろサナルジアの世界樹が見えるぞ」

「本当。御神木様もあんなに小さいわ」


 彼女はすっかり惑星と言う巨大な宝石に夢中だった。

 反対に儂は宇宙を見上げて心躍らせる。

 大きな月に無数の星々は手が届きそうなほどに近い。

 もしかするとあの中には地球の輝きも含まれているのかもしれない。


「……ねぇ、あれはなにかしら?」


 ふと、エルナがとある現象を指差す。

 緑色の光が星の周りで僅かに波打っているように見えたのだ。

 まさかと思った儂は、さらに高度を上げて飛翔する。

 するとゴツンッと見えない壁にぶち当たった。


「大丈夫!?」

「ああ、ちょっと顔を打ち付けただけだ」


 儂は打ち付けた場所へ手を伸ばす。

 そこには見えない壁が確かにあった。

 なんだこれは? 壁? この星は閉じられている?

 脳裏に疑問がよぎるが答えは得られない。


「そろそろ戻りましょ。ここは寒すぎるわ」

「……そうだな」


 彼女を抱えて一気に下降する。

 そこからはスカイダイビングだ。

 遥か上空を二人で自由落下する。


「こんなの初めて! 気持ちいい! ヒャッホー!!」

「儂もだ! 前世で体験しておくべきだったな! 勿体ないことをした!!」


 手を繋いでクルクル回ったり、空中で泳いでみたりと二人でこの瞬間を楽しむ。

 儂も飽きるほど空は飛んできたが、落ちると言う経験はあまりない。

 意外に癖になりそうな感覚だ。

 地上に近づけば羽を広げて急ブレーキをかける。

 エルナも儂も滑るようにして街の近くの草原へ着地した。


「あー、楽しかった! キュンキュンして心がときめいたわ!」

「何を言っているのかさっぱりだが、満足して貰えて良かった。儂も楽しかっ――」


 唇に柔らかい感触の後、甘い香りを残してエルナの顔が儂から離れる。

 頬をピンクに染めた彼女は潤んだ目でじっと見つめる。


「私は真一が好き。ずっと一緒にいたいと思ってる」

「…………」

「でも、真一の中には私の知らない人がいるんだよね。だから振り向いてくれるまで待つつもり」

「エルナ……」

「どんな過去があっても私は受け止めるから。だからいつか全部話してね」


 強いまなざしを受けながら、儂は小さくだが頷いた。

 気が付かなかった。エルナがこんな男に好意を抱いてくれていたとは。

 戸惑いを感じつつも嬉しさと恐怖が芽生えた。

 彼女の言うとおり、まだ心の中には妻と子がいる。

 何よりも大切だった二人は、鮮やかな記憶と共に儂の中で生きているのだ。


「……待ってくれとは言わない。ただ、儂も努力する」

「うん」


 エルナは花々に囲まれながら柔和に微笑んだ。



 ◇



「おーい! 遅かったじゃないか!」


 夕日に染まる街の一角で、待ちくたびれた様子のロッドマンが手を振る。

 儂とエルナは微妙な距離を保ちながら彼に歩み寄った。


「すまない。二人で色々と話をしていたのだ」

「へぇ、何か進展でもあったのかねぇ」

「なんのことだ?」

「エルナちゃんの顔を見れば分かる」


 エルナの顔は気味が悪いほどにやけていた。

 恐らく本人はいつもの表情をしているつもりなのだろうが、口の端が自然と上がってにやけ面が作り出されているのだ。

 ロッドマンが察するのも無理はない。


「おおっと、野暮なことは聞かないからな。男女の関係ってのは他人が口出すことじゃない」

「何か勘違いしていないか。儂はエルナとは――」

「まぁまぁ、そんなことよりも他の三人を待つ間に一杯やらないか」

「……ったく。仕方がない。先に始めるとするか」


 酒場に入ればむっとした生暖かい空気が出迎えてくれる。

 ドワーフや獣人の笑い声にアルコールと様々な料理の混ざった臭い。

 儂らは窓際の席に座って店員に飲み物を注文する。


「そんじゃあ乾杯!」


 ロッドマンの声に合わせてジョッキを軽く掲げる。

 そして、酒を一気に飲み干した。

 色々なことがありすぎて今日は酔いたい気分だった。

 星を覆う壁のことやエルナとのこと。


「あ、やっぱりもう始めてたんだね!」


 店にペロ達が入ってきた。

 三人は薄汚れており、特にリズは泥だらけで酷い格好である。


「代わりの服を出してやるから着替えてこい」

「了解。トイレに行ってくる」


 返事をしたリズは、着替えの黒装束を受け取って席を離れる。

 それにしても妙だ。

 いつもは無表情な彼女が笑顔だったのだ。

 店員に注文を済ませたペロとフレアに事情を尋ねた。


「今までどこへ行っていた?」

「坑道だよ。街の近くに閉鎖された場所があってそこに」

「閉鎖された坑道? なぜそんな場所へ?」

「うん、それはリズさんから聞いた方が良いと思う」


 着替えを済ませたリズは、席に座ってさっそくフォークでソーセージを囓る。

 儂は彼女から汚れた服を受け取りつつ、なぜ坑道などへ行ったのか質問した。


「これを見つける為。苦労した」


 ごそごそとリュックを漁って取りだしたのは、ソフトボールほどもある金属の塊だった。

 その表面には、特徴的なホログラム柄がはっきりと浮かび上がっている。

 アダマンタイトだ。直感的にそう思った。


「う、嘘でしょ!? 見つけたの!?」

「本当。執念と根性で手に入れた」

「ダメダメ! そんなの許さない! 私が今すぐに消し飛ばしてやるわ!」

「事実から目を背けるのは愚か。私はデートの権利を手に入れた」


 アダマンタイトを掴んでリズは店内を逃げる。

 そのあとをエルナが杖を握って追いかけた。

 二人はテーブルをひっくり返し客を押し退けて暴れ回る。

 唯一の救いはエルナが魔法を撃たないことだが、それでも目も当てられない酷い有様だ。


「あんたはお邪魔虫なのよ! 私と真一こそが結ばれるの!」

「笑止。お兄ちゃんと私は運命の糸で繋がっている。耳の長い女は耳の長い男と結ばれれば良い」

「はっ! じゃあ言ってあげるけど、真一は胸もない女には興味ないのよ!」

「冗談。お兄ちゃんは私のお尻をよく見てる。胸に脂肪を溜め込みすぎてとうとう脳みそも脂肪になった」

「絶対にぶっ飛ばす!!」


 エルナが切れた。

 不味いと感じた儂は慌てて麻痺をかける。

 倒れた二人をペロとフレアに回収させ、その間に儂は店の店主と客に土下座だ。

 テーブルなどの修理費用を払い。

 迷惑をかけた客の飲食代を全て支払うことを約束する。

 結果的に店も客も許してくれたが、儂らは気まずさから通夜のように静かな食事をすることとなった。



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