百二十五話 エルナとのデート1


 岩肌がむき出しとなっている山々。

 それらはまるで世界を支える巨人のようにそびえ立ち、山頂から降り注ぐ滝には陽光によって虹がかかっていた。

 時折、グリフォンや見慣れない鳥が近くを飛翔するも、こちらを見れば慌てて旋回して逃げて行く。黒いグリフォンに怯えているのだ。

 そして、中には好意を抱くグリフォンもいた。


「数頭がずっと付いてくる。鳴いて五月蠅い」

「分かっている。恐らく求愛の鳴き声なのだろう」


 リズは後方のグリフォンを見ながら迷惑そうな表情だ。

 なにせダルタン国の領土に入ってからずっとつきまとわれているのだ。

 睡眠を趣味としている彼女には良い迷惑だろう。


「新しいのを召喚すれば良い」

「別のホームレスグリフォンに乗り換えろと言うことか? ふーむ、こうなったらやむを得ないかもしれないな」


 儂らは地上へ降りて新しい二頭を召喚する。

 今まで乗っていたグリフォンに「自由に生きろ」と命令すると、儂に顔をすりつけてから大空へと飛び立った。

 眷属とは言え彼らも子孫を残す権利を有している。

 だからこそいつかは儂の元を離れなければならない。

 寂しい気持ちだったが、子供が巣立ったと思えば幾分かは心も和らいだ。


「ホームレスグリフォンって威圧感がすごいし、この辺りの雌には魅力的に映ったのかもね」

「だろうな。できれば幸せになって欲しいものだ」


 儂らは再出発しダルタンへと向かう。

 そして、数時間の飛行の末、地平線に街らしきものが見え始めた。


「久しぶりね。岩都ペルン」

「うむ、相変わらず鍛冶の音と煙が立ち昇っている」

「そうだ、エルフってことを隠さなきゃ」


 エルナは光魔法のカモフラージュを使ってヒューマンの幻を身体にかぶせた。

 耳の長くない彼女はなんだか不思議な感じである。

 街から遠くない場所に着地し、二頭のグリフォンに呼び出しがあるまで自由行動をするように命令しておいた。


「さすがは大国の都。王都とは比べものにならない大きさですね」

「楽しみだなぁ。どんな物を売っているんだろう」

「カンカン五月蠅い。あの街で泊まるのは反対」


 フレアとペロは街を眺めながら楽しそうだ。

 リズは喧しい鍛冶の音に不満を漏らしている。


「ああ、これがご先祖様が造った街か。この目で見られるなんて感動だ」


 ロッドマンは地面に両膝を突いて祈りを捧げる。

 確か彼はドワーフの血を引いていると言っていたな。

 遠い先祖の故郷だと思えば感慨深い物があるのだろう。


「予定としては一週間ほど滞在するつもりだ。見物をする時間はたっぷりある」

「連れてきて貰ってあれだが一ヶ月は欲しい気分だ。ここは世界中の鍛冶師が憧れる聖地みたいなものだからな。得られる物が山ほどある」


 なるほど。彼はこれを機会に鍛冶師としての知見を広げるつもりなのだ。

 その貪欲な向上心に感心させられる。


「では、今日は各々好きな時間を過ごしてもらおう。儂も王に会うために準備をしなければならないからな」

「それはありがたい。集合場所を決めておいてくれたら夕方までには戻るつもりだ」

「分かった。ならば街の中心街にある酒場で落ち合おう」


 短い打ち合わせを終えてから街へと向かう。

 その後、特に問題もなく入口を通り抜け、儂らは岩都ペルンへと足を踏み入れたのだった。



 ◇



「ライバルだけ卑怯。抜け駆け」

「悔しかったらあんたもアダマンタイトを見つけてくることね。ほーほっほっほっ」

「いい度胸。絶対に見つけてくる」


 チェックインした宿の一室で、エルナとリズが目と目で火花を散らす。

 エルナとの約束であるデートをするだけなのだがな。

 煽られたリズは半眼のまま静かに怒りを募らせているようだった。


「僕らも観光に行ってくるね。ほら、リズさんも行きますよ」

「私は諦めない。必ずデートの権利を手に入れる」


 彼女はペロとフレアの二人に引きずられながら部屋を出て行った。

 うーむ、そんなにもデートとは良いものなのだろうか。いまいち分からない感覚である。


「邪魔者もいなくなったし、さっそく出かけましょ」

「それもそうだな。では今日一日よろしく頼む」

「うん。思い出に残るデートにするんだから」


 さっそく宿を出て散策を始める。

 鍛冶を主な産業としているダルタン国ではあるもののそこはやはり王の住まう都だ。

 商業地区へ赴けばいくつものお洒落な店が見受けられる。

 儂とエルナはとりあえず雑貨屋らしき場所へと入ってみてみることにした。


 店内は白を基調とした内装になっており、商品も白や明るめの色に揃えられていた。

 そのせいか目に付く客はほとんどが女性。

 若干の肩身の狭さを感じつつも商品を品定めする。


「可愛い鉢植え。これでお花を育てるのも良いかも」

「ふむ、園芸か。悪くない。種も売っているようだし育ててみるか」


 儂は雑貨屋の女店主に、どのような種があるのか聞いてみることにする。

 百五十センチほどの身長の中年女性は快く質問に答えてくれた。


「お勧めはローズ系ね。美しい花とその香りは見る者を虜にするわ」

「他には?」

「デイジーとかペチュニアかしら。小さく綺麗な花を咲かせるの。あとコスモスもお勧めよ」

「ちなみに土の割合はどれくらいだ。どれだけ腐葉土や砂利を混ぜれば良い」

「花に合わせて数種類の土をブレンドするのは基本中の基本だけど、男性でそれを知っているのは珍しいわね。お兄さん良いわぁ」


 儂は店主と花の話を始め、気が付けば三十分近く雑談をしていた。

 そして、ようやく不機嫌顔のエルナが腕を組んで待っていることに気が付く。


「エルナはどの花が良いのだ。儂が買ってやろう」

「……まぁ良いわ。じゃあこのマジックキャローセルを頂戴」


 マジックキャローセルとはミニバラと呼ばれるものの一種だ。

 比較的鉢植えに向いているバラ科の植物である。

 ただ、生育が難しく上級者向けと言われている花でもある。


「かなり難しいけど育てられるの? 見たところ園芸は初めてみたいだけど……」

「大丈夫。私には絶対枯らさない環境があるから」

「?」


 店主は首を捻ってなにやら考える。

 エルナの言葉の意味を考えているのだろう。

 もちろん分かるはずもない。

 ダンジョンの土がいかなる植物も容易に育てるなどとな。

 結局、エルナは鉢植えと植物の種を購入。

 儂らは次の店へと向かうことにした。


「どうしてもしないといけないのか?」

「当然よ。デートと言えばこれ。じゃないとアダマンタイト返して貰うわよ」


 恥ずかしさを感じつつエルナと手を繋ぐ。

 小さく細い手は柔らかく気持ちが良かった。


「私と真一の手がとうとう……ムフフ」


 エルナは繋いだ手を見ながら気味の悪い笑みを浮かべる。

 この程度で喜んでくれるのならいくらでもしてやるのだがな。

 ただし、人目のないところで限定だが。


 今度はとある店へと入ることにした。

 店内には所狭しと木彫りの置物や家具が飾られている。

 どうやらここはインテリアを専門とする店のようだ。

 ドワーフの男性店主が手をすりあわせて出迎えてくれる。

 ふと、とある置物に目が留まった。


「店主、これは……?」

「この国の聖獣ジルバ様です」


 それは猿の木彫りだった。

 太い腕と足に精悍な顔つきは猿のようだがゴリラのようにも見える。

 それでいて全身を覆う荒々しい毛は力強さを表現していた。

 まさに国を守護する獣に相応しい姿だ。


「そのジルバというのはこの辺りにいるのか」

「さぁ? 自由気ままな方ですし何処にいるかなんて誰にも分からないと思いますよ。街の様子を見に来る時もあれば、川で魚を獲っていたり山のてっぺんで昼寝していることだってありますからね」


 まさに猿だな。神出鬼没でマイペースのようだ。

 するとエルナがとある置物を持ってきた。


「ねぇねぇ、これ可愛いと思わない?」

「…………」


 ワイングラスを片手に不敵な笑みを浮かべる二足歩行の豚。

 これが可愛い? 嘘だろう?

 儂の感覚がおかしいのか。それともエルナがおかしいのか。

 やはり女性の感覚は理解できないことが多すぎる。


「ではこの聖獣の置物を貰おう」

「お買い上げありがとうございます。で、そちらのお嬢さんの――「無用だ」」


 エルナの選んだ豚の置物は購入しない。

 この判断は正しいはずだ。

 彼女は「真一にはこの素晴らしいセンスが分からないのね」などとのたまっていた。


 店を出れば次は酒造店へ向かう。

 ドワーフは酒好きで有名だ。

 当然、街には至る所に酒蔵が存在し、無数の酒造店を目にする事ができる。

 適当な店に入れば顔を赤くした数人のドワーフが雑談をしていた。


「でよ、そのヒューマンは五人の将軍達をたった一人でぶっ倒したんだ。いや、四人だったか。とにかくすげぇのなんの。あのグリル将軍が手も足も出なかったんだぜ」

「本当かよ。獣王と見間違えたんじゃねぇのか」

「嘘じゃねぇ! 王国には化け物みてぇなヒューマンがいるんだよ! 戦争に行った俺が言うんだから間違いねぇよ!」


 兵士らしき男が他のドワーフに戦争の話をしているようだった。

 儂らは店の主に会う為に彼らの横を通り抜ける。


「六種族で最も非力なヒューマンが連合軍を束ねたなんてありえねぇよ。どうせ金でも握らされてそんなことを言ってんだろ。ずる賢い王国のやりそうなことだ」

「違う! 俺はこの目で見たんだ! そう、ちょうどそこの男みたいな奴が――」


 男は儂を勢いよく指差してから眼を見開く。

 儂の顔を思い出したのだろう。彼の手が僅かに震えた。


「そこの者の言うことは真実だ。儂は連合軍を束ねたヒューマン。田中真一だ」


 威圧の上位である圧伏スキルを発動。

 全身にのしかかる気配に、ドワーフ達は呼吸をすることもできないまま冷や汗を流して床に尻餅をつく。

 さすがは肝の据わったドワーフか。

 標準的なヒューマンなら気絶していたところだ。

 スキルを解けば一斉に彼らは店から逃げ出す。


「わざわざ驚かさなくても良かったのに」

「だが、これであの男は嘘つき呼ばわりされることもなくなるはずだ」


 まぁ、これはちょっとした気まぐれに過ぎない。

 たまたま話を聞いてしまったので真実を教えてやろうと思っただけだ。


 店の奥へ行くと床に座り込んだ店主を発見した。

 しかも酒瓶を抱えたまま震えている。

 どうやらぎりぎり圧伏スキルの影響範囲に入っていたようだ。


「あ、あんた恐ろしいものを店の中で放たないでくれ。おかげで腰が抜けちまったよ」

「悪かった。とりあえず手を貸そう」


 店主に肩を貸して椅子に座らせる。

 抱えたいた瓶はよく見ればドワーフ殺しだった。


「酒を買いたいのだが、樽ごと貰えないだろうか」

「別に構わないが……ウチは度数の高い酒を専門に扱っている。ヒューマンのあんたらじゃあキツすぎると思うが」

「そこは気にしないでくれ。飲むのは儂らではなくドワーフの友人だ」

「だったら良いか。じゃあちょっと待っててくれ。すぐに準備させる」


 店主は若い店員に手伝わせて酒樽を十個用意した。

 それらを金貨で購入し全てを腕輪の中へと収納する。

 これでダルタン王への献上品は確保できた。


「さ、真一の用事も済んだしデートの続きね」

「そうだな。では行くとするか」


 店主に礼を言ってから儂らは酒造店を後にした。



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