百二十四話 ダルタン国へ再び2


 駆けだした儂はマタンゴの巣へと飛び込んだ。

 目についた一体を切り捨て、すかさず雷の魔宝珠を発動させれば、紫電がマタンゴの死体を一瞬にして灰にした。

 キノコ系魔獣は死後も胞子を出し続けるらしいのだ。

 なので死体は必ず燃やすか地面に埋めるなどしなくてはいけないらしい。


「じんいじ! わだじもだだがう!」

「お前達は避難しろ。どうやら儂は体質的に胞子が効かないようだ」


 エルナの加勢の申し出をあえて断る。

 と言うかその状態では戦えないだろ。

 涙と鼻水に顔はより一層ひどくなっている。


「わだじにががればごれぐらい――」

「もういいから村に帰れ! 見ているこちらが辛くなる!」


 儂はエルナの背中を押して村へ帰るように説得する。

 仲間は力になれないことを悔やみつつも、最終的には村へと避難することを決断した。

 こういったことはやれる人間がやればいいのだ。無理をする必要はない。


「さぁて、掃除の続きをするか」


 剣を握りしめて再び駆け出す。

 マタンゴの巣は一キロ四方にも及ぶ広大な領域だ。

 色とりどりのカビだけでなく、毒々しいキノコや昆虫を至る所で見ることができる。

 スキルで確認すれば、それらのどれもが猛毒を有する何かだった。


「ふっ! ていっ!」


 すれ違うマタンゴを次々に両断、トドメの雷撃で焼き殺す。

 奥に行けば行くほどその数は増加し、気が付けば五十を越える数を殺していた。

 だが、まだ終わらない。

 敵の侵入を察知したキノコ達は、凄まじい勢いで集まり続ける。

 その数は数百。いや、千にも届きそうな大群だ。

 敵を囲んだキノコ達は、一斉に傘を揺らして胞子を飛ばした。


「儂には効かん」


 魔宝珠の力を発動させ紫電を放出する。

 強力な雷撃はキノコごと胞子を焼き、眩い程の光の柱を作り出した。

 後に残ったのは灰だけ。

 改めて思うが魔宝珠の力は桁違いだ。

 しかもその性能を半分も出していないのだから恐ろしい。


「さて、あらかた片づけたが、これから巣をどうしたものか――ん?」


 メキメキと朽ちた木々を踏みつぶしながら何かが近づいてくる。

 それは巣の中心部からこちらへと向かってきていた。

 どうやらマタンゴのボスがいたようだ。

 姿を現わしたそいつは、巨大な紫の蛍光色の傘を振るわせて怒りを露わにする。



【分析結果:デットリーマタンゴ:マタンゴの進化した姿。胞子の毒性が非常に強く人間であれば数回呼吸をしただけで死に至る。ただし、有効範囲はそれほど広くはない。食用不可:レア度C:総合能力D】


 【ステータス】


 名前:デットリーマタンゴ

 種族:デットリーマタンゴ

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックバレット

 習得スキル:索敵(中級)、脚力強化(中級)、統率力(中級)、成長促進

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:索敵(特級)、脚力強化(特級)、独裁力(初級)>



 身長はおよそ六メートル。マタンゴと同じく手はなく足だけだ。

 ぺったんぺったんと可愛らしい独特の足音とは裏腹に、傘の表面には白いドクロ模様が禍々しく存在している。

 さすがは殺人キノコの親玉だ。


「どんな味がするのか楽しみだな」


 そう言うとデットリーマタンゴは後ずさりした。

 人の言葉を解するくらいには知恵があるようだ。面白い。

 少しばかり興味が湧いたので、剣を鞘に収めて会話を試みることにする。

 キノコと話すのはある意味では貴重な経験だ。


「なぜ人を襲う。別に人間の栄養だけで生きているわけではないだろ?」

「…………」


 デットリーマタンゴはしばらく考えてから傘を揺らす。

 なるほどなるほど。


「人里から離れろ。そうすれば見逃してやる。今後は大人しくただの毒キノコとして生きるのだ」

「…………」


 デットリーマタンゴは首を振るようにして身体を横に振る。

 すなわち拒否だ。

 ……多分。

 はっきり言うと何を言っているのかさっぱりである。

 と言うわけで戦闘再開だ。


 敵は足を振り上げて容赦なく下ろす。

 儂はのしかかる重みを片手で受け止めた。

 進化したとは言え所詮はキノコだ。


「でりゃ!」


 足を掴みそのまま巨体をジャイアントスィングする。

 放り投げてやれば、何度かバウンドして朽ちた木々の山に突っ込んだ。

 だが、奴は何事もなかったかのように、むくりと起き上がって傘を揺らす。

 もしかすると脳のようなものはあっても痛覚などはないのかもしれないな。


 突然、デットリーマタンゴは奇妙な行動をとりはじめた。

 両足で地面を踏みしめダンスする。

 すると周囲の地面からいくつものキノコが生え始め、あっという間に数十ものマタンゴへと成長を遂げた。

 恐らくは成長促進スキルだ。

 胞子に干渉して強制的に成体にしたのだろう。


「雑魚をいくら作っても状況は変わらん!」


 迫り来るマタンゴ達を切り捨てて雷撃で焼いた。

 ものの数秒で配下が消えたことに、デットリーマタンゴは動揺しているようだった。

 奴は今さらになって背中(?)を見せて逃げ出す。


 儂は刹那の時に、奴を追い越して一刀両断。

 どさりと真っ二つになったキノコは、地面に倒れて動きを止めた。


「これで終わりか。さて、巣をどうするかを考えなければな」


 このまま放置はあり得ない。

 かと言って燃やすのは止められている。

 どうしたものか……。


 ふと、空腹を感じた。昼食を食べてから数時間が経過している。

 そろそろ小腹を満たしたいところだ。

 儂はデットリーマタンゴの死体を、程よい大きさに切り分けて火で炙ることにした。

 猛毒キノコと解析にはあったが儂の体質なら死ぬこともないはず。

 むしろ今こそ毒が効かないか、はっきりさせる時ではないだろうか。

 がぶりとキノコ魔獣の身に齧り付いた。


「これは……エリンギに似た食感だ。悪くない」


 焼いたデットリーマタンゴは歯ごたえがあって美味だった。

 味付けは塩と胡椒のみだが、その他にぴりりとしたワサビのような辛味が感じられる。

 醤油に付けて食べれば違った味でさらに楽しめた。

 ちなみに成長促進スキルはすでに取得している。

 見逃すには惜しいスキルだ。


 キノコに満足した儂は、空へと飛び上がり隔離空間を発動させる。

 目標は眼下の巣だ。考えてみれば森を焼かなければ良いだけのこと。

 今の儂にはそれが可能だったのだ。

 

 正方形の空間を指定し魔法で隔離する。発動させるは雷の魔宝珠だ。

 降り注ぐ紫電がカビやキノコを焼き払い、毒虫も朽ちた木々と共に燃やし尽くす。

 大量の白煙と熱は逃げ場を探して漂うも、それを許さぬ儂はただただ焦土と化すのを待った。

 空間内の酸素がなくなり鎮火したことを確認してから魔法を解く。

 すると膨張していた空気が一気に発散され、周囲の森に強風が吹き付けた。

 その風は村にも及び、漂っていたマタンゴの胞子は一気に吹き飛ばされる。

 これで元は断った。

 あとは残ったマタンゴを探し出して処分するだけ。


「ひとまず村に戻るか」


 儂は飛翔して村へと帰ることにする。



 ◇



 戻った家では仲間が深刻な顔をして相談をしていた。

 そこには老人の姿はなく、妻である老婆が両手で顔を押さえて泣いている。


「巣は片づけてきたぞ。それで何かあったのか?」

「ちょうどいいところに戻ってきてくれた。実はあの老人が大変な状態なんだ」


 フレアに連れられて二階へ上がると、ベッドで咳き込む老人の姿があった。

 マタンゴの胞子にやられたのだ。巣に近づきすぎたせいかもしれない。


「もって三日の命だそうだ。何もできない自分が悔しい」


 彼女は拳を握りしめて唇を噛む。

 儂は目眩のようなものを感じて近くの椅子に座った。

 元は断っても毒は村人をむしばみ続けているのだ。

 ここでようやくマタンゴの恐ろしさを実感した。


「俺を、ごほっごほっ。殺してくれ。このままキノコに殺されるなんて御免だ」

「諦めるな。まだ三日もあるのだ。儂らでなんとかしてみせる」

「無理だ。ごほっごほっ。それより巣はどうなった?」

「跡形もなく消し去ったぞ。そんなことより自分を心配しろ」

「そうかい。ライアンが送ってくれた冒険者は、ごほっごほっ。村の救世主だったみたいだ」


 咳き込む老人を見ていられなくなり、儂はフレアを連れて部屋を出ることにする。

 儂らは別室を借りて話し合いをすることにした。


「どうするの。このままだとあの人死んじゃうわよ」

「でも、僕らでは助けられる手段もないし……」

「まだ諦めるのは早い。我々には多くの魔法やスキルがあるはずだ」

「しかしなぁ、言ってみれば寄生されているわけだろ。そんな目に見えないものをどうにかできるものかねぇ」

「神通力」

「「「「え?」」」」


 リズの発言に四人は目を向ける。

 儂も言葉を受けてしばし考えた。


「可能性はあるな。神通力で老人の体内にある胞子をかき集めて吐き出させる」

「しかし、私には胞子がどこにあるのかも分からない。目に見えないものをどうやってかき集める」

「場所は特定している。肺だ。マタンゴの胞子は気管から侵入し、肺で根を張って人間の栄養を吸収している。つまり肺の中にある異物を出すことができれば彼は助かる」


 何事も試さなければ分からない。

 さっそくフレアを連れて老人の元へと急ぐ。


「また来たのか……ごほっごほっ。もう良いから放っておいてくれ。あんたらにこいつを移しちゃ申し訳ねぇ」

「黙っていろ。今からある方法を試す」


 儂が目で合図を送るとフレアは小さく頷いた。

 彼女は老人の胸に両手を乗せて力を込める。

 そして、五分ほど経過したところで老人から離れた。


「だめだ。小さすぎて捕まえられない」

「くそっ。神通力では無理だったか。だったら他になにがある。この者を救う方法は」

「レインボーマシューを食べさせるのはどうだろうか。あれはあらゆる傷や病を治すと聞く」

「それだ! 試してみよう!」


 すぐに腕輪からレインボーマシューを取りだして老人に見せる。


「これはあらゆる病を治す奇跡のキノコだ。もしかすれば効くかもしれない」

「勘弁してくれ。俺はキノコでこんな目に遭ってんだよ」

「つべこべ言うな! 食え!」


 老人の口にキノコを押し込む。

 飲み込んだ彼は眼を見開いて身体を起こした。


「こりゃあすげぇ。身体に力が漲るぜ。もしかして本当に――ごほっごほっ!」


 咳は止まらない。

 やはり胞子を取り除かないといけないようだ。


「お父さん……」


 部屋にペロが入ってきた。

 その顔にはなぜか迷いが浮かんでいる。


「どうした」

「うん。実は僕の魔法で使い道が分からないものがあるんだ。もしかすればそれが効くかもしれないと思って」

「ピュリファイか?」


 ペロは静かに頷く。

 聖属性の魔法と言うこと以外、何も分かっていない。

 それでも試してみる価値はあると思った。


「それじゃあやってみるね」


 ペロは老人の胸に手をかざして目を閉じる。

 彼の体から魔力が迸り、爽やかな風が吹いた。

 次の瞬間、老人の口から咳と共に小さな緑色の塊が吐き出される。


「咳が……止まった。苦しくない」


 老人はベッドから立ち上がり、自身の胸を撫でながら信じられないと言った表情だった。

 そうだ。思い出したぞ。

 ピュリファイとは浄化や不純物を取り除くと言う意味だ。

 ようするにペロの判断は正解だったというわけだ。


「良くやったなペロ。お前は自慢の息子だ」

「僕も役に立てて安心したよ。これで他の人達も助けられそうだし」


 抱擁してやると照れくさそうに儂を抱きしめた。

 優秀な息子を持って嬉しい限りだ。

 ひとまず他にもいるだろう村の重病者はペロとフレアに任せ、儂とエルナとリズは手分けして近隣に潜むマタンゴを駆逐することにした。



 ◇



「もう行くのか。あんたらには感謝してもしきれない」

「儂らは頼まれた仕事をこなしただけだ。礼ならマーナの領主にしてくれ」


 翌朝、儂らは泊めてくれた老夫婦に別れを告げる。

 すでに近隣のマタンゴも駆逐し、毒に苦しんでいた人々も回復している。

この村は救われたのだ。

 依頼を達成出来たことに内心でほっとした。

 この世界の神崎の身内を見殺しにしては合わせる顔がないからな。


「では行くか。目指すはダルタンだ」


 村を出てから飛び立てば、雲一つない青空が儂らを迎えてくれる。

 受ける風は清々しく気持ちが良かった。



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