百二十三話 ダルタン国へ再び1


 カランとドアを開けるとベルが鳴る。

 相変わらずの煙草臭い店内に、エルナとペロはしかめっ面を見せた。

 儂はカウンターに歩み寄り、キセル煙草を吸っている店主に挨拶する。


「こちらの準備は済んだ。いつでも出発できるぞ」

「少しだけ待ってくれ。旅立ちの前に吸い溜めしておかないとな」

「グリフォンで飛んで行くのだ。そんなにかからないぞ」

「つっても何時間も地面に降りられないんだろ。俺にとって煙草の吸えない一時間は一日に等しいんだぞ」


 ロッドマンは煙草を吸いきってから、床に置いていたリュックを背負う。

 カウンターにはいつの間にか彼の息子が現れており、同行する儂らに「オヤジを頼みます」などと頭を下げる。

 儂は深く頷いてからロッドマンを連れて店を出た。


「それでそのグリフォンはどこにいるんだ?」

「街の近くに連れてきている。フレアとリズが面倒を見てくれているはずだ」


 マーナを出て五十メートルほどの地点。

 二頭の黒いグリフォンが、フレアとリズをそれぞれ乗せて地上に舞い降りた。

 現れた魔獣にロッドマンは驚き慌てて儂の後ろに隠れる。


「黒いグリフォンなんて初めて見たぞ。しかも本当に人に懐いているみたいだ」

「スキルのおかげだ。噛みつかないから触ってみると良い」


 彼は恐る恐る魔獣の黒い羽毛に触れる。

 グリフォンは甘えた声を出して顔をすりつけた。


「うはははっ! 初めてだ! グリフォンの身体を触ったのは!」

「ロッドマンが乗るのはそいつで決まりだな。旅の間だけでも可愛がってやってくれ」

「ところで二頭だけで良いのか? 他に移動できるような生き物もいないようだが」

「儂らは自力で飛べるからな」


 背中から翼を出現させるとロッドマンはぎょっとする。

 披露する機会もなかったので翼を見せるのは今回が初めてだ。

 ペロはもう一頭のグリフォンに飛び乗ってロッドマンに声をかけた。


「僕以外は皆飛べるんです。だから二頭で良いんですよ」

「他の三人も飛べるのか。今さらに思うがホームレスってのはとんでもない集団だな」


 呆れ顔の彼に苦笑する。

 分かってはいたことだが、儂らは今や常識に縛られない存在になりつつある。

 当たり前ではないことが当たり前になっているのだ。

 多種多様な種族が暮らす異世界であるが故に、まだギリギリで枠に収まっているが、いずれ人外と呼ばれる日も来るのかもしれない。


「で、行き先はダルタン岩石国だよな」

「そうだ。第六の宝具を作成する為に王城の地下を目指す」

「言うのは簡単だが、どうやってそこまで行くつもりだ。ドワーフの王様はヒューマンのことを嫌ってるって聞くぜ」

「いや、正確にはローガスの王族を嫌っているだけだ。ドワーフの王とはちょっとした縁もある。顔を合わせるくらいなら問題ないはず」

「王様と会ったことがあんのか。たまげたな」


 予定としてはダルタン王に謁見し、地下への立ち入り許可を貰うと言ったところだ。

 その為に大地の牙のリーダーであるダルから手紙も預かっている。

 親友からの言葉があれば王も無下にはできないはず。


「ねぇ、そろそろ出発しましょ。日が暮れちゃうわよ」

「それもそうだな。では儂のあとに続け」


 儂を先頭にメンバーが飛翔する。

 追うようにして二頭のグリフォンも飛び立ち、青空の下で風を受けながら大きな翼を広げた。気持ちの良い旅立ちだ。



 ◇



 マーナを出発して五時間ほど経過。

 眼下には湿原地帯が続き、誰かが造った木道が蛇のようにぐねぐねと地平線にまで延びていた。旅路は問題もなく順調だ。

 エルナはのんびりと景色を眺め。

 ペロとロッドマンも眼下を覗いて空の旅を楽しんでいる。

 リズはアイマスクに枕と完全装備で熟睡中。

 フレアは自由自在に飛び回り風を気持ちよさそうに受けていた。


「神通力で空を飛ぶとはどのような感じなのだ?」

「身体にくくりつけた紐を前方に引っ張っている感覚だ」


 フレアは質問に答えながら空中で身体を回転させる。

 端から見れば完全に武空術だ。羨ましい。


「僕も空を飛べたらいいのに。羨ましい」

「よろしければ私が神通力で持ち上げて差し上げますよ」

「でもそれだとフレアさんが僕に抱きつくよね?」

「当然です。モフモフが目的なのですから」

「本音を少しは隠してほしい」


 鼻息を荒くするフレアにペロはげんなりした表情だ。

 儂は懐中時計を取りだしてそろそろ休憩すべきかを考える。

 そこへタイミング良くロッドマンが声をかけた。


「なぁ休憩しねぇか。そろそろ腹も減ったし煙草も吸いたい」

「それもそうだな。この辺りで降りるとするか」


 木道には休息場所と思われる円形のスペースが一定の間隔で造られている。

 儂らはそこに降り立ち昼食にすることにした。

 腕輪から荷物を取りだしさっそく調理に取りかかる。

 まずは取り出したじゃがいも君の身を木製のボウルに入れる。

 次にみじん切りにしたタマネギと挽肉をフライパンで炒め、程よく火が通ったところでじゃがいもの入ったボウルに投入。同時に塩・胡椒・牛乳を加える。

 後は手で混ぜ合わせ小判状に形を整えれば、小麦粉に卵にパン粉の順に付けて狐色になるまで油で揚げれば完成だ。


「見たことのない料理だな。美味いのか?」

「食べてみれば分かる。ほれ、揚げたてだ」

「どれどれ……」


 フォークをコロッケに突き刺すロッドマン。

 そのまま口に入れれば「はふはふ!」などと過敏に反応した。

 どうやら熱すぎたようだ。

 しかし、それこそが揚げ物の良さだ。

 他の四人もコロッケを食べれば満足そうな笑みを浮かべる。


「ほくほくしてて良いじゃない。なんて言う料理なの?」

「コロッケだ。儂の故郷ではオーソドックスな家庭料理だな」

「じゃあ真一もこれを食べて育ったってこと?」

「そうなるな。まぁ、頻繁に食べるようなことはなかったがな」

「ふーん。でも、これくらいなら私でも作れそうよね」


 珍しい。エルナが料理に興味を抱くとは。

 コロッケは初心者向きなので、不器用な彼女にも最適ではないだろうか。

 それにたまには仲間の作った手料理を食べたい。


「やる気があるのなら教えてやるぞ」

「本当!? じゃあ次は私が真一の為にコロッケを作るわね!」

「ライバルだけ卑怯。私も」


 作り方を教えるだけなのに何故かエルナとリズがにらみ合う。

 儂は二人をなだめようとするが、すぐに止めた。

 これは好都合かもしれない。

 競わせる方が技術の向上も早いはず。


 と言うわけで二人のコロッケ作りが始まることとなった。

 どちらもまずはタマネギのみじん切りに取りかかる。

 ここで早くも性格が如実に表れた。

 エルナは乱雑に切り刻み。

 リズは儂のやり方を真似して細かく丁寧に切る。


 タマネギと挽肉を炒めた後、じゃがいもをこねる作業に入るわけだが、ここでも二人の性格がはっきりと現れた。エルナはじゃがいもを草鞋のような大きさで形成し、卵とパン粉を付けて熱した油の中へ放り込む。

 対照的にリズは儂のやり方を忠実に真似る。

 小判形に整え、小麦粉・卵・パン粉をきちんと付けてから油の中へ。

 二人のコロッケが狐色になると、エルナは一気に油から皿へ。

 リズは引き上げたコロッケを、軽く振って油を切ってから皿へ乗せる。


「ではリズから先にいただこう」

「完璧。絶対に美味しい」


 リズのコロッケは儂の作ったものとそっくりだ。

 衣もカリッと仕上がり、中は絶妙な加減で下味が付けられている。

 味まで完全に再現されているとしか言いようがない程の出来だ。

 たった一度作り方を見せただけでこの結果とは。


「次はエルナのコロッケだ」

「見た目はアレだけどその味に驚愕しなさい!」


 出されたのはコロッケと呼ぶには苦しい料理だった。

 表面の衣は破れ隙間からじゃがいもが流出している。

 おまけに大きすぎたせいか、中まで火が通っていないように見えた。

 口に入れれば油でギトギトしている。


「衣が剥がれかかっているのは、小麦粉を付けなかったことが原因。ギトギトなのは油を落としていないからだ。味は……意外に旨い」

「でしょ。他は失敗したけど味だけは自信があったの」

「なるほど。タマネギを多めに入れて胡椒の割合を増やしたか。甘味のあるスパイシーな味付けになっていてイケるな」


 エルナのコロッケをリズに食べさせると、彼女は表情を渋面に変化させる。

 言葉は発さないが少なくとも不味いとは思わなかったようだ。


「これは引き分けだな」

「ちょっと、私の勝ちでしょ!」

「おかしい。勝者は私」


 納得できない二人が儂に詰め寄る。

 しかも、もう一度味を確かめろと言うのだ。

 結局、儂は百個ものコロッケを食べさせられることとなった。



 ◇



「げふっ、腹が重くて高度が上がらない」

「よくあんだけ食ったもんだ。もうちょい休んでも良かったんだぜ」

「いや、今日中にたどり着いておきたい場所があるのだ」


 儂は懐から世界地図を取りだしてロッドマンに渡す。

 それには赤丸でとある場所を示している。


「王国とダルタンの国境沿いの村に印がついているようだが?」

「トト村と言うそうだ。儂も領主に頼まれただけで詳しい事は知らないのだが、なんでもマタンゴと呼ばれる魔獣が大量繁殖しているそうだ」

「マタンゴねぇ。キノコ系の魔獣は苦手だ」

「その村には領主の古くからの知人が住んでいて、数日前に救援要請があったらしい。そこで白羽の矢が立ったのがホームレスと言うわけだ」

「で、ダルタンに向かうついでに片付けようってことか。タイミングは良いな」


 たまにはこんなこともあるだろう。

 それに領主からは前払いで報酬も貰っている。

 つまり失敗は許されないと言うことだ。


 そんなことを話している内に、湿原は森に変わり集落らしきものが見え始めた。

 恐らくあそこがトト村だろう。

 事前に聞いていた通り小さな村だ。

 住人を驚かせないように外れに着地。

 二頭のグリフォンには森で待機を命じる。


「くしゅん! 鼻がムズムズする」


 ペロがくしゃみをして鼻を擦る。

 他のメンバーも目を擦ったりくしゃみをしていた。

 ここには杉に似た木々が多く自生している。

 もしかすると花粉が飛ぶ時期だったのかもしれない。


「とりあえず村に行って状況を聞かせてもらおう。ほら、行くぞ」


 儂以外の五人はハンカチを取りだして口と鼻を押さえている。

 相当に花粉がキツいらしい。ペロに至っては涙目だ。

 それでも山道を登り村の入口まで来ることができた。

 が、すぐに異変に気が付く。

 誰もいないのだ。住人らしき人間が見当たらない。

 適当な家の戸を叩けばドア越しに返事があった。


「……誰だい?」

「マーナ領主から依頼を受けて来た冒険者だ」

「マタンゴ退治に来てくれたのかい!?」

「うむ。詳しい話のできる者と会わせて貰いたいのだが――」


 するとドアが開け放たれ、老婆が儂らを家の中へ招き入れた。

 全員が屋内へ入ったことを確認すると、彼女はドアを南京錠で施錠する。


「わざわざ辺鄙なところまで来てくれて感謝するよ。事情は爺さんがよく知ってるから聞くと良い」


 そう言って老婆は二階へと案内する。

 とある部屋ではベッドで横たわる高齢の男性の姿があった。


「爺さんや。とうとうライアンからの助けが来たよ」

「……ようやく来たか。それで助っ人は何人だ」

「六人だよ。きっと凄腕の冒険者だろうね」


 老人は身体を起こして儂らに視線を向けた。

 骨太の筋肉質の身体に鼻の下にも顎にも白髭が蓄えられている。

 着ているTシャツは、はち切れんばかりにピチピチであり、とても床に伏せていた老人には見えない。

 彼は立ち上がって首をゴキゴキと鳴らす。


「ふぁ、よく寝た。外に出られねぇからって酒ばかり飲むもんじゃねぇな。それであんたらがライアンの送った冒険者か」

「ホームレスと言うパーティーだ。詳しい事情を教えて貰えないだろうか」

「よし、そんじゃあ着いてこい。この村の状況を見せてやる」


 老人は手ぬぐいを口元に巻き、壁に立てかけてあった斧を手に取った。


「婆さん、こいつらにも手ぬぐいをやってくれ」

「あいよ。あんたらも口と鼻をこれで隠しなさいな」


 儂らは言われた通り口元を布で覆い隠す。

 マスク代わりなのだろう。

 老婆に礼を言ってから、先頭を行く老人のあとに続いて外へと出る。

 村の中は相変わらず人を見かけず静けさに満ちていた。


「村に着いてから呼吸が苦しくないか?」


 老人の質問に儂は首を傾げる。

 しかし、他の五人を見ると全員が力強く頷いていた。


「この辺りはマタンゴの胞子に包み込まれている。それを吸い込みすぎると花粉症に似た症状が現れるんだ」

「それだけなら助けを呼ぶ必要性もない気がするが……」

「初期症状だけで済むのならな。マタンゴの胞子は毒性が強く、吸い込み続ければ身体が麻痺して死に至る。ちょうどあそこにある死体を見てみろ」


 彼が指差した場所には干からびた何かがあった。

 よく見ればそれは人の死体だった。

 口から大量のキノコが生えており、青い蛍光色の傘がいくつも開いている。

 気味の悪い光景にさすがの儂も冷や汗を流した。


「奴らは人の栄養を吸い取って成長する。咳が出始めたらそいつはもう終わりだ」

「事情は分かった。それでどうやってマタンゴを退治すれば良い」

「今から案内する場所には大量のマタンゴがいる。できるだけ火を使わずに駆逐して欲しい。森に火がついちまうとせっかく助かっても生活ができない」


 火を使わずにか……逆に考えれば被害を出さなければ問題はないと言うことだな。

 それにしても胞子が厄介だ。儂はともかく五人は鼻水と目のかゆみで酷い有様だ。

 このままではまともに戦うことすら厳しいかもしれない。


「見えるか。あれがマタンゴの巣だ」


 森の奥地に導かれて目にした光景。

 それはいかなる者も立ち入ることを決して許さない菌糸の領域だった。

 綿菓子のような淡いピンクやグリーンのカビが至る所に繁殖、周囲の木々は腐食し朽ちている。その中を平然と歩くのは、青い蛍光色の巨大なキノコだ。

 身長は百五十センチ程。手はなく顔もない。

 足の生えたキノコが、ペッタンペッタンと足音を鳴らして進む。


「巣の中は胞子が一段と濃い。布で鼻と口を覆っても十分が限界だ」

「なるほど。それで誰も奴らを殺しきれないというわけか」

「ああ、若い奴らが巣に飛び込んだが、誰も帰っては来なかった。打つ手がなくなった俺は、甥のことを思い出して手紙で救援を要請することにした。で、来たのがあんたらだ」

「甥? と言うことはお前は領主の叔父?」

「一応な。俺はライアンの父親の弟だ」


 領主と依頼主の意外な繋がりに内心で驚く。

 どうりで前払いをしてでも、依頼の達成を確約させたがるわけだ。

 良いだろう。この仕事、必ず成功させて神崎を安心させてやろうではないか。

 儂はすらりとブルキングの剣を抜いた。



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