百二十二話 国王の日々2


 次の日、城内では噂が立っていた。

 数ヶ月ぶりに国王がメイドに手を出したなどと言うものだ。


 もともとローガス国王は、好色で知られ妻以外にも妾がごまんといるとか。

 証拠にすり替わった当初は、毎日にように女性が寝室を尋ねて来ていた。

 もちろん手を出してはおらず、そのような気分ではないなどとことごとく追い返している。

 そして、気が付けば数ヶ月もの間、誰も抱いていないことになっていたのだ。


 だったらリーナも追い返せば良かったわけだが、そうすることができない理由があった。と言うのも彼女は、警護の騎士に『陛下に呼ばれた』などと言って寝室に入ってきていたのだ。

 呼んでおいて突然追い返すのも不自然。

 かと言って侵入者として騎士に突き出せば、リーナは罪人として処罰される。

 儂ができることと言えば、行為があったことにしてやるくらいだったのだ。


 さて、問題はここからだ。

 国王のお手つきとなってしまった使用人は、明確な決まりはなくとも妾として扱われることとなる。それに伴い給金は倍増し待遇は格段に上がることになるのだが、人と言うのは成功者が現れると真似をしたくなるものだ。

 そして、それは思わぬ形となって儂に降りかかった。


「陛下、畑のお手伝いをさせてください!」

「私もです! 何からすれば良いですか!」

「水やりでも土いじりでも何でいたします!」

「お花を育てるの得意なんです! だから妾に!」


 三十人近くのメイドが畑に押し寄せる。

 彼女達のギラギラと輝く目が妙に怖かった。


「陛下! 今日もトマトを収穫しま――うえっ!? 何この騒ぎ!?」

「リーナか! ちょっとこっちへ来い!」


 畑に現れたリーナを木陰に招き、なぜこうなったのかを聞くことにした。


「畑を手伝っていた私がお手つきになったから、同じようにすれば他の人も妾になれると思ったんじゃないですか?」

「迂闊だったな。自分の影響力を完全に舐めていた」

「しょうがないですよ。王室に入りたい子達は沢山居るし、妾になって子を産めば将来は安泰ですから。家が王城に使用人として送り出すのも、そっちが目的なわけですし」

「望んでもいない種馬生活など勘弁して欲しい」


 仕方がないので今後は他のメイド達にも畑を手伝わせることにし、リーナを責任者に任命することにした。しばらく放置すれば熱も冷めて多くが仕事を投げ出すことだろう。


「それで陛下はいつ私を買い取ってくれるのですか?」

「人聞きの悪い言葉を吐くな。また勘違いされるだろうが」

「でも事実じゃないですか。陛下はおっしゃいました。私を救ってくれると」

「分かっている。今日にでも侯爵を呼び出して話をつけてやろう」

「わーい! 陛下大好き!」


 満面の笑みで儂の腕に抱きつくツインテールのメイド。

 着やせするのか思ったよりも大きな胸に腕が挟まれた。

 たまらないな。むふふ。

 すると畑にいたメイド達が、飢えた狼の如く鋭い目つきでこちらを見ていることに気が付いた。王城とは儂が考えているよりも修羅の国なのかもしれない。



 ◇



「面を上げよ」

「はっ、御拝謁賜り真に感謝いたします」


 王の間で跪くのはドサド侯爵である。

 ひょろりとしたやせ形の体格に、黒いおかっぱ頭が特徴的だ。

 それでいて無駄に金糸を使った服は、成金趣味と言うほかないほど派手である。


「それで今日呼び出したのはリーナの件だ」

「リーナ? あの男爵家の娘の?」

「いかにも。借金の帳消しを条件にリーナを娶ろうとしていると聞いているぞ。その話を詳しく聞かせて貰おうと思ってな。なにせ今は儂の妾だ」


 ドサドは眼を見開いて額から一筋の汗を流した。

 数秒ほど視線を彷徨わせてから発言する。


「陛下は勘違いをしておられる。男爵家には金貨五百枚を貸しはしましたが、現在は利息によって金貨一千枚になっております」

「ほぉ、一千枚なのか。ずいぶんと高額だな」

「確かにおっしゃるとおりではありますが、決して暴利ではじき出した数字ではありません。私が情けで免除していた利息分なのです」

「ならばそれも払ってやろう。お前には金貨一千枚を渡してやる」

「いいえ、まだあります。男爵家当主とはすでにリーナとの婚姻の取り決めを書面にて交わしております。こちらも破棄すると言うのなら、借金とは別に金貨三千枚をいただかないと承知しかねます」


 なるほど。総額四千枚を儂からふんだくろうと言うわけか。

 ただでは転ばないと言う精神は見上げたものだな。


「では王として命ずる。金貨五百枚で借金を帳消しにし、お前とリーナとの婚姻の取り決めを無効とせよ」

「な!? ふざけるな! 四千枚を払え!」

「王命に逆らうつもりか?」

「当たり前だ! あの女との婚姻を取り付ける為にどれだけ払ったと思っている! たった五百枚で納得などできるか!」


 怒り狂うドサドに儂は僅かに口角を上げた。

 うっかり言ってしまったな。本音を。


「ただちに反逆者を捕らえよ!」

「違う! 違うんだ! さっきのは思わず口走っただけのことで――あぐっ!?」


 ドサドは兵士達に取り押さえられ顔を床に押しつけられた。

 儂は立ち上がって彼に近づく。


「欲をかきすぎたな。金貨一千枚で我慢すれば良かったものを」

「陛下お願いです。どうかお許しを。これからは忠実な僕として心を入れ替えます」

「ふむ、ならば心を見せてもらおう」


 索敵スキルを発動させると、視界のレーダーにははっきりと赤い点でドサドが示されていた。

 敵意を持っている。つまりは儂の敵である。

 ここで逃せば必ず報復をするはずだ。


「連れてゆけ。地下牢にて無期懲役の刑に処す」

「陛下! それだけは! くそぉおおおおおおっ!」


 王の間から一人の罪人が連れ出された。

 近くにいたメディル公爵が儂に向かって微笑む。


「ご決断に感服いたしました。これで奴の犠牲者も安心して神の御許へと行くことができるでしょう」

「大したことはしていない。個人的に見過ごすことができなかっただけだ」

「ですが民は今回の件を大きく評価するはずです。ドサドによって虐げられていた者達は数え切れないほどいるのですから」


 メディル公の喜びようは分からなくもない。

 この国には甘い汁を吸い続ける碌でもない貴族が山ほどいるのだからな。

 ドサドもその一人に過ぎない。


「これを機会に腐ったミカンを一掃するのも良いかもしれん」

「その通りです。その為にはいかなるご命令にも従う所存です」


 宰相であるメディル公が片膝を突く。

 すると大臣や高官達も片膝を突いて頭を垂れた。

 今こそ権力を振るう時なのかもしれない。

 気まぐれで王になったのではないのだからな。

 儂は玉座に深々と座りメディル公に述べる。


「これより我が国の引き締めの為に大規模な粛正を行う。対象は重犯罪を行った貴族やそれに関わる者達。ただちにリストを作成、特殊権限を有する部隊を編成しこれに当たれ」

「御意」


 臣下達は一斉に動き始める。

 上流階級こそが正義などと間違った思想がはびこっているからこそ、ドサドのような者が好き勝手しているのだ。

 そして、儂にはそれを変える責任がある。


 リンゴに似た果実を手に取り一口囓る。

 玉座で味わうその味は甘くも酸っぱかった。



 ◇



「陛下!」


 政務が終わり廊下を歩いていると、リーナが駆け寄って腕に抱きつく。

 すでに付き添いの騎士も見て見ぬ振りだ。

 この娘の行動に悪意がないことはすでに知っているからだ。

 加えて妾であることが無礼を許される理由だろう。


「ご機嫌だな。何か良い事でもあったのか」

「ドサドが捕まったって! 陛下がやってくれたんですよね!?」

「はて、儂はお前の借金を帳消しにしただけだがな」

「嘘! 城下町で陛下がドサドを裁いたって噂になってますよ!」


 もう噂が広まっていたのか。やはり人の口に戸は立てられないものだな。

 だが、これで貴族も目立った行動を控えるようになるだろう。

 下手なことをすれば市民から儂へと報告が上がるのだからな。


「お父様が陛下にお礼を言いたいって言ってました。本当にありがとうございます」

「気にするな。それに今回のことはお前の為だけではない。この国の為でもあるのだ。あのような不届き者をのさばらせることは国益にはならない」


 儂はそう言ってから足を進める。

 するとリーナは再び儂の腕に抱きつき頬にキスをした。


「私、陛下のお嫁さんになりたいです!」

「はぁ? 王妃になりたいと言うのか?」

「違います。お嫁さんです。妾のままでいいからお嫁さんになりたいんです」


 何を言っているのだこの娘は。

 妾のままで妻になどなれるはずがない。

 付き添いの騎士が彼女の発言に反応した。


「おい、貴様。使用人の分際で王妃になりたいなどと立場をわきまえろ」

「待て。まだ真意を聞いていない。リーナ、話を続けろ」

「あの……王妃様になりたいわけじゃなくて、ただ私はいつも陛下のおそばにいられたら嬉しいなって。でも妾のままだとあんまり会えないし……」

「つまり儂の秘書のようなことをしたいと言っているのか?」

「秘書? よく分かりませんけど多分そんな感じです」


 彼女の家柄は男爵だ。

 考えてみれば分かることだが、下級貴族での夫婦のあり方は一般市民とそれほど変わりはない。となると夫の身の回りをサポートしているのは主に妻のはずだ。

 リーナは育ってきた環境と照らし合わせて、最も近い言葉を選んで言ったに過ぎないのだ。ただ、儂でなければ勘違いされていたのは確実だろうな。


「よかろう。お前は今日から儂の秘書だ」

「本当ですか!? じゃあ朝から晩まで陛下のお顔が見られるんですね!」

「お、おう……」


 まさか寝るまで世話をするつもりか?

 いや、妾でもあるから可能なのか。

 それにしても儂も変わった娘に気に入られてしまったものだ。

 考えていたよりも国王生活は賑やかになりそうである。


「じゃあさっそく陛下のEDを治さないといけませんね!」

「馬鹿! こんなところで言うな!」


 慌てて口を押さえたが時すでに遅し。

 二人の騎士は口を押さえて動揺を露わにする。


「まさかそんな……あの陛下が……あの淫欲の陛下が……」

「我々に言ってくだされば、すぐにでも名医を手配しましたのに……」

「違う! 違わないが違うのだ! 勘違いするな!」


 騎士は哀れみの目で儂を見る。

 くそっ! それもこれもやりたい放題していたローガス王のせいだ!

 おかげで汚名を払拭するのに余計な苦労をさせられる!

 儂は騎士に医者は必要ないことを説明し、彼らを納得させることに成功した。


 しかしその後、なぜか城内や城下町で儂がEDだと言う噂が流れることとなる。

 結果的に妾になりたいと言う輩は激減したわけだが、その代償として人々とすれ違うたびに哀れみの目が向けられるようになったのは言うまでもないだろう。



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