閑話 立ち上がったリズ


 シュミット家はマーナ領のクレントに居を構える貴族だ。

 爵位は男爵であり主な収入源は苗花の生産販売。

 貴族御用達の高級花を専門に取り扱っているため、花のシュミットやクレントのシュミットなどと世間では呼ばれている。


 そんなシュミット家は没落した。

 多分だけど理由は私の治療費がかさんだから。

 専属の医者を付けて多額の治療費を支払い続けていたのだから、いくら貴族でも破産すると思ったのだ。

 もちろんこれは全て私の予想。

 病弱だった私はシュミット家の家計に疎かったので、何となくそうだろうと考えている事だ。一応、家族に没落した理由も聞いてはみたけど「貴方はそんな心配しなくて良いの」なんて返されるだけ。末っ子あるあるだと思う。


 真実はともかく私には家族に恩を返す責任と義務があった。

 ここまで育ててくれて支えてくれたかけがえのない家族に、少しでも恩返しをしたいと自らそう思ったのだ。

 その為にはなにをすべきか。

 私はボロ屋の一室で頭を悩ませる。


「リズ、ご飯を食べなさい。今日はこれ一食なんだから」

「はい。お母様」


 テーブルに乗せられた皿には薄緑色の液体が入れられている。

 スプーンで掬って口に入れると、塩気もない青臭さが舌の上で広がった。

 手に取ったパンは硬くかみ切れない。

 スープに付けて食べようにもそんな気にもなれなかった。


 私は今の生活を改めて思い知る。

 すきま風が入る二階建て二部屋のみの木造の家。

 そんな場所に父、母、長女、次女、私と五人が暮らしている。

 収入は小さな畑で作る花だ。後は内職でどうにか一ヶ月の生活費を稼いでいた。


「貴方、こんな生活もう嫌だわ」

「すまない。俺がふがいないばかりに」

「お父様お母様、この話はもうやめましょ」

「そうよ、どうせ碌でもない結論に至るんだから」


 四人は食事を再開する。

 次女が言った碌でもない結論とは娼婦のことだ。

 我が家には四人の女性がいる。身体を売ればもっと良い暮らしができる事はこの場にいる誰もが分かっていた。それでも貴族として生まれたプライドが、どうにかギリギリのラインに留めていたのだ。


「私、娼婦になる」


 そう言うと四人がスープを口から噴き出した。

 何かおかしい事を言ったのだろうか?


「気持ちはありがたいが、お前ではその……なれないと思うぞ」

「どう言う意味?」


 私が尋ねると父は目を逸らす。

 なので次は母に聞くことにした。


「……娼婦は大人の女性を買う所よ。子供の貴方では価値は低いわ」

「でもお姉様がそいう趣味の人もいるって」

「あ、馬鹿! お母様に言っちゃ駄目!」


 お母様はアイリーンお姉様を睨み付けた。

 その後、お母様は優しく言葉する。


「貴族の娘が身体を売るなどあってはいけません。私達は上流階級なのですよ」

「今は貧乏。ご飯も不味い」

「それでもです。誇りすらも捨ててしまっては、ご先祖様に合わす顔がありません。貴方もシュミット家の一員ならその自覚を持ちなさい」

「誇りでお腹は膨れない」


 ぐーと私のお腹が鳴った。

 娼婦が駄目ならどうすればいいのだろう。

 このままだとせっかく元気になったのにまた倒れてしまう。

 そこでかつて出会った青年の顔が脳裏をよぎった。


「冒険者……は駄目?」


 ちょっとした提案だ。

 コレもダメならまた別の方法を考えないといけない。

 だがしかし、お父様は意外なことを言った。


「冒険者と言うのは悪くないな。あれは最下層の職業だが、特級にマスター級ともなれば貴族でも一目置く存在だ。上手く行けば英雄にだってなれるかもしれない。もしそうなれば陛下に見初められる可能性だって出てくるぞ」

「まぁまぁ、それは素晴らしい事ですわね。陛下の御子を授かれば私達は安泰ですわ。決まりです。リズ、冒険者になりなさい」


 両親は大賛成だった。

 だけど二人の姉は反対する。


「リズはまだ幼いの。冒険者になんてさせられないわ」

「そうよ。私達は反対。可愛い妹をあんな仕事に就かせるなんて」


 姉の言葉は嬉しかった。愛されている気がする。

 けど、私はどうしても冒険者になりたかった。

 それは自分の力が何処まで通用するのか知りたかったからだ。

 生まれながらにして保有している忍術スキル。

 使わないままにしておくのは惜しいとずっと思っていた。


「私はレアスキルを保有している。だからすごく強い。大丈夫」


 私の言葉に姉は黙った。

 二人とも忍術のスキルの性能を知っているからだ。


「確かにリズのスキルなら冒険者でやっていける気はするけど」

「でもお姉様。リズは寝たきりだった世間知らずよ。冒険はできても生活ができないかもしれないわ」

「それもそうね。リズ、どうしても冒険者になりたいのなら、まずはダフィーさんにお話をしなさい。あの方なら人付き合いも良いし、生活を助けてくれる人を紹介してくれるかもしれないわ」


 アイリーンお姉ちゃんの言葉に頷いた。

 ダフィーさんはずっとお世話になっていたお医者さんだ。

 彼なら親身になって相談に乗ってくれるかもしれない。

 さっそく家を出てダフィーさんに会いに行くことにした。



 ◇



「田中真一という人物を訪ねなさい」


 ダフィーさんの自宅で私はそう言われた。

 どこかで聞いた名前だが、誰なのかぼんやりとしていて思い出せない。

 彼は「君を治療した男だ」と付け加える。


「お兄ちゃんのこと?」

「そう、そのお兄ちゃんが田中真一だ。彼はマーナで冒険者をしているはず」

「隣町。面倒」

「冒険者になりたいのだろ? だったら適任じゃないか。少なくとも私が知る限りで、君を無条件で受け入れてくれる者はホームレスくらいだ」


 隣町はここからかなりの距離だ。

 歩いて行けば半日ほど。一度も街の外へ出たことがない私にとって、それは未知なるものへの挑戦でもある。だけど、私を助けてくれたもう一人の恩人に会えると思うと、どうでも良いと思えるくらい胸が熱くなる。


「ん」

「なんだその手は?」

「隣町へ行く為の費用」

「呆れた。まったく」


 ダフィーさんは渋々お金をくれる。

 貧乏な我が家では私の食事代すら捻出できない。

 だから彼に頼るしかなかった。でも、後で必ず返すつもりだ。


「どう声をかければ良い?」

「そうだな。久しぶりとでも言えば良いと思うが」

「長く話しできない」

「それは君が横着なだけだ。彼に会ってちゃんと説明しなさい」

「面倒」

「それでよく冒険者になると言い出したね。私は頭が痛いよ」


 先生は頭を抱えたので、私は話は終わったと思って家を出る。

 目指すはマーナ。お兄ちゃんに会いに行くのだ。

 私は街の通りで立ち止まった。


「あんたと結婚して良かったよ。ほんと幸せだわ」

「ああ、ずっと俺が楽をさせてやるからな」


 カフェで身を寄せ合う若い男女を見ていた。

 二人はキスをしたりとイチャイチャしている。

 私は初めて見る光景に忍術を使って盗み見ることにした。


「すごい……男と女はあんなことを……」


 男性は濃厚なキスをしながら女性の大きな胸を鷲掴みにする。

 だが、女性は恥じらう表情で男性から少し離れた。


「こんなところではダメよ。家に帰ってから」

「そうだな。つい興奮したよ」


 二人の熱は少し下がったが、私の熱は上昇したままだ。

 男女の関係とはああいうことを言うのか。勉強になった。

 それに結婚すれば楽ができるという重要な情報まで手に入れられたのだ。

 今日の私はツイている。


「お兄ちゃんと結婚。悪くない」


 お兄ちゃんは優しい。それに私の好みだ。

 だとするならあの男女のように、結婚をして楽をしながらイチャイチャできれば幸せかもしれない。きっと最高だ。

 私の人生の路線は決まった。お兄ちゃんと結婚する。

 そうすれば冒険者になれるし楽もできる。あとイチャイチャも。


 歩き出した足は次第に速まり、気が付けば無我夢中でマーナを目指して走っていた。

 こうして冒険者になる為に私の人生は再スタートする。

 ただ、ライバルとなるエルフが居るとは、この時の私は知るよしもなかった。



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