閑話 英雄の末裔


 かつてこの国にはペドロ・ロッドマンと言う英雄が存在していた。

 彼は生涯で数万もの敵を斬り殺し、その中には彼の息子も居たという。

 英雄ペドロを象徴する武器と言えば魔鋼の剣だ。

 紅く怪しい輝きを持つその剣は、幾万の敵の血を啜った魔剣と言われている。


 そして、ロッドマン家から再び英雄が誕生した。


「これ、レイナよ。ワシの話をちゃんと聞いているのか」

「あ、うん。聞いてる。でも、これが魔剣だなんて嘘みたい」

「見た目に騙されるな。これは殺意の塊。使う者を殺しに誘う殺戮の剣だ」

「ふーん」

 

 私は正直、そう言う類いの話は信じない方だ。

 それよりもあの英雄ペドロの武器を目の前にしていると言うことの方が、私にとっては大きな衝撃だった。

 さっそく剣を鞘から抜いてみる。


「さすがは英雄の剣。纏っている空気が違うわね」

「決して失うなよ。それはロッドマン家に伝わる宝の一つだ」

「分かってる。少し使ったら返すわよ」


 私は英雄レイナ・ロッドマン。

 ローガス王国で史上初の女性英雄だ。

 剣を腰に装備して鏡で全身を確認する。ショートカットの赤毛に、アーモンドのような大きな目と長いまつげ。胸はないけど細身のスタイルは、女性らしいラインを描いてそれなりに色気のようなものを醸し出している。

 それに特注で造ってもらった私専用の鎧は、身体にフィットしながらも威厳と地位の高さを知らせてくれる。ちょっと男性っぽいのが気になるけど、初の女性英雄ともなるとこれくらいがちょうど良いかもしれない。


「ねーちゃん英雄になったんだよな! 小遣いくれよ!」


 部屋に入ってきた弟が手を出して金をせびる。

 血の繋がった家族に対してこんなことは言いたくないけど、弟はオークの子供のように不細工だ。まぁ、その分性格は良いから可愛がってはいるけどね。

 私は銅貨五枚を渡して弟に注意する。


「あんたは早く鍛冶仕事を覚えなさい。おじいちゃんが作ってくれたロッドマン武器店の三代目になるんだから」

「うん! このマーナですげぇ武器店にするんだ! 絶対本家の奴らに負けない店にするから! ねぇちゃんありがとう!」


 弟は小銭を握って部屋を出て行った。

 本家とは王都にあるロッドマン家の本筋だ。

 元々我が家は王都で商売をしていたのだが、祖父が当主と険悪になった為に田舎に引っ越すしかなくなったのである。

 そして、開いたのが現在のロッドマン武器店だ。

 今は祖父も引退して父が経営をしているが、時々王都から本家の連中がやって来てウチの悪評を流したりしているそうだ。


「しかしながら我が孫が英雄とは。世も末だな」

「何言っているのよおじいちゃん。分家とは言えロッドマン家から再び英雄が輩出されたのよ。もっと喜んだらどうなの」

「分家は余計だ。それに英雄とは男がなるもの。女の身であるレイナが英雄とは、いやはや平和が続きすぎてこの国はボケてしまったか」

「おじいちゃん。陛下への侮辱罪でしょっ引くわよ」

「ぬぅ、聞かなかったことにしてくれ」


 これでも私はこの国において将軍のような位置に立っている。

 身内とは言え陛下を侮辱するような発言は許すことはできない。

 そこへ三人の男達が部屋へとやって来た。


「今日から三十階層を目指すんだろ。気合い入れていこうぜ」


 仲間の一人がニカッと笑う。

 彼らは私の仲間だ。デデルにコビーにマイン。

 数年前に共に冒険業を初め、最近になってようやく上級へと昇格した四人組のパーティーである。英雄になった今でもこうして時間を見つけては、彼らと冒険の日々を送っているのだ。


「おっと、家に上がり込んで土産の一つもないのは悪ぃな。爺さんにこれをやるよ」

「ほほう。こりゃあ幻の酒と言われているドラゴン殺しじゃないか。高価な品をいいのか?」

「レイナには世話になっているからな。ちょっとした礼だ」

「それじゃあ遠慮なく。くぅう、こいつは美味い」


 おじいちゃんはドラゴン殺しをちびちびと飲んでご機嫌だ。

 私がペドロの剣を使いたいと言った時は大反対していたけど、お酒が入るとそんなことをもう忘れている。


「げへへ、心配事ですかい?」

「ううん、なんだかもう二度とこの光景を見られない気がしただけよ」

「縁起でもねぇ。あっしらはちゃんと帰ってきやすぜ」

「そうね。ごめん」


 私は声をかけてくれたコビーに謝る。

 その後、準備を整えたところでモヘド大迷宮へと向かうことにした。



 ◇



 今回の依頼は英雄としての任務も兼ねている。

 というのもモヘド大迷宮へ潜ったパーティーが、二十五階から三十階までの間に消えてしまうという行方不明事件の調査をする事になっているのだ。

 そして、現在は三十階層。

 私達は噂となっている現象も敵も見つけられないまま目的の階層へと到達していた。


「今回の収穫はホブゴブリンとグレムリンか。リッチでも狩れたら最高だったのにな」


 格闘家のデデルがリュックの中を確認しながらぼやいている。

 魔導士であるマインが壁に背中を預けながら答えた。


「二十六から二十八のことを言っているなら反対だ。あそこはアンデッドがウヨウヨしている危険地帯だぞ。もし事件の原因があるとすればその三層だろうが、下手をすればこっちが全滅だ」

「あっしもマインの意見に同意ですぜ。レイナが居るとしても深入りするのはヤバイと思いやす」


 盗賊と暗殺専門のコビーが、そう言いながらキセル煙草を吸っている。

 私は話しを聞きつつ腕を組んで壁に寄りかかっていた。


 このままでは任務を未達成で帰還してしまう。

 それでは英雄としての面目が保てないと思われた。

 私は陛下にどのような任務も必ず達成すると誓ったのだ。

 武の頂点として何が何でもこの事件を解決しなければならない。


「転移の神殿を見つけた後、二十八階層へと戻るつもり。帰還の道筋さえ確保すれば任務は続行できるはずよ」

「ここから戻ると!? そりゃあ危険すぎますぜ! あっしらもレイナもここまで戦い通しじゃないですか!」

「承知しているわ。でもこの任務を引き受けた以上は、手ぶらで帰るわけにはいかない。私にも英雄としてのプライドはあるの」


 リーダーである私の一存で、パーティーは二十八階層へと戻ることとなった。

 だが、前触れもなく私達に魔の手が向けられる。


「危ない危ない。せっかくの獲物を逃がすところだった」


 声に振り向くと通路の先に見知らぬ男性が立っていた。

 いつの間にやって来たのだろうか。全く気配がしなかった。

 男は青白い皮膚に充血した眼をしており、黒い髪はオールバックに整えられていた。紫色の唇から見える歯は犬歯が異常に尖っており、男が呼吸をするだけで血の臭いが充満する。身につけている黒い紳士服が、その異質さを引き立てていた。


「誰? どうしてこんなところに――」


 声をかけようとした直後、男の姿は一瞬にして消えた。


「ぎゃぁぁあああ!?」


 マインの叫び声に目を向けると、そこには仲間の首に噛みつく男の姿があった。

 私とデデルは反射的に武器を構える。

 ドサリと血の気を失ったマインが放り捨てられた。


「ふはははは。ヒューマンごときで私に勝てるかな?」


 額から玉のような汗が流れる。

 奴は十中八九ヴァンパイアだ。

 そして、恐らく連続行方不明事件の犯人。

 相手が魔物だったなんて想定外だ。


「コビー、もしかしたら私は勝てないかもしれない。だからせめてこれを家族に渡して」


 私はペドロの剣を後方に居るコビーに放り投げる。

 だが、彼はすぐには拾おうとはしなかった。


「形見のつもりならお断りですぜ。生きて帰ると四人で話したじゃありやせんか」

「ごめん。多分そうなる。あんたには悪いけど、私の代わりに家族に謝っといて」

「ひどいですぜ。あっしだけ生き延びろってことですかい。あっしも戦わせてください」

「いいから行って! 奴があんたを獲物にする前に!」


 コビーは剣を拾い上げると通路を走り出した。

 恐らく彼だけは上手く逃げられるはず。

 なぜなら隠密効果のあるスキルを保有しているから。

 神殿を使って無事に地上に戻って欲しい。


「くはははは、小男が逃げたか。奴の血は不味そうだったからどうでも良い。貴様らさえ逃げなければ私は満足だ」


 ヴァンパイアはコビーを最初から見ていなかったようだ。

 逆に好都合。彼が地上に出れば、きっと国にヴァンパイアの報告をしてくれるはず。

 そうなれば何かしらの対策を上層部は立ててくれるだろう。

 私はもう一本の剣を抜いて敵と相対する。


「レイナ、地獄の底まで付き合うぜ」

「冗談。ガチムチの暑苦しい男と地獄まで一緒だなんて本当に地獄よ」

「はっ、言えてるかもな」


 私とデデルは笑みを浮かべながらヴァンパイアへと立ち向かった。



 ◇



 そこで目が覚めた。

 記憶にはない誰かの記憶。もしかすれば生前の自分だったのかもしれない。

 だが、今はご主人様の忠実なしもべだ。


「スケ太郎、タレをもう十本頼む」


 目の前でご主人様が焼き鳥を注文する。

 密かな副業として街で焼き鳥屋を始めていたのだが、最近になってご主人様に見つかってしまったのだ。おかげで売り上げは飛躍的に伸びている。なんだかんだ言いつつもご主人様は飲み食い代をちゃんと支払ってくれるのだ。


「珍しく寝ていたようだが、スケルトンも疲れがたまるのか?」


 不意に質問された。

 自分はそうじゃないことを伝える。

 寝ていたと言うよりは突然に記憶が蘇ったと言うべきか。

 そんなことを考えつつ、串肉にタレを付けてもう一度焼く。


 今さら誰だったなど関係ない。

 自分はスケ太郎だ。アンデッドとして生きている。


「しかし、前々から気になっていたのだが、魂喰ってスキルは本当に魂を食うのか?」


 ご主人様の質問に首を捻った。

 正直、どう答えて良いのか分からない。

 なぜならアンデッドとして生を受けた以前の記憶は全くないのだ。

 自分を含めたアンデッド自身、どのようなスキルなのか正確に把握していないと思われる。

 ただ、スキルを使用したときに感覚だけはあった。それが魂なのか記憶なのかは不明だ。


「ま、考えても仕方がないか。酒をもう一杯頼む」


 ご主人様の注文に応えて、自分は酒瓶を抱えてコップに注ぐ。

 もしここが地獄ならレイナは意外と幸せなのかもしれない。

 そんなことを思いつつ今日も仕事に勤しむ。



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