閑話 ペロと呼ばれたコボルト


 両親は生まれた時にはもういなかった。

 だから群れの大人達が気まぐれにくれる食べ物を食べて、僕はなんとか生き長らえていた。

 正直、お腹いっぱいに食事をしたことはない。

 誰かが食べ残したもので空腹を紛らわせるだけ。

 だからお腹いっぱいに食べ物が食べられたら幸せだなとずっと思ってた。


 そんな僕がいるコボルトの群れは、中央グループと呼ばれる最大規模の集団だった。

 群れを率いるリーダーは変異コボルトだ。

 彼は力も強く頭も良かった。そして、なにより統率力があった。

 多くの大人のコボルトはそんな彼に憧れて従っていたんだ。

 もちろん僕も彼には憧れを抱いていた。

 なぜならコボルトは強き者に惹かれる本能があるからだ。

 それは僕も例外じゃなかったんだ。


 話を変えよう。

 基本的に僕は鼻を押さえて一日を過ごす。

 これはバームの樹の臭いが耐えられないからだ。

 群れが中央グループと呼ばれる由縁は、バームの樹を中心とした箱庭の中央で集落を形成しているからだ。臭いを気にしないコボルトはそれで良かったかもしれないけど、柑橘類の香りが苦手な僕には苦痛だった。

 特に樹に実る果実から発散させる香りは強烈に鼻をむずむずさせる。

 だから僕の住処は群れから離れた場所に作っていた。


 ある日、僕が集落へ行くとグループは壊滅状態だった。

 大人達は無残に殺されリーダーである変異コボルトが怒り狂っていた。

 僕はその光景にただただ呆然と立ちつくした。

 唯一理解できたことは敵が集落を襲ったと言うこと。

 たった一体の敵によって二十以上の仲間が殺されたことだけは、当時の僕でもどうにか理解できた。だから、とんでもなく大きく恐ろしい敵が、大人達を殺したのだと思った。


 次の日、リーダーである変異コボルトも殺されてしまった。

 僕は恐怖した。どれほどの怪物がこの地へやって来たのか考えるだけで震えた。

 いずれその怪物はいずれ僕を捕まえて食べるに違いない。

 そんな事を考えて住処で隠れていた。


 結論から言うと怪物は僕の所へは来なかった。

 それどころか待てども待てども空腹にさいなまれるだけ。

 怪物は何処かへ行ったのだろうと判断して僕は食料探しを始めた。


 生き残った大人や子供は、別の群れと合流しているはずだった。

 普通なら僕もそっちに行くべきだろう。

 でも、再び怪物が群れを襲わない保証はなかった。

 だからあえて一人だけで生きることを選んだんだ。

 今思えば一人だからといって襲われない保証もなかったんだけど、僕は正解を引き当てたような気がしていてあまり深く考えていなかった。


 食料探しは難航した。

 子供である僕が得られる物なんてせいぜい果物くらいだ。

 肉が食べたい。肉を食わせろ。コボルトとしての本能が僕を苦しめた。

 もしかすれば両親がいればもっと上手く狩りができたのかもしれない。

 父親に狩りの仕方を教えてもらっていれば、一人でもどうにか小さな獲物くらいは得られていたかもしれないのだ。

 そんなことを思うたびに、僕の心はひどく落ち込んだ。


 そんなある日、僕は見たこともない生き物と出会った。

 コボルトのような体毛がなく身体に変な物を沢山付けている。

 それに指には鋭い爪もなく、口にも肉を食いちぎるための牙がなかった。

 そいつらは僕を見ると笑顔になった。


「柴犬みたいな顔をしたコボルトだな。可愛いじゃないか」

「そうかしら? コボルトの子供って皆こんな感じだと思うけど?」

「よしよし、こっちにおいで。肉が欲しいならやるぞ」

「ちょっと、私の話を聞きなさい!」


 二匹の生き物は不思議な鳴き声をあげていた。

 一匹は頭が黒くもう一匹は金色だ。

 ただ、敵意はないように見えたし、二匹の内の頭の黒い方が僕に向けて肉らしき物を差し出していた。

 警戒心が一瞬で吹き飛んだ。

 多分、それだけ僕は肉に飢えていたのだと思う。

 受け取った肉を口に含むと、生肉とは違った歯ごたえのある弾力と旨味が、僕の脳みそに直撃したんだ。なんて美味しい肉だって。

 今まで食べたどんな肉よりも美味しかった。

 なんというか美味しい部分が固まった感じだ。

 無我夢中でそれを囓った。


「美味しいか? ほれ、もっとあるぞ」


 不思議な生き物は次々に僕へ肉を差し出す。

 それを受け取って口に入れると、今までにないくらい幸せな気持ちとなった。


「それじゃあ、またどこかで会えると良いな」


 頭の黒い生き物は手を振って去ろうとする。

 僕はついて行けばもっと肉がもらえると思って足にしがみついた。


「肉はもうないぞ。そんなに干し肉が気に入ったのか?」


 鳴き声に僕は鳴き声で応える。

 連れて行って。一人にしないで。

 すると頭の黒い生き物は僕の頭を撫でてから笑う。


「よし、じゃあお前は今日からペロだ。時々、ここへ来てやるから今日は勘弁してくれ」


 ペロ。その言葉が妙に耳に残った。

 その時の僕はそれが名前なんて考えもしなかったんだ。

 だってコボルトには名前を付ける習慣がなかったから。

 結局、二匹の生き物はそのまま去ってしまった。

 ただ、その日の僕は心が満たされたようで幸せだった。


 それからは度々、あの二匹の生き物が住処の近くを通るようになった。

 もちろん匂いを覚えているので、通りかかればすぐに会いに行く。

 黒い頭の方は僕を見ると笑顔で頭を撫でてくれる。

 金色の方も撫でてくれるけど少し遠慮がちだ。

 僕はいつも通り肉をもらって幸せな気持ちになる。

 その後、黒い方に抱きつくとその匂いが心地よくてもっと幸せな気分になった。


「それじゃあな。ペロ」


 だけどいつも二匹は肉を与えてから去って行く。

 僕も連れて行って欲しい。もっともっと幸せな気持ちになりたい。

 必死でしがみつくが引きはがされて置いて行かれる。

 次だ。次こそ連れて行ってもらおう。

 そう決意した。


 次に二匹と会った時はいつもとは違っていた。

 黒い頭が肉を差し出してから水を差しだしたのだ。

 僕はそのキラキラと光る水に、恐ろしいと言う感情を抱いた。

 理由なんて分からない。とにかくその水は恐怖そのものなのだ。

 でも、黒い頭は僕に笑顔で差し出したまま。

 そこでとある事に思い至った。

 この水を飲むかどうかで僕を群れに加えるか試しているのだと。

 だったら飲むしかない。

 今度こそついて行くと決めていた。

 意を決して飲み干せば、まるで火を飲み込んだように喉や胃が焼ける。

 熱は身体全体にまで広がり。すうぅと思考がクリアになった気がした。

 そして、僕は聖獣となった。


 その後は話すまでもないかもしれない。

 無事にホームレスの一員となってお父さんの子供になったんだ。

 ただ、この話には少しだけ続きがあってね。

 実は僕は、初めてお父さんと出会った時に、すぐに変異コボルトを殺した存在だと分かったんだ。

 なにせ僕は鼻が良い。敵の匂いくらいは一瞬で記憶できるのさ。

 それでも近づこうと思ったのは、お父さんにあまりにも敵意がなかったからかな。

 加えて僕らコボルトは強い者を好む本能がある。リーダーを殺した相手に群れを率いる素質があれば、僕らコボルトは自然とその相手に従ってしまうんだ。


 でも、お父さんを好きなのは本能じゃない。僕の意思だ。

 あの日、干し肉をくれたお父さんだったからこそ僕は着いていきたいと思えた。

 今では田中ペロと言う名前に誇りを感じているよ。


 ああ、ちょっと話が長くなったね。

 それじゃあ冒険のお話はまた明日。

 おやすみ。



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祝・緊急重版決定!!

皆様のおかげです!ありがとうございます!

引き続きホームレス転生と徳川レモンをよろしくお願いいたします!


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