閑話 エルナの転機


 ズシャッと斧が勢いよくアーマーボアを切り裂いた。

 鮮血が滴り落ちて床をみるみる濡らす。

 だけどまだ戦いは継続している。三頭の内の一頭がやられただけだ。

 二頭の猪は仲間を殺されたことで怒り狂い興奮していた。


「おら、かかってこいよ! 二匹まとめてぶった切ってやるぜ!」

「ダルさん挑発しないで。ロイ、魔法の準備はできてる?」

「いつでもいけるよ」


 ダルが二頭の注意を引きつつミーナが中距離から攻撃を仕掛ける。

 敵が興奮状態になったところで、ロイの魔法で最大の好機を作ると言う流れだ。

 背中に堅い甲羅を備えた猪は、こちらの狙いに気が付かないまま砲弾のごとくダルへと飛び出た。

 すかさずロイが魔法を行使する。


「ロックウォール!」


 床から出現した分厚い岩の壁は、猪の出鼻をくじいて粉砕した。

 突進攻撃に自信のあるアーマーボアでも岩に追突して無事では済まない。

 脳震盪を起こしてふらついているところへ、ダルが斧を大きく振りかざした。


「どっせい! もう一匹もこいつで終わりだ! エルナ!」


 最後の一匹もとどめを刺したところでドワーフ親父から声がかかる。

 すでになれた作業だ。三人が魔獣を解体した後、私が素材をリュックに入れるのだ。

 もちろん詰め込むだけの簡単なものではない。

 魔獣の素材はあらかじめ持ってきていた麻の袋へと分別して入れる。

 こうすることで血や臭いが抑えられ、なおかつどこに何があるのかもすぐに分かる。それに取捨選択も私の仕事だ。捨てるものと残す物を考えて常にリュックの中に余裕を持たせるようにしなければならない。

 そして、リュックの中の食料や水の管理と把握もこなさなければならない。


 私は別の素材を床に捨ててから猪の甲羅や皮をリュックに押し込んだ。

 その様子を見ていたダルが、感心したように何度も頷く。

 ロイもミーナも目を合わせていたので私は違和感に首を傾げた。


 ◇


「お前はクビだ」


 エールの入ったジョッキをテーブルに置いてダルがそう言った。

 数時間前までいつものようにダンジョンへと潜っていただけに、彼の発言は青天の霹靂と言っていいほどの衝撃だった。

 私はテーブルを叩いて問い詰める。


「どーいうことなのよ! 私はいつも通り荷物持ちとして仕事をこなしたわ! それ以外にだってサポートはやっているし、クビにされる理由が分からない!」

「まぁ落ち着け。別におめぇに不手際があってこんなことを言い出したんじゃねぇ」

「じゃあなんなのよ! 半端なことを言ったらその髭を引きちぎるわよ!」

「お、おう……」


 だけど、ダルは言い出しにくいのか頭を何度も掻いて口ごもる。

 結局、見かねたロイが話しを切り出した。


「僕たち王都に拠点を移そうかと考えているんです」

「初耳だわ。じゃあ私も王都に――「駄目だ」」


 ダルが言葉を遮って拒否をした。


「おめぇはマーナで冒険者を続けろ」

「一体何なの。私が大地の牙から離脱しなきゃいけないなんておかしいわよ。邪魔に感じたのなら素直にそう言いなさいよ」

「ちげぇよ。ちゃんと話を聞け」


 真剣な表情のダルに私の怒りは少しだけ冷める。

 普段はふざけたドワーフ親父だけど、こういった時の彼は嘘も冗談も言わない。


「俺達は別におめぇに不満があるから外すわけじゃねぇ。むしろ死んで欲しくねぇからクビにするんだ」

「どう言う意味?」

「これから先、大地の牙はデケェ仕事を受けることになるだろう。そうなった時、俺達はおめぇを守りながら戦える自信がねぇ。むしろ俺達ですら死ぬ確率が高いんだ。そんなところに戦う力もねぇおめぇを連れて行けるわけねぇだろ」

「不満はないけど足手まとい……なによそれ……」


 悔しかった。せっかく仲間になれた三人と離れるなんて。

 それもこれも私に実力がないから。結局、荷物持ちは何処まで行っても荷物持ちなのだ。

 涙が出そうになったけど、ぐっとローブを両手で握って我慢した。

 ダルはエールを一口含んでから話しを続ける。


「俺はおめぇに一人でも生きてゆける術は与えたぜ。それを活用するときじゃねぇのか。いつまでも俺達のケツを追っかけているようじゃ、本当の意味で一人前の冒険者とは呼べねぇぜ」

「一人前の冒険者……」


 そうかもしれない。まだ私は未だに半人前だ。

 三人がいなければ生きてゆけないなんてとても冒険者とは呼べない。

 だったらクソドワーフの言う通り一人前になってやろうじゃない。一人で立派に仕事をしてマーナで生活をするの。そして、いつか魔導士として華々しくデビューを飾り、目の前の頑固ドワーフにフレイムバーストを直撃させてやるの。

 名案だわ。大丈夫やれる。


「後で私が離脱した事を後悔するのね」

「へっ、口の減らねぇ小娘だ」


 ダルはニヤリと笑って酒を飲んだ。

 その後、私達はこれから歩む道を祝って乾杯を交わした。

 別れは寂しいけどこれもまた冒険者の定めなのかもしれない。

 だからせめて笑顔で送り出したい私はそう思った。


 ◇


 大地の牙と別れて一年が経過。

 私は大きな過ちを犯した。

 最近は専門の荷物持ちとして名が知られてきたから油断していたのかもしれない。

 とあるパーティーの仕事を引き受けたのが運の尽きだった。

 彼らは危険極まりないモヘド大迷宮の十九階層で全滅してしまったのだ。

 なんとか私だけは逃げることに成功したが、地下からの脱出はほぼ不可能だった。

 ようするに終わりだ。ここで私の人生は終了。

 こうして眠っている間にオークに食べられる事を祈る。


「ふぁ?」


 ふと、眠りから目が覚めた。

 幸いなことにまだ魔獣に襲われた感じはしない。

 私は薄暗く冷たい通路に座ったままだった。

 ……ちょっと待って。何か変だわ。

 奇妙なことにすぐ近くで人の気配がした。

 ここには私一人だけのはず。だとすれば魔獣しかいない。

 恐る恐る横を見ると、そこには一人の青年が立っていた。

 人間だ! こんな場所で人に会えた!

 喜びのあまり私は男に飛びついた。


「ありがとう! 貴方に会えて本当に良かった!」


 心の底からそう思った。

 だって広大な大迷宮の十九階層で人と出会えるなんて奇跡に近い。

 絶望に染まっていた私の心に希望の光が差し込んでいた。

 が、顔の彫りが浅い青年は、私の背中をさすりながらデレデレとした表情になっていた。

 身の危険を感じたので素早く退いた。


 しまった。こんな場所で若い男と二人きりなんて危険だったわ。

 私はすごく可愛くて綺麗だから変な気にさせてしまったかもしれない。それに脱出を口実に身体の関係を迫ってくるかも。

 美し過ぎたことの罪ね。

 少し驚いちゃったけど股間がそれを証明しているわ。


「β§*Ψ。ΘξΦ」

「あれ、もしかして言葉が通じないの」


 青年は申し訳なさそうに頭を下げた。どうやら悪い人でははないようだ。

 そんなことよりも言葉が通じない事の方が大問題だった。

 ひとまずにっこりと微笑みかけて心の広さをアピールする。

 ここで彼を逃がせば私の命はないも同然。

 言葉が通じないくらいで突き放すわけにはいかなかった。

 すると彼は背負っていた二つのリュックの一つを私に差し出した。


「これって私の!? まさかあそこを通ったの!?」


 リュックはオークから逃げるために捨ててきたはずだ。

 なのに目の前の青年は平然とした表情をしていた。

 もしかすると彼は恐ろしく強い冒険者なのかもしれない。

 私は彼にオークをどうしたのかとジェスチャーで聞くことにした。


 ガオガオと声を出して熊のような仕草をする。

 次に何かを食べる仕草。最後にリュックを指さした。

 意味はオークに食べられずにどうやってリュックを手に入れたのかだ。

 すると彼は、剣を振ってから次は倒れるような仕草をする。最後にリュックを指さした。


「オークを倒した!? 何者なの貴方!?」


 声を荒げて興奮してしまった。

 だって私と変わらないほどの歳で、中級パーティーに匹敵する戦闘力を持っているなんてまさに逸材。天才と言っても良い。

 彼は満足そうに頷くと何故か立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って! 置いてかないで!?」


 もうなんなのこの人! 助けてくれるんじゃないの!?

 必死で腕を掴んで引き留めると、青年は首を傾げて不思議そうだ。

 分かった。この人、ド天然だわ。間違いない。

 私が置かれた状況を何一つ理解してない。

 とにかく地上まで送って欲しいとジェスチャーすると、彼はようやく何かに思い当たったのか納得したように頷く。

 そして、快く私の要望を引き受けてくれたようだった。


 こうして私は、謎の青年タナカシンイチと地上を目指すことになった。

 だが、まさかこの出会いが人生を大きく変える事になろうとは、この時は想像すらしていなかった。



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こんばんは。作者の徳川レモンです_(:3 )∠)_

本日更新した近況ノートにて、ホームレス転生の書籍版とWeb版の違いをやんわりと雑に説明しています。

興味のある方は、ぜひそちらにも目を通してみてください。


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