閑話 エルナの苦悩
日も出て間もない早朝。
私は橙色のローブの上から白いカーディガンを羽織ってギルドへと向かっていた。
時刻はまだ朝の五時だ。それでもマーナではちらほらと人が歩いており、市場ではすでに開店している商店が目に入る。
「ふははははっ! そこのエルフのお嬢さん! 今日は熟したアプーがあるぞ! 朝食にしたければ買わせてやっても良いぞ!」
「……じゃあ一つだけ」
「毎度あり! 存分に甘い果実を味わうと良い!」
上半身裸の男性が経営する青果店で私は赤い果実を購入した。
正直、このアーノルド商店には近づきたくないけど、市場の中で最も早く開店し最も品揃えが良くて新鮮な商品を出しているので買わざるを得ない。ただ、意外にも近所のおばさん連中には店主のアーノルドは人気だ。理解できない。
市場を抜けてギルドへ到着すると、入口前にある階段で腰を下ろした。
すでに何人かの冒険者が私と同じように階段に座り込んでいるけど、いずれも剣士か格闘家だ。魔導士なのは私だけ。
「やっぱり商品だけは良いのよねぇ」
アプーの実を囓りながらぼやく。
店主の言っていた通り熟していて甘い。心地の良いシャクシャクした食感は、もう一個買えば良かったと後悔させるほどだ。とは言っても生活費を考えると食費にそこまで割くわけにはいかない。私は絶賛倹約中なのだ。
日が昇り始め辺りが暖かくなり始めるとぞろぞろと人が集まりだす。
もちろん冒険者達だ。
屈強な男性や女性が話をしながらギルドが開かれるのを待っている。
彼らの目的は、ギルドに掲示される新しい依頼を受ける事だ。
依頼は基本的に一日に三回更新され、その中でも朝の依頼は激しい争奪戦となる。理由は簡単。難易度が低いものが張り出されやすいので、自然と実力の低い冒険者達は朝に仕事を探しに来るというわけだ。
でも私は違う。ここにいる目的は依頼の為ではない。
「そろそろかな」
水筒の水を少し飲んでから、街に建っている時計台に目をやった。
時刻は午前五時半。そろそろギルドが開かれる時間だ。
そう思ったところで扉が開かれて、五十人ほどの冒険者が建物の中へとなだれ込む。
私も後を追いかけるようにしてギルド内へ入ると、掲示板の前ではすでに冒険者同士の奪い合いが始まっていた。
「それは俺が受ける依頼だ! 横取りすんな!」
「なんだとこの野郎! こっちが先に取ったんだから横取りはお前だろ!」
「あ!? コラ! てめぇより先に触れていたんだよ! 言いがかりはやめろ!」
「ちょっと! そのスライムの討伐は私のだよ!」
「やめて放して! 防具が壊れちゃう!」
「ちょっとばかしスライムみたいな大きな胸して! 引きちぎってやる!」
目も当てられない醜い争い。
けど、これが冒険者の日常だ。
いつものことなので止める者は誰もいない。ギルド職員ですら喧嘩は自己責任というスタンスを貫いている。さすがに殺し合いにでもなれば止めに入ると思うけど、冒険者達もやってはいけないことはわきまえているのかそこまで発展することはあまりない。
私は設置されているベンチへ座ると、しばらく掲示板前の様子を観察することにした。
「よーし! 俺が取ったぞ! さっそく依頼を受けようぜ!」
四人組のグループが一枚の依頼をゲットしたようだ。
顔や言動から見るに私と変わらないくらいの年代と判断した。
パーティー構成も剣士、格闘家、大盾使い、槍使いとタイミング良く魔導士が欠けている。
彼らが正式に依頼を引き受けたところで私は駆け寄った。
「もしよろしければ私を仲間に加えていただけませんか!」
「あん? その格好……中級魔導士!? しかもエルフじゃん! いいよいいよ! ウチに入りなよ! ちょうど魔導士を探してたんだよな!」
リーダーである青年はにこやかな表情で私を迎え入れてくれた。
けど、問題はここからだ。
大体の人はエルフに魔導士と言うだけで快諾してくれる。
「それで……実は初級魔法しか使えないのですけど……」
「あ、この話なかったと言うことで」
青年は真顔であっさりと拒否した。
彼らがギルドから出て行ったところで私はがくっと膝を折る。
まただ。また断られた。
マーナに来てすでに一ヶ月だけど、未だにパーティーをまともに組んでくれる人がいない。
誰もが私の魔法を知ると即刻クビにするのだ。
幸いなことにいくつかのパーティーには同行させてもらえる事もあったが、それは荷物持ちとしてであり私が望む魔導士としてではない。おかげで生活は毎日が火の車で、細々と内職などをしながら生き長らえている。
こんなはずじゃなかった。
新しい場所で新しい生活が華々しくスタートして、私の眠れる力もすぐに目を覚ますと思っていたのだ。あまりに現実は過酷だ。
「なんでぇい、しけた面してんなぁ」
どかっと私の横に誰かが座った。
横を見れば小柄な中年親父がにやけた髭面で私を見ている。
「げっ、ドワーフ!」
「それはこっちの台詞だ。エルフ風情がドワーフを呼び捨てにしてんじゃねぇ」
「良い度胸ね! 短足親父! 喧嘩なら受けて立とうじゃない!」
腕をまくって目の前のドワーフを殴ろうとすると、誰かに羽交い締めにされた。
必死でジタバタするが、後ろにいる人物の力が強いためにふりほどくことができない。
それを見て髭面の親父は腹を抱えて笑っていた。
こんのぉクソ親父! 絶対にぶん殴ってやる!
「落ち着いて。ダルさんの挑発に乗せられないでよ」
「へ? 女の子?」
振り返ると羽交い締めをしていたのは綺麗な顔立ちの女性だった。
髪は若草色で後ろでリボンでくくり、垂れた前髪が知性的で大人っぽい印象を与えていた。
「ドワーフとエルフは仲が悪いと聞いていましたが、ここまでお互いに喧嘩腰なるとは思っていませんでした」
そう言葉するのは女性の真横にいる男性だ。
女性と同じような若草色の髪をしており、魔導士らしく橙色のローブと帽子を身につけていた。色から察するにどうやら中級魔導士のようだ。
ちなみに私は初級魔導士なので本来は黄色いローブを身につけなければならないが、どうしても見栄を張りたくて橙色のローブを身につけていた。彼は偽物の私とは違う本物というわけである。
私が落ち着いたところで女性は解放してくれた。
すぐにでも腹の立つドワーフを殴りたいところだが、また羽交い締めにして止められるだけなので諦める事にする。
それよりもこの三人は私に用があるように見えたのが気になった。
「何の用? 私をからかうつもりならファイヤーボールを撃つわよ。初級魔導士でも火傷くらいは負わせられるんだから」
「ちげぇよ。パーティーに誘おうと思って声をかけただけだ」
え!? パーティー!? なんで!?
ドワーフ親父の言葉に私は混乱する。だってこの三人がパーティーなら、すでに中級魔導士がいるじゃない。そりゃあ魔導士が複数在籍するパーティーもないこともないけど、中級と初級を構成に組み込む意味が分からないわ。
「あー、やっぱり勘違いしちゃったじゃない。言い出したのはダルさんなんだから、ちゃんと説明しなさいよ」
「わかったよ。これだから頭の悪いエルフは困っちまうなぁ」
おぉん? やろうってのクソドワーフ。
さっきは邪魔されたけど今度こそぶちのめしてやるわよ。
再び腕をまくろうとしたところで、目の前のドワーフが背負っていたリュックをドンッと床に置いた。
「荷物持ちとして正式にパーティーを組んでやる」
「はぁ? 荷物持ち? ふざけないで。私は魔導士として――」
「理想を語るのは良いが現実を見たらどうだ。小娘」
ドワーフの真剣な表情に私は圧されて黙った。
「実はこの数日間おめぇの事を見ていた。こう言っちゃなんだが、おめぇには実力よりもまず冒険者をやる覚悟がねぇ。考えても見ろ、冒険者ってのは命を張って金を稼いでいる。当然、仲間にするのはその命を預けられる奴らだ。おめぇにその価値はあるのか? 知識は? 技術は? 生き残る術は? 何一つ感じられねぇんだよ。だから魔法すら使えないおめぇは誰にもスカウトされねぇ」
言い返せる言葉が出なかった。
その通りだったからだ。私には冒険者としての自覚も覚悟もなかった。
ただ、魔導士としての成長だけを望んでここに来た。それだけだ。
ドワーフはニカッと笑った。
「自己紹介が遅れたが、俺は大地の牙のリーダーをしているダル・ラ・ケブラってんだ。ダルって呼んでくれ。そんでもってそっちの魔導士がロイ。槍使いがミーナだ」
「大地の牙……そう言えば最近、中級に昇格したパーティーでそんな名前があったような……」
「おう、そりゃあ俺達のことだな。まぁ荷物持ちとして雇ってやるから、しっかり冒険者のイロハを覚えろよ。落ちこぼれエルフ」
「くっ……よろしくお願いします……」
エルフの私を虐めたいだけだ。そうに違いない。
それでもここは素直に感謝しておこう。少しでも冒険者として生きてゆけるように勉強させてもらうのだ。
それに不思議とダルと一緒に冒険する事に嫌な気はしなかった。
口は悪いし態度もでかいけど、優しさみたいなものものをほんのちょっぴり感じたからだ。
うん。一ミリくらいかな。ドワーフにしては良い奴なのかも。
こうして私の冒険者ライフはようやく動き出した。
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