閑話 エルナの旅立ち
私は手当たり次第に荷物を詰め込む。
今日は待ち望んだ旅立ちの日だ。
ずっしりと重くなったリュックを背負ってふらつきながら立ち上がると、愛用の杖を握ってとんがり帽子をかぶる。
鏡で確認すれば眩い程の美少女がこちらを見ていた。
そう、その美少女は私。これから大魔導士と呼ばれるようになるエルナ・フレデリアだ。
「鏡の前でニヤニヤして気持ち悪い」
振り向けば妹のクララがベッドの端に腰掛けたままこちらを見ていた。
ポニーテールに黄色いワンピース。私と似た容姿は美幼女と言うに相応しい姿だ。
手持ちには分厚い本が開かれており、背表紙には『サナルジアとエルフの歴史』と書かれている。
「鏡の前でどんな顔しようが私の勝手でしょ」
「そうだけどやっぱり気持ち悪い。ところでお姉ちゃんが背負っている大きな荷物は何?」
「ふふん。私はこれから大魔導士となる為の旅に出るのよ」
「へー、何処に行くの?」
「秘密」
「……」
クララは哀れみを含んだ表情で私を見ていた。
魔法の才能がない私に同情でもしているのだろう。
妹のクララも姉のメリッサも私とは違って優れた才能とセンスを持っている。
名家であるフレデリア家においてそれは標準的な能力だ。
十才になれば上級魔法は使えて当たり前だし、二属性や三属性を保有した子供が生まれる事も珍しくない。
それなのに私は辛うじて二属性持ちであるものの習得魔法は初級止まりだった。
今ではそれが原因で、フレデリア家の恥さらしと街で囁かれているほどだ。
「私は新しい場所で新しい出発をするの。秘めた才能を引き出すには、新たなる刺激が必要なのよ」
「お姉ちゃんは今でも刺激的な毎日を送ってる気がするけど?」
「馬鹿ねぇ。街で嫌みを言われるくらいで才能が開花するわけないでしょ。冒険よ冒険。命の危機にさらされる事で私の真の力は解放されるの。こんな場所じゃいつまでも目覚めないわ」
「ようするにこの国から逃げ出すのね。分かった」
話を終えて妹は本に目を落とす。
相変わらず生意気な妹だ。表では良い子ぶっているくせに本当は性格が悪い。
そこへドアを開けてメリッサお姉様が部屋へ入ってきた。
私の姿を見るやいなやお姉様は眼を大きく見開く。
「どうしたのその荷物。どこかへ旅行?」
「違うわよ。私はこの国を出るの。そして、ムーア様のような大魔導士になって見せるわ」
「ああ、とうとう限界が来て逃げ出すのね」
「そうだけどそうじゃなーい! お姉様もクララもいい!? 私は確かに魔法の才能がないけど、それはまだ眠っているだけなの! 二属性持ちだし魔力だって豊富だわ! どう考えてもおかしいもの!」
お姉様は顎に人差し指を添えて考え始める。その姿はまさに美女だ。
メリッサお姉様は長い髪を後ろでまとめていて、普段着にしているピンクのドレスがよく似合っていた。特に私に似た顔立ちながら、ふっくらとしたピンクの唇が色気を放っている。姉妹の私でもドキッとしてしまう。
「エルナの言うことは理解してあげられるけど、私達は誉れ高きフレデリア家の姉妹なのよ? 一人で国を出るなんてお父様やお母様が許してくださるかしら」
「だから黙って出て行くの。お姉様やクララには悪いけど、私の事はいつの間にかいなくなったと言って欲しいわ」
「はぁ、昔から突拍子もないことを言い出す子だったけど今回は極めつけね。公爵家の娘が家出なんて大問題になるわ」
「家出じゃないわ。冒険の旅よ。とにかくお姉様から二人にはそれとなく伝えておいて。そうそう、これは私が書き置きした手紙ね。お母様に渡せばきっと大丈夫よ」
手紙の入った封筒をお姉様に握らせると、私は足早に部屋を出て玄関へと向かう。
その後、敷地を抜けて柵を乗り越えると、無事にフレデリア家から抜け出す事に成功した。これから一頭の馬を購入してローガス王国へと向かわなければならない。
現在はまだ正午過ぎ。
今から出発すれば夜までには隣町へ着く計算である。
私は顔を見られないように、帽子を深くかぶって人混みへと紛れた。
◇
森都ザーラを出て数時間が経過した。
日は傾き始め地平線に沈もうとしている。
私は馬を急かせつつ山道を走り抜ける。
「ふぅ、結構来たわね。ちょっと休憩しましょ」
開けた場所で馬を下りると、ちょうど良いサイズの岩に腰掛けて水筒の水に口を付けた。
すでに山頂だ。ここを越えれば隣町はすぐそこ。
リュックから一つの包みを取り出すと、布をほどいて微笑んだ。
屋敷の台所から拝借したクッキーが六つほど入っている。
サクサクとした甘い食感を楽しみながら、視界に映る景色をじっと見つめた。
「こんな場所でも御神木様って見えるのね。知らなかったわ」
離れた場所であるここからでも、サナルジアの象徴である世界樹が見える。
これから一人で生きていくのだと思うと心細さが胸に広がった。
ダメダメ! 私は王国で立派な魔導士となるの! その為には冒険者になって強くならなくちゃいけない! かのムーア様だって冒険者から身を立てたんだから!
弱気な心を振り払おうと首を横に振る。
ただ、寂しさと同時に悔しさもあった。
お姉様やクララにはああ言ったけど、やっぱり私のしていることは現実からの逃亡だ。
この国で生きて行く事に耐えられなくなったから理由を付けて逃げ出しているだけ。どうしてもそう考えてしまう自分がいた。
この国は絶えず私を誰かと比べようとする。
優秀な両親を持っているのだから当然と言えば当然だ。だけど、私にはそれがどうしても苦痛だった。だって私は周りが期待するような才能を持ち合わせていないから。
そのせいで何度失望されただろうか。
両親に。姉妹に。使用人に。街の住人に。教師に。同級生に。上げれば切りがない。
望んでもいないのにハードルが勝手に上げられ、飛び越えられなければ同情と侮蔑の目を向けられる。
誰も私の気持ちを分かってはくれない。
それでも私は認められたい。見返してやりたいと思った。
「強くなりたい。だから今は逃げる」
強く拳を握る。手の中のクッキーが砕けても力は緩めなかった。
いつか必ず私は大きな魔導士となって故郷へ戻ってくるのだ。そう決めた。
次第に太陽は地平線へと沈み始め空も大地も赤く染まる。
そこから見えるザーラは美しかった。
喜びも悲しみも与えてくれた私の故郷。
もしかするともう戻ってこられないかもしれない。
だからせめてこの目に焼き付けよう。
旅立ちの光景を心に刻み、私は出発するために馬に乗った。
そして、もう一度だけ故郷に目を向ける。
「行ってきます」
小さく呟いてから私は馬を走らせた。
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2月10日の本日。ホームレス転生がカドカワBOOKSから発売されました。
書籍化に伴い構成や設定などに大きく手を入れております。
興味のある方はぜひ書籍版を読んでみてください。
https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018020802
それとご報告がもう一点。近況ノートでもお知らせいたしましたが、書籍版が発売される事を記念して2月10日から2月16日までの一週間、毎日20時に閑話を投稿したいと思います。内容は3000文字前後と短めですが、本編に関わる登場人物達の視点を重点的に執筆する予定ですので楽しんでいただけたら幸いです。
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