百二十話 ジャガイモ君の復讐2


 儂は未だに巨大ジャガイモから逃げ続けていた。

 もちろんこれは勝てないからと言うわけではない。

 注意を引きつけることで№0を兵達から切り離す事が目的だ。

 その甲斐あって仲間達はジャガイモの大群を殲滅してくれた。


「問題はコイツか。どうやって仕留めるか悩みどころだな」


 正直、ここまで硬い奴だとは思っていなかった。

 本当に野菜かと疑いたくなるが、異世界で地球の常識と比べるのは愚かだろう。


「ニゲルナ。タタカエ。ソウゾウシュヨ」


 腹に響くような声で儂に語りかけるのは巨大ジャガイモ君だ。

 実は先ほどからこうやって挑発を繰り返している。

 どこで発声しているのかは不明だ。

 だが、中学生程度の知能を持っている時点で、人語を理解していることはわかりきっていた。そのおかげで驚きはほとんど無い。


「ジャガイモノワタシガコワイカ? グッグッグッ」


 手も足も出ない儂に愉悦を感じているようだった。

 野菜のくせにずいぶんと口数が多い奴だ。しかもいちいち尊大だ。

 もし奴が通常サイズだったら、ペースト状にしてカレーへぶち込んでやるだろう。いや、コロッケも良いな。キテ○ツ大百科のOP曲のごとく、キャベツを忘れたまま皿に盛ってやる。


 ただ、調子にのってくれるのは儂にとっても好都合だ。

 今は少しでもマーナから引き離したい。

 儂の狙いに気が付かない奴は最速で歩き続ける。


「どうして街を狙う! 儂が憎いのなら儂だけを狙えばいいだろう!」

「ワタシハ、ニンゲンヲホロボストキメタ。アノマチハ、ソノダイイッポダ」


 ジャガイモ君は儂も含めた人類に強い怒りを抱いたようだ。

 フライドポテトにポテトチップスにジャガバター。№0の目の前で分身はそれらを食べたに違いない。ジャガイモにとってこれほど残虐な光景があるだろうか。

 人類はジャガイモにとって害悪だと認識されても仕方のないことである。


 だが、もしそうだとしても殺されてやるわけにはいかない。

 儂は足を止めてジャガイモ君に拳を構えた。


「モウニゲナイノカ?」

「十分に距離は稼いだからな。言っておくがお前の軍隊はもう居ないぞ」

「ナニヲイッテ――ソンナバカナ!? ワタシノヘイシタチガ!!」


 振り返ったジャガイモ君は、仲間が無残な姿になっていることを知る。 

 今頃気が付いてもすでに遅い。人間の狡猾さを知らなかった故の大失敗だな。


「オノレ、ワタシヲハメタナ。ヒキョウナニンゲンメ」

「目の前の儂に囚われすぎた結果だ。さぁ第二戦を始めるとするか」

「ユルサナイ! ニンゲンメ!!」


 奴の右足が真上から迫り来る。踏みつぶす気のようだ。

 儂は竜化スキルに超人化改スキルを発動させると、落ちてくる壁を両手で受け止めた。ドスンと重低音が響くと、儂の両足はのしかかる重量によって地面にめり込む。


「でりゃぁあああああああっ!!」


 強化された力は百メートルもの人型ジャガイモを難なく投げ飛ばす。

 №0が顔面から地面に叩きつけられ大地は円形状に陥没した。

 だがこれで終わりじゃない。

 足を掴むと逆方向へと振り上げる。再び地面へと叩きつけた。

 十回ほど繰り返したところで放り捨てる。


「グ……ソウゾウシュノチカラガ、コレホドダッタトハ……」


 ふらつく身体でジャガイモ君は立ち上がった。

 巨体なら勝てると思っていたのだろうな。その判断の甘さがこの結果だ。

 ダンジョンを逃げ出したときに、大人しく身を潜めていれば良かったのだ。

 そうすれば長く生きられたかもしれない。


「なぜあのまま逃げなかった。復讐など考えなければよかったのだ」

「ワタシガタチアガラネバ、ニンゲンハジャガイモヲタベツヅケルダロウ。ソレダケハサケナケレバナラナイ。ワタシハジャガイモノラクドヲ、コノチジョウニツクリタイノダ」

「お前が復讐に拘るのは仲間のためといいたいのか」

「ソウダ。モウ、コロサセハシナイ」


 なんとも言えない複雑な気分だ。

 ある意味では的確に未来を予想しているのだからな。

 現在マーナではジャガイモの栽培を始めているのだが、そう遠くない内に一般的な食材として流通する事になるだろう。

 そうなったとき、奴の言っている時代は訪れてしまう。


「何を考えているのかはわかった。全ては知恵を与えた儂の責任だ」

「イマサラアヤマッテモムダダ。ワタシハ、ニンゲンノオソロシサヲシッタ。コノママミノガスコトハデキナイ」

「謝るつもりはない。なぜならこれから先も、人間はジャガイモを食べ続けるからだ」

「ソウゾウシュ!」


 怒りに満ちた視線が儂に向けられる。

 振り上げた拳はまるで大地を砕こうとするハンマーだ。

 対する儂も限界まで身体を捻り、右拳に渾身の力を込める。

 恐らく奴とは永遠にわかり合えることはないだろう。

 なぜなら儂はポテトチップスが大好きだからだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ウォオオオオオオオオオオオオオッ!」


 拳と拳が衝突した。

 半球状に衝撃波が広がり、空に漂う雲も吹き飛ばす。

 儂の足下は深く陥没、蜘蛛の巣状に亀裂が入った。

 互いの拳圧がせめぎ合い、エネルギーが逃げ場を求めて拳と拳の間でぶつかり合っている。奴の気迫は本物だ。儂を相手に一歩も退かないつもりらしい。


「どりゃあぁぁあああああああっ!!」


 更なる力を込めて拳を振り抜く。

 拮抗していた状況は破られ、ジャガイモ君の身体は遥か上空へと打ち上げられた。

 トドメは帝竜息だ。ここからなら地上に影響はないはず。

 大きく息を吸い込みブレスを吐き出そうとした。


射手座サジタリアス!」


 と、思った矢先にエルナの声が聞こえた。

 一筋の閃光がジャガイモ君の胴体を撃ち抜いたのだ。

 極太のレーザーと言えばいいだろうか。

 一瞬にして焼かれた奴は、香ばしい匂いを漂わせながら地上に落下した。


「ムネン……ダガ、イズレツギナルジャガイモガアラワレルダロウ」


 そう言い残してジャガイモ君№0は息絶えた。

 駆けつけたエルナは敵の亡骸を見てはしゃぐ。


「今の見た!? 私の新魔法よ! 風と光の属性を使って大樹の弓で撃ち出すの!」

「ああ、文句の付けようがない素晴らしい攻撃だった」

「でしょ! 大魔導士エルナ様にかかればあんなのイチコロよ!」


 彼女は新魔法の威力に上機嫌だ。

 横取りされた儂は不完全燃焼ではあるがな。

 しかし、奴が最後に言っていた言葉は気にかかる。

 次なるジャガイモとはどういう意味だろうか。


 そんなことを考えていると腹の虫が鳴いた。

 ジャガイモ君から香る美味そうな匂いが鼻腔を刺激する。

 儂は話し続けるエルナを放置してジャガイモに近づいた。


「こ、これは……!」


 ホクホクと白い湯気が立ち昇り、薄茶色の分厚い皮を剥げば下からは火の通った果肉が姿を現す。かつてこれほど色鮮やかな芋を見たことがあるだろうか。

 均一に火が通っておりはっとするような黄色だ。

 それでいて仄かに甘い香りが心を鷲掴みにする。


 儂はジャガイモ君の亡骸へ手を合わせた。

 決して忘れてはいけないのだ。命をいただいていることに。

 それがたとえ芋だろうとだ。


 感謝を捧げるとジャガイモ君へかじりついた。


「うめぇぇええええええええええっ!!」


 山羊のような声が出てしまった。

 芋特有のホクホク感に驚くほど柔らかい身。

 主張しすぎない甘みは、港で女性に別れを告げる旅の男のようにあっさりとしていた。

 リングからバターを取りだして乗せれば、最高のジャガバターが味わえる。

 やはり人類はジャガイモから卒業などできないのだ。

 儂の頬を濡らす涙がその証拠だった。


「すっごい美味しいわねこの芋。見た目は気持ち悪いけど味は一級品だわ」


 いつの間にかエルナももぐもぐと芋を食べている。

 しかも塩を片手にだ。


「それにしても量が多いな。儂らでは食べきれないぞ」

「じゃあ街へ持って行きましょ。これだけ美味しければ皆食べるわよ」


 それもそうだな。このまま腐らせるのは勿体ない。

 儂は巨大ジャガイモをリングに収めると、マーナの近くへ移動させることにした。



 ◇



 日が沈んだ草原では、何百本もの松明が煌々と照らしていた。

 そこに横たわるのはジャガイモ君だ。

 人々は彼の亡骸から身を削り取って席へと戻る。

 ここには五十を越える長机が設置されており、多くの者達が芋を酒の肴に楽しい時間を過ごしていた。


「大宴会。みんなずっと飲んでる」

「無料で芋が食べられるのだ。誰だって来るだろう」


 一気にエールを飲み下したところで芋を口に放り込む。

 何度食べてもやはり美味い。

 横に並んで座っているリズやペロやフレアも芋には満足しているようだ。


 今夜のマーナはジャガイモ祭りだ。

 とは言っても誰かが祭りを計画したわけではない。

 自然とこうなったのだ。

 発端はジャガイモの無料開放である。食べきれない芋を皆さんにお裾分けしますなどと言ったところ、街中から人々が集まったのだ。

 気が付けばテーブルや椅子が設置され、出店が開く状況となってしまった。

 そして現在は夜の九時だが、未だに街から芋をもらいに来る人が絶えない。

 人間を嫌ったジャガイモ君が人間に大人気とはなんとも皮肉な話だ。


 出店では大量の芋をカレーにしたりスープに入れて提供している。

 しかも超格安だ。材料費がタダなのでほぼ調理だけの値段なのだ。

 儂もカレーを食べてみたがなかなかの美味さだった。


「大魔導士エルナ! バンザーイ!!」


 声のする方へ視線を向けると、エルナが大勢から喝采を浴びていた。

 街を救った英雄として讃えられているのだ。

 経過はどうあれ仕留めたのは紛れもなく彼女。褒められるべき事である。

 ただ、心配なのは調子にのりすぎることだ。先ほどから伝説の大魔導士の再来などと言われ始めている為か、酒を飲むペースが異常に早い。

 机の上に立ってエールを呷る姿はもはやただの酔っ払いだ。


「ほら、もっと大魔導士って呼んで! 私はこの街を救ったのよ!」

「大魔導士エルナ様! バンザーイ!」

「そう、洗練された魔導術によって華麗にあの芋を倒したのよ!」

「大魔導士エルナ様! バンザーイ!」

「溢れる魔力と才能! そして全てを魅了するこの美貌を――あでっ!?」


 儂はエルナにゲンコツを落として席に引き戻す。

 喜ぶのは良いが浮かれすぎだ。全く。


「酷いじゃない。今日は私が主役なのよ。もっと楽しませて」

「他人に迷惑はかけるな。ようやく上がったホームレスの評判がまた落ちるだろ」


 涙目で頭を擦る彼女は「ぐぬぬぬ」と唸った。

 できればもう少し謙虚な態度で喜びを見せて欲しい。

 あれでは他の冒険者から無駄な反感を買ってしまうではないか。


「ペロ様見ましたか。私の勇姿を」

「うん、神通力も流星衝もすごかった。僕も強力なスキルが欲しいよ」

「なにをおっしゃっているのですか。これだけのモフモフがあればスキルなど不要。敵もモフモフさせてやれば良いのです。骨抜きですよ」

「モフモフへの絶大なる信頼感が怖い」


 頭を抱えるペロの胸毛を、さわさわとフレアが触っていた。

 その様子をじっと観察するリズ。何かにハッと気が付くと儂に言葉を発した。


「お兄ちゃんもモフモフされたい?」

「丁重にお断りする」

「でも息子がモフモフされると気持ちよさそう」

「変な言い方をするな、誤解されるだろ。だいたい儂にはあのような胸毛は生えていない」

「そうだった」


 儂は大盛況のジャガイモ祭りを見ながら酒を一口含む。

 誰もがジャガイモ君は、どこからか現れた新種の魔獣だと認識しているようだった。

 それだけに非常に申し訳ない気持ちである。

 故意ではないが結果的にマッチポンプとなってしまったのだからな。

 自分で作ったモンスターを退治して名をあげるなど、さすがの儂でも後ろめたさを感じてしまう。しかしながら今さら言い出せる雰囲気でもなく、仲間に向けられる住人達からの感謝の言葉を聞くと、儂は喉から出かかった真実を飲み込むしかなかった。


 死ぬまで秘密にした方が良いかもしれないな。

 儂はエールを飲みながら大きな溜息を吐いた。


 こうしてジャガイモ君騒動は幕を閉じたのだった。

 だが、後日とんでもない情報が舞い込むこととなる。

 それは生存するジャガイモ君の目撃情報だ。

 どうやら№0は全ての芋を兵にしたわけではなく、子孫を残すために数体を前もって逃がしていたようなのだ。そのおかげでジャガイモ君は淘汰されることなく繁殖を繰り返し、数年後には生息域が大陸全土ヘと広がった。

 新種の魔獣として図鑑に名を残したのは言うまでもない。




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