百十九話 ジャガイモ君の復讐1


 箱庭の畑へやって来た儂らは、すぐに分身から説明を受けることとなった。


「ジャガイモ君№26を殺した後に倉庫に運び込んでいたところで、荷台に縛り付けていたジャガイモ君№0がロープを切って逃げ出したのだ」

「その№0というのはなんだ?」

「全てのジャガイモ君の祖となる個体だ。№0のお尻から生み出される種芋を地面に植えることによってジャガイモ君は増えている。言わばクイーンのような存在だ」


 クイーンということは、ジャガイモ君ではなくジャガイモさんか。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。改造植物が地上に出れば大変なことになってしまう。見た目はただの動く芋だが、その生命力は半端ではないのだ。

 分身は話を続ける。


「まだダンジョンからは出ていないはずだ。あれがもし地上に出れば力を付けて必ず復讐しに来るぞ」

「復讐?」

「当然だろう。奴は産み落とした全てのジャガイモ君の死を見届けている。恨みを買っていても何ら不思議なことではない」

「待て待て。そのジャガイモ君はそこまで知恵があるのか」

「№0は特別に中学生程度の知能を与えているのだ」

「…………」


 儂は眉間を指で押さえた。

 呆れて言葉が出なかったのだ。

 話を理解したペロが呟く。


「でも地上に出る前に、魔獣に食べられてしまうような気もするけど……」

「その可能性もある。むしろその方が高いだろうな。だが、もし全てのモンスターを切り抜けて地上に出たとしたら、奴は凄まじい勢いで繁殖するはずだ」


 戦力を整えて復讐に来るというわけか。

 思ったよりも深刻な状況だな。

 フレアが質問を分身にする。


「しかし所詮は芋だろう? いくら数で来ようとも相手にはならない気もするが」

「儂もそう考えている。単体では圧倒的に人間有利なのだからな。ただ、問題はジャガイモ君の特殊個体だ。あれが大量に生まれた場合はかなり危険だろう」

「特殊個体とは?」

「稀に生まれる凶暴な個体だ。通常のジャガイモ君と比べるとその能力は十倍にもなる。鉄の鎖を引きちぎった時はさすがに驚いた」


 分身はそう言いつつも自慢気に何度も頷く。

 自分自身なのだが実に腹の立つ顔だ。

 誰のせいでこうなっているのか分かっているのか。


「逃げ出したのなら仕方がない。ここは手分けして探すしかないだろう」

「悪いな。地上に出る間に食い止めてくれ」


 儂らはそれぞれ担当フロアを決めて、ジャガイモ君№0の行方を追うことにした。

 もちろん眷属も総動員だ。絶対に逃がすわけにはいかない。



 ◇



 ジャガイモ君を探し始めて一週間が経過。

 ダンジョンが広大と言うこともあって、儂らは完全に足取りを見失っていた。


 唯一の目撃情報は、五階層をうろついていた冒険者からの証言だ。

 目にも留まらぬ速さで茶色い塊が駆け抜けていったらしい。

 この事から儂と分身は、ジャガイモ君が地上に出てしまったと結論づけた。


「最悪の事態になったな」


 儂は呟いてからグラスに入ったドワーフ殺しを一気に口に含んだ。

 リビングでは現在、ペロとフレアに分身が集まっている。

 テーブルに置かれた地図を見ながらジャガイモ君の動きを推測する。


「奴は豊富な栄養を求めて移動するはずだ。そのことからマーナ領を出るとは考えにくい」

「具体的にはどの辺りに潜んでいる?」

「マーナから南へ下った森に潜んでいるはずだ。あそこなら繁殖にうってつけの場所と言える」


 地図を見るとマーナから南へ行ったところに大きな森があった。

 森のはずれにはカルネの村と書かれており、かつてラッピングスパイダーで足を運んだ場所だとすぐに思い出される。

 分身の言うとおりあの森なら戦力を整えるにはもってこいだ。


「では森に眷属を送る事にしよう。総力を挙げれば探し出せるはずだ」


 儂の言葉に三人は頷く。

 身内から出てしまった失態だ。

 この問題はホームレスだけで片付けなければならない。

 栽培許可を出した儂にも罪があるのだからな。


(お兄ちゃん! 大変!)


 頭の中でリズの声が響いた。

 以心伝心スキルによる個人回線だ。

 彼女は酷く焦っているのか声がうわずっていた。


「どうした? エルナと一緒にマーナに居るのだろう?」

(危険! 至急街へ来られたし!)


 ぶつんと回線は途切れた。

 二人は買い物をすると言ってマーナへ出かけたはずなのだが、この様子では不測の事態が起きたようだ。事態を把握するためにも街へすぐに向かうべきと判断する。


「エルナとリズが危険らしい。すぐにマーナへ行くぞ。分身は箱庭で待機だ」

「そうだな。儂は研究中の野菜の様子でも見てくるか」


 そう言って茶を啜る分身。

 そろそろ何を研究しているのか、ちゃんと確認しておかなければならないな。

 第二、第三のジャガイモ君を作られてはたまったものではない。

 儂らは隠れ家を飛び出すとマーナへと向かった。



 ◇



 マーナへ到着した儂とペロとフレアは、すぐに異常事態だと察した。

 街の入口に数百という人間が詰めかけているからだ。

 彼らは怯えた表情で南の地平線を見ながら相談していた。


「真一!」


 人々をかき分けてエルナとリズが顔を出すと、二人は急いで儂に駆け寄る。


「この騒ぎはなんなのだ。事情を説明してくれ」

「アレを見れば分かるわよ!」


 エルナが指差した方角には巨大な薄茶色の塊があった。

 それは歩くたびにズンッと地面を揺らす。

 身長はおよそ百メートル。楕円形の身体に申し訳程度の手足が生えており、巨大な二つの眼がマーナを見下ろしている。

 間違いない。ジャガイモ君だ。


「なぜあれほどの大きさに……まさか森の栄養を吸収しすぎて巨大化したのか」

「お父さん、そんなことを言っている場合じゃないよ。アレをどうにかしないと街が踏みつぶされる」


 ペロを筆頭にエルナ、フレア、リズは戦闘態勢に移行する。

 儂もいつでも戦える状態だ。

 ふと、敵の足下に何か居ることに気が付いた。

 神経強化スキルを発動させると一時的に視力を向上させる。

 見えたのは無数のジャガイモ君だった。

 総数はおよそ一万。

 クイーンであるジャガイモ君を追いかけて地上を疾走する。


「マーナの終わりだ! あんな化け物と戦えないぞ!」


 冒険者の一人がそう叫んだ。

 それを皮切りに詰めかけていた人々は逃げ始める。

 あれだけの大きさだ。戦意喪失は普通だろうな。

 ただし、儂らホームレスは逃げるわけにはいかない。

 倒さなければならない責任があるのだ。


「行くぞ!」


 かけ声に仲間が散開する。

 作戦は単純だ。

 四人はジャガイモ兵を殲滅。儂はクイーンである№0とタイマンである。

 ローブと上着を脱ぎ捨てると、腰に装備していた剣を放り捨てる。

 奴は丸腰の野菜だ。素手には素手で行くのがせめてもの礼儀だろう。


 角と翼を生やすと強化スキルを発動させる。

 身体の奥底から湧き出す力の奔流は空間をもゆがませた。

 拳を握れば大地をも割れる自信があった。

 ジャガイモよ。一撃で終わらせてやろう。

 爆発的な踏み込みで跳躍した儂は、定規で線を引いたかのようにまっすぐ巨大ジャガイモ君へと飛んだ。


「うぉおおおおおおおおっ!!」


 右手の拳をジャガイモ君へ放つ。

 が、奴も馬鹿でかい右手で拳を突き出した。


 ぶつかり合った瞬間、轟音と共に衝撃波が空気を震わせる。

 例えるなら高層ビルと人間が高速でぶつかったようなものだ。

 常人なら当たり負けしてミンチになっている。


「くっ! なんて力だ!」


 儂の拳が押される。

 拮抗したのは一秒にも満たない時間だった。

 奴は豪腕を振り抜くと儂を地面へと弾き飛ばす。

 猛スピードで背中から地面に叩きつけられた。


「……野菜だと思っていたが、とんでもない硬さじゃないか」


 むくりと起き上がってポリポリと頭を掻いた。

 衝撃無効があるのでダメージはない。

 そんなことよりも問題は奴の強度だ。儂はミスリルでも素手で引きちぎる事ができるのだが、あのジャガイモはそれの遥か上を行く。殴った感触がまるで分厚いタイヤのようだったのだ。


「素手で倒すには骨が折れそうだ」


 儂は立ち上がって身体に付いた土を払う。

 すると太陽が陰り重い足音が響いた。

 顔を上げるとジャガイモ君が見下ろしているではないか。

 完全に復讐の対象としてロックオンしている目だ。


「よし、逃げるか」


 背中を見せて猛ダッシュした。



 ◇



 押し寄せる無数のジャガイモ。

 それらは薄茶色の海と成してマーナへと直進していた。

 人間に復讐を誓った芋達の反乱だ。


 しかし、彼らの進行を止める者達が現れる。


「多重フレイムボム!」


 金色の髪をなびかせて空を舞う一人のエルフ。

 彼女が放った魔法は、赤い尾を引きながら次々に地上で爆発する。

 爆炎と衝撃に芋達は抵抗もできずに爆散した。

 それでも芋達は足を止めることはない。

 仲間の屍を踏み越えながらひたすら前に進んだ。


「アイスブレス!」


 青白き人狼の吐く息は、瞬く間に地面を凍らせ芋達を氷の中に閉じ込めた。

 彼は長く伸ばされた爪で芋達を氷ごと両断する。

 しかし、それでも氷を粉砕して走り出す芋が居た。

 身長は約二メートル。表面の皮は抹茶色をしている。

 手足は太く長い為に、通常のジャガイモ君とは異なる存在だと認識できる。

 それらは百体に一体の割合で標準種の中に紛れており、リーダー的役割を担っているようだった。


「斬」


 闇の雲に乗る黒装束の少女。

 右手には短剣を握っており、芋達の間をすり抜けながら確実に致命傷を与えて行く。

 離れた敵にも起爆手裏剣を命中させ効率よく数を減らしていた。

 だが、特別個体の芋達はそんな攻撃にも怯む様子はない。

 殺されて行く標準個体を振り返りもせず足はなお速まっていた。


「ようやく私の出番か。ノヴァニアの真価をペロ様にお見せしなくては」


 赤き髪を風に揺らしながら元騎士が槍を構える。

 水神の槍と呼ばれる武具には蒼き宝玉がはめ込まれており、彼女の意思に呼応するかのように輝きを強めた。


 百体の特別個体達は猛然と走りながら一つの群れを形成する。

 すでに街は目前。立ちはだかる最後の敵を抜けるために力を結集する事にしたのだ。

 一割でも街に侵入できれば芋達の勝ち。

 マーナを壊滅させるには十分な数だった。


「収束せよ」


 女性はゆっくりと左手を握り込む。

 その瞬間、特別個体達の身体が浮き上がった。

 そして、高い位置で球状に密集するとぎゅうぎゅうに圧迫される。

 芋達は逃げ出すこともできず、見えない壁によって完全に囚われていた。


「流星衝!」


 彼女の放つ槍は芋達を一瞬でミンチにした。

 地面に降り注ぐ挽き芋は薄黄色の雨のようである。

 結果に満足したフレアはわずかに口角を上げた。


 地上に散乱したジャガイモ。

 残骸となった芋達の無念が戦場に木霊しているようだった。



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