百十八話 逃げ出したジャガイモ君


「はーっ! 疲れた!」


 どさっとソファーに飛び込むエルナ。

 儂も床に座って一息ついた。

 ようやく隠れ家へ戻ってきたのだ。


「お茶でも淹れるか」

「じゃあ私も」


 急須から二人分の湯飲みへお茶を注ぐと、エルナの前に差し出した。

 エルナはふーふーと息を吹きかけてからお茶を飲む。


「落ち着くわね。旅の後はやっぱりお茶よ」


 年寄りのような事を言っているが、気持ちは分からなくもない。

 実はコカトリスを倒した後、儂らはボウルに三日ほど滞在させられた。

 依頼主であるクリプトンが逃がしてくれなかったからだ。

 街を挙げての祝勝会が開かれ、主役である儂とエルナは強制参加。

 ボウルのお祭り騒ぎに付き合わされたというわけだ。


「ところであの三人は?」


 エルナはキョロキョロと部屋の中を見渡す。

 どうやらペロ達はまだ帰ってきていないようだな。

 フレアの進化を見るために急いで戻ったのだが残念である。

 スノーブで観光でもして楽しんでいるのだろう。


「私もスノーブに行ってみたかったわ。久々に雪遊びができたのに」

「ほぉ、サナルジアでも雪が降るのか?」

「まぁね。子供の頃はよく友達と雪合戦をしていたわ。懐かしい」


 お茶を飲みながらエルナは遠い過去を振り返っていた。

 儂の場合は雪の思い出などは数えるほどしかない。

 せいぜい小さな雪だるまを作った程度の物だ。


「ねぇ、相談なんだけど聞いてくれる?」


 エルナが珍しく真剣な表情で相談事を持ちかけてきた。

 テーブルに置いたのは、彼女の武器である極楽鳥の杖だ。


「杖が壊れたの。元は拾った物だし劣化していたのかもしれないわ」

「なるほど。少し見せてくれ」


 杖を観察すると縦に大きな亀裂が入っていた。

 ただ、それはのように見える。


「この傷はいつできた物だ?」

「えーっと、コカトリスと戦った直後だったと思う」


 原因が分かった。杖がエルナの魔力に耐えきれなかったのだ。

 あれだけ派手に魔法をぶっ放したのだ。壊れもする。

 儂は魔法で杖を復元すると彼女へ返した。


「一応直したが、それで戦うのはやめておいた方が良いかもしれないな」

「どうして? これってすごく良い杖よ?」

「傷は内側からできていた。つまりお前の魔力に耐えきれなかったのでは、と儂は考えているのだ。そろそろ新しい物に替えた方が良い」

「うーん、これの上って事は竜鱗の杖とか不死鳥の杖だと思うけど、どれも国宝級なのよねぇ」


 悩むエルナを見ながら少し考える。

 杖なら一つだけ強力な物がある。

 儂が隠れ家に初めて来たときに発見したあの謎の杖だ。

 そして、儂はすでにその謎を解き明かしている。


 部屋の隅に今も置かれている杖。

 儂はそれに向かって解析スキルを発動させた。



【解析結果:風神の杖:五大宝具の一つ。人魔大戦の為に始祖ドワーフが五種族へ授けた伝説の武具。神樹と風の魔宝珠で造られており、ひとたびその力を解き放てば山をも消し去るとされている:レア度G:総合能力G】



 そう、謎の杖は予想通り宝具だったのだ。

 よく見れば風の魔宝珠である、エメラルドグリーンの石が杖に埋め込まれていた。

 間違いなく杖でこれ以上の物は地上に存在しないはずだ。

 ただ、気になる言葉がいくつか目に入る。人魔大戦に神樹だ。


「エルナは人魔大戦と神樹の事を知っているか?」

「え? なにそれ?」


 何を聞かれたのか分からないといった表情だ。

 彼女もこの世界の歴史を全て知っているわけではない。

 世界樹にでも聞くしかないだろう。


 儂は立ち上がって適当な布を手に巻くと、例の杖を布越しで持ち上げる。

 そして、そのままテーブルに置いた。


「これって……ムーア様の杖?」

「そうだ。五大宝具の風神の杖と言った方が分かりやすいか」

「えっ!? 宝具!?」


 エルナは驚きのあまりソファーから転げ落ちる。

 まさか伝説の武器がこんなにも身近にあったとは思いもよらなかったはずだ。

 まぁ、儂もつい最近まで確認もせずに放置していたからな。


「ムーア様の杖……大魔導士の武器……」


 生唾を飲み込んだエルナは、恐る恐る杖に触れようとする。

 今の彼女なら触れられるような気がした。


「きゃ!?」


 ――が、バチンと手は見えない壁によって弾かれる。

 宝玉の光は明滅し『本当の持ち主を連れてこい』と言っているようだった。

 何となくだがこの宝具からは明確な意思を感じる。

 アダマンタイトで造られていないことを考えてみると、五大宝具の中でも風神の杖は特別な位置にあるのかもしれない。


「杖……杖に拒絶された……」


 エルナは最近では見なくなっていた魔法コンプレックスが再発していた。

 顔が青ざめ放心している。


「落ち込むな。これは宝具だぞ。しかもムーアの杖だ。お前が触れられなくてもおかしいことじゃない。そうだ、これで杖を造ってやろう」


 儂はリングから世界樹の枝を取りだした。

 正確には工場を造った木材のあまりだがな。

 ちょうど枝の芯の辺りなので杖を造るにも適した素材のはずだ。


「……御神木様の枝で杖を造るって事?」

「そうだ。十万年も生きているトレントの杖など、どう考えても国宝級ではないか。それともサナルジアではよくある物なのか」

「ううん。御神木様から落ちた枝は、ほとんどが燃やされて御神木様の足下に埋められるの。例外として女王様だけは杖を持っているけど……」


 サナルジアの女王が所持しているなら間違いない。

 世界樹トレントの素材は杖向きと考えて良いだろう。

 むしろ御神木はこれを想定して、儂に枝を渡したのかもしれないな。


 儂はエルナから許可を得て杖の作成に取りかかった。

 使うのは二メートルほどのトレント材だ。

 ブルキングの短剣で形を整えながら地道に削る。

 長さが一メートル五十センチほどになると今度はヤスリがけだ。

 角を取りながら表面をなめらかにする。


「持ってみろ。重さと長さの確認だ」

「うーん、これくらいで良いかなぁ。近接武器としても使うし」

「ではこれで仕上げるぞ」


 さらにヤスリで丁寧に仕上げ、柄の部分にエルナの名前を彫ってやれば完成だ。

 儂らはできあがった杖の性能を調べる為に地上ヘ行くことにした。



 ◇



「本当に良いのね。本気でやっても」

「遠慮はするな。杖が耐えられるか見ないといけないからな」


 大迷宮の入口から二キロの地点。

 儂とエルナは何もない草原で杖の性能テストを始めようとしていた。

 目標は百メートル先にある藁の人形だ。


「じゃあ手始めにファイヤーボール!」


 彼女の身体から放出された魔力は、杖に収束して一つの火球を創り出す。

 バスケットボール並みの火球は、高速射出されると人形が立っている地面ごと吹き飛ばした。


「杖に異常は?」

「今のところはないかな。いつもよりも魔力の流れがスムーズで使いやすいわ」

「よし、次はフレイムバーストだ」


 再びエルナの魔力が杖に収束すると、今度は十五メートルの火球が上空に出現する。

 初めて上級魔法を覚えた時と比べると三倍の規模だ。

 ひょいと杖を振ると人形があった場所は爆発を起こす。

 黒煙が上がり爆風が地面を舐めた。


「杖は壊れていないか?」

「まだまだ大丈夫よ! これなら本気を出しても良さそう!」


 エルナは濃密な魔力を杖に収束させ大規模魔法を放つ。

 十を越えるフレイムバーストが上空で融合し初め、一つの巨大な火球が創り出された。

 目を覆いたくなるような熱と光。まるで小さな太陽だ。

 そこからさらに圧縮して二十センチほどの大きさにする。

 火球は金色に輝く球となった。

 儂はそれを見て嫌な予感がした。


「お、おい、そこまでする必要は無いと思うのだが……」

「テストするならやっぱり新魔法も試しておかないといけないでしょ。これは人造リッチが使っていたヘルフレアを改良したものなの。名前は……獅子座レオで良いかな」


 彼女は軽く杖を振った。

 金色の火球は一キロ先に落とされ爆発。

 直後に凄まじい爆風と爆音が走り抜け、爆心地では小さなキノコ雲が立ち昇る。

 空では雲が衝撃波によって吹き飛ばされ大きな円を作っていた。

 なんて馬鹿げた威力だ。小型核爆弾でも作ったのかと疑いたくなる。


「あは……あははは……」


 爆発を起こした張本人は、目の前の出来事が理解できないのか渇いた笑いを見せる。ここまで来ると戦略型人間兵器と呼んでも差し支えないな。


「エルナ、杖の調子はどうだ?」

「え? あ、うん。問題は無いみたい」

「ではテストを終了するか」

「じゃあこの杖はオッケーってこと?」

「あれだけの魔力に耐えられたのだ。十分ではないか」


 世界樹の杖が考えていた以上に優秀だった事は朗報だ。

 これでエルナはホームレスの遠距離攻撃担当として更なる力を得たわけだ。

 もはや大魔導士と言っても良いように思う。

 そこでふとした疑問が頭をよぎった。


「今まであえて聞かなかったが、大魔導士になるには条件でもあるのか」

「えーと、確かギルド総本部で行われるギルド委員会の採決によって大魔導士が決められるって聞いた事があったかなぁ」

「総本部とは王都のギルドか?」

「違うわよ。あそこは王国ギルドの本部。六カ国のギルドをまとめるのが総本部なの。場所は私も詳しくは知らないけど、王国の東にそびえるエルピオン山脈の中でも、最も標高の高い霊峰グランドマウンテンの中腹にあるって噂よ」


 エルピオン山脈に霊峰グランドマウンテンか。

 念のために頭の片隅にでも覚えておこう。


「しかしギルド委員会で名前が挙がる人物とはどのような物なのだ?」

「まぁ、ほとんどは国へ貢献したり偉業を成し遂げた人ね。ギルド委員の採決まで行くには王族の推薦が必要なのよ」

「そうなると大義名分が不可欠だな……」


 念のために本人の意思を再確認しておくべきだろう。


「お前は今でも大魔導士になりたいか?」

「あたり前でしょ! 私は大魔導士になるために故郷を飛び出したの! 夢は夢のままでは終わらせない! 絶対よ!」


 決意は固そうだ。

 ならば田中αにでもかけあって推薦を進めておくか。

 ただ、いくら分身が国王だからといって、理由もなく大魔導士に推薦はできないはずだ。一人で戦争を止めたなどや強大な魔獣から国を救ったなどの、それなりの称賛されるべき実話が必要なのは確実。委員会からも好印象を得られるだろう。

 もちろん善意でエルナに大魔導士になってもらいたいわけではない。

 儂と神崎の計画には都合が良さそうと判断したからだ。


「帰りましょ。お腹空いたわ」

「そうだな。ペロ達が戻っているかもしれない」


 性能テストを終えた儂らは隠れ家へと戻ることにした。



 ◇



「お帰りなさいお父さん!」


 ペロがリビングで出迎えてくれた。

 ソファーではリズが横になっており台所ではフレアが料理をしている。

 三人とも変わった様子は見受けられない。


「スノーブの依頼はどうだった?」

「ちゃんとこなしてきたよ。報酬もほら」


 ペロが十枚の金貨を差し出す。

 ずいぶんと多いようだが、カーネギーという人物が色を付けてくれたのだろうか。


「依頼主のカーネギーさんが、僕とお近づきの印だって五枚から十枚にしてくれたんだ。相手はトロールの変異種だったみたいだし、報酬としては妥当かなって」

「そうか。それでトロールの肉は持って帰ってきたのか?」

「うん。後でギルドに売ろうかなと思ってリングに入れてあるよ」


 リングを確認すると確かにトロールの肉が入っていた。

 大きさはかなりの物のようなので、少しくらいは食べても大丈夫だろう。

 どのような味なのか今から楽しみである。


「二人とも茶だ。ペロ様もどうぞ」


 儂とエルナが床に座ると、フレアがさりげなくお茶を出してくれる。

 頭からつま先までフレアの身体を見てみるが、変わった感じは見受けられない。

 本当に進化したのか?

 そっとフレアのステータスを見ることにする。



【分析結果:フレア・レーベル:元公爵家近衛騎士。最近はペロに買ってもらった指輪を見ながら妄想することがマイブーム。聖獣萌え下僕騎士の称号を持つ:レア度SS:総合能力SS】


 【ステータス】


 名前:フレア・レーベル

 年齢:18歳

 種族:ノヴァニア

 職業:冒険者

 魔法属性:火・邪

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、ディザイアボール

 習得スキル:神通力(初級)、流星衝(初級)、剣術(上級)、槍帝術(初級)、盾術(中級)、拳王術(上級)、腕力強化Z(中級)、身体強化Z(中級)、覚醒(初級)、調理術(上級)、瞬間移動(初級)

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:神通力(特級)、槍帝術(特級)、瞬間移動(特級)>



 なんだこれは。全く知らない属性に魔法が追加されているぞ。

 そもそも新しい種族であるノヴァニアが不明だ。

 ヒューマンなのか別の何かなのか。

 一応、額の目で身体の隅々まで観察するが変わったところは見られない。

 相変わらず形の良い大きな胸が素晴らしいぞ。ムフフ。


「真一?」


 エルナの声にハッとする。

 そうだそうだ。今はフレアの進化を調べなくては。


「フレア、瞬間移動とはどのようなスキルなのだ」

「言葉通りと言えばいいか。ただ、五メートル以内と移動できる距離は短い」

「神通力はどうだ?」

「以前の念動力が進化したスキルだ。届く範囲も飛躍的に伸びてさらに強力になった。今なら神通力で空を飛ぶことも可能だろう」


 素晴らしいな。まさに漫画で見るような超能力者だ。

 是非ともその能力を開花させて、ア○ラ君のように新しい世界の扉を開いてほしいものだ。


「最後にディザイアボールの事を教えてもらえないか」

「ああ、この魔法は――「大変だ!!」」


 隠れ家に分身が飛び込んできた。

 珍しく慌てており、儂を見るやいなや手を合わせて頭を下げた。


「すまん! 目を離した隙にジャガイモ君が逃げ出した!」


 やってしまったかと大きく溜息を吐いた。

 恐れていたことが起きてしまったのだ。


 儂は仲間を引き連れて箱庭の畑へと行くことにした。



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