百十六話 北の辺境


 ローガス王国の北方にある街に僕らは来ている。

 名前はスノーブ。王国では第二位の大きさを誇っている街だ。

 この時期の北方は非常に寒く、雪と呼ばれるモノが降り積もるのだとか。

 雪を知らない僕は今回の依頼をとても楽しみにしていた。


「うわぁ! すごい! 真っ白だ!」


 僕は街の入口で歓声をあげた。

 王都にも劣らない街に、ふわふわとした冷たく白いものが降り積もり幻想的な世界を創り出している。それは僕が描きたい絵そのもののように思えた。


「ペロ様、ここは寒すぎます。どこかで身体を温めましょう」

「眠い……」


 黒いユニコーンに乗ったフレアさんがそう進言した。

 同じように馬に乗るリズさんも、とろんとした表情でそうするべきだと目で訴えかける。


「じゃあどこかの店で食事にしようか。暖もとれるはずだよ」


 僕らはひとまず食事をするために街の中を散策することにした。

 一応、お父さんの助言で厚手のコートを着ているけど、自前の毛皮を備えている僕には暑いくらいだ。

 反対にフレアさんとリズさんは、コートを着ていても寒そうだった。

 もしかすると保有している属性も関係あるのかななんて思ったりもする。

 僕らはちょうど良い店を発見すると、近くの馬小屋にユニコーンを預けてから入る事にした。


「はぁぁ、ここは温かいですね。ペロ様のモフモフほどではありませんが、非常に居心地のいい室温です」

「さらに眠くなる……」


 僕らはコートを脱いで席に着く。

 店内は三十人が座れる程度の広さであり、目を引くのはレンガで作られた大きな暖炉だ。燃えさかる炎が室内を暖めており、多くの客は笑顔で料理を堪能していた。

 周りを観察してみて分かったけど、どうやらここのオススメは肉料理のようだ。

メニューを開いてみると子羊のステーキという文字が目に飛び込む。


「僕は子羊のステーキにするけど二人はどうするの?」

「私もペロ様と同じ物を。あと、身体を温めるためにお酒をいただきたいです」

「サーモンTKG定食とホットミルク」

「定食はないよ。じゃあリズさんはこのシチューにしておくね」


 僕は手早く店員さんに注文する。

 十分ほど経過したところでテーブルに料理が運ばれた。


「子羊の肉って柔らかいんだ。初めて食べた」

「スノーブの羊肉は王都でも有名です。このお酒もこの地方ではよく飲まれているものですね」


 フレアさんが飲んでいるお酒の瓶には『ドワーフ殺し』と書かれていた。

 名前の通りアルコールが強いらしく、テーブルに酔っ払いそうなほどの香りが漂っている。

 これから仕事があるけど、フレアさんが倒れないか心配だ。


「酒臭い。やっぱりお兄ちゃんについて行けば良かった」

「私もペロ様と二人きりが良かったのだ。田中殿は意地悪だな」

「まぁまぁ、リズさんもフレアさんも機嫌を直して。お父さんも何か考えがあって僕たちを組ませたのだと思うよ」


 さりげなくフォローを入れる。

 もちろんお父さんの真意は分かっているつもりだ。

 何かと僕に関して暴走しがちなフレアさんを危惧して、サポート役としてリズさんを同行させたのだと思う。それに彼女を通じてお父さんと連絡が取れるのも心強い。


「それでこの後は依頼主に会いに行くのですよね。どのような人物なのでしょうか?」

「えーと、スノーブ商会のカーネギーさんって方だったかな。話ではすごいお金持ちみたい」


 僕がそう言うと、シチューを食べていたリズさんがぴくりと反応した。


「暗殺しよう。金目の物がガッポリ」

「笑顔で言わないで! 僕らは仕事に来ただけだからね!?」


 前言撤回だ。お父さんは僕に二人の見張り役をさせたかったんだ。

 だってリズさん、サポートどころか依頼主を殺る気満々だ。

 不安で胃が痛くなってきた……。


「しかし、田中殿はこんなものを私に渡してどうしろと言うのでしょうね」


 フレアさんは布を巻いているとあるモノの紐をほどく。

 出てきたのは蒼い宝玉を備えた見事な槍だった。


「水神の槍だね。やっぱりまだ触れられないの?」

「はい。こうやって布を巻いていないと持つこともできません。宝具をいただいたのは嬉しいのですが、扱えなければ宝の持ち腐れです」

「でもフレアさんはもうすぐ進化するよね。お父さんが言ってたよ」

「田中殿の予想通りならそうなるでしょうが、それでも宝具に認められるとは限らないと私は思っているのです。元騎士の私があの獣王と並ぶことになるのですよ。普通に考えてありえません」


 謙遜しているようだけど僕はそうは思わない。

 フレアさんはすでに槍の達人と言って良いほど技量が高い人だ。

 ナジィ国の獣王にも引けを取らない実力者だと思っている。

 お父さんだって彼女にこそ相応しい武器だと考えて渡したはずだ。


「これからだよ。フレアさんはきっとまだまだ強くなる」

「ペロ様……」


 フレアさんは嬉しかったのか頬を緩ませる。

 そして、決意の顔へと変わった。


「立派な下僕騎士になるためにも、必ずこれを使いこなして見せます! ご主人様に恥はかかせません!」

「え? え? 下僕騎士? ご主人様?」

「宝具を使いこなすのは、この聖獣萌え下僕騎士フレア・レーベルです!」

「分かった! 分かったから、もう喋らないで!」


 店内の客から冷ややかな視線が向けられた。

 恥ずかしい。消えてしまいたいほどだ。


「聖獣萌え」

「やめて! トドメをしないで!」


 ホットミルクを飲みながらリズさんはニヤニヤしていた。

 早く仕事を終えて帰りたい……。



 ◇



 僕らはスノーブ商会の入口に来ていた。

 お城と見紛うほどの石造りの建物に圧倒されてしまう。

 商会の隣には木造の倉庫があり、黒い石を積んだ荷車が次々に運び込まれていた。


「あの黒い石は?」

「石炭です。スノーブは炭鉱と鉄鉱の採掘を主な産業としており、王国で出回る炭や鉄の六割がこの街で掘り出された物なのです」

「じゃあここの鉱山が閉じると王国は大打撃だね」

「その通りです。さすがはペロ様」


 僕らは商会へ足を入れると受付嬢に声をかけた。

 すぐに建物の奥へと案内され、応接間のような部屋で待つように指示される。

 数分が経過した頃に一人の男性が入室した。


「君達が依頼を受けてくれた冒険者か。頼りない顔ぶれだな。ギルドにはちゃんと頼んだつもりだったのだが」


 ドスンと椅子に重く腰をかけた男は僕らを見るなりそう言った。

 頭部は薄く禿げあがり鼻の下にはちょび髭。でっぷりとした二重顎にたるんだ腹。

 フォルムは丸く可愛らしい感じだけど目は切れ目で鋭い。

 彼こそが依頼主であるカーネギーさんだろう。


「初めまして。僕はホームレスに所属するペロと言う者です。まだまだ若輩ですが、実力に関してはカーネギーさんの満足できるものを備えていると思います」

「ふん、満足できるかは結果で決める。それよりも本題に――ちょっと待て。ホームレスと言ったか?」

「はい。言いました」

「それによく見ればその姿……貴殿はもしや噂の聖獣様なのでは?」


 カーネギーさんは僕をまじまじと見てから狼狽え始める。

 気が付くのが遅いよ。普通の人は僕の顔を見た途端に反応するのに。

 それとも雪をかぶっていると思われたのかな。この地方はどこを見ても真っ白だし。

 彼はハンカチを取りだして額の汗を拭いた。


「失礼いたしました。まさか聖獣様が来られるとは思っておりませんでしたので。いやぁ、ホームレスのお噂はかねがね聞いておりますよ。各国の王族と親交があるとかないとか。成り上がり者の私では想像のできない世界ですな。うははは」

「いえいえ、全ては父が成したことです。僕はたいしたことはしてませんよ」

「何をおっしゃるか。ここまで有名になったのは貴方様のお力があってこそ。聖獣様なきホームレスなどただの冒険者です。おっと失礼。つい熱が入ってしまったようですね」


 僕は彼の社交術に少し感心する。

 さすがはここまで財を築き上げた人だ。相手を見ながら態度を使い分けている。

特に傲慢な態度からのへりくだり方は気持ちよさすら感じさせるのだ。

 ある意味ではお父さんの真逆を行く人だなと思う。


「アイリーン! 客人にお茶と菓子を!」


 カーネギーさんが大声で呼ぶと、部屋にメイド服を着た女性が台車でお茶とお菓子を運び入れた。それを見たリズさんは勢いよく立ち上がる。


「お姉ちゃん?」

「……リズ?」


 お姉ちゃん? もしかしてリズさんの姉妹?

 僕とフレアさんは状況が飲み込めず首を捻る。

 アイリーンと呼ばれた女性は、青く長い髪にリズさんを大人にしたような整った容姿をしていた。リズさんはアイリーンさんに駆け寄るとさらに話しかけた。


「どうしてこんなところに?」

「仕事よ。生きる為にはお金を稼がなきゃいけないでしょ」

「家にはお金を送ってるはず。あれだけじゃ足りなかった?」

「家族四人を養うには十分な額だわ」

「だったらなぜ……」


 アイリーンさんは首を横に振る。


「三女のリズが頑張っているのに、長女の私がそれに甘えるなんて恥ずかしい話じゃない」

「違う。私は病気で迷惑をかけた。だから養っても良い」

「……そんなことを気にしていたのね。シュミット家が没落したのはリズの治療費がかさんだからじゃないわ。お父様が家族に黙って美術品なんかに使い込んだからよ。だからもう家のことは気にせずに自分の人生を生きなさい」


 リズさんは目が点になった。

 アイリーンさんは話を続ける。


「リズは人生の半分以上をあの屋敷で過ごしたじゃない。だから自由に生きるべきなのよ。家族のことは私や次女に任せなさい」

「でも、薄汚い豚にあんなことやこんなことをされる。お姉ちゃんが危ない」

「カーネギーさんは見た目はあんな感じだけどすごく優しい方よ。それにシュミット家を支援するって約束してくれているの」


 会話が丸聞こえなので僕はいたたまれない気持ちになった。

 額をハンカチで拭くカーネギーさんも、早く話を終わらせてくれと何度も咳払いをする。それに気が付いたアイリーンさんは、テーブルにお茶と菓子を置いて足早に退室した。


「いやぁ、アイリーンの姉妹がお仲間にいらしたとは知りませんでした。世の中は狭いものですなぁ。ははは」

「お姉ちゃんを泣かしたら暗殺」

「リズさんは黙って」


 殺気立つリズさんをなだめつつ、今回の依頼の説明をカーネギーさんに求めた。

 僕らは仕事に来ているのだ。アイリーンさんに会いに来たわけじゃない。


「では改めて依頼をさせていただきましょう。私がお願いしたいのはトロールの討伐です」

「詳しく教えてください」

「実は半年前から度々目撃情報があったのですが、その頃は実害もなく放置しておりました。ですが最近になって人を襲うようになり、今ではその道を通りかかると必ず襲われる始末でして」

「その道をどうしても使わないといけないのですか」

「ええ、なにせ私が所有する鉄鉱山への唯一の道なのです。おかげで作業員が山には入れず作業は中断。このままでは我々スノーブの民は干上がってしまいます」


 思ったよりも責任重大な依頼だったようだ。

 それだけにやりがいもある。


「分かりました。必ずや僕らがトロールを退治して見せましょう」

「おおおっ! さすがは聖獣様! そう言っていただけると思っておりました! ぜひお願いいたします!」


 彼は僕の右手を両手で握って感謝する。

 すると今まで沈黙していたフレアさんが叫んだ。


「ペロ様のモフモフに気安く触れるな!」


 ええっ!? フレアさんがそれを言うの!?

 手を引っ込めたカーネギーさんは、小さな声で「し、失礼しました……」と呟く。右手を出したままの僕は複雑な気分だった。



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