百十五話 コカトリスは鳥なのか蛇なのか?


 幸いなことに敵はまだこちらに気が付いていない。

 岩に潜む儂とエルナは、コカトリスの様子を窺いながら作戦を立てることにした。


「奴は麻痺眼に石化眼改の二つのスキルを保有している。迂闊に出れば隙を突かれてあっという間に石化だ」

「じゃあどうするのよ。蛇の方は暗闇でもこちらが見えるんでしょ」

「恐らくそれは間違いない。闇に乗じての奇襲は難しいだろうな」


 二人で腕を組んで思案する。

 バドに事前に聞かされた情報では、石化をするのは鳥の目らしい。

 尻尾の蛇は主に周囲の警戒を担当しており、牙にさえ気をつければ無視をしても良いとのことだ。ただし猛毒を持っているので噛まれるとアウトとも言っていた。


「二方向から攻めるか。儂は蛇を。エルナは鳥をどうにかしてくれ」

「えー、私が本体なの?」

「噛まれてもいいのならお前がやれば良い」


 儂には毒が効かない。万が一に噛まれたとしても儂なら助かる可能性が高いのだ。

 それにエルナは魔法で遠距離攻撃を行うことができる。

 石化が届かないだろう位置からコカトリスを仕留めることができるはずだ。


「儂が隠密で尻尾に近づき頭を切り落とす。その後はエルナの魔法で集中砲火だ」

「じゃあ私が作戦の要ね。頑張らなくっちゃ」


 彼女はやる気は十分。儂の考えた作戦も完璧だ。

 コカトリスなど所詮は大きな鶏。

 倒した後に唐揚げにしてくれるわ。ククク。


 エルナを岩場に残して儂は隠密スキルで移動を開始する。

 忍び足でコカトリスの背後へと回り込み、ブルキングの剣を抜いた。

 剣のヒビはすでに魔法で直しているので使用には問題ない。

 至近距離まで近づくと、蛇に向かって剣を一閃させる。


「なっ!? 避けた!?」


 蛇は鋭敏な動きで剣を避けた。

 視線を儂が居る辺りで彷徨わせており、はっきりではないがここに何者かがいることに気が付いているようだった。

 すぐにハッとした。気配察知だ。

 奴のステータスを見た時に確かに目にした。

 まさか隠密スキルを破るスキルが存在していたとは。


「シュルルル!」


 蛇は独特の音を出しながらこちらへと近づく。

 まだ本体の鶏は眠っており動き出す様子はない。

 危険だと認識されていないのだろう。


「フレイムバースト!」


 その時、コカトリスが爆炎に包まれた。

 儂はローブの力によってダメージは負わなかったものの視界は赤く染まる。

 エルナの奴め。先走って攻撃をしたな。


「コケーッ!!」


 コカトリスが羽を広げて炎を一瞬で吹き飛ばした。

 谷に風が吹き荒れ砂埃を舞い上がらせる。


「うそーっ! 効いてないの!?」

「コケー!」


 エルナが顔を隠したところで、鳥の目からビームが放たれ岩に当たる。

間一髪だ。危うくエルフの石像ができるところだった。


 本体はエルナに意識を向けており、儂の方には気が付いていない様子だ。

 今の内に尻尾を切り落としておくべきだろう。

 強化スキルを発動させ強く地面を蹴る。


「ふっ!」


 尻尾の蛇はあっさりと切断されて宙に舞った。

 儂はすかさず隠密を解くと、両手を振って注意を引きつける。


「おーい! こっちだ! 後で唐揚げにして食べてやるからな!」

「コケコッコー!」


 振り返った巨大な鶏は、聞き覚えのある鳴き声で儂を威嚇する。

 声帯強化を保有している為か発する大音量が鼓膜を震わせた。

 こんな声で早朝に鳴かれたら一発で起きるだろうな。


 コカトリスは高く跳躍し、体重をかけて地面を踏みつける。

 儂は咄嗟にバックステップで後方へと逃げた。先ほどまで居た場所は、地面が陥没しビリビリと足下が揺れる。デカいだけあって一撃が重い。

 さらに追撃の石化光線を地面を転がってなんとか回避する。

 やはり石化眼改が邪魔だ。近づけさせてもらえない。


「まずは動きを止めるか。糸爆弾だ」


 指先から糸の玉を発射。

 白い球はコカトリスの身体に、触れる直前で爆発し大量の糸を放出した。

 粘着質の糸は身体に絡み付きその場に奴を縛り付けた。


「エルナ! トドメだ!」

「フレアゾーン!!」


 特級魔法のフレアゾーンが発動する。

 赤いドーム状の空間がコカトリスを覆い隠し、岩を溶かすほどの高温が発生する。縛り付けていた糸は焼き切れ、白かった羽毛は炭ヘと変わってゆく。魔法の効果が切れたところで、コカトリスは地面へと倒れた。

 両目は白く変色し、黒くなった全身からは白い煙が漂う。

 それでもまだ息はあった。


「しぶといな。仕方がない、儂が引導を渡してやろう」


 剣を振り上げる。狙うは首だ。

 いざ斬ろうとしたところで魔獣の身体が眩く発光する。


「コケー! コケコッコー!!」


 傷は一瞬にして癒え、失われていた羽毛や尻尾が復元した。

 そればかりか全身は硫黄色に変化しており、鶏冠と尻尾の蛇は桔梗色へとなっている。体高は約二十メートルに、全長は約二十五メートルの怪物が儂を見下ろしていた。



【分析結果:バジリスクコカトリス:ヘレシーコカトリスが進化した姿。飛行能力を手に入れており、最長で二十時間飛ぶことが可能となった:レア度S:総合能力A】


 【ステータス】


 名前:バジリスクコカトリス

 種族:バジリスクコカトリス

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックバレット、ロックアーマー

 習得スキル:牙王(特級)、爪王(特級)、声帯強化(特級)、気配察知(特級)、鋼鉄の胃袋(中級)、飛行(初級)、威圧(中級)、麻痺眼(中級)、石化眼改(中級)、2UP

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:牙帝(初級)、爪帝(初級)、超音波(特級)、高速飛行(初級)>



 やられた。土壇場で進化したのか。

 しかも飛行能力まで手に入れたようだ。非常に不味い。

 今までは道に巣を作っていただけだったが、長距離を移動するようになれば、真っ先にボウルが襲われるだろう。もしそうなれば街は確実に壊滅する。

 どうにかしてここで仕留めなければならないのだ。


 コカトリスは羽を広げて羽ばたく。

 空へと逃げようとしているのだ。


「エルナ! 絶対に逃がすな!」

「言わなくても分かってる! 多重ライトニングサンダー!」


 飛翔を始めたコカトリスへ無数の紫電が直撃した。

 今のコカトリスは防御力も跳ね上がっており、ライトニングサンダーですら火傷を負わせることもできない。

 ただ、飛行を阻害することは成功した。

 奴は悲鳴らしき鳴き声をあげて地面に着地する。


「仕留めるまで何度でも戦ってやろう! 鶏に負ける儂と思うな!」


 儂は短く息を吐いてから急加速した。

 初めは左アッパーを敵の胸にめり込ませる。それだけでコカトリスの身体が浮き上がった。

 次に落ちてきたところを回し蹴りで岩壁へ叩きつけた。


「コ、コケ……」


 奴はふらつきながらも立ち上がって敵意を向ける。

 すると蛇の口から濃緑の液体が吐き出された。

 反射的に避けると、液体は異臭を放ちながら付着した岩を溶かした。

 強酸性の毒だ。当たればさすがの儂でも死ぬかもしれない。


「っつ! とっ! ていっ!」


 次々に吐かれる毒を避けてコカトリスから距離をとる。

 やはり自身の最大の武器を自覚しているようだな。

 まったく厄介な相手である。

 五度目の毒を回避したその時、両目から放たれた石化光線が儂の身体へヒットする。慌てて岩の陰へと逃げ込むとすぐに状況を確認した。

 咄嗟に左腕を盾にしたことで全身の石化は免れていたが、左腕は肘の辺りまで石となっていた。


「このままではじり貧か。エルナが奴の隙を作ってくれれば良いのだが……」

「ブレイクマインド!」


 エルナの叫びと共に、コカトリスはぐらりとよろけた。

 どこにいるのかと見渡せば、彼女は上空から真下に向けて魔法を撃っていた。


「よくも真一を! 許さないんだから! 多重レーザー! 多重ライトニングサンダー! 多重フレイムバースト! 多重スピアーレイン! 多重ブレイクトルネード!」


 バカ! 止めろ! そんなに撃つな!

 儂の叫びはむなしく地形を変えるほどの魔法の嵐が降り注ぐ。

 そして、大爆発だ。

 閃光と衝撃波は岩壁を破壊し、谷に大きなクレーターを作りだした。

 その直径はおよそ五十メートル。吹き飛ばされた儂は、断崖絶壁に生えている木の枝に引っかかっていた。


「複数の魔法を混合すると、爆発が起きるとダルが言っていたのを思いだした」


 コカトリスよりもウチの魔導士の方が危険かもしれないな。

 なにせ谷の一部が見事に消失しているのだ。どうクリプトンに説明したら良いのか悩む。

 クレーターの中央では黒い塊が僅かに動いていた。

 儂は背中から羽を出してに近づく。


「コ……ココ……」


 コカトリスだったモノは弱々しい声で鳴いている。

 エルナを怒らせたのが運の尽きだったな。

 今度こそコカトリスの首を切り落とすと、剣を地面に突き立てて腰を下ろす。


「真一! 真一!」


 エルナは近くに降り立つと儂に抱きついた。

 目からはポロポロと涙を流しており、ぎゅううっと腕の力を強める。


「やりすぎだ。ここまでする必要は無かったのではないのか」

「だって真一の左腕が! 石に!」

「ああ、これか」


 剣を抜いて左腕を切断する。

 石化した腕は地面に落ちると砕け散り、黒いリングだけが残された。

 切り口からは骨と神経が再生し始め、それを取り巻くように肉が覆い隠す。

わずか五秒ほどで左腕は完全再生した。


「…………私の涙を返して」

「知るか。自己再生を忘れていたお前が悪い」


 リングを拾い上げると再び左腕にはめる。

 まぁエルナのおかげで奴を殺すことができたのは感謝だ。

 一人だけでは危うかっただろうな。


 儂はコカトリスの死体から気配察知、鋼鉄の胃袋、石化眼改、2UPをいただいた。

 すでに2UPの使い道は決めてある。

 ステータスを開くと目的のスキルのランクを上げた。


 今回の戦いでランクアップしたのは達人、万能糸、高速飛行、自己再生だ。

 視界に進化したスキルが次々に表示される。


【一定の条件を満たしましたので、スキルを進化させます】


 【スキル進化:分析→解析】


 【スキル進化:活殺術→天地経絡穴】


 【スキル進化:隠密→隠密+】


 【スキル進化:分裂→完全分裂】


 【スキル進化:索敵→索敵+】


 【スキル進化:王竜息→帝竜息】


 【スキル進化:竜斬波→竜斬閃】


 【スキル進化:眷属強化→眷属強化改】


【条件を満たしました。スキルを統合したのち進化させます】


 【統合進化:麻痺眼+石化眼改=麻石眼改】


 今回は成長が一気に来たという感じだ。

 2UPを使用した王竜息スキルも見事に進化してくれたようだ。

 ちなみに種族のハイエルフ・ハイドワーフ・ハイ獣人・ハイ翼人はローガス王との戦いの後にすべて原初人に吸収されてしまっている。

 最終的にステータスはこのようになった。



【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(帝種)

 <原初人・ヒューマン(英雄種)・エンペラードラゴニュート・ヴァンパイア>

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:復元空間、隔離空間

 習得スキル:解析、天地経絡穴、達人(特級)、盗術(上級)、隠密+(初級)、万能糸(上級)、完全分裂、危険予測(上級)、気配察知(特級)、索敵+(初級)、神経強化(上級)、鋼鉄の胃袋(中級)、限界突破(特級)、覚醒(中級)、衝撃無効(中級)、砂上歩行(特級)、水中適応(中級)、高速飛行(上級)、斬撃無効(初級)、自己再生(特級)、植物操作改(上級)、金属操作(中級)、分離(特級)、圧伏(中級)、独裁力(上級)、高潔なる精神、帝竜息(初級)、麻石眼改(初級)、爆炎剣舞(中級)、竜斬閃(初級)、眷属化、眷属強化改(初級)、眷属召喚、超人化改、竜化、スキル拾い、種族拾い、英雄の器、王の器、帝の器、あくなき進化ヘの道



 成長もできて依頼も達成だ。

 一段落したところで、儂は先ほどの戦いで抱いた疑問を聞くことにする。


「ブレイクマインドとはどのような魔法なのだ? コカトリスが怯んだように見えたが」

「ああ、あれは闇の特級魔法よ。効果は精神疲労ね。人間にはそれほど効かないんだけど、魔獣なんかには大きなダメージを与えるわ」

「なるほど。それは面白い」


 光の特級魔法であるレーザーも強力だが、闇の特級魔法も使い方次第では大きな武器となるはずだ。彼女の更なる成長が楽しみである。


「もう一つだけ聞いても良いか?」

「なに?」

「コカトリスを見た時からずっと気になっていたのだが、あれは鳥なのか蛇なのか?」


 エルナは「当たり前のことを聞かないで」と言ってから、自信に溢れた表情で答える。


「蛇に決まっているじゃない」

「…………そうか」


 儂はエルナと一緒にボウルへと戻ることにした。




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