百十四話 南の辺境


 地平線に続く広大な草原。

 快晴の空は気持ちの良いほどのスカイブルーだ。

 均された道に沿ってひたすらユニコーンは進み続けていた。


「久々の冒険だって言うのに、どうして南の辺境なんて選んだのよ」

「報酬が良いからだ。お前もバドから聞いたときは乗り気だったじゃないか」

「そりゃあそうだけど遠すぎるわよ。マーナを出てもう二日目よ」


 エルナはブーブーと文句を言っている。

 現在、儂とエルナはバドから紹介された依頼を受けている。

 依頼主は南の辺境の街『ボウル』に住んでいるクリプトンと言う男性であり、依頼内容はコカトリスを討伐すること。

 モンスターを倒すだけと言う単純な仕事である。

 ちなみにコカトリスとは、大きな鶏に大蛇の尻尾が生えた魔獣らしく、目を合わせた者を石化させる力を持っているそうだ。それがスキルなのか種族特性なのかは不明である。


「そう言うな。たまにはのんびり魔獣退治も悪くないだろう」

「二人きりってのは嬉しいけど、さすがに景色には見飽きたわ。あっちを見ても草原。こっちを見ても草原。草原以外ないのここは」


 移動時間の長さに怒りを感じているようだ。

 実際、今の儂らは自力で飛んで行けるわけで、目的地に数時間でたどり着く能力を持っている。

 それでもあえてユニコーンに乗っているのは、飼い馬の運動不足を解消するためだ。あまり乗っていないせいか、身体に脂肪がつき始めていたのだ。なので儂らの小旅行もかねてユニコーンで移動することに決めていた。


「前々から思っていたんだけど、ペガサスも良いと思うのよ」

「ペガサスとは羽のある馬のことか?」

「そうそう、サナルジアの北に生息する魔獣なんだけど、銀色の毛並みが素敵なのよねぇ。空も飛べるし」

「そんなに便利なら乗り物として人気が出ると思うのだが、儂は耳にしたことがないぞ」

「ペガサスはユニコーン以上に希少価値が高くて扱いが難しいのよ。プライドが高いし飼い慣らすことは至難の業ね。その点、真一なら眷属化でどうにかできるでしょ」


 どうしてもペガサスが欲しいというのなら検討しないわけでもないが、エルナは一つ重大なことを見落としている。

 そう、儂に眷属化された魔獣はもれなく黒くなるのだ。

 銀色の毛並みを期待しているのなら無理だと言うしかない。


「黒いペガサスなら手に入れられるがな」

「……あ。そうだった」


 気が付いたエルナはペガサスを諦めたようだった。

 心なしかユニコーンもホッとしているように見える。


「しかしペロ達は上手くやっているのだろうか」

「別行動を言い出したのは真一でしょ。あの三人なら問題ないわよ」


 儂とエルナは南の辺境の依頼に。

 ペロ、フレア、リズの三人は別の依頼を引き受け、王国の北の辺境へと出向いていた。


「北の方は雪が降っていると言うではないか。慣れない環境に苦戦しているかもしれない」

「あのね。ここでいくら心配しても仕方ないの。仲間をもっと信じてあげたらどうなの」


 エルナの言うとおりだ。三人の実力はよく知っているはず。

 不安を感じる必要など無かったのだ。


「む、街が見えてきたな。急ぐぞ」


 地平線に街らしき建物が見えたので、儂とエルナは馬の足を速めた。



 ◇



「ここがボウルか。マーナよりも小さいな」


 南の辺境であるボウルへ入った儂らは、建ち並ぶ家々を見ながら街の印象を呟く。マーナは辺境ではあるものの、大迷宮がある事から王国内でも有数の大きな街である。それと比べるとやはりボウルは規模が小さい。

 ただし、田舎ならではのゆったりとした時間が流れているように感じた。

 この雰囲気は嫌いではない。


 趣のある石畳の道を歩けば、猫が臆することなく近くを通り過ぎる。

 腰の曲がった年寄り同士が楽しそうに会話をしており、玄関から飛び出した子供達は裸足で駆けていった。


「良い街ね。静かでなんだかホッとするわ」

「そうだな。不思議と懐かしい感じにさせてくれる」


 儂らは住人に依頼主であるクリプトンの家を聞くと、街の中心部に建っている屋敷へと足を運んだ。


「ここが依頼主の家なの?」

「たぶんな。クリプトンはボウルの領主らしいぞ」


 門の前で儂とエルナは領主の屋敷を見上げる。

 貴族とは思えないほど小さな家に小さな敷地。

 会う前から貧乏貴族のイメージを植え付けられる感じだ。

 ひとまず敷地の中へ入ると屋敷の扉を叩く。


「はい。どなたですか?」


 玄関が少し開けられ、若い男性が隙間から返事をする。

 儂らは依頼できたことを告げるとドアは勢いよく開かれた。


「良く来てくださいました! ささ、話をしたいので中へ!」


 紳士服を着た黒人男性は笑顔で家の中へ招く。

 建物の内部は表から見るよりも落ち着いた雰囲気であり、床や天井は建てられた年数が古いのかレトロな印象を抱かせた。

 派手さはないが住み心地は良さそうである。

 応接間へ案内されてソファーへと腰をかけた。


「初めまして。私はボウルの領主をしているクリプトンと申します」

「儂は田中真一。マーナでホームレスというパーティーを率いている」

「おお、あのホームレスですか! それは心強い! 噂はかねがね聞いておりますよ! おっと、お茶も出さすに申し訳ない!」


 クリプトンは席を立つと、部屋の隅に置かれている机から二つのカップとポットを持ってきた。

 そして、領主である彼がカップにお茶を注ぐのだ。

 儂とエルナは顔を見合わせた。


「驚かせてしまいましたね。申し訳ない。実は今のクリプトン家にはメイドを雇う余裕がないのです。見た目通りの貧乏貴族と言ったところでしょうか」


 差し出されたお茶の色は見るからに薄い。

 茶葉を使い回しているのだろうな。ほとんどお湯だ。


「若いようだが、その年で領主をしているのは理由があるのか?」

「父が二年前に亡くなったので、その後を私が引き継いだのです。まさか20歳で当主になるとは思っていませんでしたけどね」


 彼は苦笑しつつティーカップに口を付けた。

 なかなか苦労をしているようだ。


「では依頼内容に移りましょう。私がお願いしたいのは道を塞ぐコカトリスの討伐です」

「コカトリスはすでに聞いているが、道を塞いでいるとは?」

「順を追ってお話しいたしましょうか。まずこの街は王国において最も大きな綿の生産地と言われています。なにせ総生産の五割を占めていますからね。収穫した綿は東の辺境にある街へと運ばれ、そこに住む職人達の手によって布にされ王国全域に運ばれて行きます。ですが五年前から東へ向かう道にコカトリスが居座るようになり、綿を納入することができなくなりました」

「その話はおかしくないか。ここが南の辺境だと言うのなら、王都を経由して東へ行けば良いではないか。わざわざコカトリスを排除する理由はあるのか」


 クリプトンは「これを見てください」と、部屋の戸棚から一枚の紙を持ってきた。テーブルに広げられるとすぐに地図だと分かった。それも王国の地図だ。


「王都を中心にする王国は、東に高い山脈を抱えています。東の辺境は山脈を挟んだ向こうにあり、王都を経由してもたどり着くことは困難です。つまり我々はコカトリスを排除しない限り東の辺境には行けないと言うことなのです」


 彼の言うとおり王都の東側には、長い山脈が壁のように立ちはだかっており、王都から東の辺境に行くには北から回り込むか南から回り込むかの二択しか存在しない。

 現実として北からのルートは存在するが、商売として考えるなら時間も費用もかかりすぎて論外だ。ボウルの住人が出した結論は、南からのルートしかないと言うことだったのだろう。

 だがしかし、五年も放置していたのはどうしてなのだろうか。

 コカトリスなら他の冒険者でも倒すことはできたはずだ。


「私の父は幾人もの冒険者を雇って、コカトリスの排除に力を尽くしました。ですが冒険者を何度送り出しても帰ってこず、最後には真実を確かめるために付き添った父も帰ってきませんでした」

「誰も帰ってこないのなら、どうしてコカトリスが原因だと分かったのだ?」

「住人で運良く逃げ延びた者が居るのです。深夜だったこともあって奇跡的に見つからなかったようですが、証言ではかなり大きかったと聞いています」


 夜か。鶏なだけに鳥目なのだろうな。

 ただ尻尾の蛇は恐らく暗闇でも見えていることだろう。

 赤外線感知器官が備わっているために、対象の体温を知ることが出来るのだ。


「報酬は出せるのだろうな。儂らは慈善活動はしていないぞ」

「もちろん。倒していただければきちんとお支払いいたします」

「よし、では夜に出発するとしよう」


 儂とエルナは領主の屋敷で夜を待つことにした。



 ◇



 ボウルからユニコーンで一時間の距離。

 切り立った崖に挟まれた谷へとさしかかる。

 道はぐねぐねと蛇のように奥へと続き、儂らは移動速度を落としながら目的地へと進む。谷へ入って十分が経過したところで、巨大な何かが道を塞ぐように居座っていた。

 儂とエルナは馬から下りると戦闘態勢に移る。


「これがコカトリスか……予想よりもデカいな」


 白い羽毛に頭部からは真っ赤な鶏冠が生えている。

 お尻の部分では赤い蛇が動いており、舌をチョロチョロと出しながら周囲を警戒していた。体高は約十五メートル、全長約二十メートルのあまりにもデカい鶏が巣で眠っていた。

 標的の周りに目を向ければ、人の形をした岩が至る所に転がっている。

 見た者を石化すると言うのは本当のようだ。

 儂らは岩に身を潜め様子を窺うことにした。


「思ったよりも大きくないかしら」

「それを儂も考えていた。せいぜい五メートルくらいだとバドは言っていたはずなのだがな」

「真一のスキルで確認しましょ。戦うのはそれからよ」


 ひとまず分析スキルでコカトリスの能力を見ることにする。



【分析結果:ヘレシーコカトリス:コカトリスの変異種である。体格、能力共に標準的なコカトリスを越えており、両目から放たれる光線によって敵を石化し餌にする:レア度A:総合能力C】


 【ステータス】


 名前:ヘレシーコカトリス

 種族:ヘレシーコカトリス

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックバレット、ロックアーマー

 習得スキル:牙王(特級)、爪王(特級)、声帯強化(上級)、気配察知(特級)、鋼鉄の胃袋(中級)、威圧(中級)、麻痺眼(中級)、石化眼改(中級)、2UP

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:牙王(特級)、爪王(特級)、声帯強化(特級)>



 色々と気になる点が多いがこれだけは言える。

 2UPがある! なんて美味しい敵だ! 

 儂は鼻息を荒くしながら興奮する。



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