百十三話 初詣


「新年ともなるととんでもない人の数ね」

「教会に入るにはかなり時間がかかりそうだな」


 視界に映るのは教会へと並ぶ長い人の列だ。

 その数はざっと見ても一万は居るのではないだろうか。

 早くも初詣に来たことを後悔し始めていた。


「ねぇ、そろそろ私達の格好を褒めてくれてもいいんじゃない。せっかく時間をかけて準備したんだから」


 エルナはピンクのドレスを身に纏い、長い髪を後ろでまとめていた。耳元にはハート型のピアスがされており、顔にはうっすらと化粧がされている。ただでさえ息をのむような美貌を誇っている彼女が、今日は女神が顕現したかのように神聖な空気を帯びていた。


 リズも同様に黄色のドレスを身につけ、耳には丸形のピアスがされていた。印象としては可愛いだが、短いスカートに黒のニーハイを付けている為かうっすらと色気も感じる。


 フレアは胸が大きく開いた薄紫色のドレスを着ていた。谷間が強調され見る者の目を釘付けにする。耳では白い毛玉のようなイヤリングが揺れており、歩くたびにスカートのスリットから長く白い足が覗く。


「うむ、今日はいつも以上に美しく輝いているな」

「僕も素敵だと思いました」


 エルナは「でしょ?」などとはにかみながら儂の右腕に腕を絡ませた。

 すると左腕にすかさずリズが腕を絡ませる。


「両手に花とは羨ましいじゃないか」


 振り返るとギルド支店長のバドが立っていた。

 彼の後ろには妻らしき女性と娘らしき女の子が付き添っている。


「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

「明けましておめでとう。まぁ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして。お前達も教会に初詣か」

「そんなところだ。バドは家族と?」

「ああ、年の初めはやっぱり神様に挨拶しておかないとな。ところで小耳に挟んだのだが、ホームレス食堂ってのはなんなんだ」

「儂らがダンジョンに作った休憩所だ。不味かったか?」

「いや、その食堂のおかげで最近は冒険者の死亡率が減ってきているって話だ。ギルドとしては長く続けて欲しいと思っているんだが、店を閉じるってことはないよな」

「今のところはないな。儂としては儲かるなら十年でも二十年でもやるつもりだ」


 バドは予想通りだったのかニヤリと笑う。

 すると彼は懐から一通の手紙を出して儂に手渡す。


「これは?」

「ローガス国王からの書簡だ。ギルド当てに来たんだが、ホームレスも読んでおいた方が良いと思ってな」


 すでに封を切られている封筒から手紙を取り出す。

 内容はモヘド大迷宮の十五階層から三十階層までを田中真一の所有地として認めると言うものだった。よく分からなかったので儂は首を捻る。


「ダンジョンは基本的に誰のものでもない。それは各国共通だ。だが今回、王国は特定の人物による所有を許可した。これは国が指定した階層には干渉しないという表明なのさ」

「それは分かるが、王国が所有権を認めても他国やギルドが認めないのでは?」

「当然だ。この話はあくまで王国側がそう認識したと言うだけの事。ただまぁ、モヘド大迷宮は王国領土に存在するのも事実だ。ギルドとしては業務に差し障りがないのなら静観せよとの命令が下されている」


 他の冒険者とトラブルを起こすなよと言っているのか。ふむふむ。

 儂としては生活が壊されない限りは現状維持で良いと思っているので、所有権が得られたからと言って何かが変わることはない。

 とはいえ前回のような事が今後は起きないと考えると、国の下した決断は喜ばしいことだ。おそらくは国王となった分身の気遣いだろう。儂に感謝だ。


「とうとう国を動かしちまうとは、俺はとんでもない逸材に目を付けちまったもんだ。末永くよろしく頼むぜ」

「こちらこそだ。ところで最近はすっかり依頼がご無沙汰なのだが、良さそうな仕事はないか」

「あー、そういえばホームレスはまだ上級冒険者だったよな。じゃあ南の辺境からの依頼を紹介してやる。距離はあるが報酬はなかなかだぞ」


 儂らは詳細を聞いてから依頼を引き受けることにした。

 南の辺境とはいかなる地なのかワクワクしてしまう。


「真一、順番が来たみたいよ」


 エルナの声に前方へ目を向けると、すでに教会の入口へと来ていた。

 この教会は『創造神ゼファ』を奉った神聖なる場所だ。

 一般的には創造神教と呼ばれており、王国民の九割が信仰している宗教である。


 儂はしばし入口を眺める。

 教会は石造りの建物であり、壁面には天使や人々の姿が彫られていた。

 大きな扉の両脇には二体の天使の像が、槍と剣をそれぞれ握り通る者を審判しているようにも思える。建物全体がまるで芸術作品のようで、見る者に崇拝と畏怖を思い起こさせる何かがあった。


「ここからは静かにね。創造神は無駄口を嫌うの」

「教会のことをよく知っているようだが、エルナは創造神教の信徒なのか」

「私の場合は世界樹教徒と言った方が良いのかな。サナルジアは世界樹様を信仰しているわけだし。ただ、世界樹様が創造神を崇拝しているから、その関係で創造神教とは仲が良いししきたりも似ているのよ」

「なぜ世界樹は創造神を崇拝しているのだ?」

「噂では創造神と直接会ったことがあるって。詳しい事は知らないけどね」


 もし神が存在するのなら、儂が転生した理由も知っているのかもしれないな。

 そして、東京でなぜあのようなことが起きたのかも。

 機会があれば世界樹に創造神のことを聞いてみたい。


 儂らは無言のまま教会に入ると、最奥に存在する像に目が行った。

 キリスト教なら磔にされたキリスト像があるものだが、創造神教では創造神が飾られているようだ。

 その人物は黒い石で造られており、容姿から察するに男性と思われる。

 身体にはローブを纏っており左手には腕輪をはめていた。


「田中殿、ボーッとしていないで祈りを」

「う、うむ……」


 像の前で両手を合わせながら頭を下げる。

 儂は仲間の無病息災を祈りつつ、目の前に置かれている器へ金貨を一枚投げ入れた。

 近くに居る神父は「オホッ」と嬉しそうに声を漏らした。

 百万円相当の金額だ。教会にとっては嬉しい出来事だろう。

 こういうのは気持ちだ。決して教会を味方に付けようななどとは思っていない。


「貴方たちは素晴らしい信仰心をお持ちのようだ。ぜひお名前をお聞かせ願いたい」

「儂は田中真一だ。この街でホームレスという名で冒険者をしている」

「噂の方々でしたか。罪人としての疑いは晴れたそうですが、評判はすっかり落ちてしまったようですね。我々としてもなんとか助けてあげたいのですが……」


 神父の言葉の後に、儂はすぐに懐から金貨五枚を取りだした。


「これは教会への寄付だ」

「やはり深い信仰心があるようですね。私から教会本部へ掛け合っておきましょう。きっとホームレスの評判は以前よりも高いものとなるはずです。神の御心に感謝を」


 金を受け取った神父は素早くポケットに入れる。

 祈りを終えて立ち上がると、全員が呆れた顔をしていた。


「初詣に乗り気だったのはこれが狙いだったのね。呆れたわ」

「僕、もう神様を信じられないや……」

「大衆の面前で神父を買収するとは。もう言葉も出ないぞ」

「神父は正直。世の中は金」


 汚い話だがこれも世間を上手く渡る方法の一つだ。

 そもそも教会という大きな組織を使わないのは損ではないだろうか。

 敵対すれば厄介だが、味方にすればなかなか心強いものである。


 建物から出ようとして視線を感じた。

 不思議に思った儂は振り返って見ると、先ほどの神父の横で男が立っているではないか。白い短髪に白い布を纏い、まるでギリシャ神話に登場する神々の一人のように見えた。ただ、その人物は顔の彫りが浅く日本人顔だ。


「誰だ……?」


 男は微笑んだままじっと儂を見ていた。

 隣に居る神父は、男の存在に気が付かないのか顔を向けることもしない。

いや、儂だけにあの男が見えているのだ。

 祈りを捧げる者達も気が付いていないようだった。


「お……あ……」


 男が短く何かを言った。だが、儂には聞こえない。

 お前は誰だ? なぜ儂に話しかける? 

 直接問いただそうと足を出した瞬間、男は幽霊のようにその場から消えていった。


「何だったのだ」


 顔は若かった。歳は20前後と思われ瞳は茶色だ。

 どこかで見たことのある容姿なのだが思い出せない。

 かなり昔に会ったことがある。それだけは確信できる。


「真一、どうしたの?」

「……なんでもない」


 ぬぐえない違和感を頭の片隅に追いやり、儂は仲間の元へと駆け寄った。



 ◇



 初詣も終わり、儂は箱庭の畑へと足を運ぶ。

 そこでは分身がデミリッチCと共に、鍬で地面を耕していた。


「調子はどうだ?」

「本体か。畑は見ての通り順調だ」

「そのようだな。ところであの大きな小屋は何だ?」


 指差した場所には二階建ての木造の建物があった。

 ご丁寧に表札まで付けられており『田中』と書かれている。


「あれは儂の家だ。畑に近い方が仕事がしやすいと思ってな」

「悪い。分離していなければこんなところで暮らすこともなかったのにな」

「気にするな。儂はこう見えて箱庭の暮らしを楽しんでいるのだ。眷属と過ごすのも意外と退屈しないぞ」


 分身は腰に吊していた水筒を手にとって水を飲む。

 その様子を見ながら思案する。

 自分自身に仕事をさせているとは言え、やはり何か報酬を払った方が良いような気がするのだ。甘えてばかりでは申し訳ない。


「一ヶ月金貨一枚というのはどうだ?」

「ん? 給料の話か?」

「うむ、無給は面白くないだろう」

「それもそうだな。研究には色々と金もかかるからなぁ」


 研究と言う言葉に引っかかりを覚えた。

 まさかまた何か作っているのか。

 儂の考えている事を察したのか分身はニヤリと笑う。


「儂の最新の研究成果を見せてやろう。おい、アレを持ってこい」

「カタカタ」


 デミリッチCは木造の倉庫へと歩いて行く。

 そして、中に入ると一台の荷車を運び出した。


「これは世紀の大発明である! まさに植物界の新星ニュースターだ!」


 は一メートルほどの何かだった。

 表面は薄茶色の皮に覆われており、いびつな楕円形をしている。

 四カ所からは短い手足が生え、二つの大きな目がぎょろぎょろと視線を彷徨わせていた。

 暴れるためか荷車にロープで縛り付けている姿が異様だ。

 儂は思わず後ずさりする。


「それは……なんだ?」

「ジャガイモ君だ! 苦労したぞ! 芋に三歳児程度の知能を与えるのは!」


 なぜジャガイモに知能が必要なのだ。おかしいだろう。

 分身はその利点を述べる。


「なぜジャガイモ君が大発明なのかと言えばだな! こちらで水や肥料を用意してやれば、ジャガイモ自らが補給するからなのだ! しかも大きさはもちろん品質も最高クラスだ! これで作ったフライドポテトは絶品だぞ!」


 デミリッチCが皿に乗せられたフライドポテトを儂に差し出す。

 ジャガイモ君を目の前にして試食とは、なんとも言えない気持ちにさせられる。

一本だけ口に入れるとホクホクしていて塩が利いていた。


「味は確かに美味いな」

「そうだろそうだろ! しかもこいつは荒れた土地でも育つ強さを兼ね備えている! こいつを地上で育成すれば、食料に乏しい場所でも腹一杯に食べられると言わけだ!」


 もっともなことを言っているが、知能がある辺りで問題にならないだろうか。

 そりゃあ豚や牛に意識がないのかと聞かれればあると答えるだろうが、野菜もそうなる必要は無いような気がする。

 何より食べづらい。ずっとジャガイモ君に凝視されているからだ。


 味は良い。量も規格外だ。

 だが、ジャガイモ君を地上に出すのは危険な気がした。儂の勘だ。

 分身に最終決定を伝えることにした。


「箱庭のみで作ることを許可する。地上へ持ち出すのは必ず解体後だ」

「ふむ、生きたままは厳禁か。儂としては残念だが、妥当な判断かもしれないな」


 分身は納得するとリッチに「そのジャガイモ君も解体しろ」と命令した。

 剣で巨大なジャガイモをばっさりと切ると、ジャガイモ君はジタバタと暴れた後に涙を流して絶命した。

 もう何を見せられているのか理解できない。


「あまりおかしな物を作るなよ」

「心得ている。儂が目指すのは究極の野菜だからな。失敗はつきものだ」

「人の話を聞け」


 田中βの野菜開発がどこまで行くのか実に不安である。



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