百九話 ローガス国王2


 謎のスケルトンの斬撃をギリギリで避ける。思ったよりも剣速は鋭い。

 しかも時間差で攻撃を繰り出すのだから厄介だ。

 一体の攻撃を避けると、二体目が儂の回避行動を先読みして攻撃する。

 その攻撃を避けると、さらに追撃でもう一体が攻撃するといった流れだ。

 さすがは世界を支配していた超大国の遺産だ。連係プレーもお手の物というわけか。


「どうだ素晴らしい出来だろう。五千年後の現在でも衰えることがない性能。これこそが古代文明の英知によって生まれた究極の兵器だ」

「そのようだな。だが、こんなもので儂を倒せると思っているのか」


 剣撃をひらりと躱して二体に拳をお見舞いする。

 それぞれ壁に叩きつけられバラバラになって床に転がった。

 確かに優れた兵器のようだが、性能はホームレススケルトンよりも少し強いくらいだ。今の儂には相手にならない。


「グフフフ。古代兵器を甘く見ているようだな。」


 国王の不敵な笑みに儂は身構える。

 すると、バラバラとなったはずのスケルトンが独りでに組み上がり、再び儂にへと剣を向ける。


「どういうことだ? 倒したはずだが」

「古代文明の英知であると余は言ったぞ。不死身の兵士を倒すことなどできぬ」


 二体の連係攻撃が始まる。儂は回避をしながら頭を回転させていた。

 本当に不死身なら恐るべき事だが、どう考えても国王は嘘をついている。

 目の前の二体しか現存していないことに矛盾が生じるからだ。

 だとすれば破壊する方法は絶対にある。間違いない。


「ふっ! ていっ!」


 一体を足払いで体勢を崩したところで蹴りで仕留め、真横にいたもう一体に肘突きを喰らわせる。二体はバラバラと床に散らばった。

 今度は念入りに観察することにする。

 スケルトンの散らばった骨が頭部へと集まりくっついて行く。

 もしかすると衝撃を逃がすために、わざとばらけているのかもしれないな。

 だが、これではっきりした。頭部が奴らの核なのだと。


 古代スケルトンとすれ違うようにして二体の間をすり抜けた。

 忘れがちだが儂は盗術と呼ばれるスキルを保有している。

 これはスリが上手くなるものなのだが、特筆すべき点はに所持品をいただける事だ。

 振り返ると頭部を失った二体が、行くべき方向を見失いウロウロしていた。

 盗んだ頭蓋骨は感情を見せずに青い両目をキョロキョロと動かす。

 スケ太郎達のように可愛いとは思えないな。


 儂は二つの頭部を床に転がして勢いよく踏みつけた。

 核が破壊されたことにより、二体の身体は電池が切れたように床に倒れる。


「ぐぬぅ、余の不死の兵をよくも。実力を低く見積もりすぎたか」


 ローガス王は立ち上がると、玉座の近くに飾られていた一本の槍を手に取る。

 持ち手から刀身までホログラム柄であり、所々に水を意識した彫刻がなされている。刀身に埋め込まれるようにして蒼い球が輝いており、槍それ自体が異質な空気を纏っていた。


「グフフフ、この槍が気になるか? そうだろそうだろ。なにせ世界で五つしかない宝具だからな」

「まさか五大宝具の一つか」

「いかにも。これは水神の槍と呼ばれる至宝の一つ。アダマンタイトで造られ水の魔宝珠を備えた最強の槍だ。貴様の貧相な剣でどこまで抵抗できるか見ものだな」


 ここで五大宝具が出てくるとは。非常に不味い。

 奴の言うとおり、ブルキングの剣で耐えられるかどうか怪しいところだ。


「では行くぞ。下郎」


 王は身軽い跳躍で槍を振り下ろす。

 儂は床を転がって避けると、起き上がりに剣を抜いた。

 直後に走る衝撃と轟音。


「避けるな。余の攻撃を受けよ」


 先ほどまで儂が居た場所には、大きな亀裂ができていた。

 一振りであの威力とは油断できない。


「これならどうだ。水の魔宝珠よ余に力を」


 備えられた蒼き魔宝珠が奴の声に呼応する。

 そして、王の振った槍から水の刃が射出された。

 儂は床を転がって回避すると、奴は追撃にさらなる刃を放つ。


「直々の処刑は嬉しいだろう! もっと喜べ!」


 儂は斬撃を避けつつ反撃に出る。

 剣と槍が打ち合わされ部屋に金属音が木霊した。


「宝具がお前のような者を認めるとはな。以外だった」

「グフフ、これに人のような人格があると思っているのか。宝具とは条件を満たせば誰でも持ち主となれるのだ。ただし、並大抵の実力では触れることも叶わぬがな」

「なるほど。良いことを聞いた」


 サブアームで両肩を掴むと壁に向かって投げ飛ばす。

 壁に激突した王は瓦礫へと埋まった。


「見えない腕があったのか。さすがは帝種のホームレスだ」


 奴は無傷で瓦礫から立ち上がった。


「儂のステータスを見たか」

「あいにくランクが足りないために種族名しか分からなかったがな。まぁどのようなスキルを持っていようと余を傷つけることはできやしない」


 ずいぶん余裕だ。衝撃無効と斬撃無効のスキルによほどの自信があるのだろう。

 重ねて儂の保有スキルを知らないことが原因だと思われる。

 奴を倒すだけならいくつか方法はあるのだ。

 まず一つは王竜息で消し飛ばすこと。

 もう一つは活殺術で仕留めること。

 最後の一つは雷の魔宝珠でダメージを与えることだ。

 三つの中で難しいのは王竜息である。その理由は城ごと破壊してしまう恐れがあるためだ。強すぎるだけに使用場所は限られている。よって雷撃で弱らせつつ活殺術で、息の根を止めるのが妥当だと判断する。


「魔宝珠を持っているのは自分だけだと思うな」


 バチバチと紫電が刀身に走り空気を焼く。

 ローガス王は眼を見開いてから口角を上げた。


「雷の宝珠を宿しブルキングの剣か。愚民には相応しくない品を持っていたようだな。王として容認できない事実だ」


 奴が水の刃を放つ。対する儂は雷撃で蒸発させた。

 爆発的蒸発により、部屋の中に大量の水蒸気が充満する。


「ふんっ!」


 水蒸気を抜けて王が飛び込んでくる。

 振られた槍を剣で受け止め、再びサブアームで掴もうとした。

 だが、掴んだのはだった。

 よく見れば奴の背中から第二の両手が生えているのだ。

 突然の出来事に頭は混乱する。


「驚いたか? 余に同じ手は通じないぞ」

「どうなっている。なぜ腕が生えたんだ」


 剣と槍で押し合いつつ頭の上では、もう一つの両腕が組み合っていた。

 すると奴の両脇腹からもう一つの両腕が生える。

 それはスルスルと伸びて儂の脇腹をこちょこちょした。


「ぐははははっ! ひ、卑怯だぞ!」

「王はどのような手を使っても許されるのだっ!」


 力の緩んだところで壁に向かって儂を放り投げる。

 瓦礫に埋もれるが、衝撃無効スキルがあるためにすぐに立ち上がった。


「それがお前の種族特性か」


 王の身体はドラゴニュートのように大型となり、筋肉はドワーフのようにはち切れんばかりに膨らんでいた。耳はエルフのように長く、背中には翼人のように黒い羽が生えている。両手両足は獣人のように鋭く、顔はオークのような醜悪なものだった。


 ……あ、いや、顔は同じだ。見間違いだった。


「原初人とは定まった形を持たない種族。つまり余はドラゴニュートでもエルフにでもなれるというわけだ。文字通り人種族の基である」

「ならヒューマンの姿でなくても良かったのではないのか」

「余はあくまでもヒューマンの王である。種族は変わろうとも、己の存在意義を失うことはしない」


 なんとなく言いたいことは分かる。

 何者にでもなれると言うことは、何者でもなくなると言うことだ。

 己を見失わないように本来の姿に固執していたのだろうな。

 まぁ儂にしてみればどうでも良い事だが。


「たいそうなことを言ってはいるが、姿が変わっただけではないか。実力まで変化したわけではあるまい」

「そう思うか? では余の本気を味わえ」


 何倍にも跳ね上がった脚力に、目にも留まらぬ程の瞬速の突き。

 槍は容易に儂の右胸を貫いた。

 否、貫いていたが正しいだろう。

 あまりの速さに何が起きたのか分からなかったほどだ。


「ぐぁぁあああああっ!?」

「心臓を突き損ねたか。余もまだまだだな」


 引き抜かれた槍には血液が滴っており、儂は痛みに思わず両膝を床に着く。

 王は髪を掴み強引に引き上げた。


「この辺りか? いや、この辺りだな。違うな。ここが心臓か」


 心臓を探して儂の身体に槍を突き刺す。何度も何度もだ。

 位置など誰でも知っているはず。

 痛めつける為だけにトドメを遅らせていた。

 ただ突き刺すだけなら儂も耐えられるが、奴は傷口を抉るようにしてグリグリと刀身を回転させる。それはまるで神経をむき出しにしてナイフで削るかのような激痛だ。


「どうだ殺して欲しいか?」

「ぐ……」

「懇願すればひと思いにやっても良いぞ。グフフ」

「し……ぬ……」


 指が剣の柄に触れる。


「死ぬのはお前だ!!」


 紫電が迸りローガス王の全身を焼く。

 感電しているためか、ブルブルと震える姿は滑稽だった。


「うがあああああっ!?」


 白い煙を漂わせながら王は後ろへ下がる。

 痛みから解放された儂は、立ち上がって服の埃を片手で払った。


「死にかけの分際でよくも……」

「それはお前の思い違いだ。儂をよく見ろ」

「なにを言って――傷がないだと!?」


 ククク、儂には自己再生スキルがあるからな。

 どれだけ痛めつけられようが瞬時に傷は塞がるのだ。

 ただし、スキルがどこまで有効なのかは不明なので、首を落とされ無かったのは不幸中の幸いだ。


「アクエリアスリカバリー」


 奴は水魔法によってダメージを回復させる。

 ここまで戦ってみたが、ローガス王は想像以上に厄介な相手だ。

 一撃で殺さなければ魔法でいくらでも回復する上に、宝具と高い身体能力で簡単には近づけさせてもらえない。

 活殺術の死のツボを押すことができれば戦いは終わるのだがな。

 しかし、死のツボは背中に一つだけ表示されるのみだ。

 押すには難易度が高い。


「何を見ている。ようやく平伏する気になったのか」

「冗談。殺す価値のない相手を殺すときの虚しさを感じているだけだ」

「グフフ、その言い方ではまるで余を殺せるようではないか」

「まるでではない。事実だ」


 すかさず麻痺眼を発動し、指先から射出した蜘蛛の糸でぐるぐる巻きに縛る。

 地面を蹴るように走り出すと、奴の背中へ向かって飛び込んだ。


「させん! させんぞ!」


 王の身体がぐにゃりと変形し、水飴のように糸をすり抜け攻撃を回避した。

 離れた場所で形を成した王は儂を睨み付ける。


「貴様、何をしようとした!? 余の毛穴が恐怖で閉じるのが分かったぞ!」


 以外にも勘が良い。腐っても一国の王と言うわけか。

 警戒心を強めた王は槍を構えて儂をけん制する。


「余は無敵のはずだ! 貴様に恐怖するなどあってはならない!」

「では近くで斬り合おうではないか。遠慮するな。儂は堂々と戦うぞ」

「だったらその左手はなんだ! 何かを押そうとしているように見えるぞ!」

「気のせいだ。もっと近くに来い」


 じりじりと儂が近づくと王は同じように下がる。

 どうしても左手が気になるようだ。

 その様子にニヤリと笑みを浮かべた。


「なにがおかしい。余が怯えていると思っているのか」

「違う。一つ言ってやろうと思ってな」

「……?」

「儂はずっと手加減をしているのだ。強化系スキルも使わずにお前の注意を引いている。それが何故か分かるか」

「余を前にして本気ではないだと。ふざけるのも……」


 奴の真上からもう一人の儂が飛び降りる。

 手にはブルキング製のナイフを握っており、背中へ深々と刀身を沈めた。

 その瞬間、ローガス王の瞳孔は開き床に倒れる。


「水蒸気爆発の時に分裂スキルで分身を作っていたのだ」

「天井に張り付いていた儂に気づかないか冷や冷やしたが、動きを止めてくれたおかげでようやくトドメをすることができた」


 分身の儂を儂に吸収すると、死んだローガス王から種族と斬撃無効スキルをいただく。そして、再び分身を創り出すとローガス王に姿を変えるように指示を出した。

 原初人は他人になりすますことのできる種族だ。人種族であるなら体型や身長すらも自由自在。ローガス王とうり二つとなった分身は、床に落ちていた王冠を拾い上げてかぶる。

 都合の良い種族を持っていた国王に感謝だな。


「陛下! ご無事ですか!」


 近衛騎士が王の間へと駆け込む。

 彼は儂を見るやいなや剣を抜いた。


「落ち着くのだ。余は健在なり」

「しかしこの者は賊では……なっ、その化け物は!?」


 本来の国王である死体を見て騎士は戸惑う。

 分身は静かに頷き儂を指差した。


「そこにいる大変素晴らしい冒険者が倒してくれたのだ。余を助けてくれた者へ無礼があってはならんぞ」

「そのようなこととは知らずに申し訳ありません! どこの誰かも存じませんが、その勇気に感謝いたします!」


 深々と頭を下げる騎士を見ながら分身は、これから送るだろう長い国王生活に溜息を吐いた。

 国民全てを騙すのだ、良心が痛まないわけがない。

 心の中でスマンと謝りつつ、儂は床に転がっていた宝具をリングに収める。


「そうだ、儂は用があったのだ。それでは失礼する」

「あ、せめてお名前でも!」

「いやいや結構! では陛下、再び会える日を楽しみにしているぞ!」


 儂は逃げるように城から抜け出すと、待機していたグリフォンに乗って夜空へと飛び立つ。指笛を吹くとスケルトン軍は撤退を始めた。


 こうして王国とホームレスの小さな戦争は終わりを迎えたのだった。



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メリークリスマス!


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