百十話 後始末


 ローガス王との死闘が終わり数日後。

 儂はマーナ領主の屋敷へとやって来ていた。


「そうですか。英雄と魔導士は見逃したと」

「うむ、少し甘い気もしたが仲間の頼みだったからな。それで王都の方はどうだ」

「混乱状態ですね。奇跡的に死傷者はなかったものの、王国の中心である王都が一時でも魔獣に制圧されたことはショックだったようです」

「なるほど。ちなみに王のことでなにかなかったか?」

「城内では別人のようだと噂されています。内政に無関心だったあの陛下が、熱心に勉強をされているとか。現時点では今の王を歓迎しているムードですね」


 儂はソファーに背中を預けて一安心する。

 どうやら上手くやっているみたいだ。

 さすがにローガス王の記憶まではトレースできないので、どう誤魔化すか不安だったのだ。意外と国民にとって王が本物でも偽物でもどうでも良いのかもしれないな。

 神崎は話を続ける。


「ホームレスの罪は間違いだったと国王が謝罪し、アービッシュ・グロリスからは英雄の称号を剥奪。ようやく我々も活動を再開できそうですね」

「食の都計画のことだな。まったく邪魔が入ったせいで余計な時間を取られてしまった」

「ええ、それ故に油断をしていたと言うのもありますがね。ところで国王から私に慰謝料が送られて来たのですがどうされますか?」


 テーブルに置かれた大きな革袋がじゃらりと鳴った。

 額の目で透視すれば全てが金貨である。数はおよそ五百枚。

 日本円にすると約五億か。かなりの大金だ。


「儂の分は全て街の発展に使ってくれ。今回の件で色々と迷惑をかけたからな」

「ではそのように」


 今回の件でホームレスの信用は、地に落ちていると考えるのが普通だ。

 勿体ないとは思いつつも、少しでも取り戻すために街へ貢献しなければならない。

 まぁ、その為に分身が慰謝料を送ってきたのだと思うがな。ありがたい事だ。

 神崎は考えるような仕草を見せると口を開いた。


「実は少し気になる噂を耳にしています」

「噂? 王都か?」

「ええ、田中さんは一時的にですが王都を制圧しましたよね。しかも魔獣によって。民の間で魔王が生まれたと囁かれているのです」

「魔王?」

「魔物の王の事です。特に人に害をなす者に対し、畏怖を込めてそう呼ぶと古い書物には書かれています」


 魔王とはなんともありきたりな。

 だいたい儂はこの世界を良くしようと考えている人間だ。

 そう呼ばれることには強く抗議したい。


「証言者の中には、闇夜を飛び回る赤い三ツ目の怪物だとか、ケンタウロスのような半獣の魔物だと言っている者もいるのです。一応聞いておきますが田中さんの事ですよね?」

「…………」


 考えるまでもなく儂だ。

 グリフォンで飛んでいたのを目撃されていたのだろうな。

 しかも夜目が利かない者には、一つの生き物のように見えたと考えて良い。

 思えば隠密スキルで侵入すれば良かったのだ。やってしまった感が半端ない。


「その他にも謎のスケルトンを調査する動きがあるようです。こちらは多数の目撃者がいるにもかかわらずその正体を誰もつかめていないのが現状ですがね。二度目の襲撃があると考えているのでしょう」

「ふむ、防衛意識を高めるきっかけになったのは良かったのかもしれないな。ただし、二度目は御免被る」


 そう何度も犯罪者にされてたまるか。

 儂は暇ではないのだからな。


「そういえば昆布と鰹節の件はどうなりましたか?」

「昆布はリングに収めてある。欲しいならすぐに渡そう。鰹節に関してはまだ加工中だな。これから青カビを生やして熟成させるところだ」

「それなら問題はなさそうですね。必ず良き街にしましょう」

「そうだな。儂らの夢の続きだ」


 儂は神崎と握手を交わしニヤニヤと笑みを浮かべた。



 ◇



「あーもう! あいつらのせいでボロボロよ!」

「まぁまぁエルナお姉ちゃん。お父さんの眷属もいるしちょっとずつ直そう」

「これはこれで楽しいものだな。労働の汗が心地良い」

「面倒。早く寝たい」


 四人が騒がしく家畜場を建て直している。

 トントンと聞こえてくる金槌の音は、二十四階層へ来たばかりの頃を思い出させた。

 おっと、ボーッとしている場合ではなかったな。

 まだまだやらなければならないことは山積みだ。

 儂は四人と一万の配下に家畜場を任せて移動することにした。


「まだ半分程度か」


 二十三階層に来ると建て直している茶室が目に入った。

 そう、奴らはここも破壊したのだ。

 幸いなことに茶器はなどは壊されてはいなかった為、近い内にお茶を飲むことができそうだった。


 はちまきを締めたスケ太郎が金槌で屋根を造っている。

 プラチナカラーとなった今では、その姿はあまりにもシュールだ。

 地面では角材をカンナで削るスケルトン7。 

 彼らは儂に気が付くと顎を鳴らして手を振る。


「引き続き作業を頼む」

「カタカタッ!」


 今度は十五階層のホームレス食堂へ行くことにした。

 そこでは眷属達によって掃除が行われており、スケルトン1が厨房を整理整頓している。


「テーブルも椅子も直ったみたいだな。いつ頃再開できそうだ?」

「カタカタ」


 1は”明日にでもできそうです”と返答した。

 実はマーナへ行った際に、何人もの冒険者に『食堂は閉店しないよな?』などと質問されたのだ。その為、現在は最優先で店の準備に取りかかっている。

 食堂の復活を待ち望んでもらえるとは嬉しい話だ。


 ふと、スケルトン1が”食べてもらいたいものがある”と言って儂を席に座らせた。

 彼は厨房に入るとトントンと小気味よく包丁を鳴らし、じゅわぁと油の音を立てて何かを揚げている。しばらくするとテーブルに料理が運ばれてきた。


「ほぉ、おろしとんかつ定食か。美味そうだな」


 山盛りのご飯に味噌汁。主菜の皿には、千切りキャベツとからっと揚げられたとんかつだ。その上には大根おろしが乗せられ、ふわふわと白い湯気が立ち昇っていた。

 儂はとんかつの上から醤油を垂らし、肉と白米を口に掻き込む。

 美味だ! 不味いはずがない! 


「カタカタ」

「これをメニューに加えたいと?」


 未だ家畜場は再建中だ、新しいメニューを追加するには早すぎる気がする。

 ただ、今後もコレは食べたい。

 ひとまず今回は裏メニューとして出すことにするか。

 1にその事を伝えると嬉しそうに顎を鳴らした。


 儂はホームレス食堂を後にし、地上にあるショユの森へと行くことにした。

 醤油工場からは濃密な醤油の香りが立ちこめており、食後にもかかわらず食欲をそそられる。いつものように作業用の服を着ると。工場内へ踏み入った。


「カタカタ!」


 工場長であるスケ次郎が儂に頭を下げた。


「挨拶はいい。生産ラインは問題ないか」

「カタカタカタ」


 彼は”醤油と味噌共に順調です”と答えた。

 醤油樽の近くでは状態を観察しつつ、記録を付けるリッチAの姿も見える。

 短期間とはいえ、生産ラインをストップさせていたのが気がかりだったのだ。


「鰹節の方はどうだ?」


 儂の言葉にスケ次郎は担当のリッチBを呼ぶ。

 リッチBの説明では、工場の少し離れた場所に建てた小屋で熟成は進んでいるそうだ。

 それが終われば本格的な日干しに入るのだとか。こちらも順調と言える。

 視察が終わった儂は、ひとまず箱庭へ行くことにした。



 ◇



「今日も元気な野菜が収穫できたな!」

「カタカタ」


 畑で雑談をしているのは分身とリッチCだ。

 近くには荷車に積まれた野菜らしき山がある。

 儂は二人に声をかけた。


「おっ、本体じゃないか」

「仕事は終わったのか?」

「うむ、この通りだ」


 彼が掴んだ一本の野菜は、割と良くある人の形に似た大根だ。

 だが、両目が開いたことで儂はギョッとした。

 しかも手足のような部分をじたばたと動かし、気味の悪い声をあげる。


「なんなんだこれは!?」

「まだ名前は付けていないな。見た目はアレだが味は保証する」


 分身は儂の手にソレをぐいっと押しつけ食べろと急かす。

 また野菜を改造して変なものを創ったようだ。

 端から見ると儂は、こんな人物なのだなと妙な悲しさを覚えた。

 言われるままに野菜を生で囓ると、舌の上でぴりりとした辛さがあった。


「見た目はアレだが、味は辛味大根か」

「味だけではない。滋養強壮にも優れており男性に喜びをもたらすのだ」


 これを使えば精力剤を作れるかもしれないな。

 いや、待てよ。この大根をおろしとんかつ定食に使えば、良い話題になるのではないだろうか。名付けて『精力増強とんかつ定食』だ。


「この野菜の収穫量を増やすことを許可する。今の二倍の量を確保して欲しい」

「ククク、さすがは儂か。この野菜の素晴らしさを察したようだな。では、さっそく作業に取りかかるとするか」


 分身はリッチCと共に畑を耕し始めた。

 やはり自分がもう一人いるのは便利である。思いつくことをすぐに実行してくれるのだから。そこで儂は分身をしばらく出しておくことにし、それぞれに仮の名前を付けることにした。

 ローガス王のフリをしているのを田中α。

 畑を耕しているのを田中βとする。

 今後の活動に期待したい。


 儂は再び二十四階層へと戻り、家畜場の手伝いをすることにした。

 エルナ達に指示を出しながら板を打ち付け、今度はさらに頑丈な建物を目指して建築を進める。家畜達は柵の中から儂らの作業をぼーっと眺めていた。


「あーっ! もう! 建物なんて魔法で創れば良いじゃない!」


 屋根の上で寝転んだエルナが叫ぶ。

 儂は黙々と釘を打ち、板が足りなくなれば下にいるペロに投げてもらう。


「ちょっと聞いてる!? 魔法で創れば良いのよ!」

「それでは味気ないだろ。それに何かに頼ってばかりでは、ここで暮らしているとは言えないぞ」

「そりゃあそうだけど! いくら何でも疲れるわよ! 今の私なら魔法でチョチョイのチョイなのに!」


 彼女はゴロゴロと転がって儂の方へと寄ってくる。

 屋根の上というのに器用な奴だ。


「ねぇ、そろそろ隠れ家を広くしたいと思わない?」

「……そうだな。以前は寝室とリビングを広くした程度だったからな。この際、部屋数を増やすのも悪くないかもしれない」

「でしょ? そろそろ個室が必要だと思うの。そりゃあ女三人で過ごすのも良いけど、色々と秘密にしたいこともあるし」


 言われてみれば確かにそうだ。

 年頃の女性を同じ部屋に押し込めるのは、あまり良くないかもしれない。

 それにペロだってもう身体は大人だ。種族が違うとは言え、異性を近くに置きすぎるのは教育に悪いかもしれないな。


「だが、部屋をどのような配置で創るのかは考えているのか?」

「うーん、リビングから各部屋に行けるってのが理想だけど」

「だったら台所と鏡の間のスペースに扉を創れば良い。そこを男部屋にして、お前達の部屋は今あるスペースを潰して個室として割り振れば解決だろう?」

「でもトイレと倉庫はどうするのよ」

「倉庫はリビングから繋がる別の通路を創れば良い。トイレは女性側で使えば良いだろう」

「え? 真一はトイレどうするの?」


 何だコイツ。一緒に生活をしていて気が付いていなかったのか。

 呆れつつも儂は説明をしてやる。


「儂とペロはトイレに行かない」

「え? ええ?? なにそれ。怖い」


 正面から言われると傷つく。

 排泄のための穴はあるのだ。ソレはちゃんと確認している。

 しかし、儂もペロも不思議とトイレに行くことはない。

 もしかすると体内で何かに変換されているのかもしれないな。


「とりあえず隠れ家の改造も行う予定だ。エルナにしかできないことなのだからな、しっかりやってくれ」

「はーい」


 すると屋根にペロとフレアが上がってきた。


「お父さん、そろそろ休憩にしようよ」

「さすがはペロ様。聡明なるご判断に私は感激です」

「フレアさん、そろそろ背中から下りて」


 背中からしがみつくようにフレアがペロに抱きついていた。

 いつものことなので特に気にする光景でもない。

 そこへ上空から黒い塊がふわふわと降りてくる。


「疲れた。お昼」


 待て待て。どうして上から来た。おかしいだろう。

 そうか。さてはサボっていたな。忍者だけに油断も隙も無い奴だ。

 弁当をリングから取りだし、屋根の上で広げることにした。


 おにぎりを頬張る四人の笑顔。

 それを見るだけで儂は、仲間を守れたのだと胸が熱くなった。



 第五章 <完>


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

本日で今年の更新が終わりました。次は2018年1月からとなります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

それでは良いお年を。



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