百八話 ローガス国王
時は三日前に遡る。
アービッシュ率いる王国軍の精鋭がダンジョンを進んでいる頃、儂はホームレスグリフォンに乗って王都へと向かっていた。計画としてはこうだ。分離スキルによって別れた儂と分身は一方は英雄を相手し、もう一方で王都を攻める事としていた。
とはいえ話し合いを捨てたわけではない。
帝国の時と同様に、強制的に同じテーブルに着かせようと考えているのだ。
もちろんそれでも抵抗するのならば皇帝と同じ結末を迎えることになるだろうが、ローガス国王がそれほど愚かだとは考えたくない。
「そろそろ王都か」
グリフォンの上であぐらをかいたまま地平線を見つめる。
遥か先には王都が見え、国王が住んでいるだろう城が中央にそびえ立っていた。
儂は遠くない位置まで接近すると、グリフォンを草原に降下させる。これから夜まで待たなければならないのだ。
目標は夜襲を行い一気に王都を制圧すること。
もちろんそれが目的ではない。儂が国王と話をする為の時間稼ぎである。
リングから枯れ枝を出して火を付ける。
沈む太陽を眺めながら早い夕食を取ることにした。
◇
懐中時計を確かめる。
現在は深夜二時。日本で言えば丑三つ時だ。
草原は動物の鳴き声だけが響いており、異様な静けさが横たわっている。
王都もいくつかの明かりを残す程度で、全体が眠っているようだった。
時は来たり。作戦を決行する。
「出でよ! 我が眷属!」
草原に眩い光が満ちた。
地面から次々とホームレススケルトンが出現する。
指揮を執るのは九体の軍団長だ。いずれもゴールデンへと進化しており月光を眩く反射する。
眷属召喚は一秒ほどで終わった。
総数は三十万。無数の赤い光が王都に向けて整列していた。
「王都を制圧しろ」
「カタカタ」
スケルトン1が顎を鳴らして了解の意思を示した。
軍団長達の命令に従い、大群は足並みを揃えて王都へと進軍を開始する。
彼らは街を取り囲む外壁へ到達すると、壁の隙間に指を差し込みよじ登り始めた。
外壁の上には油断からなのか見張りの姿はない。
スケルトンは壁を登り切ると、容易に王都の中へと侵入を果たした。
儂は種族を発動し、両側頭部に角を出し背中からは翼を出しておく。額の目を開眼すれば完成だ。
これから国王に会うのだ。見栄えも重視しておかなければならない。なにせ今回の交渉はホームレスが上である前提で話を進めなければならないのだ。下手に見られてしまっては元も子もない。
グリフォンにまたがると夜空へと飛翔する。
自身で飛ばないのも儂なりに考えた王者の風格だ。
グリフォンで登場などカッコイイではないか。ククク。
上空から王都を一望すれば、夜の街に多数の悲鳴が響き渡る。
住人にはむやみに攻撃するなと言ってあるので、スケルトン達は驚かせるだけに留まっているはずだ。
もちろん公爵家と大地の牙の家には手を出さないように厳守させてある。
建物から飛び出た人々は、スケルトンから逃げるようにして東門へと移動して行く。
とある家の中を覗けば、子供を抱えた母親が部屋の片隅で震えていた。
申し訳ないと思いつつも、こちらも後には引けない状況だ。
再びグリフォンを飛翔させると王城へと向かわせる。
「ここに王がいるのだな」
石畳に足を下ろした儂は、正面から王の住まう建物を見上げた。
王都に来た頃に何度か見物はしたが、まさかこのようにして中へ入る日が来るとは。中へと繋がる門は固く閉ざされ、二人の門番が儂を警戒して槍を構えていた。
「城下のこの騒ぎよう。さては貴様、賢王たるローガス王を狙った魔物だな」
「儂が魔物に見えるか。ふむ、それも悪くないな」
「なにを一人でブツブツと! すぐに我ら双子門番が成敗してくれる!」
体格の良い二人の門番は何もかもがそっくりだった。
辛うじて違うのは鎧の色が青と赤である事くらい。
顔も仁王像そっくりで、泣く子も黙らせるほどの威圧感を漂わせていた。
ただし、ステータスを見ればたいしたことはない。せいぜいハイヒューマンを誇っている程度の輩だ。
「「むうっ!?」」
二人はバタバタと倒れる。
相手するまでもなく麻痺眼で戦闘不能にしてやったのだ。
「では進ませてもらうぞ」
木製の門を押せばゆっくりと開く。
グリフォンにはここで待つようにと指示を出し、儂は城内へと踏み入った。
「静かすぎる……外の騒ぎに気が付いていないのか?」
カツカツと足音を鳴らしながら王のいる部屋を探す。
この時間であれば寝室で寝ているはずだが、その部屋が見つからない。
あまりに部屋数が多すぎるためだ。
めぼしいドアを開けて確認するも、椅子に座ったまま寝ている者や、黒いローブを羽織った数人が魔方陣の上で鳥を殺して笑っている所など、さらにはギシギシと揺れるベッドなど国王は見当たらない。
「やはり上の階にいるのか。探す場所を絞るべきだな」
上階へ移動すると一人の騎士と廊下で出くわした。
彼は儂の姿を見るやいなや剣を抜いて斬りかかってくる。
脊髄反射で抜刀し剣を受け止めた。
「魔物が王城に入り込むとは! 陛下直属の騎士としてすぐに始末する!」
「ほぉ、近衛騎士というわけか。では王の居場所を教えてもらおう」
「誰が言うものか!」
まだ二十代前半だろう若い騎士は、近接した状態で儂の腹へ蹴りを入れる。
しかし衝撃無効スキルを保有している為に打撃は一切通じない。
「うげぇ!?」
お返しに軽く腹パンしてやった。
鎧が拳の形にヘコみ、青年騎士は腹を押さえたまま床に両膝をつく。
戦闘不能となったところで、独裁力スキルを発動させ質問した。
「王はどこにいる」
「うぐ……王の間に……」
王の間か。恐らく謁見をするような場所だと考えて良いだろう。
城に関してはあまり詳しくないのだが、そう言う部屋はだいたい広いものだ。
だとすれば一階、もしくは二階に設置されている可能性が非常に高い。
「大きな扉を探すか。協力感謝するぞ」
「くそ……陛下直属の騎士の俺が……」
騎士の肩をポンポンと叩いて儂は先へ進む。
まだまだ若いのだ。今日の失敗をバネにして生きて行け。
廊下を進むと荘厳な作りの扉を見つけた。
金で装飾されており、椅子に座るヒューマンらしき人物に向かってエルフ、ドワーフ、翼人、獣人、ドラゴニュートが跪いている様子が描かれていた。
しかし、なぜかヒューマンの近くに人骨が立っている。それも槍を持ってだ。
いや、違う。これはスケルトンだ。
ヒューマンが魔獣を従えて五種族を平伏させている絵なのだ。
「どういうことだ? なぜスケルトンが?」
疑問に応えるかのように、重い扉が独りでに開いて行く。
部屋の最奥では玉座に座る一人の男の姿が見えた。
「ようこそ我が国の異端者」
王冠をかぶった男は、両手を広げて儂を歓迎しているかのようだった。
豚のように肥え太った身体に、ねっとりとした視線が嫌悪感を抱かせる。
これがローガス王。ヒューマンの頂点だ。
「儂が来ることを予期していたみたいだな」
「グフフ、貴様が王都に攻めてきた時点で余は察知していた。客人を出迎えぬのは王族の恥であるからな」
「客人だと?」
「いかにも。どうせ賞金首の件で来たのだろう。余は寛大だ。話を聞くくらいはしてやる」
ローガス王からは底知れない何かを感じる。
圧倒的有利のはずの儂が気圧されているのだ。額から汗が流れた。
【分析結果:ソドム・ローガス:ローガス王国の国主。見た目とは裏腹に高い知能と身体能力を保有している。二十人いた兄弟を暗殺した過去がある:レア度SS:総合能力A】
【ステータス】
名前:ソドム・ローガス
年齢:67歳
種族:原初人
職業:国王
魔法属性:水
習得魔法:アクアアロー、アクアキュア、スピアーレイン、アクエリアスリカバリー
習得スキル:鑑定(上級)、槍帝術(初級)、索敵(特級)、限界突破(初級)、千里眼(上級)、衝撃無効(中級)、斬撃無効(初級)、威圧(中級)、独裁力(初級)
進化:条件を満たしていません
<必要条件:槍神術(初級)、限界突破(特級)、自己再生(初級)、覚醒(初級)>
ステータスを見る限りでは儂が劣っているとは思えない。
だが、スキルの衝撃無効に斬撃無効は脅威に見える。
種族に至っては、どのような特性を持っているのかすら判別不能だ。
「もしや余のステータスを見ているのか? どうだ、素晴らしいだろう」
「なぜそんなにも能力が高い。王ならば近衛騎士よりも劣っているのが普通ではないのか」
「愚問である。王だからこそだ。騎士など所詮は飾り。真の支配者は実力でも頂点に立たなければならないのだ。まぁ強い手駒は嫌いではないがな」
ローガス王は右手に持ったグラスに口を付ける。
その中にはキラキラと輝く水が入っていた。
「そうかセイントウォーターか。水源は全て王族が独占していると聞いた事があったな」
「神秘の水を平民に分け与えるなど愚かではないか。貴様もこの水で進化した口であろう? 余の気持ちは理解できると思うがなぁ」
耳が痛い言葉だ。儂もあの水は秘密にしておきたいからな。
なぜなら儂にとって最も大きなアドバンテージだからである。生活基盤を築けたのも全てはあの水のおかげ。悔しいが王の言葉には一部同意する。
「なぁに気にすることはない。六カ国の王はいずれも領土内のセイントウォーターを独占しているのだ。余と貴様が特別というわけではない」
言われてみれば納得だ。帝国の皇族も不自然にステータスが高かったのだ。
儂と条件が同じだったと考えれば苦戦した事も説明がつく。
「強さの秘密は分かった。では、本題に移ろう。儂らに付けた犯罪者の烙印を消してもらおうか」
「良いぞ。その代わり条件がある」
「ふむ、聞かせてもらおう」
「ホームレスは余の直属の配下となるのだ。もちろんそれだけではない。貴様は英雄の称号を受け取り余の娘と婚姻を交わす」
どう考えても正気ではない。
犯罪者と名指しをしておきながら、手の平を返したように英雄の称号を与えると言っているのだ。しかも王女と婚姻など呆れて言葉が出ない。
「余も最初は貴様らに腹立たしさを覚えていたが、今宵の素晴らしい戦力を見て考え直したのだ。一夜にして我が王都を落とすとは手駒に相応しい。グフフ、褒めてやるぞ。貴様は余に価値を示したのだ」
「自分の街が制圧されてもなんとも思わないのか?」
「能力は優秀だが頭の中は下民であるな。余の足下で暮らす寄生虫共がいくら消えようと、抱く感情などありはしない。余は王でありローガス王国そのものなのだ」
国民を寄生虫呼ばわりか。これでは皇帝の方がマシだった。
ドラグニル皇帝は覇権に執着していたが、それでも国民を人としてみていた節がある。
多くの血を流して護ったものが、この男だったと考えると虫唾が走る。
国王は話を続ける。
「貴様には侵略作戦の総指揮官を任命するつもりだ。あのスケルトンを率いてかつての栄華を取り戻すのだ」
「侵略だと? まさか五カ国へか?」
「無論だ。遥か五千年前に我らヒューマンは奴らに敗れた。それまでは大陸を支配していた超大国だったのだぞ。その末裔である余がなぜ、このような小国に甘んじなければならない。理不尽ではないか。ならばこそ取り戻さねばならない。余が座るべき本来の椅子を」
「断る。そんなふざけた提案にのるつもりはない」
「では犯罪者のままで良いと申すか? 英雄になりたくはないのか?」
「興味は無い。儂はお前を消すことに決めたのだ」
剣をすらりと抜く。
護った国の王を儂が殺すとはなんとも皮肉な話だ。
しかし、奴の話を聞いた以上は放置することはできない。私欲のために再び世界大戦を引き起こそうと考えているのだからな。
「交渉は決裂だ。チャンスを与えてやったのにそれを蹴るとは。慈悲深き心を理解できぬ獣には相応の死を与えるとしよう」
ローガス王が「殺せ」と言葉する。
すると玉座の後ろから、メタリックなボディのスケルトンが二体現れた。
シルバースケルトンとは違い、身体の表面はステンレスで造ったようになめらかな鏡面であり、両目には青い光が宿っている。
右手に握られた剣は、同じ素材でできているのか眩く光を反射する。
「魔獣を……従えているのか?」
「これは我が王家に伝わる遺産だ。かの超大国は高度な技術力によって、スケルトンを強化させ支配下に置いた。鋼よりも硬い骨格を有し、高い攻撃スキルを保有するその性能はいかなる命令も遂行する。今では失われた技術だ」
「そうか、ジル教授に目を付けたのも、死者の迷宮にスケルトンが溢れているのもその為だったのだな」
「死者の迷宮を知っているとは、やはり貴様の軍勢はあそこから持ちだしたものだったのか。あの共同墓地は、王家が再び世界を平定させるために準備をしていた重要な戦力だ。余はジル教授に数十万の不死者の軍勢を造らせる予定だったのだがな。先を越されるとは想定外だ」
ヒューマンが超大国を築き上げたのは、不死の軍勢を率いていたからか。
ようやく合点がいった。図らずとも儂はかつてのヒューマンのやり方を真似していたと言うことなのだ。
だが、それが分かったからと言ってスケルトン軍を手放すことなどしない。
儂は儂。知ったことではない。
「「カタカタ!」」
二体のスケルトンが斬りかかってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます