百七話 ホームレス壊滅作戦7


 アービッシュの剣がスケ太郎の剣と打ち合う。

 硬い音色は空気を震わせ、二人の殺意が二匹の蛇のように絡み合う。

 勇猛果敢に責め立てる英雄とは対照的に、我が将軍は落ち着いた動きをしていた。

 スケ太郎は強烈な打ち込みを剣で流しつつすかさず切り返す。

 捌ききれないと判断したアービッシュは、仕切り直すために距離をとった。


「魔獣の分際でその剣技。ホームレスがこれほどの配下を従えていたとは計算外だ」

「…………」

「だんまりか。まぁいい。カタカタと鳴らされても、なにを言っているのか分からないからな。戦いの続きだ」


 急加速した英雄の斬撃を剣で受け止めた。

 しかし、今までとは違った重い剣圧はスケ太郎の足を地面に沈める。

 突然のパワーアップに戦いを観察していた儂は驚いた。

 力を隠していたのか? いや、そのようなそぶりは今までなかった。とするなら奴はこの戦いで成長していると言うことか。それくらいしか思い当たらない。


「はははっ! 俺こそが真の英雄だ! まだまだ強くなるぞ!」

「カタカタ」


 アービッシュの体から放出されていた赤いオーラがさらに勢いを増す。

 異常なまでに増大する力の謎を調べるため、儂は分析スキルで英雄を調べることにした。



【分析結果:アービッシュ・グロリス:グロリス家の三男。過酷な修行の末に英雄として目覚めた男。その力はまだ成長半ばである:レア度SS:総合能力B】


 【ステータス】


 名前:アービッシュ・グロリス

 年齢:17歳

 種族:ヒューマン(英雄種)

 職業:英雄

 魔法属性:火、聖

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー

 習得スキル:爆炎剣舞(中級)、剣王術(中級)、槍術(中級)、盾術(中級)、拳王術(初級)、危険察知(中級)、限界突破(初級)、超人化、英雄の器

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣帝術(初級)、拳王術(特級)、限界突破(特級)>



 英雄種とは驚かされる。まだまだ儂の知らない種族が存在しているようだ。

 恐るべきなのはまだ成長過程にいると言うこと。

 今はまだ総合能力がBであるが、早い内にAへと変化する可能性は高い。

 しかもスケ太郎との戦いの最中でだ。

 存外、儂は警戒をしているつもりでアービッシュを甘く見ていたようだ。

 もしスケ太郎が倒されるようなことにでもなれば、儂が相手する以外に手はない。


「おおおおおっ! 湧き上がるぞ! 身体の奥から力が!」

「カタカタ!」

「どうした骨っ! どんどん押し込まれているぞ! もっと抵抗しろ! そして俺の力を引き出せ!」


 勢いの乗ったアービッシュの強撃に、スケ太郎は少しずつ後退して行く。

 強く速くなってゆく敵の斬撃を捌ききれなくなっているのだ。

 それでも儂は戦いを見守る。スケ太郎ならやってくれると信じているからだ。

 いや、忘れているがデュラ之助もいる。

 スケ太郎が身に纏っている鎧は儂の眷属なのだからな。


 ぎゃりぃん。

 スケ太郎の剣がアービッシュの剣撃を弾き返した。

 防戦だけだった状況に転機が訪れる。


「っつ! 押し返しただけでいい気なるなよ!」


 再び猛撃を繰り出すも先ほどとは打って変わり、スケ太郎は最小限の動きで剣を受け止める。

 するりと刀身を刀身で流して、そのままアービッシュの左肩へと切り込んだ。

 美しいほど無駄がなくそれでいて恐ろしい一撃だ。


「あぐがっ!?」


 奴は後方に跳躍しスケ太郎から離れた。

 左肩からは血液が滴り、傷が浅くないことが理解できる。回復スキルを保有していない彼には今すぐ治す手立てはないはずだ。

 しかし、スケ太郎の急激なパワーアップには疑問を感じる。

 もしかするとだが、スケ太郎の攻撃に同調させるようにデュラ之助の攻撃も上乗せしているのかもしれない。そもそもスケ太郎は眷属の中でも唯一、聖獣を鎧として身につけた配下だ。その特異性から生じたのがあの変化だと推測する。


「まだだ。まだ強くなれる。俺を虚仮にした田中真一をようやくこの手で殺せるんだ」


 アービッシュのオーラがさらにふくれあがる。

 しかし、ずいぶんと恨まれてしまったものだ。貴族としてのプライドなのか、それとも別の何かがそのように駆り立てているのか。よくよく考えてみれば、儂に執着する理由があまりよく分からない。


「うぁぁああああああ! 爆炎剣舞!!」

「カタカタカタ!」


 アービッシュとスケ太郎がぶつかり合う。

 さらに増強した英雄の剣技によってスケ太郎は弾き飛ばされる。

 しかし、宙で回転しながらも左手から闇の鎖シャドウバインドを伸ばし、アービッシュへ巻き付けた。着地したスケ太郎は笑みを浮かべる代わりに顎を鳴らす。


「こんなもので俺を止められると思うなぁ!!」


 アービッシュのオーラが赤から紫へと変化した。

 超人化スキルは超人化改へと進化し、総合能力はAへと変更された。

 またもや秘められた英雄の力を引き出してしまったようだ。

 闇の鎖は引きちぎられ、放つ気配は鬼神のごとく周囲を圧倒する。

 儂はスケ太郎へ声をかけた。


「倒せそうか? 無理なら代わるが……」

「カタカタ」


 スケ太郎からはまだやれると返事があった。

 誰に似たのか諦めが悪い奴だ。だが配下がやれると言っているのだ、信じてやるのも主人の務めではないだろうか。


「死体らしく墓場に戻れぇぇええっ!」


 爆発と見間違うほどの強烈な踏み込みにより、英雄はスケ太郎に向かって切り込む。

 対する将軍も渾身の一閃で応戦した。剣と剣がぶつかると衝撃波が生じる。

 ギリギリと刀身が擦れ合い、至近距離で二人はにらみ合った。

 力は拮抗している。どちらが勝ってもおかしくない状況だ。


「はぁぁぁあああああっ!」

「カタカタカタッ!」


 二人の気迫がここまで伝わる。

 彼らの足下は衝撃でヒビが入り、蜘蛛の巣状に亀裂が広がっていた。

 さすがにフロアが崩壊することはないだろうが、戦いが終わったあとで修復しておいた方が良さそうだ。


 数分にも及んだ鍔迫り合いに終わりが訪れる。

 アービッシュがスケ太郎を押し始めたのだ。将軍の身体は反り返り、苦しい体勢でなんとか粘っている。ここで押し負ければあとがない。


「ははははっ! 終わりだ! 貴様を葬ったあとは、主人の田中を切り刻んでやるぞ!」

「カタカタッ!」


 スケ太郎は『田中様の忠実なるしもべを舐めるな!』などと言っていた。

 嬉しい言葉だがこのまま彼を失うのは非常に困る。

 儂は剣を抜き二人の間に割って入ることにした。


 ――が、そう思って足を止める。

 というのもスケ太郎の身体がぼんやりと光っているからだ。

 目もくらむような眩い光が発せられアービッシュも儂も目を閉じた。


「カタカタ……」


 光が収まったところで儂はスケ太郎に目を向けた。

 そこに立っていたのは、キラキラと光を反射させる白金の騎士。

 両目には紫の光が宿り、左手には髑髏が描かれた盾を備えている。

 不思議なのはスケ太郎だけでなく、デュラ之助も色が変わっていることだ。同時に進化したと言うことだろうか。

 よく見れば儂が与えたミスリルの剣も変化を遂げている。

 木製だった持ち手が白金になっており、刀身は新品同様に景色を反射していた。

 その代わり魔石を使用する機構は除外されてしまったようだ。少し残念に思う。



【分析結果:スケ太郎:進化の過程でスケ太郎がデュラ之助と融合したことで誕生した新しい種族:レア度L:総合能力SS】


 【ステータス】


 名前:スケ太郎

 種族:ホームレスプラチナスケルトン(将軍種)

 魔法属性:土・闇・聖・無

 習得魔法:ロックバレット、ロックアーマー、メタルウォール、グラウンドハンマー、シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、ブレイクマインド、ピュリファイ

 習得スキル:剣帝術(初級)、盾王術(初級)、斧術(中級)、槍術(中級)、鎚術(中級)、弓術(中級)、拳王術(中級)、知力(上級)、索敵(特級)、身体強化Z(初級)、斬撃耐性(上級)、衝撃吸収(上級)、自己回復(上級)、独裁力(初級)、眷属化、眷属強化(初級)、眷属召喚、魂喰

 支配率:田中真一に100%支配されています

進化:条件を満たしていません

 <必要条件:剣帝術(特級)、秀才(初級)、自己再生(初級)、独裁力(特級)>



 デュラ之助……吸収されてしまったのか……。

 スケ太郎の新たなる姿に喜びを感じつつ、デュラ之助には申し訳ない気持ちがあった。

 いや、確かに当初はスケ太郎に似合う鎧魔獣だなと思ってはいたが、まさか吸収されてしまうとは思ってもいなかったのだ。

 ただ、分析には融合と書かれているので意識も同化したのかもしれない。

 罪悪感から逃げるためにそう思うことにした。


「色が変わったくらいで俺が怯むと思うな! 所詮は人にあだなす獣! 今すぐにでも引導を渡してやる!」

「カタカタ」


 スケ太郎は『邪の心を持ちし英雄に相応しい結末を与える』と言葉した。

 黒いマントをたなびかせてスケ太郎が走る。姿はまさに将軍。

 威厳に満ちあふれた眷属に、儂は内心でカッコイイと興奮していた。

 二人は再び衝突する。


「爆斬せよ! 爆炎剣舞!!」


 跳躍した英雄は将軍に技スキルを放つ。

 すかさず盾で爆発を伴った斬撃を防ぎ、無防備な英雄へ一閃した。

 アービッシュの左腕が鮮血と共に宙を舞う。


「あぎっ!?」


 地面に転がる敵をスケ太郎はじっと見つめる。

 英雄は肩から腕を失っていた。痛みに悶え苦しむその表情には、もはや余裕など欠片も見えない。

 アービッシュは残された右手で立ち上がった。


「ま……まだだ。まだやれる」

「なぜそこまで儂に執着するのだ?」

「分からないだろうな。ライバルが討ち取った大将首で出世したこの俺の気持ちなんて。俺は取り戻さなければならない。神童と呼ばれ最強だったあの頃に。唯一の敗北を消さなければならないのだ。そうでなければ真の英雄とは言えない」

「ようするに儂を倒せば納得すると言うわけか」


 くだらない。最強でなければ嫌だと、子供のようにだだをこねているだけではないか。それにライバル認定されても困る。こちらはそんな風に思ったことは一度も無いのだからな。やはり殺すべきか。


「スケ太郎。楽にさせてやれ」


 儂の言葉に将軍は頷いた。

 アービッシュは風前の灯火だ。これ以上無駄に戦いを長引かせる必要は無い。

 しかし、英雄は突然に笑い始めた。


「俺を殺せば終わりとでも思っているのか!? 愚かだな! 英雄が死ねば今度は王国中の兵士がここへなだれ込むぞ! 陛下は貴様を絶対に許しはしない!」


 王国中の兵士か。なかなか恐ろしい脅しだ。

 だが、勘違いをしたままでは可哀想なので教えてやることにする。


「お前の知った国王はもういない。それどころかアービッシュ・グロリスは英雄でもないのだ」

「は? なにを言っているんだ? 恐怖で妄言を吐き始めたか?」

「そう思うだろうな。ではヒントを与えよう。ここにいるのは儂の眷属だが、実は半分にも満たない数なのだ。そして、儂は田中真一の分身なのだ」

「半分にも満たない……分身……まさか……」


 ようやく気が付いたようだな。

 そう、すでに儂の本体と眷属によって王国は攻め落とされているのだ。

 つまりローガス王国は儂の手中にあり、アービッシュの英雄の称号は剥奪されている。


「嘘だ! だとすれば俺は何のためにここへ!」

「事実を述べただけだ。どうして儂がここで迎え撃ったのかを考えてみれば良い」


 わざわざモヘド大迷宮の二十八階層を戦場として選んだのは、英雄と精鋭部隊を王都から切り離すためだった。

 嬉しい誤算は将軍も同行していたこと。

 大将が不在では軍の統率もままならない。王都を攻めるには絶好の機会だった。

 儂は王国側の作戦を逆手にとって今回の作戦を完遂したのだ。

 名付けて『ドッキリ!王都侵攻大作戦!』である。


「そうか、貴様の配下が現れたのも俺達を帰らせないため。適度に倒させることで成果を与えていたんだな」

「そのとおりだ。この先にホームレスがいると実感させ、なおかつ任務は順調だと誤認させる必要があった。7が倒されたことは想定外だったがな」

「くそっ! まんまと罠にはまったと言うのか!? 俺は! 俺はこれからどうすれば良い!?」

「儂に聞くな。自らが招いたことだろう」


 最後の会話も終わりスケ太郎が剣を振り上げる。

 アービッシュはそれでも剣を構えて戦う意思を示した。

 ゆがんで育たなければ誰もが称賛する英雄になっていたかもしれないな。

 やはり残念だ。


「やめてくださいませ!」


 スケ太郎の前にフェリアが立ちふさがった。

 彼女は祈るように両手を合わせ地面に両膝をついた。


「どういうつもりだ?」

「アービッシュ様を殺さないでいただきたいのです! お願いいたします!」

「見逃せというのか。儂らを殺しに来た者を」

「お怒りは重々承知ですわ! それでも見逃していただきたい! 二度とあなた方の前に現れないと誓います! 今までの事だって謝罪いたしますわ! どうか!」


 フェリアを生かすとエルナが決めたのだ。それに文句はないが、アービッシュまで生かすとなると話が変わってくる。魔導士を逃がす事と英雄を逃がすことは意味合いが違うのだ。

 それにこの先、急成長を遂げて牙をむくかもしれない。

 争いの種は若い内に摘んでおくべきだ。


「どけ、フェリア」

「アービッシュ様……」


 アービッシュはフェリアを押し退けて前に出る。

 その態度に儂は少しだけ眼を見開く。


「ほぉ、潔いな。覚悟を決めたか」

「ふん。フェリアを殺さないでくれたことだけは礼を言う。だが、まだ戦いは終わっていない。田中真一。俺と戦え」


 英雄の強がりに内心で笑みを浮かべた。

 その心意気は儂の好むものだ。


「良いだろう。では特別に儂が相手してやる」


 すらりと剣を抜き相手の動きを待つ。


「田中ぁああああっ!」


 アービッシュは一足飛びに儂の首を狙う。

 迷いのない剣筋は、出会ったあの頃とは違う生きた剣だ。


 儂はすれ違いざまに首へ一振りする。

 剣を鞘に収めると、後ろにいる英雄の首がごろりと地面に転がった。


「アービッシュ様!」


 フェリアが駆け寄り彼の頭を抱えた。

 ポロポロと流す涙に、二人の間には確かな愛があったのだと感じさせる。


「エルナ、アクエリアスリカバリーはどれくらいまで有効だ?」

「死後ってこと? うーん、一分くらいかな」

「十分だ」


 アービッシュの身体へ近づき、儂はスキル拾いと種族拾いを発動させる。

 いただくのは種族、爆炎剣舞、超人化改、英雄の器だ。

 これは実験でもある。

 種族を奪われた者がどのようになるのか。

 めぼしいものを取得すると、フェリアから頭部を受け取りエルナがアクエリアスリカバリーを行使する。首は瞬く間に繋がった。


「俺は……生きているのか?」


 目を覚ましたアービッシュは身体を起こし、元通りとなった両手を見つめた。

 鑑定スキルで確かめると、彼の種族はただのヒューマンに変わっていた。

 儂に種族としての特徴を奪われたことで、格下げになったと思われる。


「どうして生き返らせた。復讐するかもしれないぞ?」

「できるならやってみろ。お前はもうただのヒューマンなのだからな」

「どういう意味だ?」


 ステータスを確認した彼は、ギョッとした顔で口を押さえる。


「種族が! スキルが! どうなっている!? 何をした!?」

「五月蠅いぞ。助かっただけでもありがたいと思え」


 次はない。恩情は一度だけだ。

 儂はフェリアに確認をする。


「二度と姿を見せない約束だ。違えれば分かっているな」

「寛大なお心に感謝いたしますわ。必ず約束を守ります」

「ならばすぐに去れ」

「はい。行きますわよアービッシュ様」


 フェリアは儂らに向かって深々と頭を下げ、アービッシュは黙ったまま儂を一睨みしてから去って行く。

 彼らがこれからどこへ行くのかは儂には分からない。

 だが、生きていれば何度でもやり直せるはずなのだ。


 儂は配下を引き連れて拠点へと戻ることにした。



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