百六話 ホームレス壊滅作戦6


「うははははっ! イグニス! 力の差を見せつけろ!」


 ジル教授の命令に人造リッチは、動かないスケルトン達へ攻撃を続行する。

 しかし、イグニスが放ったフレイムバーストを切り裂いて、何者かが教授の目の前へと躍り出た。

 それはスケ次郎だった。

 飛竜の骨剣を右手に握り、黄金のボディをこれでもかと見せつける。

 眩く光を反射させる姿に教授は生唾を飲み込んだ。


「素晴らしい! 銀色のスケルトンもなかなかだったが、黄金とはまさに私のリッチに相応しい骨格だ! イグニス! あの素材をすぐに手に入れろ!」

「かたかた」


 赤い魔石を額に備えたリッチは、教授の言葉に従いフレイムバーストを放つ。

 巨大な火球はスケ次郎へ直撃し、爆発と共に砂塵が吹き荒れた。


「「「カタカタ」」」


 複数の顎が鳴った。

 スケ次郎が居た場所には闇のドームが形成され、爆発の威力を見事に殺していた。闇が消失すると、その下からはスケ次郎を護るようにして三体の黒いリッチが現れる。教授は感心したように小さく声を漏らした。


「シャドウフィールドを多重展開し、フレイムバーストの威力を殺したか。魔獣にしては知恵が回る。だが、これはこれで面白い。私のリッチの本気を見せられるかもしれないからな。イグニス、アクアニス、アーエル、ティラ。相手してやれ」

「「「「かたかた」」」」


 それぞれが目標を定めて散開する。

 イグニスはスケ次郎。

 アクアニスはリッチA。

 アーエルはリッチB。

 ティラはリッチCだ。

 互いに肉薄すると、まずは格闘戦に移る。

 イグニスが蹴りを繰り出す。スケ次郎はバックステップで回避しながらシャドウバインドを発動させた。地面から伸びた闇の鎖を、イグニスは猿のように軽々とすり抜け距離をとった。体格の大きいスケ次郎には戦いにくい相手のようだ。


 一方、アクアニスとリッチAも格闘戦を行っていた。

 杖を打ち合わせ蹴りと蹴りをぶつけ合う。

 が、基本性能とスキルの差なのか人造リッチは押されていた。

 なぜ格闘戦になったのかは簡単な理由だ。どちらも魔法を弱体化させる闇魔法を保有しているために、決め手には欠けていたのだ。

 その為、物理攻撃で弱らせて魔法で仕留めるという行動に走らせたのだろう。

 ただし通常のリッチであれば有効だったと付け加えなければならないがな。

 リッチAはアクアニスのアバラに掌底を当てると、ほぼ同時にフレイムボムを行使した。人造リッチは爆発の衝撃で、バラバラに粉砕され地面に落下した。


「アクアニス!?」


 ジル教授が叫んだ。

 当然の結果だ。ホームレスリッチは魔法攻撃だけでなく、物理攻撃も得意とした万能型リッチなのだからな。特に顕著に表れたのはスキルの存在だ。

 人造リッチはスキルを使用しているようには見えなかった。

 つまり基本性能と魔法だけで戦っていることになる。

 それではホームレスリッチを倒すことはできない。

 その証拠に、残りの二体も隙を突いたゼロ距離フレイムボムによって粉々に粉砕されていた。


「アーエル!? ティラ!? なぜだ! なぜ私のリッチが!?」


 残るはスケルトン7を背負ったイグニスという人造リッチだ。

 スケ次郎は体格の小さな敵に翻弄され、攻撃を当てられないままでいた。

 距離が開けば苛烈な魔法攻撃が繰り出され、近づいても斬撃は回避される。

 多重フレイムバーストの嵐をシャドウで防御しながら、スケ次郎は勝機をじっと窺っているようだった。


「イグニス! 魔法で一気に仕留めろ! お前の力ならやれる! 三体の仇を討つのだ!」「かたかた」


 イグニスが杖を天高く掲げると、膨大な魔力が渦を巻く。

 見物をしていた儂も、空気が振動するこの状況に嫌な予感を感じた。


「これぞ禁断魔法ヘルフレアだ!」


 三十個もの火球が上空で融合し、直径二十メートルもの巨球を創りだした。

 恐らくフレイムバーストの多重使用による極大魔法だろう。

 あれが撃たれればこのフロア全域が炎に包まれるかもしれない。

 さすがの儂でも焦りを覚えた。


 火球が放たれ、シャドウを纏ったスケ次郎が両手で受け止める。

 熱風が儂の所まで届き、スケ次郎の足はズルズルと地面を滑っていた。

 まるで小さな太陽だ。

 応援として三体のリッチも駆けつけるが、ヘルフレアを止めることはできない。

 この危機的状況をどうにかするためにも儂も助けに行くべきだろう。


「カタカタ」


 その時だ、イグニスの背中に縛られていたスケルトン7が顎を鳴らした。

 どうやら今まで気絶をしていたらしい。

 赤い目は周囲をキョロキョロと見渡し状況を確認する。


「7! イグニスを討て!」


 儂の命令に7は顎を鳴らした。

 彼は縄を引きちぎると、イグニスの背後で槍を切り上げる。

 それは見事な斬撃だ。真下から脳天へかけて一直線に線を引き、イグニスを真っ二つにした。

 上空の魔法は消失し、体の一部が焼け焦げたスケ次郎達は地面に膝を突く。


「私のイグニスが! そんなバカな! 究極のリッチだぞ!? 負けるなどあり得ない!」


 ジル教授は力なく座り込んだ。

 儂はスケ次郎へ目を向け、無言の言葉を送る。

 かつて依頼を受けた相手だが、敵対した以上は生きて返すことはできない。

 恨みからおかしな物を造られても困るからな。きっちり片付けておくべきだろう。

 じりじりと近づくスケ次郎に、教授は怯えた表情で言い訳を繰り返す。


「私は陛下に無理矢理同行させられただけだ! お前達と一緒で被害者なのだ!」

「カタカタ」

「前々からあの王はクズだと思っていた! 私の崇高なる知識を独占しようと考えていたのだからな! だが、お前達になら協力してやっても良い! 私の偉大なる知恵とお前達の類い希なる素材で、真の究極のリッチを共に造ろうではないか!」

「カタカタ」

「私の研究は世界を変え――」


 スケ次郎の剣は教授の首を切り飛ばした。

 人造リッチを造り出すほどの人物を殺すのは惜しい気もしたが、世に出してはいけない知識というものもあるはずだ。その一例が人造の魔獣だ。

 ただでさえ魔法によって大量殺戮が可能なこの世界に、殺戮マシーンのような存在はあまりにも危険である。まだ今の時代には早すぎる技術だと儂は思うのだ。


「カタカタ」


 7が儂の足下で帰還したことを報告した。

 一時は死んだのかと思ったが無事で何よりだ。

 すると7と三体のリッチの体が輝き始める。進化の光だ。

 光が消えると、黄金となった7が現れた。



【分析結果:スケルトン7:ホームレススケルトンを聖獣化し、さらに進化したことで誕生した種族:レア度SS:総合能力A】


 【ステータス】


 名前:スケルトン7

 種族:ホームレスゴールデンスケルトン

 魔法属性:闇・無・聖

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、ホーリーロア

 習得スキル:剣術(中級)、斧術(中級)、槍王術(上級)、鎚術(中級)、弓術(中級)、体術A(上級)、体術B(上級)、硬質化(上級)、自己回復(初級)、統率力(特級)、魂喰

 支配率:田中真一に100%支配されています 

 進化:条件を満たしていません

 <必要条件:槍帝術(初級)、斬撃耐性(初級)、独裁力(初級)>



 ようやく7もゴールデンへと進化したようだ。

 不思議なのは人間と違い、魔獣は一瞬にして進化が完了してしまうところだろう。

 まぁ、考えても分からないのだから、そういうものだと思った方が良いのかもしれないな。儂は三体のリッチの姿に深く頷く。



【分析結果:デミリッチA:ホームレスリッチが進化した姿。標準的なデミリッチと比べると十倍の力を誇る:レア度S:総合能力A】


 【ステータス】


 名前:デミリッチA

 種族:ホームレスデミリッチ

 魔法属性:闇・火・無

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド、ブレイクマインド、フレイムボム、フレイムバースト、チャーム

 習得スキル:剣術(中級)、槍王術(初級)、拳王術(初級)、索敵(中級)、硬質化(中級)、攻撃予測(初級)、眷属化、眷属強化(中級)、眷属召喚、魂喰

 支配率:田中真一が100%支配しています

 進化:条件を満たしていません

 <進化条件:槍王術(特級)、拳王術(特級)、攻撃予測(特級)>


 

 黒い骨格に赤い目は変わらずだが、犬歯はヴァンパイアのように長く鋭くなり、手足の指はかぎ爪のようになっていた。さらに額の部分からは二本の角が生え、お尻からは尻尾が延びていた。まるで悪魔の骨格のようだ。

 禍々しい姿に相応しい力を備えており、三体は片膝を突いて改めて儂に忠誠を示した。そこへスケ次郎がやってくる。四体の姿を見て首を横に振った。


「今回も進化を逃したな。すでにゴールデンなのだ、落ち込むことはないぞ」

「カタカタ」


 部下が進化を果たしたことで焦りを感じてるようだ。

 なにせ全ての軍団長がゴールデンになってしまったのだから、自身の地位が危ういのは明白だ。副将軍を部下に奪われるのはやはり喜ばしいことではないらしい。

 とはいえ儂はスケ次郎を副将軍から外そうとは一切考えていない。

 彼は大型スケルトンであり、他のゴールデンと同列には扱えない強さを誇っている。

 対抗できるとすればスケ太郎ぐらいなのだ。

 眷属の進化を終えたところで、儂はエルナの方へと目を向けた。


「エアロカッター!」

「フレイムボム!」


 フェリアとエルナの魔法がぶつかり、二人の周囲では風が吹き荒れた。

 因縁の対決と言えば聞こえは良いが、憎しみを募らせていたのはフェリアだけのようだった。


「あの時の屈辱を晴らして見せますわ!」

「喧嘩をふっかけてきたのはそっちでしょ! 恨むなら自分を恨んでよ!」


 風と炎が再びぶつかる。

 二人は走りながら魔法を行使していた。


「ずっと許せなかった! 私よりも生まれと環境に恵まれておいて、魔法の才能がないなんて! 私がフレデリア家に生まれるべきだったのですわ!」

「そんなこと知らないわよ! 生まれなんてどうしようもないし、だいたい才能が無いなんて誰が決めたのよ!」

「それですわ! その反抗的な目! どんなに虐めても私を認めようとしない! 許せませんわ! スピアーレイン!」

「当然よ! 虐められて尊敬するわけないでしょ! ロックアーマー!」


 エルナの真上から小さな水の棘が降り注いだ。

 しかし、それよりも早く岩の鎧が彼女を覆い隠し棘を弾く。


「土属性!? 火と光の二属性だけだったはず!」


 驚愕するフェリアを余所に、土の鎧から脱したエルナは魔法を発動させる。

 すると彼女の輪郭が薄れ姿が消えた。


「カモフラージュですわね! どこに行きましたの!?」

「ここよ!」


 フェリアの正面に現れたエルナは、その拳を天に向かって衝いた。

 名付けるとするならエルナ天衝拳と言ったところか。

 拳は顎を捉えフェリアを宙に浮かせる。


「まだ……まだですわ……」


 フェリアはふらふらと起き上がる。

 エルナはその姿に悲しい表情を見せた。


「どうして私に拘るの? 勝ったからと言ってフェリアに何か良い事でもあるの?」

「それは強者の考えですわ。私は勝ちたい。ライバルに負けるなんて生き恥ですもの」

「ライバル?」

「ご存じないと思いますけど、ベネッセ家はフレデリア家を長くライバル視していますの。私は生まれたときから公爵家に勝つように教育され、いずれはベネッセ家がその座にと教えられてきましたわ。だから貴方にだけは負けることを許されない」


 フェリアの体から濃密な魔力が放出される。

 それは体の周りで停滞すると、一気に杖へと収束した。


「オリジナル魔法”荒れ狂う不死鳥ストームフェニックス”」


 巨大な水球が出現すると、みるみる形を変化させて大鳥へと成した。

 羽ばたきは突風を起こしあらゆるものを吹き飛ばす。

 エルナはその魔法を凝視したまま動かなかった。


「これが私の最高の魔法! 貴方には到達できないマスター級魔導士の高みですわよ! さぁフェニックスよ! あの愚かな女に敗北を!」


 水の不死鳥は空高く舞い上がると、エルナに向かって大きく羽ばたく。

 巻き起こる風は数百もの刃となって目標へ降り注いだ。


「”蟹座カンケル”」


 闇を固めたような分厚い壁が音もなく地面から現れ、風の刃からエルナを護る。

 闇魔法と土魔法の混合なのだろうか、風は壁に傷すら付けられずに霧散した。

 さらにエルナは魔力を練り上げて呟く。


「レーザー」


 杖から射出された光の線は不死鳥を両断し、真下にいるフェリアすらも焼いた。

 彼女の皮膚は焼け焦げ、美しい髪は異臭と共に焼き消えて行く。ガラスをひっかくような悲鳴を発しながら、火だるまとなって地面で悶え苦しんだ。

 エルナは水魔法で消火すると、フェリアに向かってアクエリアスリカバリーを行使する。一瞬にして火傷は消え失せ元通りの姿となった。


「ひっく……うわぁあああああ!」

「今回だけは見逃してあげる。だからもう復讐しようなんて考えないで。家がどうとかじゃない。フェリアは自分で考えて自分の人生を生きるべきなのよ」


 地面にうずくまり泣き続けるフェリアにエルナはそう言った。

 同郷であり同級生のフェリアを殺す気にはなれなかったのだろうな。

 だがそれでいい。エルナが見逃すと考えたのなら、儂が口出しすることではないのだから。

 泣き続けるフェリアをエルナは抱きしめた。


「ごめんなさいごめんなさい! 本当は貴方が羨ましかった! 友達になりたかった! でも私にはそれができなくて! どうしたら良いのかわからなくて!」

「もういいの。許してあげる」


 にっこりと微笑むエルナに、フェリアは何も言えない様子だった。

 ただ、その表情は憑きものが落ちたように儂は感じた。

 二人の因縁はようやく終わりを迎えたのだ。



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