百五話 ホームレス壊滅作戦5
コビーを先導に王国軍は二十七階層を進み続けていた。
長く険しいダンジョンの道のりは、鍛えられた者達の精神を摩耗させる。
さらに閉鎖的な空間によって精神疲労は拍車がかかり、アービッシュですら徐々に疲れを見せ始めていた。
「おや、お疲れみたいでやすね。もう少しで二十八階層だってのに」
「余計なことは言うな。それよりもなぜこのフロアには敵が出ない」
アービッシュは先を進むコビーに質問する。
彼らがいる二十七階層は奇妙なことに魔獣を見かけることはない。
ダンジョンではあまりにも不自然な光景に誰もが不安を募らせていた。
「心配ご無用ですぜ。理由はわかりやせんが、二十六階層と二十七階層には魔獣が居なくなっちまったんです。以前はスケルトンやリッチがウロウロしてたんですがね」
「それにホームレスが関係しているのではないのか?」
「さぁ? あっしには皆目見当がつきやせん」
コビーはへらへらと笑いながら道を進む。
その様子にフェリアはアービッシュへ声をかけた。
「あの男、階を下りるごとに口が軽くなっていませんこと?」
「気のせいだろう。元々コビーはあんな感じだったと思うが」
「…………」
フェリアは黙り込むとコビーの背中をじっと見つめる。
彼はかつて三十階層までたどり着いた冒険者と言うこと以外は、何一つ素性が明らかになっていない人物だ。そんな男をなぜ雇うことになったのか。理由は一つだ。誰も居なかったから。
フェリアはギルドで、多くの冒険者に案内を頼み込んだが全て断られていた。
そこへ現れたのがコビーだったのだ。
「今思えば、あまりにタイミングが良かったように思いますわ……まさか誰かが裏で手を回していたなんて……」
脳裏に田中真一の顔が浮かぶが、すぐにあり得ないと考えるのを止めた。
いくら辺境の英雄とは言え、冒険者達を裏で操る事は不可能。
ましてや自分を殺そうとしている者達を、拠点に引き込もうなんて自殺行為だ。
フェリアはそう結論づけたのだった。
「見てくだせい! 階段ですぜ! あっしの仕事もそろそろ終わりでやす!」
「それはどういう意味ですの?」
「言葉通りですぜ。三十階にたどり着けばあっしはお役御免でさぁ」
「……そう」
拭いきれない不信感に、フェリアは眉間に皺を寄せる。
だが彼女は、この迷いは疲れのせいだと考え直すことにした。
◇
王国軍は二十八階層へと到達した。
フロアは闇に満たされており、兵士達は松明で周囲を照らし出す。
「このフロアはかなり広いな。ホームレス共が潜むにはうってつけの場所と見た」
「私もそのように思いますわ。兵士達に戦いの準備をさせた方がよろしいかと」
「ああ、奇襲される可能性も考慮すると、ここで備えておいた方がいいだろうな」
アービッシュは兵士達に陣形を組ませる。
遥か後方にはアービッシュとフェリア。
その横にはジル教授と四体の人造リッチだ。
「全体進め!」
指示を下すと五千の兵が地面を踏みならして進み出す。
地平線では無数の赤い光が星のように瞬いていた。
彼らはそれが何なのか分からないまま、まっすぐに突き進む。
三十分ほど歩いたところで、突然コビーが声をあげた。
「いやぁ! お疲れ様でした! あっしの案内はここまでですね!」
「おい、なにを言っている?」
「そろそろ離れないと巻き込まれちまいやす! 旦那も諦めるときは早い方がいいですぜ! それじゃ!」
戸惑うアービッシュにコビーは早口で話したあと、目と鼻の先にある赤い光へと走って行く。兵士達が松明で先を照らすと、そこには幼い姿の田中真一が、コビーに小さな革袋を渡していた。
「ここまでの案内ご苦労。領主殿に礼を言っておいてくれ」
「ヘヘ、もちろんですぜ。それじゃああっしはこれにて」
今度こそコビーは闇の中へと消えて行く。
アービッシュは兵士達をかき分けて真一に駆け寄った。
「ふざけるな! あいつは貴様に雇われていたというのか!?」
「違う。あの者は領主に頼まれたのだ。ここまでお前達を確実に案内するようにな。手渡したのは儂からの気持ちだ」
「あの田舎領主め! やってくれたな! だが、なぜ子供の姿なんだ!?」
「これは事情があってな。お前には関係ない」
アービッシュは地面を何度も踏みつける。
英雄である自身が、手の平の上で転がされていたと知ったのだ。
プライドの高い彼には許しがたい事実であった。
「案内だけではない。発言や行動も全て把握していた。お前がマーナの宿にいるときからな」
「なっ! どうやって!? まさかこの中にまだ裏切り者が居ると!?」
「違う」
真一の真横に一人の少女がどこからともなく姿を現した。
黒装束に身を包み、その目は眠いのか半眼であった。
「疲れた。もう帰って良い?」
「うむ。ムーアの屋敷で一眠りすると良いぞ」
「ふぁーい」
リズは闇雲に乗り、ふわふわと何処かへと飛んで行く。
その様子にアービッシュは呆気にとられていた。
「そうか……隠密スキルで俺達の動向を調べていたのだな。だが、どうやって貴様に報告をしていたんだ」
「以心伝心というスキルを知っているか? スキル保持者は任意の相手と会話をすることができるのだ。有効範囲はまだ分からないが、少なくともマーナからここまでは声が届くことが判明している」
「以心伝心だと……」
絶句した。以心伝心スキルは、レアスキルの中でも上位のスキルである。
その利便性は計り知れず、保持者は無条件で王室付きになるほどの好待遇で迎えられるとされているのだ。まさか真一の手元にそのような人材がいるとは、アービッシュには想像できなかった。
「儂も鬼ではない。負けを認めるなら命までは取らないでおこう」
真一の物言いに頭に血が上るのが分かった。
負けを認めるのは貴様だ。地に頭をこすりつけ、涙を流しながら助けを嘆願するのはお前なのだ。そうアービッシュは思った。
すらりと剣を抜き、切っ先を真一に向ける。
「はははははっ! たった一人で立ち向かおうとは笑える! 仲間はどうした! さては俺に怯えて逃がしたか!」
「いや、ここにいる。エルナ」
真一が指を鳴らすと、彼の後方から五つの光の球が打ち上げられた。
光球は上空で停滞したのち眩い光を放った。
「な、なんだこれは……」
光に照らされる地上は、黒い何かによって埋め尽くされていた。
両目には赤い光が宿っており、静かに王国軍を見つめている。
その数は十万。ぐるりと王国軍を黒いスケルトンが取り囲んでいた。
アービッシュやフェリアは自分の目が信じられないのか、何度も目を擦り現実である事を確かめる。
「儂のスケルトン軍だ。何故ここへおびき寄せたのかは簡単なこと。確実に包囲するにはこのフロアの暗さが必要だったからだ。明るくてはすぐに逃げられてしまうからな」
「スケルトン軍だと……これは全て貴様の配下と言うことか?」
「いかにも。負けを認めるか?」
◇
儂は目の前の男に降参するように勧める。
これだけの戦力差だ、常人なら戦うまでもなく敗北を認めるだろう。
だが、戦闘態勢を維持する。
どうも奴の性格を考えると、素直にそうなるとは考えづらいのだ。
それにまだアービッシュも含めて未知数の敵が存在する。油断はできない。
「くくく……ははははっ!」
「何がおかしい?」
アービッシュは突然に笑い出す。
その様子に儂だけでなく、王国軍の兵士ですら彼の正気を疑っていた。
「こんな茶番を笑わずにはいられない! たかがスケルトンごときに、この俺を止められると思ったのか! いくら集まろうと所詮はスケルトン! 兵士共よ! 王国軍の実力を見せてやれ!」
兵士達は命令に従い猛然と走り出した。
儂は説得は無理だと判断するとスケ太郎へ視線を向ける。
「カタカタ」
スケ太郎の命令により、スケルトン軍は進軍を開始する。
兵士と魔獣がぶつかり合い、フロアに金属音と悲鳴が木霊した。
初っぱなから掃討戦だ。
王国軍は抵抗むなしく黒に塗りつぶされて行く。
「退くな! 進め!」
「無理です! こいつらただのスケルトンじゃありません!」
「そんなことは分かっている! 死にたくなければ戦え!」
王国軍の円形は徐々に縮まり、膨大なスケルトンが押し潰す。
中心ではアービッシュにフェリアにジル教授が、青ざめた顔で兵士達にどうにかしろと罵声を浴びせていた。
まるで蟻に囲まれた虫のようだ。
羽でもあれば逃げられるだろうが、彼らにそのようなものは生えていない。
十分もしないうちに大軍に飲み込まれてしまった。
「ふむ、杞憂だったか」
「思ったよりも手応え無かったわね」
戦況を見守る儂とエルナとペロにフレア。
その周囲ではスケ太郎とスケ次郎が控えていた。
「うぉぉおおおおおおおっ!!」
声が響いた。その瞬間、スケルトン達が吹き飛ばされ宙を舞う。
原因は赤いオーラを纏ったアービッシュだ。
さらに爆炎が地面を抉り、眷属達を消し飛ばした。
「いいぞイグニス。雑魚共を蹴散らせ」
「かたかた」
イグニスと呼ばれたリッチは右手を掲げると、フレイムバーストと思われる巨大な火球をいくつも創り出し放つ。赤い閃光が走ったかと思うと、直後に爆発が連発した。それだけではない三体のリッチも強力な魔法を使い、眷属達をなぎ払って行く。
「兵士など飾りに過ぎない! 貴様を倒すのはこの俺だ!」
「少し驚かされましたが、やはり所詮はスケルトンですわね。私の魔法の前ではただのガラクタですわ」
赤いオーラを漂わせるアービッシュは、一振りで数体の眷属を両断した。
杖を掲げるフェリアは、竜巻を巻き起こし敵を舞い上がらせた。
みるみるスケルトンの包囲に大穴が形成され、三人と四体の舞台ができあがる。
儂は感心したように光景を眺めていた。
あの状況から脱するとは、やはり侮れない者達だ。
「スケ太郎」
「カタカタ」
将軍の命令により、スケルトン軍は攻撃を中断した。
「どうした! かかって来いよ! 英雄の力を存分に見せてやる!」
興奮した英雄は声を荒げて眷属を挑発する。
その体には無数の傷ができており、短い呼吸を繰り返していた。
体力的にはまだ余裕があるようだが、精神疲労はピークに達しているようだ。
これなら儂でなくとも相手をすることができそうだな。
声をかける前にスケ太郎が動いた。
「カタカタ」
「黄金のスケルトンだと? 田中真一を出せ。貴様では相手にならない」
アービッシュの目は儂に向いている。
だが、視線を遮るようにスケ太郎が間に割り込んだ。
儂は諭すように英雄に言葉する。
「そのスケルトンを倒すことができたのなら、相手をしてやってもいいぞ」
「俺が相応しい相手じゃないと言うのか! 馬鹿にしやがって!」
彼の体がぶれると足下の砂が舞い上がる。
動きを見たスケ太郎は、瞬時に抜刀しアービッシュの斬撃を受け止めた。
「超人化した俺の動きが見えているのか!? 銀色のスケルトンといいなんなんだ!?」
「カタカタ」
「くっ! 仕方がない! コイツを先にやってやる!」
互いに剣撃を打ち合い、甲高い音と共に火花が間で散る。
その度に空気が振動し足下の砂が浮き上がった。
上空に浮かぶ魔法光は、スポットライトのように二人を照らし出し、ダンスを踊っているかのように見せた。
「爆炎剣舞!」
アービッシュが剣を打ち込むと同時に爆炎が発生する。
しかしスケ太郎は炎を避けなかった。
それどころか冷静に剣を押し返す。まるで効いていない様子だ。
アービッシュは後ろへと跳躍し、スケ太郎が無傷である事を確かめた。
「防御力は銀色のスケルトン以上か! くそっ!」
「カタカタ」
スケ太郎は顎を鳴らして笑う。
赤い目はぼんやりと光り、英雄の実力を観察しているかのようだった。
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