百四話 ホームレス壊滅作戦4


 スケルトン7は自身のステータスを確認してカタカタと顎を鳴らした。

 あと少しで進化に達する予感がしたからだ。

 焦っていないと言えば嘘になる。

 すでに他の九体は進化を終えて、新たなる力を手にしていた。

 残るは『7』だけ。

 つまり十体のスケルトン幹部の中で一番弱いのが彼だった。

 唯一の救いは、将軍であるスケ太郎や副将軍であるスケ次郎が進化していないこと。

 トップが進化してしまえば、その配下である『7』は何をしていたのかと言われかねない。縦社会は辛いななどと考えつつも、ご主人様の笑顔が脳裏に現れてキュンとした。骨に染みる労働も、ご主人様の事を想えばまだまだ頑張れそうだった。


「貴様が現れたことではっきりしたな。田中真一は俺たちがどのような目的で此処に来ているのか把握しているようだ。奇襲のつもりだったがいいだろう、正面からホームレスを潰してやる」


 アービッシュは急加速によって弾丸のように飛び出した。

 対するスケルトン7が迎え撃つ。

 槍と剣が激しく打ち合わされ、その度に衝撃波が砂を舞い上がらせた。

 傍観する兵士達には彼らの姿を追うことはできない。あまりに速すぎて何が起きているのかすら知ることが出来ないのだ。


「こいつ! 俺のスピードにまで着いてくるのか! ふざけやがって!」

「カタカタ!」


 鋭く突かれた槍の矛先をアービッシュがギリギリで回避すると、身体を反転させながら剣閃を繰り出す。スケルトン7は上体を反らして最小限の動きで避けつつ、顔を狙った回し蹴りで反撃に出た。しかし蹴りは腕のガードに阻まれる。


「っつ! やってくれたな!」


 腕はビリビリと痺れていた。

 予想を超える重い一撃に彼は内心で舌打ちする。

 ただの魔獣ではないと思っていたが、今の俺に匹敵するほどの身体能力とは。これは短期で決着をつけないとやられるかもしれない。

 そう考えたアービッシュは奥の手を解き放つ。

 全身から突如として赤いオーラが噴出し、漂わせていた気配はさらに大きく広がった。7はその変化に警戒心を強める。


「はぁぁぁ、指先まで力がみなぎっているのが分かる。全身にたぎる万能感。これこそが俺の力だ。英雄たるアービッシュ・グロリスの実力を見よ」


 アービッシュの姿がと、刹那の時に7の前に現れた。

 咄嗟に槍で防御姿勢に入ろうとしたが、それも間に合わず空気を切り裂く一閃が直撃する。強烈な衝撃に7は建物の壁へと叩きつけられた。


「ははははっ! 先ほどまでの俺と思うな! レアスキル『超人化』を発動させたことで、全ての能力は三倍に跳ね上がっているのだからな!」


 7は瓦礫を押しのけて立ち上がった。

 自身に目を向けると、アバラ骨に大きくヒビが入っており、敵の攻撃の強さがどれほどだったのかが理解できた。生身なら冷や汗を流していたところだ。


「カタカタ」

「なんだ、まだ立ち向かう気か? ならば希望通り粉々にしてやろう」


 再びアービッシュの身体が

 7は槍を構えると、周囲に視線を彷徨わせた。

 先ほどは正面に来た。次は左か右か。攻撃を予測して神経を研ぎ澄ませる。


「後ろだ」


 声に振り返ると、口角を上げて嗤うアービッシュの姿があった。

 すでに剣を振り上げており、7は咄嗟に槍で斬撃を防御する。

 だが、一撃は受け止めるにはあまりに強く、遥か後方へと弾き飛ばされてしまう。

 スケルトンは勢いのまま地面を転がると動きを止めた。


「所詮は魔獣! 俺の敵ではない! 兵士達よ! 英雄の実力をその目に焼き付けたか!」


 アービッシュの声に兵士達は歓声で応える。

 スケルトン7は動かない。この場に居る誰もが魔獣は死んだと考えていた。

 ジル教授は7に駆け寄ると腕や足を触って感触を確かめる。


「なんと素晴らしい素材か! まさかリッチを越えるアンデッドが存在していたとは! ぜひ研究室に運んで解剖せねば! アクアニス、ティラ! こいつを運べ!」


 二体の人造リッチは、7の腕を肩にかけるとゆっくりと持ち上げる。

 その目には赤い光は消失しており、銀色のボディが再び動き出す気配はない。

 フェリアは眉間に皺を寄せてその様子を見ていた。


「愛しいフェリア。どうしてそんな顔をしている」

「私は反対ですわ。敵の死体を持ち歩くなんて。ただでさえ得体の知れない魔獣ですのに」

「かもしれないな。だが、俺は興味を抱いている。田中真一があれほどの魔獣をどうやって手に入れたのか。その方法を知りたいのだ」

「その謎を教授が解き明かしてくれる……というわけですわね。理由はわかりましたが、私はやはり反対ですわ。本当に死んでいるのかすら怪しいですもの」

「心配するな。俺の攻撃を受けて生きていられる者などこの世に存在しない。例えアンデッドでもな」


 アービッシュは兵士達に隊列を整えさせ、先へ進むことを指示した。



 ◇



「報告します! 奴らの姿は確認できませんでした!」

「分かった。お前は下がれ」

「はっ」


 簡易の椅子に座るアービッシュは、腕を組んだまま沈黙する。

 ここは二十四階層。王国軍はホームレス所有の家畜場を発見し占拠していた。


「これほど大規模な家畜場を作っていたとは、やはりホームレスは侮れないな」

「へい。それで旦那はこれからどうしやすか? 目的の二十四階層には案内したわけですが」

「奴らがこの辺りで生活をしていることは確実だ。確か三十階層までなら案内をできると言っていたな?」

「もちろんできやすぜ。ですが引き返さなくてよろしいのですかい。二十五階層なら転移の神殿があると思いやすが……」


 コビーの言葉にアービッシュは「金なら追加で払う」と黙らせた。

 そこへスケルトン7を背負った人造リッチとジル教授が近づいてくる。


「ここでこのスケルトンを解体しても良いか? 私はこれを調べたくてうずうずしているのだ」

「それは許可できない。俺達はこれから三十階を目指すことになったからな」

「おい! 任務は二十四階層までの話だったはずだ! どうして私が三十階層まで行かなきゃならん!」

「忘れているようだが、我々の任務はホームレスを壊滅させることだ。達成する為なら三十階層だろうが行かなければならない。報酬を諦めるのならば帰ってかまわないがな」

「くっ! 忌々しいガキめ!」


 教授は吐き捨てるように言葉するとその場を離れる。

 入れ違いに兵士がアービッシュの元へと駆け寄った。


「大量の穀物を発見しました。いかがいたしましょうか?」

「では兵達で消費することを許可しよう。それと出発前に建物を破壊する事を指示しておけ」

「はっ」


 走り去る兵を見ながらコビーはアービッシュへ質問する。


「これだけの建物を壊しちまうんで?」

「勿体ないか? だがもし奴らを取り逃がしたときのために、拠点となる場所は潰しておかなければならない。この国に居場所はないのだと理解させなければならないからな」


 しばらくすると家畜場から破砕音が響いた。

 至る所から家畜が逃げ出し、倒壊した建物からは砂煙が舞い上がる。

 兵士達は倉庫に収められていた大麦や小麦を、麻袋に詰めて笑い声をあげた。


 ◇


 ろうそくが灯る薄暗い部屋の中。

 儂は腕を組んだまま一人で報告を待っていた。


(7が捕まった)


 頭の中で声がする。儂はそれを聞いて心臓が掴まれたように収縮した。

 まさか幹部の一人が倒されるとは考えていなかったからだ。

 7は進化はしていないものの、十人の中では最も技術に長けた者だった。


「誰が倒した? それと7は生きているのか?」

(アービッシュがやった。今は人造リッチに捕まって動かない)

「そうか……現状で引き寄せるのは不味いかもしれないな。それで奴らはここへ来るのか」

(三十階層まで行くと言っていた。たぶんそっちに行く)


 7が捕まったのは予想外だったが、予定通りこちらへ来るのなら問題は無い。

 ほどほどに引き上げろと言っていたのだがな。儂の想像を超えてアービッシュの戦闘力が高かったと言うことか。


(もう一つ報告。アービッシュは超人化スキルを使っていた。要注意)

「超人化? 何だそのスキルは」

(ドラゴニュートに竜化。獣人に獣化があるように、ヒューマンにも超人化がある)


 ほぉ、それは知らなかった。レアスキルと言う奴だな。

 では翼人やエルフにドワーフも特殊なスキルが存在するのかもしれない。

 実に興味深い話だ。


「引き続き監視を頼む」

(了解)


 監視者とのやりとりを終えて、儂は背もたれに体重をかける。

 英雄率いる王国軍と戦うためとは言え、今回の作戦はかなりの痛手を被っている。

 終わったあとの始末にはそれなりの時間を要する事だろう。

 だが、同時に慎重に行動したことは正解だったと言える。

 無策で国が軍を送るとは思えなかったからだ。


「超人化に人造リッチか……考えたよりも厄介だな」


 溜息を吐きつつテーブルに置かれたワイングラスを手に取る。

 口に含むと芳醇な香りと共に甘さが儂を楽しませる。

 そこにコンコンとドアを叩く音が聞こえた。入室したのはスケ太郎だ。

 彼は儂の近くで跪くと発言した。


「カタカタ」

「ふむ、準備は整ったのだな。では奴らが来るまで待機を命じる」

「カタカタカタ」

「ん? いつ来るのかだと? そうだな、現在は二十四階層だと聞く。そこから進むとすれば明後日の昼頃に到着か。それまでには儂もメンバーも配置につく予定だ」

「カタカタ」

「ああ、7は奴らに捕まった。お前の気持ちは分かるが、今は作戦を優先する。いいな」


 スケ太郎は短く返事をすると、黒いマントをひるがえして退室して行く。

 将軍として部下の安否は気になっているようだ。

 それに十人の軍団長を彼は可愛がっていた。個人的にも無関心ではいられないと思われる。


「二十八階層に来るまでの辛抱だ」


 儂は立ち上がると、窓に近づき外の様子を窺った。

 闇に広がる無数の赤い光が、その時を静かに待ち続けていた。



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近況ノートでもお知らせいたしましたが、作品タイトルを変更いたしました。作者側の勝手で慣れ親しんだ名前を変えるのは非常に心苦しかったのですが、大人の事情と言うことで納得していただければと思います。引き続き本作をどうかよろしくお願いいたします。



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