百三話 ホームレス壊滅作戦3


 王国軍は二十一階層で休息をした後に、二十二階層へと足を踏み入れた。

 フロアには水が満たされており、先へ進むには水平線に延びる石造りの道だけが頼りだ。


「飲み水には出来そうもないな」


 水の中をのぞき込むアービッシュは舌打ちする。

 するとコビーが慌てた様子でアービッシュを水際から引き離した。


「旦那、水に近づいちゃいけませんぜ。食われちまいやす」

「食われる? ここには何か居るのか?」

「へい、二十二階層には――「ぎゃぁぁあああああ!」」


 コビーが説明を始めようとしたところで兵士が悲鳴をあげた。

 巨大とも言えるトンボが兵士達の真上に何匹も集まってきていたのだ。

 昆虫はめぼしい兵士を見つけると、目にも留まらぬ速さで捕獲。そのまま持ち上げて水平線へと連れ去って行く。

 中にはその場で頭部を囓られた者もいた。

 王国軍は大混乱に陥る。自身の命を守ろうと、兵士達は味方にすら剣を向けた。


「ひぃぃいいい!」


 道の上から水へ飛び込む者が現れた。

 水に落ちた獲物をトンボは狙わない。その事実ににいち早く気が付いたのだ。

 しかし、泳ぐ兵士達を何かが次々に水へと引きずり込む。

 それは一瞬だ。首へ太く長いロープのようなものが巻き付くと、抵抗する暇も無く水の中へ。

 すれ違いざまにトンボを切り捨てたアービッシュは指示を出す。


「立ち止まるな! 先へ進め!」


 走り出したアービッシュを先頭に、兵士達は一斉に駆け出す。

 トンボたちは逃がすまいと数を増やして追いかけてきていた。


「エアロカッター! エアロカッター!」


 フェリアは足を止めずに、襲いかかるトンボへ魔法を連発する。

 だが、殺す数以上に魔獣はどんどん集まってくる。すでに彼らの真上を数百ものトンボが飛び交っている。

 コビーは走りながらアービッシュへ声をかけた。


「これはやべぇですぜ! あの虫ども餌が来たって興奮してやがる! この集まり方は異常ですぜ!」

「そんなことは俺でも分かる! 何かあの虫を追い払う方法はないのか!?」

「火ですぜ! あいつらは火を怖がる! あっしが此処を通ったときは、松明を使って追い払った記憶がありやすぜ!」

「よし、火だな! 教授! リッチを使ってあのトンボ共を焼き払え!」


 アービッシュの後ろを走るリッチの背中にはジル教授が背負われていた。


「私に命令するな。だがしかし、今回は私にとっても好ましい状況ではない。あの虫共を殺せというのならやってもいい。イグニス」


 教授の声に反応したのは、赤い魔石を額に埋めこんだリッチだった。

 名はイグニス。炎を得意とする人造リッチの一体である。

 そのほかにも水を得意とするアクアニス。

 風を得意とするアーエル。

 土を得意とするティラ。

 などとジル教授によって名付けられている。


 イグニスは流れに逆らい足を止めると、両手を挙げて魔力を解き放つ。

 出現するのは数百ものファイヤーボール。

 その光景に思わず兵士達は足を止めて見入ってしまう。

 獲物を追いかけていたトンボ達も一時的に動きを止めた。


「かたかた」


 イグニスが顎を鳴らすと、ファイヤーボールは一斉に発射された。

 閃光が四方に向かって広がると爆発。上空を真っ赤に染める。

 直撃したトンボは頭部や羽を失い、白い煙を纏いながら水や道の上に落下した。


「あんなことまでできるのか……」

「くははっ、驚いたか? 私のリッチは潤沢な魔力を誇り、なおかつ使いこなせるのだ。そこに居る人間の魔導士には真似できないことだろうな」


 ジル教授の言葉にアービッシュは喜びを隠せなかった。

 あれほどの力がある魔獣なら、田中真一は手も足も出ないのではないのかなどと考えたからだ。

 すかさずフェリアが怒りをぶちまけた。


「あの程度の魔法、マスター級の私にも出来ますわ! 初級魔法の多重展開くらいでいい気にならないでもらいたいですわ!」

「ほぉ、小娘にもアレが出来るのか。意外だったな。まぁいい。あの程度の魔法は私のリッチにとってお遊びだ。レベルの低い者と比べる意味も無いだろう」

「レベルが低い!?」


 フェリアは怒りのあまり眼を見開いて震える。

 アービッシュはさすがにこれは不味いと二人の間に割って入った。


「俺たちはホームレスを倒すために手を組んでいるはずだ。無駄に怒りを買うような事はするな」

「その小娘が私のリッチを軽んじるからだ。攻められるべきなのはそのエルフだろう」

「教授」

「……ふん」


 ジル教授はリッチに背負われたまま先を進み出した。

 フェリアは怒りが収まっておらず、教授の背中を睨み付けている。


「仲間割れは無意味だ。奴らを倒すためには、あの男の力を借りなければならない」

「分かっていますわ。ですけど、いちいち癪に障りますの。魔獣の力を借りているくせに、大物ぶった態度が本当に気に入りませんわ」

「言わせておけ。所詮は一時の付き合いだ。この作戦が終了すれば、あの男は二度と太陽を拝むことはないだろう」

「どういうことですの?」

「陛下はジル教授にリッチを量産させるつもりのようだ。おそらく死ぬまで作り続ける事になるだろうな。今回はあの男にとって最後の自由なのさ」


 フェリアはニヤリと笑う。途端に彼女の怒りは何処かへと消えていった。


「そう言うことでしたら承知しましたわ。私があの程度の男に怒りを感じるなんてありえませんもの」

「君の機嫌が直って俺は嬉しいよ」


 アービッシュはフェリアの手の甲へキスをした。



 ◇



「もうじき建物が見えてくる頃ですぜ。中には下へ続く階段があったはず」


 先頭を歩くコビーは道の先を指差してそう言った。

 アービッシュは眉間にしわを寄せて心境を口に出した。


「二十三階層はどんなフロアだ? もう巨大昆虫は御免だぞ」

「心配無用ですぜ。二十三階はバブーの森となっていやす。出てくる敵はスケルトンばかりで手こずることはまず無いと思いやすぜ」

「スケルトンか。だったら兵士を休ませるくらいは出来そうだな」


 アービッシュの言葉に兵士達は安心する。

 すでに誰もが大迷宮に潜ったことを後悔していた。

 ここでは人間は魔獣の餌なのだと実感していたからだ。

 コビーは話を続ける。


「旦那には言ってきますが、二十二階層はまだ可愛いものですぜ。二十六、二十七階層はスケルトンがうじゃうじゃ出てきやす。しかもリッチやゾンビも出てくるって噂だ」

「噂か。お前は出会わなかったのか?」

「へい、あっしらは事前に情報を入手していましたので、魔退香を焚いてすぐに階段を降りてしまいやした。さすがに大量のスケルトンと複数のリッチは相手に出来ないですぜ」


 アービッシュは内心でコビーの仲間を笑った。

 スケルトンやリッチごときに恐怖を感じるなどあり得なかったからだ。


「おや? あれは人ですかい?」


 コビーは道の先に居る人影に反応した。

 彼の声にアービッシュやフェリアにジル教授は視線を向ける。


 道の中央に座る人影。

 体には鉄の鎧が装備され、むき出しの頭部はどう見ても頭蓋骨であった。

 銀色の頭蓋骨にその目には赤い光がぼんやりと宿っている。

 右手には槍を握り王国軍へ殺気を飛ばしていた。


「スケルトン……ですの?」

「下がれフェリア。アレはただのスケルトンではなさそうだ。誰か鑑定スキルでアレを調べろ」


 指示が下され、鑑定スキルを所持する兵士が謎のスケルトンを調べた。

 その間も銀色のスケルトンは動かない。

 まるで自身の敵が現れるのを待っているかのようだった。


「結果が出ました。あれはホームレスシルバースケルトンと言う魔獣のようです」

「魔法は? スキルは?」

「申し訳ありません。鑑定(中級)の自分では、名前しか確認できませんでした」


 兵士は頭を垂れて謝罪する。

 鑑定とは一般的に育ちの悪いスキルと言われている。

 他のスキルと比べ、ランクアップが非常に遅いのだ。

 所持者の才能にもより、五十年使い続けても初級のままである場合も珍しくない。

 よって鑑定(上級)以上になると、レアスキル所持者として扱われる。

 鑑定(中級)所持者がいることは、むしろ精鋭の証なのである。


「鑑定で見られないと言うことはマスタークラスの魔獣か。俺が相手するしかないだろうな」

「アービッシュ様!」

「止めるなフェリア。ここは英雄として、兵達に力を見せなければならないときだ。俺の勝利をそこで待っていてくれ」


 フェリアを制止すると、アービッシュは剣を抜いて先へと進む。

 座っていたスケルトンはゆっくりと立ち上がり、手に持ったミスリルの槍を構えた。


「おい、そこのスケルトン。ホームレスと名がつくからには、奴の差し金なのだろう? だったら俺の下につかないか。あんな男よりも、俺の方がお前の主に相応しいと思うのだが」

「カタカタ」


 銀色のスケルトンは首を横に振った。

 額には大きく『7』と書かれており、アービッシュにはそれが数字だとは分からなかった。

 なぜならこの世界にはないアラビア数字だからである。

 もし、彼がこの時に数字に気が付いていれば、恐らく大迷宮から引き返していたであろう。


「銀色のスケルトンをどうやって配下にしたのかは分からないが、俺の前に立ちふさがるのならば消すだけだ」

「カタカタ」


 アービッシュは強烈な踏み込みで切り込んだ。

 重い斬撃をスケルトン7は槍で素早くいなし、その場から一歩下がる。


「まだだ!」


 剣は止まらない。残像が見えるほどの連撃は一歩ずつスケルトン7を後退させた。

 槍が剣を受けるたびに甲高い音を立てて火花を散らす。

 兵士達の眼にはスケルトンが一方的に押されているように見えた。


「こいつ……俺の剣を難なくさばいている」

「カタカタ」


 スケルトン7は巧みな槍さばきで剣の軌道を逸らしていた。

 それだけでアービッシュは並々ならない相手だと認識する。

 目の前のスケルトンは彼が戦ってきたどんな魔獣よりも異質だった。


「だったらこれはどうだ! 爆炎剣舞!」


 刀身が槍の矛先に触れた瞬間、スケルトン7は爆発の炎に包まれた。

 兵士達から歓声があがり、勝負は決したかのようなムードに包まれる。

 アービッシュも剣を下ろすと、燃えるスケルトンを眺めた。


「スケルトンにしては強かったが、今の俺の敵ではないな」


 だが、彼はその場から動かない。

 妙な胸騒ぎを感じていたのだ。


「カタカタ……」


 人型の炎が立ち上がった。

 次第に纏っている炎は消えて行き、その下から銀色のボディが現れる。

 鉄の鎧は爆発で吹き飛んだのか本来の骨の体がむき出しになっており、赤い光が灯る頭蓋骨には傷一つなかった。

 カツンカツンと足を踏み出すごとに、喜んでいた兵士達は口を閉じて行く。

 アービッシュですら額から一筋の汗が流れる。


「正真正銘の化け物か」

「カタカタ」


 褒め言葉と受け取ったスケルトン7は敵へ一礼する。

 そこへ兵士と共に見物をしていたジル教授が声を発する。


「素晴らしい! なんて耐久力だ! おい英雄! アレの死体を手に入れろ! アレこそは私のリッチが更なる高みに至る最高の材料だ!」

「黙れ! 今はそれどころじゃない!」


 アービッシュは教授を黙らせた。

 彼は目の前の敵にどうやって勝つか考えていたのだ。


 スケルトン7は顎をカタカタと鳴らした。



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