百二話 ホームレス壊滅作戦2


 ホームレス食堂を後にした王国軍は、二日を要して二十階層へとたどり着いていた。


「爆炎剣舞!」


 アービッシュの鋭い斬撃は、オークへ当たると同時に爆発を起こす。

 血液と肉片が四散し焼け焦げた肉の臭いが充満した。


「エアロカッター!」


 フェリアも杖を掲げ魔法を行使する。

 風の刃は二体のオークをバラバラにし、大量の鮮血が石畳へ広がった。


「コビー。階段まではあとどれくらいだ?」


 アービッシュは剣を布で拭いながら質問した。


「あっしの記憶では、もうすぐだったと思いますぜ」

「前々から聞こうと思っていたのだが、お前は三十階層までの道を全て記憶しているのか?」

「もちろん覚えてますぜ。それがあっしの一番の売りですからね。全ての道を知っているわけじゃねぇですが、階段と転移の神殿までの最短ルートは任せてくだせぇ」


 そこへ戦い終えたフェリアがやってくる。


「見た目はともかく使える男なのは褒めてあげますわ。少なくともよりは」


 彼女が視線を移動させると、薄暗い通路に座り込む兵士達の姿が見えた。

 中には足や腕に包帯を巻いており、痛みに喘いでいる者も居る。

 食堂を出発した彼らは、魔獣との連戦に疲労していた。

 重ねて彼らを苦しめるのはダンジョンという特殊な環境だった。

 暗く圧迫感のある地下に何日間も滞在する事は、兵士達にとって精神疲労が大きかったのだ。


「そういうなフェリア。あいつらはヒューマン。進化を遂げた俺たちとは違う」

「ですけど、この調子ではいつまで経ってもエルナを殺す事なんて出来ませんわ」

「分かっている。それでも兵士は必要だ。あいつらにはいざという時に、肉壁になってもらわなければならないからな」

「そうでしたわね……本当に面倒ですわ」


 フェリアは兵士達に歩み寄ると回復魔法を使用する。

 みるみる内に傷口は塞がり、腕を失ったものも元通りに再生した。

 水魔法の特級アクエリアスリカバリーである。

 兵士達は次々にフェリアへ感謝を述べた。

 が、彼女は無表情のまま言葉を発した。


「回復して差し上げるのはこれっきりですわ。私の貴重な魔力を、貴方たちのような役立たずに何度も使うことは出来ませんもの。次は大人しく自害なさい」

「御意!」


 五千人の兵士が嬉しそうな表情で頭を垂れた。

 思わぬ反応に言葉を投げつけたフェリアが硬直する。

 彼女は視線を天井や壁へ彷徨わせ、アービッシュへ振り返った。


「どういうことですの?」


 一部始終を見ていたアービッシュは、驚愕に満ちた表情で言葉をこぼす。


「まさか……全員……ドMなのか?」



 ◇



 軍は二十一階層へ到達した。

 フロア全体が湿地になっており、アービッシュはここで大きな休息をとることを決断した。


「ようやく広い階層に出たと思えば、ジメジメして気持ちが悪いですわ」


 焚き火を目に前にして、兵士達に肩や腕を揉ませるフェリアが文句を口にした。

 近くに寝転がっているアービッシュは彼女の話を聞いておらず、ぼんやりと光が降り注ぐ天井を眺める。


「地下とは思えないな。まさか大迷宮にこんなに広い土地があったとは知らなかった」

「へへっ、英雄の旦那はここまで来たのは初めてですかい?」


 鍋をかき混ぜるコビーはアービッシュへと声をかけた。


「ああ、俺はモヘド大迷宮に潜ったことがなかったからな。お前は来たことがあるのだろう?」

「もちろんですぜ。かつていた仲間と共にここを通ったもんです」

「仲間はどうした?」

「死にました。みんなあっしを残して逝っちまいやがりましたよ」

「そうか……」


 アービッシュはそれ以上聞くことを止めた。

 いずれ殺すだろう相手の過去を知るのは良くないと判断したからだ。

 彼はしばらく天井を眺めていると、どこからか悲鳴が聞こえた。


「うわぁぁああ! グリフォンだ!」


 軍のキャンプ地へ一匹の黒いグリフォンが舞い降りた。

 鍋や食器を足ではじき飛ばし、兵士達を爪で引き裂く。

 咆哮を上げるとグリフォンの周囲からエアロカッターが無差別に放たれた。


「黒いグリフォンだと!? まさか変異種か!?」

「アービッシュ様、そんなことを言っている場合ではありませんことよ! 早く仕留めないと被害が大きくなりますわ!」


 アービッシュとフェリアは急いで武器を握ると敵の元へと走る。

 グリフォンは二人を見ると、攻撃を止めて警戒態勢に移った。


「黒いケダモノめ。やってくれたな」


 剣を抜いたアービッシュも構える。

 フェリアは背後に待機し、いつでも魔法を撃てるように杖を握りしめていた。


「ぐるるるっ」

「普通のグリフォンよりも強いな……しかも頭も良い。俺の武器をじっと見ているぞ」


 一匹と一人は距離を保ちながら攻撃の機会を窺っていた。

 兵士達は武器を持ったまま見守るしか出来ない。


「ふっ!」


 先に動いたのはアービッシュだった。

 一足飛びで距離を詰めると、斜め下から切り上げる。

 グリフォンは剣筋をいち早くに予測すると、猫科特有の瞬発力で大きく後方へと回避。


「アービッシュ様、私がやりますわ! 水牢獄アクアプリズン!」


 杖を掲げたフェリアはオリジナル魔法を放つ。

 グリフォンの周囲に無数の水球が出現すると、一点に向かって降り注いだ。

 押し寄せる水にグリフォンはもがくが、徐々に水球へと取り込まれて行き、数秒ほどで直径五mほどの巨大な水の塊ができあがった。

 グリフォンは気泡を吐き出しながら脱出しようと暴れる。


「マスター級の魔導士にしか扱うことの出来ないオリジナル魔法か。俺のフェリアは素晴らしいな」

「水牢獄はベネッセ家が編み出したオリジナル魔法ですわ。私の創った魔法はもっと強力ですの」

「ああ、分かっているさ。君こそが最高の魔導士だと」


 アービッシュの言葉にフェリアはうっとりとした。

 兵士達も戦いは終わった判断し構えを解く。


「フレイムバーストだ」


 ジル教授が言葉すると、水牢獄は炎に包まれ爆発した。

 突風が巻き起こり、先ほどまでグリフォンを捕らえていた水の塊は一瞬にして蒸発。

 アービッシュや兵士達は何が起きたのか分からなかった。


「私のリッチの力を見たか! お前達が手こずったグリフォンを一撃だぞ!」


 ジル教授は興奮した様子で黒煙が昇る景色を見ている。

 その傍では右手を前に出したまま、微動だにしない人造リッチの姿があった。

 額には火の魔石を備えており、暗闇で満たされている眼はどのような感情も浮かべることはない。


「アレは私が倒した敵ですわ! 貴方はトドメをしただけ! 発言の訂正を要求しますわ!」


 フェリアは即座に怒りをぶつける。

 教授は彼女の言葉を聞いて笑い始めた。


「ぶははははっ! お前はただ捕まえただけだろう! 殺したのは私のリッチだ! その結果は変わらない! まぁ、動きを止めてくれたことだけは褒めてやっても良いぞ!」


 フェリアは強く杖を握りしめる。指の間からは血がしたたり落ちていた。

 彼女の様子に小さく溜息を吐いたアービッシュは、教授へ注意をする事にした。


「ジル教授。リッチを不用意に使用するな。その魔獣の放つ魔法は強力であり、味方を攻撃に巻き込みかねないものだ。今後は俺の許可を得てから動いてくれ」

「強すぎる故の制限か。悪くない。よかろう、指示に従ってやる」


 教授は機嫌良く返事をした。

 今度はフェリアの怒りを静めるために彼女へ話しかけようとしたところで、兵士が焦った様子で彼に駆け寄った。


「報告します! 先ほどの戦闘で殺したと思われる敵の死体が見つかりません!」

「なにを言っている。貴様は先ほどの戦いを見なかったのか? 爆発でバラバラになったのだから、原形を留めているわけがないだろう」

「いえ、肉片すら発見できないのです! まるで消えたかのように何も見当たらないのです」

「まさか……!」


 アービッシュは戦いで荒れた地面を確認する。

 兵士の言うとおり血液や肉片は見られない。それどころか羽毛すら落ちていないのだ。

 あまりに奇妙であり違和感をぬぐえない。

 彼の脳裏に一人の人物が浮かんだ。


「あのグリフォンは奴が差し向けた敵だったのか? だが、どうやって? 俺の知らないスキルを持っているとでも言うのか?」


 アービッシュはブツブツと考えを口にするが、その答えは出そうにもなかった。

 そこで彼は田中真一は魔獣を操る能力を持っていると仮定し先へ進むことにする。


 王国軍が出発すると、離れた場所で待機をしていた人物が動き出す。

 マーナからずっと監視をされていることを、アービッシュ達はまだ知らない。



 ◇



「奴らのスキルと戦力はいくつか判明した。引き続き対策本部を維持する」


 ろうそくの灯る薄暗い部屋の中。

 大きく長い机を囲んだ数人の人影が儂に注目していた。

 いや、一人だけテーブルに置かれているクッキーをモグモグと食べている。


「おいエルナ。儂の話を聞いていたのか?」

「聞いているわよ。あれでしょ、私達を殺そうとダンジョンに王国軍が攻めてきているのでしょ?」

「それだけではない。今や英雄と呼ばれているアービッシュやマスター級魔導士のフェリアに、四体のリッチを引き連れているジル教授と現時点で実力が不透明な者も居るのだ。油断しているとこちらがやられてしまうかもしれない」

「真一は心配性ね。進化した私達が負けるはずないでしょ。真一一人でも全滅させられる戦力差じゃない」

「それが油断というのだ。特に引き連れているリッチの力は未知数であり、報告ではただの魔獣ではないと受けている。つまり奴らの切り札かもしれないのだ」


 エルナは「スペリオルエルフの敵じゃないわ」などと言って再びクッキーに手を伸ばす。確かに儂も彼女の意見には同意するが、もしもという事があるのだ。

 少なくとも何の対策も立てずに立ち向かってくるほど王国は馬鹿ではない。

 ジル教授が同行していることが何よりの証拠とみるべきだ。


「ジル教授と言えば、ホームレスに指名依頼を出した人物ではなかったか?」


 フレアがペロの胸の毛を手でサワサワと撫でながら質問する。


「そのとおりだ。依頼内容はリッチの頭蓋骨だったように思うが、あの四体と何らかの関係があると儂は見ている」

「関係? 教授が眷属化で従えているのではないのか?」

「それはまだ分からない。情報収集を続けるほかないだろう」


 ただの魔獣とは考えづらい。

 ホームレスがリッチを倒すほどの実力を持っている事を、教授は知っているはずだからだ。

 もしかするとリッチの変異種を集めたのかもしれない。そして眷属化で従えさせている。ひとまずその線で考えた方が無難だろう。要警戒だ。


(グリフォンが危ない。避難)


 頭の中で声が聞こえた。軍を監視している者からの報告である。

 即座に戦いに出していたグリフォンを眷属召喚で呼び戻す。

 部屋の床に光が出現し、水浸しのグリフォンが現れた。

 ぐったりとしており、相当に体力を消耗しているようだ。


「スケ次郎、コイツを外へ運んでやってくれ」

「カタカタ」


 席に座っていたスケ次郎が立ち上がると、グリフォンを両手で抱えて退室する。

 その様子を見ていたスケ太郎が儂に声をかけてきた。


「カタカタ」

「うむ、敵の力を見るために出していたが、予想以上に強かったようだな。すぐに入った報告では、あのグリフォンが手も足も出なかったらしい。やはり一筋縄ではいかない相手のようだ」


 儂がそう言うとスケ太郎は腕を組んでなにやら考え始めた。

 ホームレス軍の将軍として危機感を抱いたのだろう。


「焦る必要は無い。ここまで到達するにはまだ時間がある。次の作戦はすでに準備してあるのだ。それまでに奴らの力を把握すれば良い」

「カタカタ」


 スケ太郎は顎を鳴らして敬礼する。

 そのぼんやりと光る赤い目には、決意が満ちているように見えた。



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