百一話 ホームレス壊滅作戦1
精鋭中の精鋭である五千人もの兵士は、最悪と名高いモヘド大迷宮を順調に進んでた。
現れる敵は片っ端から斬り殺され、彼らの後ろには散乱した死体だけが残る。
いつもとは違う侵入者に魔獣達は逃げ惑うことしか出来なかった。
スライムは踏みつぶされ、ホーンラビットは耳を掴まれて首を切り落とされる。
虐殺。もしこの場に冒険者が居たならば、そのように感じたことだろう。
「ははははっ! 良いぞ、もっと殺せ! 我が王国軍は最強なのだ!」
敵と戦う兵士達の後ろで、将軍は子供のようにはしゃいでいた。
対照的にアービッシュやフェリアは沈黙したまま歩いている。
「ずいぶんと静かではないか英雄殿。もうじき十階層なのだぞ、もっと喜んだらどうだ」
「まだ十階層ですよ。俺たちが目指しているのは二十四階層です。まだまだ先は長い」
アービッシュは案内人へ目を向ける。
すると空気を読んだコビーが将軍へ説明をし始めた。
「へへっ、この辺りはまだまだ中級冒険者の庭みたいなもんですぜ。本当に厄介なのは十五階層から下。さらに二十階層から下は、上級冒険者でもおいそれと手を出さない領域ですぜ」
「ふ、ふん! それくらい知っている! 我輩を誰だと思っているのだ! 貴様は黙って案内をすれば良い!」
「そりゃあ失礼。くひひ」
コビーは下卑た笑いを見せると、先頭を歩く兵士の元へ走って行った。
王国軍が地下へと潜り初めてすでに三日目である。当初の予定よりも若干の遅れはあるものの大きな問題もなく進んでいる。誰もが大迷宮と言ってもこの程度かと油断していた。
「やれやれ、これでは私の可愛いリッチ達の出番はなさそうだな」
ジル教授はアービッシュの背後でぼやいた。
教授の後ろには白いローブに身を包む四体のリッチが付き従っている。
アービッシュは振り返ることもなく言葉を発した。
「四体は我々の切り札だ。雑魚を相手させるわけにはいかない」
「お前達のではない私のだ。どのような敵と戦わせるかは私が決める。今回の任務もあくまで協力者という位置づけなのを忘れるな」
「もちろん充分に理解しているさ。陛下から与えられる莫大な研究費を目当てに参加していると言うこともな。俺の命令に逆らえば、手に入れられるものも手に入れられなくなるぞ?」
「……だったら早くその相手を見つけろ。いつまでも付き合っていられるほど、私は暇ではないのだ」
教授は顔を逸らすとそれっきり喋らなくなった。
高慢な研究者も金には勝てないのだなとアービッシュは内心で嘲笑する。
事実、ジル教授は研究のための資金が底を尽きていた。
原因は金銭に無頓着な彼の性格だ。
研究のために多額の資金をつぎ込み、足りなければ親が残した資産を売り払って金を作った。それも無くなれば借金をして金を手に入れた。
当然、そんな生活は長くは続かない。
追い詰められた彼は、研究の成果をローガス王に売り込むことにした。
王は人造リッチを一目で気に入り、研究費の援助を約束したのだ。
ただし、ホームレスを捕まえることを条件として。
「研究者というのはみんなあんなのですの?」
「さぁな。俺はその辺は詳しくないが、魔獣を改造して従わせようなんて考える奴が普通じゃないことはすぐに分かる」
「そうですわね。関わり合いはこれっきりにしてもらいたいですわ」
フェリアは吐き捨てるように言った。
◇
軍は十五階層へ到達。
先頭を歩くコビーとアービッシュは会話をしていた。
「この辺りに奴らの店があるというのは本当か?」
「あっしは嘘は言わねぇ。奴らホームレス食堂なんて看板を掲げて、冒険者相手に荒稼ぎをしてますぜ」
「ダンジョンに食堂とは田中真一の考えそうな事だ。どうせ冒険者あいてに高額な料理を出しているのだろう。姑息なやり方だ」
「さすがは英雄様ご理解が早い。そこであっしからの提案なんですが、食堂を奴らから奪ってやりましょうぜ。おそらく食料も水もたんまりありますし、この十五階層は敵も居ない安全地帯。兵士達の疲れをとるにも最適な場所だと言っておきますぜ」
アービッシュはコビーの言葉を受けて考えた。
彼の言うとおり十五階層は敵の姿を見かけない。兵士達を休息させるにはもってこいの場所だろう。さらに食料と水が手に入るのだ、コビーの提案は悪くないものだった。
「良いだろう。では食堂まで案内しろ」
「へへっ、了解ですぜ」
敵が現れない道を一時間ほど歩くとそれはあった。
木製の扉に”ホームレス食堂”と書かれている。
それを見るだけでアービッシュの頭に血が昇った。
「突入しろ。中に居る者は殺しても構わない」
五十人の兵士達が扉を破って踏み込んだ。
食堂内にあるテーブルや椅子をひっくり返し破壊する。ガラス瓶の破砕音が響き、大勢の足音が反響した。遅れてアービッシュが食堂内へと足を入れた。
「誰も居ないようだな」
人気の無い食堂を見て呟く。
壁に設置されたクリスタルがぼんやりと部屋の中を照らしており、兵士達はすでに食料探しなどを始めていた。
「アービッシュ様! 食料と水を見つけました!」
兵士の一人が報告をした。
数人の兵士が大きな袋を部屋の中心部へ運んでおり、そのほかにも多くの樽を移動させていた。
「ご苦労。では半分を此処で消費することを許す。それと酒類は自由にしろ」
「はっ!」
兵士が離れると、別の兵士が彼の元へとやってくる。
その手には大きくふくれた革袋が握られていた。
「ホームレス共の金を見つけました!」
「よくやった。では受け取ろう」
革袋を受け取ったアービッシュは、口紐を緩めてすぐに中を確認する。
じゃらりと硬貨がこすれ合う。
彼は中を見た途端に落胆した。そのほとんどが銅貨だったからだ。
口紐を縛ると、近くに居たコビーへと放り投げた。
「へ? いいんですかい? こりゃあ金貨一枚分くらいはありそうですぜ」
「その程度のはした金ならくれてやる。ここを知らせた褒美とでも思え」
「へへ、ありがてぇ。感謝いたしやすぜ」
金を受け取ったコビーは、部屋の隅へと移動して銅貨を数え始めた。
その様子を見るのは、すでに酒を飲んでいる将軍だ。
食堂のカウンター席へと座り、指示を出すアービッシュへ声をかけた。
「他に案内役は居なかったのか? 我輩はどうもあの男が苦手だ」
「閣下のお気持ちは理解します。ですが、今はアレの力を借りなければならない。ああ見えてあの男は、かつて三十階層まで到達したことのある熟練の冒険者です。この先へ進むには必要不可欠」
「熟練の冒険者には到底見えないが、英雄殿がそう言うのならしばしの我慢をしよう。もちろん任務が終われば消すのだろう?」
「地上への道を確保すればすぐにでも。閣下が手を汚すことはないでしょう」
将軍は「ならば英雄殿に全てを任せよう」とグラスの酒を一息で飲む。
アービッシュがこうも将軍に下手に出るのには置かれている立場が関係している。
国内最強の称号を持つ英雄とは言え、決して軍のトップというわけではない。
全ての軍を指揮するのは将軍であり英雄も駒の一つなのだ。
ただ、英雄には将軍からの命令を拒否する権利と同等の発言権が認められているため、形式上は将軍よりも下の地位になるが、実質は部下の居ない将軍として認知されている。このような複雑な事情があるため、アービッシュは将軍を目上に立てつつ対等に振る舞わなければならなかった。
しかも今回の作戦においてアービッシュに与えられているのは将軍への命令権である。軍を直接指揮する権利は与えられていないのだ。もし将軍の機嫌を損ねれば、兵士はたちまち命令に従わなくなる可能性があった。
早くコイツを消してしまいたい。
アービッシュはさわやかに微笑みながらそんなことを考えていた。
◇
「た、大変だ! 将軍が!」
兵士の叫び声に、寝ていた他の兵士達が目を覚ます。
アービッシュとフェリアも飛び起きると、未だカウンター席に座っている将軍の下へと駆け寄った。
「これは……」
将軍の顔は青白く変化しており、すでに死後硬直が始まっていた。
近くには飲みかけの酒瓶が置かれており、アービッシュはすぐに瓶を掴んだ。
「フェリア、俺の荷物から銀のスプーンを持ってこい! 早く!」
「ええ、すぐにだしますわ!」
アービッシュは銀製のスプーンに酒を数滴垂らした。
すると美しかったスプーンはみるみる黒く変色する。
周囲にいた兵士達はその様子を見てざわついた。
「見ろ! 毒だ! 閣下は何者かに殺されたのだ!」
「まさか!? 我々は夜通し見張りをしていましたが、不審者などは見ておりません!」
数人の兵士が声を上げた。
彼らは昨夜見張りを担当した部隊だ。他の兵士から疑いの目が向けられた。
「落ち着け。俺はまだ裏切り者がいるとは言っていない。それよりも隠密スキルなどで侵入されたと考える方が自然ではないだろうか。そして、もしそれが出来る奴らがいるとすれば……」
「ホームレスですわね?」
「ああ、田中真一の一味なら可能だろう」
兵士達は「ホームレスめ! よくも将軍を!」などと怒りを露わにした。
アービッシュの言葉は瞬く間に、兵士達の中で事実へと変わる。将軍を殺したのはホームレスだと信じたのだ。
「閣下が亡くなったことは残念だ。しかし、任務を放棄するわけには行かない。我々は将軍を殺したホームレス共を捕まえなければならないからだ。きっと閣下もそれを望んでいるに違いない。今から俺が軍を率いることになるが異論は無いな?」
兵士達は無言のままアービッシュへ頭を垂れた。
将軍が死亡した場合、近い地位の者が一時的に兵を統率する。
この場ではアービッシュ以外に適任者はいなかった。
「ではすぐに出発の準備に取りかかれ。一時間後にはここを出る」
命令に兵士達はすぐに従った。
アービッシュはフェリアを引き連れて一足先に部屋を出る。
薄暗い通路を二十mほど歩くと、二人は口角を鋭く上げて笑っていた。
「よくやったフェリア。お前の隠密スキルのおかげでようやく奴を始末できた」
「たいしたことではありませんわ。酒瓶に毒を盛っただけですもの」
アービッシュとフェリアは大迷宮に潜ってからずっと、将軍暗殺の機会を窺っていた。ホームレスへ罪をなすりつけるのも計画通りである。
「奴が深夜まで飲酒をする事は知っていた。なにせ不眠症だからな」
「あとは私がこっそり起きて、隠密スキルで瓶へ毒を入れるだけ。本当に簡単でしたわ」
二人はクスクスと笑う。
すると彼らの後ろでコツンと石を蹴る音がした。
「誰だ!?」
アービッシュは反射的に振り返ったが人影はなかった。
二人は何度も視線を彷徨わせ、盗み聞きしていた者が居ないかを確認する。
「きっと気のせいですわ」
「そうだな。少し浮かれすぎていた。兵士達の元へ戻るとしよう」
歩き出そうとするアービッシュを、フェリアは腕を掴んで引き留めた。
彼女は頬をピンクに染めており、少し恥ずかしそうにしている。
「ここ数日間……してませんわよね? まだ時間がありますし……」
「ああ、俺の可愛いフェリア。愛しているよ」
二人は薄暗い通路で獣のように互いを求め合った。
すぐ近くで何者かがじっと見ている事も知らずに。
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