百話 閉じられた街


 王国軍がマーナを完全封鎖して四日が経過した。

 ここはとある建物の一室。


「情報は?」


 ソファーに座るアービッシュは、テーブルに足を乗せたままぼんやりと窓の外を見ながら質問する。対するフェリアは部屋に入ってきたばかりであり、静かにソファーへ座るとゆっくりと口を開いた。


「ええ、どの階層に居るのかは把握しましたわ。それに迷宮を案内してくれるという冒険者も雇いましたので順調といえますわね」

「その冒険者は信用できるのか?」

「もちろん調査済みですわ。ホームレスを良く思わない連中から選んでいますので、私たちとは利害が一致していますもの」

「だったら大丈夫か。ところで奴らの関係者と疑わしき者の居場所は?」


 フェリアは首を横に振る。

 アービッシュはその様子を見て舌打ちした。


「市場に居るアーノルドと言う男に武器屋のロッドマンは、六日前に姿を消しているそうですわ。恐らく指名手配が出回った事で身の危険を感じたのかもしれませんわね」

「と言うことは、すでにこの街には居ないと考えた方が良さそうだな。ホームレス共々に処刑台に送ってやろうかと思っていたが予定が狂ったな」

「そうですわね。でも些細なことではありません事? 田中真一とエルナ・フレデリアさえ捕まえれば全ては丸く収まりますもの」


 フェリアはアービッシュへ寄り添うとにっこりと微笑む。

 そのまま二人は顔を寄せてキスをした。


「失礼します! ご報告が――」


 ドアを開けて入ってきた兵士は二人を見て硬直した。

 フェリアとアービッシュはすぐに離れると、立ち上がって服装の乱れを正す。


「部屋へ入るときはちゃんとノックをしろ! 打ち首にされたいのか!」

「も、申し訳ございません! ライアン辺境伯がお二人に会わせろと訪ねて来ておりますので!」

「またあのジジイか。しつこいぞ」


 アービッシュは渋々部屋から出ると、応接間としている部屋へと足を向ける。

 現在、英雄率いる王国軍はマーナでも一番大きな宿を拠点としていた。

 当然ながら宿泊費などは払ってはいない。

 宿の従業員を追い出しその周囲の建物を丸ごと接収したのだ。

 そのため軍は宿の中を我が物顔で歩き、将軍や英雄はスイートルームを自室のように好き勝手に使用している。


 アービッシュは応接間へ入ると、すでにソファーに座っているライアン辺境伯へ目を向けた。


「また来たのか。何度来ても街の封鎖は解かないぞ」

「今日はそのことで来たのではない。とにかく座りたまえ」


 彼はどかっと大の字で椅子に座るとテーブルへ足を乗せる。

 英雄とは思えない態度にライアンは溜息を吐いた。


「それで?」

「この街が封鎖されてすでに四日だ。領主である私としては貴殿らの強引なやり方に納得はしていない。しかし、罪人を捕らえよとの王命であるならば、王国貴族として従わないわけにはいかない。快く協力だってしよう。だが、街の建物や土地を勝手に接収というのは話が別だ。すぐに宿を持ち主へ返すことを要求する」

「そんなことか。だったらそれはお門違いだ。俺たちは陛下のご命令により動いている。必要であれば何をしてもいいという権限を与えられているのさ。文句があるなら陛下に言え。まぁたかが田舎領主のお前が口出しできるとは思えないがな」

「いや、出来るはずだ。辺境伯とは領地内に限り公爵に並ぶ権力を有することができる。ここは私の領地だ。いくら王命を受けた将軍や英雄だとしても、この地では私の権限を無視できるはずがない」

「またそれか。もう聞き飽きた。おい、誰かこのジジイを追い出せ」

「まて! 私の話を聞け! 私はこのマーナの領主だぞ!」


 数人の兵士が部屋へ入ってくると、座っていたライアンを取り囲み強引に退出させる。アービッシュはどうでも良いのかあくびをしていた。


「入るぞ」


 ライアンと入れ替わりに入室してきたのは将軍だ。

 無遠慮にソファーへ腰を下ろすと、アービッシュからの報告を待った。


「どうやら奴らは大迷宮の二十四階層にいるようです。すで案内人である冒険者も雇いました。明日にでも出発した方が良いでしょう」

「二十四階層か。到達までに骨が折れそうだな」

「だからこそホームレスの奴らは逃げないのですよ。ここまで来られないだろうと高をくくっているはず。そこへ俺たち王国軍は一気に攻め入るのです」

「奇襲というわけか。そういえば辺境伯が来ていたと思ったが、何の話をしていたのだ?」

「ああ、宿を返せなどというどうでもいい話をしていたので追い返しました。何の力もない田舎領主だと言うことを理解していないようで、正直相手にするだけで眠くなりますよ」

「ふはははっ、明日までの辛抱だ。街から離れれば奴も文句は言うまい」


 将軍は立ち上がると部屋から出ようとした。

 アービッシュはすぐに彼を引き留めた。


「ジル教授はどうされているのですか?」

「あの狂人なら部屋に籠もって骨をいじっている。あんな者に期待を寄せる陛下のお気持ちが分からないな。まったく」


 将軍は退室する。

 残されたアービッシュは「アレの価値も分からないのか凡人め」などと呟いて、ソファーへごろりと寝転がった。



 ◇



 馬車に揺られて屋敷へと戻ってきたライアン辺境伯は、足早に建物の中へ入るとカーテンが閉じられた暗い部屋へと足を踏み入れた。


「誰が来ても私は居ないと言え」

「承知いたしました」


 メイドは彼へ一礼すると退室する。

 ライアンはメイドが出て行ったことを確認すると、床に敷いてあるカーペットをめくった。その下から扉が現れ、彼は迷うことなく取っ手を掴む。

 扉を開けると、地下へと続く階段を静かに降りた。

 地下には十メートル四方の小部屋が有り、部屋の中心では五人がランプを囲んで話をしていた。


「ここの生活はどうかな?」


 ライアンは彼らへ声をかける。

 するとその中の一人であるロッドマンが返事をした。


「快適とは言えないな。水も食料もあるが、日の光を浴びられないってのはすっきりしないもんだ」

「苦労をかけて申し訳ない。軍がこの街から離れるまでとはいえ、一週間近く地下暮らしをさせているのだ。気持ちの良いものではないだろう。もし必要な物があるのなら何でも言ってくれ。すぐに取り寄せよう」

「いやいや! 貴方様が頭を下げることはねぇ! 悪いのは軍の奴らであって領主様じゃねぇ! 俺たちはすごく感謝しているんだ!」


 頭を下げるライアンにロッドマンは慌てて声をかけた。

 するとそれを見ていたアーノルドがすかさず話し始める。


「ふははははっ! とうとうこの国の上層部が俺の筋肉を求めて動き出したか! いつか来ると思っていたが、このタイミングだったとは予想外だ! 上腕二頭筋も驚いたと言っているぞ!」

「だー! てめぇは黙っていろ! 話がめちゃくちゃになるじゃねぇか!」

「ははーん、さては俺の筋肉に嫉妬しているのだな? そんなときは骨を食べるのだな。良い筋肉を育てるには広い心が必要だぞ?」

「てめぇこの! 一発殴ってやる!」


 アーノルドとロッドマンがつかみ合いを始めると、ライアンはロッドマンの息子のケインへ話しかけることにした。


「地下暮らしももうすぐ終わるはずだ。軍は恐らく近日中には大迷宮へ潜る」

「とうとうホームレスの皆さんを探しに出発ですか。それにしても賞金首なんてずいぶんと国に目をつけられたのですね」

「ああ、どうやら相当に陛下の怒りを買ったようだ。メディル公が解決のために動いているとは言え、まだしばらくはかかることだろう。気がかりなのは田中さんの動きだ」

「連絡は?」

「ないな。あの人のことだ、何らかの対策を立てているとは思うが、どのような手段に出るのか心配だ。陛下の怒りよりも田中さんの怒りの方が恐ろしいからな」


 ライアンが最も恐れているのは王国の崩壊だ。

 現時点でホームレスの保有する戦力は王国を壊滅させることが可能である。

 そのことを理解しているライアンにとって、今回の出来事は火薬庫に火を投げ入れたようなものだった。危険きわまりない行為だ。

 重ねて田中真一と言う男である。何をしでかすのか予想すらつかないのだ。


「とりあえず、あと二、三日もすれば軍はこの街から移動する。それまでの辛抱だ」

「その後はどうしたら良いのですか?」

「いつも通り生活をすれば良い」

「??」


 ケインはライアンの言葉に首を捻る。言葉の意味が理解できなかったからだ。

 数日後、彼はその言葉の意味を知ることとなる。



 ◇



「準備は出来たか?」

「はっ、全て整っています!」


 将軍の言葉に兵士は力強く返事をする。

 ここはモヘド大迷宮入り口。整列した兵士達が将軍の号令を待ちわびていた。

 その後方には四体のリッチを従えるジル教授の姿があった。


「いつ見てもあの魔獣は不気味ですわ。本当に私たちを襲わないのかしら?」

「考えすぎだフェリア。あの姿を見ろ、大人しく教授の命令に従っているじゃないか。それに今はどんな戦力でも必要だ」

「魔獣の手を借りるというのは癪ですけど、アービッシュ様の言うとおりですわね。私はまだ覚悟が足りませんでしたわ」


 二人が見つめ合うと、将軍がすぐに咳払いをした。


「英雄殿、出発前の言葉を頂戴したい。今回の任務の指揮は貴殿に任されているのだからな」

「そうでしたね。では英雄として兵士達の士気を高めましょう」


 アービッシュは剣を抜くと天高く掲げた。


「生死は問わない! ホームレス共を捕らえよ! 陛下の御前に奴らを引きずり出すのだ! 奴らに死を! 我らに栄光を!」

「奴らに死を! 我らに栄光を!」


 兵士達はアービッシュの言葉を復唱する。

 王国軍の士気は比較的高いと言えた。その理由は多大な報酬である。

 そうでもしなければ、誰も最悪の迷宮に潜ろうとは思わなかっただろう。


「そろそろ出発しても良いですかい? あっしはもう待ちくたびれましたよ」


 雇われた冒険者の男がアービッシュへ声をかけた。

 名はコビー。マーナで長く冒険業を続けている者である。

 見た目は浮浪者と間違われるほど薄汚れており、身長は140㎝程度と非常に低かった。

 ネズミのように突き出た前歯が男をずる賢く見せる。


「お前の案内には期待しているぞ。必ず二十四階層へ連れてゆけ」

「へへ、もちろんですよ。安全が保証されるなら、いくらでも道案内しますぜ。おっと、ちゃんと報酬も頼みますよ?」

「分かっているさ。俺は約束は破らないからな」


 アービッシュはコビーと目を合わせることなく返事をする。

 内心で他にまともな奴はいなかったのかとフェリアに怒りを覚えた。

 しかし、すぐに考え直すと冷静な思考を取り戻す。

 彼にとって真一を殺すことが大事であり、目の前のことなど小事に過ぎないからだ。


「では出発だ!」


 アービッシュの号令により、五千人もの兵士達は足並みをそろえて動き出した。




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