九十九話 指名手配


「ふぁ~、今日でこの街ともお別れか」


 起床した儂は、窓から街の様子を覗く。

 サラスヴァティーへ来て本日で三日目。予定通りマーナへと帰るつもりだ。


「あづい……」


 起床したペロが疲れた顔をしている。

 泊まっている宿には、エアコンなどがあるわけもなくとうぜん暑い。

 毛に覆われているペロにとって、熱帯夜が続くこの地は地獄のようだろう。

 反対に儂は非常に過ごしやすかった。冷気を吐く息子の傍で寝ると非常に涼しいのだ。夜中にこっそりとベッドを近づけている事をペロは知らないだろう。


「おはようニャ!」


 ドアを開けて入ってきたのはレナだ。

 同じ宿に泊まっているので、朝から猫娘の顔を見る羽目となっている。

 だいたい実家があるのにどうして宿に泊まるのだろうか。


「うむ、おはよう。昨日もエルナ達と一緒に泊まったようだが、実家に帰らなくて良いのか?」


 儂は部屋に置かれている椅子に座ると、レナがテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座る。


「私の家は兄弟が多いからゆっくり眠れないニャ。それにエルナ達と一緒に過ごしたかったニャ」

「だったら気にする必要はなかったな。それにしても兄弟が多いというのは初耳だ」

「あえて言う必要はないと思ったニャ。二十人も兄弟が居ると誰だって帰りたくなくなるニャ」


 二十人とは確かに多い。毎日が騒がしいことだろう。

 それでもちゃんと故郷へ戻ってくるのは、レナが両親や兄弟の事を心配しているからなのだろう。実に良い子ではないか。


「そうだ、船長には世話になったのだから、お礼を渡しておかなければならないな。レナから渡しておいてくれ」


 儂はテーブルに木箱を置いた。中には大量の野菜が入っている。

 レナは野菜を見ると眼をキラキラさせた。


「良いのかニャ!? どれも高そうな物ばかりニャ!」

「いい目をしているな。この野菜はとある場所で収穫された質の高い物だ。市場で買おう物ならかなりの値がつく。まぁ儂らにとってはタダ同然だが、良ければ受け取ってくれないか」

「ありがとうニャ! みんな喜ぶニャ!」


 レナは嬉しそうだ。よく見ると尻尾がピンと立っている。

 今のレナの尻尾には喜びが現れていた。基本的に儂は犬好きではあるが猫というのも嫌いではない。


「あまり尻尾を見るニャ! 獣人の尻尾をジロジロ見るのはマナー違反ニャ!」

「む、そうだったのか。悪い」


 レナに指摘されて納得する。

 感情が表れやすい尻尾は、獣人にとって恥ずべき部分なのだろう。

 やはり人種が変われば常識も変わると言うことなのだろう。


「今日も暑いわね」

「海、入りたい」

「同感だ。私も最後にひと泳ぎしたい」


 エルナにリズにフレアが部屋へと入ってくる。

 三人ともすでに水着であり、三日目ともなると小麦色に日焼けをしていた。

 儂の姿を見たエルナが呆れたように呟く。


「真一の体って変よね。あれだけ日光に当たっても全く焼けないもの」

「む、それは儂も残念に思っている。まさか日焼けが出来ない種族だったとは考えもしなかったのだ」


 実は儂は今回のバカンスで日焼けを楽しみにしていた。

 アーノルドのように褐色の筋肉を手に入れようと計画していたのだが、いくら浜辺に寝転がっても焼けることはなかった。もしかすると儂の体は、紫外線を遮断しているのかもしれない。進化した弊害がこんなところにあったとは悲しい。


「みんな帰るのかニャ。もっとサラスヴァティーに居ても良いニャ」

「そうしたいところだが、何日も家を留守には出来ないからな。なぁに、また海産物を獲るためにこの街へ来るのだ、すぐに会えるだろう」

「そうだと良いニャ。また皆に会いたいニャ」


 レナはメンバーに抱きついて別れを惜しむ。

 この三日間は非常に楽しかった。それもレナが居てくれたおかげだろう。


 儂らは彼女に感謝しつつサラスヴァティーを後にした。



 ◇



「はぁ疲れた。やっとマーナに帰ってきたのね」


 ようやくマーナが地平線に見えてきたところで、エルナが疲れたように口を開く。

 他の三人を見ても同じように疲れているのか口数は少ない。

 旅行あるあるだな。行きは元気だが帰りは疲れ果てるものだ。


「王宮の料理、辛かった」


 リズがもてなされた料理を思い出したのか眉間にしわを寄せていた。

 実は帰りに獣都ガネーシャへと寄ったのだ。

 そこで獣王と面会し王宮に一泊する事になったのだが、出された食事が相変わらずの激辛だった。儂やエルナは以前にも食べたので特に気にすることもなかったのだが、初めて食べる料理に三人が面食らったと言うわけだ。

 しかもリズは辛いものは苦手らしく、涙目になって料理を食べていた。


「ナジィの料理があんなにも辛いものだとは知らなかった。最初は驚いたが、慣れるとなかなか癖になる味だ」

「あの舌がぴりぴりするのが良かったかな。僕はナジィの料理は好きだよ」

「息子も赤い女も舌がおかしい。どうかしてる」


 フレアとペロにリズはあり得ないとばかりに首を横に振る。

 よほど辛いのは嫌いらしい。今夜は辛口カレーライスを作るつもりだったが、予定を変更して甘口にしないといけないようだ。


「ところで鰹節っていうのは出来そうなの?」


 エルナが質問する。この数日間、彼女はずっと鰹節に興味を持っていた。

 木のように硬い食材と聞いて、知的好奇心がうずいているのだろう。


「出来ると思うが、最低でも一週間はかかるだろうな。鰹節は手間暇をかけないと良い物はできない」


 鰹節と聞いて一般人はすぐに作り方を思い浮かべることはないだろう。

 それもそのはず。鰹節は見た目からは想像できない、いくつもの作業工程が存在するからだ。

 まず煮る。その次に骨を取り除き再び煮る。そして、スモークチップなどで燻すのだ。その後、何度も燻し徐々に水分を抜いて行き、最終的にできあがるのがあの硬い鰹節である。現代の日本ではお手軽に買えるが、長い時間と手数がかかっているのである。


「ふーん、よく分からないけど美味しいのよね?」

「当然だ。鰹節は旨味を凝縮したものだぞ。不味いわけがない」


 日本人がどれほど鰹節を愛しているのかを教えてやりたいところだ。

 なんせご飯に鰹節を乗せて醤油をかけるだけで美味いのだ。おっと涎が出てしまった。

 そんなことを考えている内にマーナが目前へと迫っている。

 儂はひとまずエルナ達に指示を出すことにした。


「儂はこれからマーナへと行ってくる。お前達は隠れ家へ戻っていろ」

「はーい」


 エルナを先頭に四人は大迷宮へと飛んでいった。

 儂はマーナの入り口近くへ降下すると、いつものように門へと歩いて行く。


「田中殿!」


 顔見知りの兵士が儂を見て駆け寄ってきた。

 手には紙が握られており、どこか緊迫した空気すら感じさせる。


「どうしたのだ慌てて」

「これを見てください!」


 兵士から紙を受け取ると、そこには儂の顔が描かれており何故か金額が記載されていた。


「なんだこれは?」

「指名手配です! 田中殿を含めた四人に賞金がかけられたのです!」

「何!?」


 驚愕した。改めて手配書を確認すると、儂とエルナとペロとフレアが対象となっているようだ。しかも儂には金貨一千枚という破格の金額がつけられている。

 指名手配に十億円を出すとはこの国は狂っているのか。

 某海賊漫画の主人公ですら、いきなりこんな賞金はなかったぞ。


「すでに手配書は王国中にばらまかれています。なので貴方をマーナへ入れるわけには行かないのです」

「理由はなんなのだ? なぜこれほどの賞金をかけられる?」

「国家転覆罪です。ホームレスは他国と協力して国王暗殺を企み、王国を乗っ取ろうとしていると報告を受けています」

「馬鹿な! 国王にすら会ったことがない儂がどうして暗殺など出来るのだ! そもそも王国を乗っ取る理由がない!」


 王国を護る為に戦った儂がテロリストだと!? ふざけるな!

 確かに将軍を殴ったことはあったが、犯罪者にされるようなことはしていないはずだ!

 儂は怒りのあまり鼻息が荒くなった。


「田中殿、落ち着いてください。我々や街の住人は今回の事を信じてはいません。ですが、今は何処かへ身を潜めた方が良いでしょう。恐らく遠くないうちに王都から兵がやってくるはずです」

「マーナに居る儂を捕まえに来ると言うわけか」

「ええ、噂では英雄が兵を率いてやってくるとか。しかもホームレスが捕まえている聖獣様を救出するという名目もあるようです」

「儂らがペロを捕まえていることになっているのか? アービッシュめ、とことん儂を追い詰めたいようだな」


 怒りが烈火のごとく燃えさかる。してやられたと言うべきだろう。

 儂が醤油造りやバカンスにかまけている間に、アービッシュは着々と準備をしていたようだ。もちろん対策は立てていたが、今回はその上を行かれた。

 指名手配とは予想外だったのだ。甘く見ていた儂の責任だろう。


「分かった大人しく身を潜める。領主殿には上手く立ち回るようにと伝えて欲しい」

「承知いたしました」


 儂は街に入らずにダンジョンへと帰ることにした。

 ひとまずスケ太郎などを集めて緊急会議を開かなくてはいけないだろう。

 これはローガス王国とホームレスの戦争なのだ。



 ◇



 マーナから二十キロの地点。

 約五千もの兵が足並みをそろえて行進していた。


「壮観だな。これであの忌々しい男が退治されると思うと気分が良い」


 馬車の中から外を覗く将軍は口角を上げてニヤニヤしている。

 対面に座るアービッシュとフェリアは、将軍の様子を見ながら沈黙していた。


「どうしたアービッシュ殿。王都を出てからずっと黙っているが、緊張でもしているのか?」

「まさか。俺は奴を殺すためにここまで鍛えました。ようやくそのときが来たのかと思うと喜びを感じずには居られないほどですよ」

「ふははっ、それは頼もしい。帝国のガエンを討ち取った英雄殿ならば、あの程度の輩などたやすいだろうな」

「……閣下、慢心は禁物です。以前に申しあげたように、奴は桁違いの実力を秘めながら大迷宮に暮らしているのです。ホームレスの本拠地にたどり着く前に全滅の危険がある事をお忘れなく」

「充分に心得ている。その為に、この二ヶ月は兵士達へ冒険者のまねごとをさせてきたのだ」


 並んで歩く兵士達は冒険者のように身軽な格好の者が多い。

 防具は最低限に留め、背負ったリュックは大きく膨らんでいた。

 彼らはモヘド大迷宮へ潜るために入念に訓練を重ねた精鋭達である。


「これだけの兵がいれば、最悪の迷宮も田中真一もひとたまりもないな。今から奴が泣き叫ぶ姿が楽しみだ」


 将軍は懐から携帯酒瓶を取り出すとぐびっと口に酒を含む。

 アービッシュは目線を逸らすと、窓から景色を眺めた。

 すでに地平線には街らしきものが見えており、あと一時間ほどでマーナへと到着することが予想できた。


「閣下、街へ着いてからの動きは事前の打ち合わせ通りです。誰一人逃がさぬようにお願いします」

「承知している。我らは到着次第、街を封鎖する。その間に英雄殿は冒険者共から情報を集めるのだな?」

「ええ、奴らの動きを出来るだけ把握しておきたいのでね」

「さすがは英雄だ。どのような相手でも油断はしないと言うわけか。この国の未来は安泰だな」


 馬車の中は将軍の笑い声が反響した。

 ゴトゴトと走る馬車は五千もの兵士と共にマーナへと到着。


 この日、辺境の街マーナは王国軍によって完全封鎖された。



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