九十八話 造られた魔獣
ホームレス一行がサラスヴァディーに到着した日から約二ヶ月前。
アービッシュは一室で目を覚ました。
「朝か」
窓から見える朝日に眼を細めた。
彼はキングサイズのベッドから這い出ると、床に放り出していた下着や服を着る。
「う……ん」
「フェリア、そろそろ起きろ」
ベッドへ声をかけると、一糸まとわぬ姿で眠っているエルフ女性がうっすらと目を開けた。アービッシュはフェリアの姿を見ながら微笑む。
「もっと眠りたいわ」
「おいおい、もう忘れたのか? 今日は王城へ行かなければならない日だぞ」
「……そうでしたわね。忙しいというのも考え物ですわ」
フェリアは体を起こすと、長い金髪を指で後ろへと流す。
ベッドのシーツを体へ巻くと、部屋に備え付けられているシャワールームへと歩いて行く。
その姿を眺めることがアービッシュの一つの楽しみであった。
アービッシュとフェリアは婚約者である。
ではなぜフェリアがローガス王国のアービッシュの元にいるのか。
事情はそれほど難しくはない。
フェリアの実家であるベネッセ家は貴族でありながらも、資金調達に長年苦しんでいた。そこへ声をかけたのがグロリス家である。豊富な資金を提供する代わりに、娘を差し出すように要求したのだ。俗に言う政略結婚であった。
ベネッセ家はその提案に乗り、フェリアはグロリス家のアービッシュとの婚約が決まった。
ただ、当事者である二人は出会うやいなや意気投合してしまう。
両家の予想を超えて、アービッシュとフェリアは強く結びついてしまった。
「お待たせしました。準備が出来ましたわ」
化粧を施したフェリアは、焦げ茶色のローブを身に纏っていた。
周囲には香水の香りが漂う。
「マスター級のローブがよく似合うじゃないか」
「そうでしょう? 魔導術を会得した私に最も似合う姿ですわ」
「君は何を着ても似合うさ」
アービッシュは彼女を引き寄せるとキスをする。
そこへドアがノックされた。
「……誰だ?」
「朝食のご用意が出来ましたので、お呼びに参りました」
「わかった。すぐに行く」
二人は部屋を出ると、ダイニングへと移動する。
そこではすでに食事をしているグロリス家当主が居た。
「おはようございます父上」
「ああ、おはよう」
当主はアービッシュをちらりと見ると短く返事をした。
アービッシュは笑みを浮かべ、もう一度声をかける。
「父上?」
「ぐっ……今日も英雄である我が息子の顔を見られて私は幸せだ。おはようアービッシュ」
席を立つと、アービッシュにハグをする。
しかし、言葉とは裏腹に当主の顔は苦痛にゆがんでいた。
「はははっ! 父上は本当に俺が好きなんだな! さぁ食事をしようか!」
「ふふ、そうですわね」
アービッシュとフェリアは笑いながら席へと座る。
ここはグロリス家の屋敷。二人は追い出されたはずの場所へと舞い戻っていた。
ローガス王国において、英雄の称号はたった一人だけに与えられる最強の証である。
所持者が敗北をするその日まで、国の武力の象徴的存在であり続けるのだ。
そのため、国内において様々な優遇措置が受けられるようになっている。
一つが税の免除である。
英雄の親族は税を納めなくても良いとされている。
もちろん英雄本人から、家族だという承認を得なくてはいけない。
これにグロリス家当主は飛びついてしまった。絶縁を撤回しアービッシュを迎え入れたのだ。
以来、父との子の関係は逆転してしまった。
「父上が俺を家から追い出したおかげで英雄になれたのだ。いつだって尊敬していますよ」
アービッシュはニヤニヤと、肉をナイフで切りながら当主へ話しかける。
グロリス卿は無表情のまま食事を終えると、無言のままダイニングを足早に出た。
「くくくっあはははっ! 英雄とは本当に最高だな! あの父上が俺に逆らえないのだからな!」
「アービッシュ様、お戯れもほどほどにされたらどうですの? あまり御当主をいじめますと、とんだしっぺ返しをもらうことになりますわよ」
「そうだな。ほどほどにしよう。ところで、例の件は上手く行っているか?」
「ええ、抜かりはありませんわ。すでに大臣とも話をつけていますもの。二ヶ月後には正式に発表されることですわ」
「やっとだな。とうとう奴をこの国から消し去ることが出来るのか」
アービッシュは歓喜のあまり、ナイフを持った右手が震える。
フェリアもその様子を見ながらワインを口にした。
「焦りは禁物ですわ。勝つためには入念な準備が必要ですもの」
「分かっている。悔しいが奴らの実力は桁外れだ。正面からでは勝つことは難しい」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせた彼は、グラスを手にするとワインを一口飲む。
彼の胸の奥では怒りがぐつぐつと煮えたぎっていた。その相手は田中真一。
屈辱を味わい辛酸を飲まされてもなお、アービッシュは復讐を諦めなかった。
いつか必ず殺すと王都を離れた日に誓ったからだ。
「俺は自身を鍛え直して必ず田中真一を殺すと決めた。お前だってそうだろうフェリア」
「もちろんですわ。私もエルナを殺す日まで、この気持ちが静まることはありませんもの」
食事を終えた二人は屋敷を出ることにした。
◇
アービッシュとフェリアは王城へと赴いた。
すれ違う兵士達は彼らに敬礼し、騎士すらも二人を無視する事は出来ない。
城内へは誰の許しを得ることなく、我が家へ戻ってきたかのように軽く足を踏み入れる。
「ごきげんよう英雄殿」
「将軍殿も元気そうで何よりです」
廊下で出会ったのはオルバン将軍だった。
アービッシュと将軍は長年の友人のごとく親しげに握手を交わす。
「奴らを一網打尽にするための準備は着々と進めている。もうすぐあの汚らわしい下民の男を殺せると思うと夜も眠れないぞ」
「同感です。奴を陛下の前に引きずり出し、必ずや首を落として見せましょう。準備は引き続きお願いします。拝謁がありますのでこれにて」
将軍は深く頷くと、マントをたなびかせて去って行く。
アービッシュは後ろ姿を見送りながら「凡人め」と呟いた。
「ここは王城ですわ。何処に耳があるかも分かりませんことよ」
「分かっている。だが、あんな相応の実力もないものが、将軍の地位に座っていると思うと反吐が出そうだ」
「少しの我慢ですわ。時期にアービッシュ様が将軍になられるのでしょ?」
「今の将軍が消えればそうなるだろうな」
軽薄な笑みを見せて再び歩き出した。
謁見の間へと到着すると、扉を開けて入室する。
「英雄アービッシュ・グロリスが参りました」
「グフフ、よく来たな」
赤い絨毯の上で片膝を突いたアービッシュとフェリアは、玉座に座るローガス王に挨拶を行う。部屋の中には数人の騎士と大臣が立っており、二人のすぐ近くでは一人の男が同じように片膝を突いていた。
「三人とも顔を上げよ。今日はかしこまった話をするつもりではない」
「「御意」」」
二人がすっと立ち上がると、近くに居る男もゆっくりと立つ。
ただし、その動きはまるでゾンビのようにだらりとした感じだった。
赤いローブに数日は洗っていないだろうボサボサの髪。顔には無精ヒゲが生えており、浮浪者にすら見えてしまう。男の近くには四つの棺が置かれていた。
アービッシュは、なぜこのような男がこの場にいるのか疑問を抱く。
「陛下、さっそく私の研究の成果をお見せしてもよろしいでしょうか?」
「かまわぬ、見せてみよ」
ローガス王の言葉に従い、男は四つの棺を王の目の前に並べる。
誰もが何が起きるのか分からずにいた。
「私が長年をかけて造りだした究極の魔獣を、とくとご覧あれ!」
棺の蓋が一斉に開くと、四体のスケルトンが現れた。
いずれも白いローブを纏っており、フードを頭からすっぽりとかぶっている。
四体の額にはそれぞれ赤、緑、茶、青と魔石らしき石がはめ込まれており、窓から入る日の光を鈍く反射する。
「魔獣!?」
部屋の中では多くの者がざわついた。
騎士は剣を抜き、アービッシュとフェリアも武器を構える。
「静まれ。ジル教授、説明を」
「はっ」
ジル教授と呼ばれた男はスケルトンへ近づくと、一体のフードをめくる。
スケルトンの後頭部に、小さな金属の箱が備えられていることが誰の目にも見えた。
「これはこの人造リッチの脳に当たる部分です。この中には五十を超える魔方陣が重ねられ、忠実に命令をこなすようにプログラムされています。さらに全身に張り巡らされた魔導回路によって魔力伝達は従来のリッチの二倍。いや、三倍は確実なはずです。さらに思考パターンは経験を重ねるごとに進化し、敵を倒せば倒すほどその能力も格段にアップして行きます。特に素晴らしいのは――」
ローガス王は肘置きを指で軽く叩くと、ジル教授に声をかける。
「簡潔に話せ。その魔獣は強いのか?」
「もちろんです。間違いなく最強の魔獣でしょう。試しに……そこの女。私のリッチに魔法を使ってみせろ」
「私ですの?」
「この場に女はお前しかいないだろ。早く魔法を使え」
ジル教授の高慢な態度にいらだちを覚えたフェリアは、杖を掲げると人造リッチに向かって上級魔法を使う。
「スピアーレイン」
四体の頭上に水の渦が出現した。
渦は真下に向かって数千もの水の針を豪雨のごとく降らせる。
床に敷いていた赤い絨毯は蜂の巣状に穴が空き、四体の人造魔獣にも容赦なく降り注ぐ。
しかし、十秒もしないうちに魔法は四体の後頭部へと吸い込まれた。
予想すらしていたなった状況に、フェリアを含めた人間は言葉を失う。
「はははははっ! 見たか! これが私が造りだした
四体のリッチはローガス王へ揃って顔を向けると床に片膝を突いた。
強力な魔獣でありながらも、人に従う姿をこの場で見せたのだ。
王はグフフと満足そうに笑みを浮かべる。
「私の魔法が……」
「気にするなフェリア。確かに魔法は効かなかったが、奴らは俺たちの味方になるんだ。あの四体さえ居れば勝利は確実だろう?」
「それはそうでしょうけど、許せないのは魔獣ごときが大魔導士のローブを着ていることですわ。白のローブは本来人が着るべきもの。得体の知れない何かに着せているのが腹立たしいわ」
怒りに震えるフェリアを余所に、アービッシュは人造リッチに喜びを感じていた。
打倒ホームレスを掲げている彼にとって、四体は心強い味方に映ったのだ。
ローガス王が二人へ話しかける。
「英雄アービッシュよ、ジル教授と協力し必ずや大罪人をこの場に連れてくるのだ。それが無理なら首だけでも構わぬ。余はお前達に期待しているぞ」
「「「御意」」」」
三人は深々と頭を下げると、謁見の間から出て行く。
ジル教授の後ろを歩く四体はカタカタと顎を鳴らした。
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