九十四話 隠れ家大改造
八畳ほどだった部屋が、およそ二倍もの広さへと変わっていた。
天井はさらに高くなり、壁際には三人のベッドがそれぞれ置かれている。
中心には購入した覚えのないお洒落なテーブルまでが備えられており、どことなく儂に似たぬいぐるみが床に転がっていた。
「部屋が大きくなっているだと? そんな馬鹿な」
エルナを見ると、ダラダラと冷や汗を流して沈黙していた。
察するに原因は彼女だろう。どうやって部屋を広げたのか聞かなければならない。
「以前はもっと狭かったはずだ。一体何をした」
「…………魔法を使いました」
観念したエルナがボソリと呟く。まるで大人にしかられる子供のようだ。
儂は彼女を強くハグすると、喜びから強く背中を叩いた。
「さすがスペリオルエルフだ! こんなことが出来るなんて想像していなかったぞ!」
「え??」
「五人になって少々手狭だと思っていたのだ! どうやったのだ!? ぜひ教えてくれ!」
エルナは怒られるとでも思っていたのだろうが、それは大きな勘違いだ。
儂は常々、家を大きく出来ないかと考えていた位なのだ。最近ではマーナに屋敷でも買おうかと諦めかけていたのだが、まさかエルナがその方法を発見してくれるとは嬉しい誤算だ。
彼女は怒られないと分かると、段々と顔が緩み始めた。
「そ、そうなのよ! 私はとうとう部屋を大きくする方法を発見したの!」
「すごいぞエルナ! じゃあリビングを広くすることは出来るのか!?」
「もちろんよ! 私に任せて!」
満面の笑みでリビングへ戻ると、杖を掲げて魔力を練り上げる。
スペリオルエルフとなったエルナの魔力は、以前とは量も質も流れる速度も桁違いだ。
ビリビリと空気が振動すると、濃密な魔力は杖へと収束し魔法を行使した。魔導術特有のキャンセルによる停滞も見られない。
既存の魔法と同じ速度……いや、それ以上の速さだ。
「
杖から放たれた魔力が部屋へ広がると、壁や天井や床がメキメキと音を立てて動き出す。見えていた壁は次第に遠ざかって行き、天井もパラパラと砂埃を落としながら二倍程度に広がる。フローリングが敷かれていた床は、新しい木材で造ったかのように艶を取り戻し、広がった部屋の分だけフローリングも追加されていた。
完成すると、エルナはコツンと杖で床を突く。
「どうかしら? 大魔導士エルナの力は」
「ああ、これはすごい。魔導術で行ったのか?」
「もちろんよ。既存の魔法ではこんなことはできないもの。
改めて魔法とは素晴らしい力なのだと思ってしまう。
手狭だった部屋がこんなにも大きくなとは。
「そういえば魔導術を使った際に起きる魔力の停滞が見られなかったが、スペリオルエルフになってから変わったのか?」
「そうそう、今の種族になってから魔力が
強力な魔法が素早く出せるようになったと言うわけか。
頼もしい事だが、あまり気軽に使わないように注意をしておく必要があるかもしれない。今のエルナは兵器をぎっしりと積んだ戦艦のようなものだ。間違ってマーナが地図から消える事もありうるのだ。
「感謝する。これで快適に過ごすことが出来そうだ」
エルナの頭を撫でてやると、顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
人というのは時々褒めてやらないと腐ってしまうからな。
ふと、違和感に気が付いて撫でていた手を止める。
……まてよ。三人の寝室が大きくなったと言うことは、フレアもリズも魔法のことを知っていたのではないだろうか。
そもそもエルナは何故、魔法のことを黙っていた?
何故、部屋を改造する事になったのだ?
三人の寝室へもう一度入ると、その理由がはっきりと分かった。
見落としていたのだ。あの馬鹿でかい天蓋付きベッドを。
「エルナ、あのベッドはなんだ?」
「あ、う、それはその……」
再びエルナの眼が泳ぐ。
挙動不審だったのはベッドが原因だったのだ。間違いない。
儂は溜息を吐くと、彼女の頭をポンポンと軽く叩く。
「高いベッドを買うのは良いが、ちゃんと大切にするのだぞ?」
「え……怒らないの?」
「なぜ怒らなければならない。ベッドは必要な物だろう? それにお前は色々と我慢をすることも多かった。たまには贅沢をしても罰は当たらないと思うぞ」
「真一……」
エルナがウルウルと目を潤ませる。
各国を回ったときや戦争でも彼女はずっと儂を支えてくれていたのだ。ご褒美はあってしかるべき。むしろ少ないくらいだ。
「ライバルは服も買ってた」
ベッドで寝ているはずのリズがボソリと呟く。
儂はぴくりと反応した。
「服も買ったのか?」
「えっと、その……」
「何着だ?」
「……十着です」
詳しく聞くと一着銀貨一枚の服を十着も購入したそうだ。
日本円に換算すると約十万円。明らかな無駄遣いだ。
儂はエルナへにっこりと微笑む。
「半年間は服を買わせないからな」
「えー!? 嘘でしょ!? 半年も服を買えないの!?」
「嘘ではない。十着も買えば充分だろう。それにローガス王国では、一年に一回だけ服を買えれば良いと聞くではないか」
「それはそうだけど、こんなに綺麗な私がいつも同じ服を着ていても良いって言うの!?」
「逆に言えば美人だからこそいつも同じ服でも映えるのだ。だいたい四十着以上も持っている奴が口にしていい台詞ではないぞ」
エルナは頭を抱えて「イヤー!」と叫ぶ。
五月蠅い奴だ。これで少しは懲りることだろう。
ちなみにリズに購入した黒装束は一着三十万円なのだが、エルナには黙っておくことにする。
「さて、そろそろ夜の仕事に出かけなければならない。後のことは頼んだぞ」
「……うん」
涙目のエルナが小さく頷いた。可哀想だが自業自得なので仕方がない。
金というのは無限に湧くものではないからな。必要なことに使い不要な事には極力使わないのが節約の基本だ。財をなすとはそう言うことである。
儂は四人に隠れ家を預けると、転移の神殿を使って地上へと出ることにした。
◇
星空が見える深夜のマーナ。
儂はスケルトン達を引きつれて街の近くまでやってきていた。
「全員止まれ」
指示を出すと、荷物を背負ったスケルトンが足を止める。
いずれも灰色の布をかぶっており、顔には仮面がつけられていた。
これから街の中へ入るのだが、さすがに魔獣の姿では不味いからだ。
儂は閉められている街の門を軽く叩くと、向こうから二回ほど叩き返された。しばらくして外壁の大きな扉が開き始める。
「お待ちしておりました。ささ、中へ」
顔を出したのは数人の兵士だ。
いずれも顔見知りであり、彼らは領主から直々に命令を受けている者達である。
儂らは素早く街の中へ入ると、すぐに兵士達によって外壁の扉は閉められた。
基本的にマーナは夜の出入りを禁じている。魔獣対策もあるが、盗賊や不審者を寄せ付けないためである。
「いつもこんな夜に悪いな」
「いえいえ、これも我らの仕事ですからね。ところで今日は、田中殿がご一緒だとは存じませんでした」
「様子を見ておこうと思ってな」
儂と兵士が後ろを振り返ると、二十人ほどのスケルトンが黙々と着いてきていた。
いつもは彼らだけを街へ行かせているのだが、今日は先ほども言ったとおり様子を見るために同行している。
街の中心部へ向けて歩いて行くと、建設中の建物を見かけた。
まだ柱だけだが、大きな店になる事はなんとなく分かる。
「残りの二つも順調なのか?」
「そうですね。問題がなければ一ヶ月後には完成すると思いますよ」
兵士の言葉に満足する。現在制作中の建物は三つあるのだが、いずれもマーナには欠かせない店となる予定なのだ。
「……あれは?」
薄暗い夜のマーナの街に、ぽつんと小さな明かりが灯っていた。
しかもそこへ大勢の人が群がっており、深夜にもかかわらずガヤガヤと人の話し声が聞こえる。
兵士へ顔を向けると、すぐに説明をしてくれた。
「あれは最近オープンした屋台ですよ。昼から朝方まで営業をしているので、酒場として人気なのです」
「酒場か。にしては良い匂いがするな……」
嗅ぎ覚えのある独特の匂いについ足が向かおうとするが、儂は自制心を強めると目的地へ行くことにした。
夜の街を進むととある一軒の家へと到着する。
玄関では二人の兵士が警備をしており、儂らを見ると敬礼をした。
「よくぞいらっしゃいました。きっと領主様もお喜びになられるはずです」
「そうか。では中へ入らせてもらおう」
兵士が扉を開けると、奥から充満していた香りが一気に吹き出した。
それを嗅ぐだけで計画が滞りなく進んでいる事が分かった。
中へ入ると、エプロン姿の領主が怒鳴り声を上げている姿が見える。
「そうじゃない! 味噌は火を止めてから入れるんだ! おい、それは焼きすぎだ! 客にパサパサの料理を食わせる気か!? なんだこれは! 皮に包んだ具が出てきているじゃないか! やり直し!」
大きな台所では三人の男が忙しなく動いていた。
一人は味噌汁を作っており、一人は肉を焼いている。一人は餃子を作っていた。
彼らは料理人になるべく、マーナ領主――神崎から指導を受けてるのだ。
神崎は儂を見ると、慌てて駆け寄ってくると片膝を突いた。
「来られているとは知らず、挨拶が遅れて申し訳ありません」
「儂が勝手に来ただけだ、お前は気にするな。それよりも成長はしているのか?」
「ええ、私から見ればまだまだなっていませんが、この世界なら充分にやって行けるレベルですね」
「お前がそう言うのならそうなのだろう。そうだ、新しい材料を持ってきたので受け取ってくれ」
「いつもありがとうございます」
神崎は微笑むと、スケルトンが下ろした荷物の中を確認する。
木箱の中には箱庭でとれた野菜が詰められている。他にも小麦や大麦や肉が大量に入れられているので、しばらくは持つはずだ。
彼はジャガイモを掴むと、大きさや質に何度も頷く。
「やはり田中さんが作ったものはどれも素晴らしい。食材としては最高クラスですよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、マーナでも栽培を始めているのだろう?」
「はい。すでにハサーイやジャガーイムなどの栽培を始めています。成長速度は田中さんが言ったほどではありませんが、順調に芽を出していますよ」
予想通りと言ったところか。
実は儂は、箱庭で育った野菜が通常のものとは違っているのではないかと睨んでいた。
ダンジョンから受ける何らかの影響により、植物の遺伝子に変化が起きていると考えたのだ。もちろん儂がいじったのもあるが、箱庭の野菜達は最初から異常だった事を思い出せば、自然と行き着く事だ。
神崎の報告を聞く限りでは、一度ダンジョンで育てた野菜は場所や気候に関係なく育つようだ。ただし、成長速度は通常の植物と同じになり、肥料や水は欠かせないとのこと。
「野菜がマーナで収穫されるようになれば、計画に拍車がかかるな」
「それだけではありません。この国に食の革命が起きますよ。その中心地は間違いなくマーナになるはずです」
儂と神崎はニヤリと笑う。
マーナを食の街へと変える計画は、すでにスタートしているのだ。
目標としては五年~十年を目途にしているが、予想よりも早くその日が来るかもしれない。
「「「師匠、料理が出来ました」」」
三人の料理人が声をそろえて神崎へ報告する。
テーブルには三種類の料理が置かれ、食欲をそそる香りと共に白い湯気を昇らせていた。
神崎は箸を掴むと、それぞれの料理を味見する。三人は緊張からか喉を鳴らす。
「……及第点だな」
彼の言葉に三人はほっとした表情を見せた。
神崎がどうしてこれほど料理に詳しいのか。それは実家が関係している。
神崎家と言えば、京都に店を構える老舗料亭を経営している有名な一族だ。神崎靖彦はそんな家の次男として生まれた。
彼は幼き頃より神童と呼ばれており、和食に中華に洋食などジャンルに関係なく、幅広く知識と技術を吸収したそうだ。儂も前世で何度か手料理を食べさせてもらったが、間違いなく一流の腕前を持っていると確信したほど。まさしく料理の天才だった。
そんな男が何故儂の下に居たのか。
理由は簡単だ。神崎自身が料理を作ることに飽きてしまったからだ。
元々熱意を持っていたわけでもなく、家の仕事なので仕方なく覚えたらしい。
儂からすると勿体ない話だが、神崎はあっさりと料理人の道を捨ててしまった。
そのような男が転生していたのだから使わない手はない。
「田中さんも食べてみてください」
神崎の勧めで儂も箸を握って試食する。
和食は不味くはないが何か足りない。
中華は美味いがやはり何か足りない。
洋食は足りないものはないが、技術が足りていないように感じた。
「和食と中華は何か足りない感じだな」
「そのとおりです。ですが、今の材料ではそれを補うことが出来ないのです」
「ここにはないものなのか?」
「はい。和食は出汁が足りません。中華は唐辛子などの香辛料が」
ふむ、出汁となると鰹節や昆布などが必要と言うことか。
唐辛子はナジィ共和国へ行った際に、購入した覚えがあるのですぐに提供できそうだ。
「では近々、出汁となるものを取ってこよう」
「お願いします」
出汁を取るには海産物が必要だ。そして、この国は海に面しては居ない。
儂はこの世界へ転生して、初めて海へ行く決意をした。
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